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プロフェットのプレリュード  作者: 冬空寒太郎
2/3

中編

光陰矢の如しとはよく言ったもので、あれから3週間もたったというのに、振り返ると山に登ったのは、昨日のようのことに思える。あれから1週間で退院し、残りの2週間は、今更学校にも行く気になれなかったため、自宅療養した。紗季は、病院に毎日お見舞いに来てくれたし、自宅に戻ってからも、3日に一度は家を訪ねてきた。不思議なことに、彼女は俺の転校のことについて、一切尋ねて来なかった。この3週間、その話題になりそうになると、彼女は別の話題を切り出してきたのだ。

 「冥、もう元気そうだし、早く高校来なさいよ」

 「いや、俺は・・・」

 「待ってるからね。中学の時みたいに、すぐにみんな仲良くできるわよ」

 「だから・・・」

 「昨日は、女の子三人で、高校の前の喫茶店でアイス食べにいったのよ~」

 というような調子で、俺がそのことについて話そうにも、彼女がそれを無視して一方的に話し始めるために、転校のことについて、彼女に説明する機会は与えられなかった。最も、表向きは、仙崎学園高校に編入するという形をとっているために、つくり話をしなければならず、その付け焼刃の釈明を彼女にあまりうまくする自信もないために、ボロが出なくてよかったと、安堵するという面もあった。嘘をつくことが下手な俺にとって、幸運なことであったのかもしれない。しかし、このまま何も言わずに、彼女と離れるというわけにもいかないとは思っていたのに、他愛もない話をし続けるだけで日々は過ぎ、引越し当日となった。

彼女は見送りに来なかった。


 引越しの一週間前に、学長がクリスティーを連れて、両親に説明に来た。学長も、親族にまで秘密を守ることはせず、彼等にはすべてを正直に話した。父と母の反応は、実に対照的であった。

 「冥に、予言の力ですか・・・たしかに、冥には時々私の心を見透かされているのではないかとドキッとさせられることがありましたが、まさかそんな力があるとは・・・。国のためです。協力しましょう」

 「ちょっと、亨さん何言ってるの!冥をこんなわけのわからない人たちに渡していいと思ってるの?冥は、ここでわたしたちと暮らすのよ!それがいいの!」

 「いやだって、亜希さん・・・。冥も行くって言ってるし、それに首相と冥が話す動画まで見せられてるんだぞ・・・」

 学長は、俺と首相の会話を記録し、俺の母親と父親を信用させるために、それを利用した。いつの間に録画していたのだろうと思ったが、学長は一流の予言者だけあって、次の事へ対処するための手回しがよい。他にもこのような奇天烈な話しを信じこませるために、正式な書類、名刺、予言・・・色々な事を用意していた。それが功を奏したのか予言の力については、二人共あまり疑いを持っていないようであった。

 「たしかに、冥にはそんな能力があるかもしれないわ。でも、その能力を使うか使わないかは、別問題よ。私は、能力に振り回されて、冥が幸せな人生を送れるとは思わない」

 母さんは、学長を睨みつけながら、怒りに任せて言い放った。学長は、ニコニコしたままで、全く怯む様子もない。

 「ふむ、でもこれは能力を持つ国民の義務じゃ。例外なく予言者は我が校に入学させておる。冥がもし行かないと言ったとしても、あらゆる手段を駆使して、それは達成される」

 病院内で、編入書類にサインしなくても、結局は学校に連れて行かれるハメになったのだと思うと、なぜ学長があそこで俺に来るか来ないかの選択をさせたのか理解に苦しむ。あれには、一体どんな意味があったのか?

 「それは、わたしたちを脅してるの?」

 「そんなことはないのう。でも、お主らの農場が重い負債を抱えて、それに耐え切れずに農場を失ったったって、わしを恨まんでくれよ」

 「なんですって!」

 「心配するでない。予言者は非常に高給が約束されておる。そうなったら、冥をわしらに引き渡せばいいんじゃよ」

 「卑怯よ!」

 「子供の将来を親が潰してはいかんよ」

 「親が、子供の幸せを願うことの何がいけないの?それが間違った道かもしれないなら、なおさら承認するわけにはいかないわ」

 「ふぉふぉふぉ、頑固じゃのう」

 「あなたもね」

 「わしは、これが仕事じゃからの」

 もはや、父は蚊帳の外に置かれていた。母と学長のやり取りを見て、オロオロするばかりである。依然、母は学長を睨みつけ続けており、その眼力で学長の体を射抜いてしまうのでは無いかと思うほどである。学長は、俺たちを脅迫しているにもかかわらず、私は無害ですと主張したような笑顔をニコニコと振りまいている。

 「学長と二人で話しをさせてくれる?」

 「亜希さん・・・僕も一緒に・・・」

 「亨さん、有り難いけど、ちょっと亨さんに見せたくないくらい荒れそうなの」

 笑顔ではあったが、有無を言わせぬ威圧感を父に与えていた。

 「ああ・・・わかった・・・」

 「いいじゃろう。クリスティー、車で待っていてくれ。冥も部屋にもどれ」

 

 部屋に戻り、ベッドに仰向けに寝転ぶ。母の大きな声が、微かに聞こえてくる。何を言っているのかわからないまでも、激しいやり取りが繰り広げられているのだろうと知るには十分な情報だ。しかし、どれだけ母が頑張っても、結果を変える事はできないのだろう。

 コンコンとドアを叩く音がする。

「冥、入るよ」

「うん」

 

 嘉神亨は実直の人である。悪く言えば、馬鹿正直な人物なのである。信頼のおける男としての評判は高かったが、反面、正直者は馬鹿を見るという格言の良き手本とも揶揄されていた。要領は悪いし、ただ言われた事を黙々とこなす阿呆だと言う人もあった。そんな彼が、なぜ母をゲットすることができたのかは、我が町の最大の謎の一つとされている。

母は、休暇で町にふらっと現れた旅行者で、田舎に似つかわしくない垢抜けた雰囲気を漂わせており、ここで一生を終えるはずもない、場違いな美人であったそうである。そんな母の持つ都会のセンスとその美貌は、すぐに街中の噂になり、街の男たちはすぐに彼女の虜となった。一目見るだけで幸せであり、彼女と一言会話できれば、死んでも良いと言った人もおり、それに同意した男たちもたくさんいた。それは、冗談では済まされなかった。それに同意した者の中で彼女の落としたハンカチを拾ってあげた人がいて、彼女にありがとうと言われただけで天にも登る気持ちとなり、興奮して町内を自慢の車で疾走し、事故を起こして、危うく本当に天に登る人が出るところであったのだ。彼は、浮かれすぎてスピードを出しすぎたことに気づかず、カーブを曲がりきれなくて電柱に激突し、全治2ヶ月の大怪我。車は大破して、お釈迦になったそうだ。今では、そのカーブは昇天カーブと言われている。幸運なことに、実際に昇天した人はまだいない。

誰も、母とお近づきになれるとは思っていなかった。泡よくば、一夜限りの関係くらいにまではなれるかもしれないと、駄目元でアプローチをした人もいたそうだが、母をモノにできるとまで思って近づいた人は誰一人おらず、そう考える人はただの馬鹿であると思われていた。都会の人間が、一時滞在しているだけの田舎の男と、本気で付き合ってくれるはずもないと誰もが諦めていたのである。そう、その考えは間違っていないはずである。

けれども、そんな馬鹿は、世の中に一人くらいはいるもので、それが俺の父だった。我ながら、そんな父を持ってしまったことを非常に恥ずかしく思うが、彼は本気で彼女に結婚を申し込んだそうだ。彼はプレイボーイなどでは決して無く、色恋沙汰にはトンと縁がない男であり、それまで付き合った女性など一人もいなかった。その彼がなぜと、人々は口々に噂をし、それも街中の格好の話題となった。

一度目は、あっさり振られた。父は、あろうことかいきなり結婚を申し込んだのである。その話しを紗季の母から聞いた時に、俺は唖然とし、自分の父親のあまりの頭の悪さに卒倒しそうになった。その後、冷静に考えれば、街中で噂になるうちに、尾ひれがついただけなのではないかと思い、父にそのことを確認したのだが、

「うん、ほんとう・・・」

と少し顔を赤らめて、答えられた時には、彼が自分の父親である事実をこの世から抹消することはできないだろうかと、真剣に考えたものである。

二度目も、同様に振られた。郵便局員であった彼は、母への贈り物を携えて職務に望み、配達の途中に彼女が散歩しているところを捕まえ、

「この間は突然、失礼なことを言いました。でも、僕の気持ちは本物です。結婚を前提にお付き合いしてください」

と贈り物の指輪を差し出したそうである。その指輪は、誠実で真面目な彼がコツコツと蓄えた貯金が、まるまる化けたものである。金額にして100万円はくだらないものだそうだ。後に、そんなに高い指輪を購入した理由は誠実さを見せるためであると述懐している。真性の馬鹿である。もちろん、それは受け取ってもらえなかった。

三度目、四度目と諦めること無く、彼は毎日配達の途中や仕事が終わった後に、彼女に告白し続けた。最初は冷たくあしらわれていたのに、何度も続けるうちに、母の態度は軟化してきたようである。13回目に、

「本当に、懲りない人ね。」

と言ってくすりと笑った時に、彼は彼女が首を縦に振るか、この街を去って行方がわからなくなるまでは、絶対に諦めないと固く決意したそうである。よく何回目か覚えているものだ。

18回目に彼女は、驚くべき事を言った。

「ねえ、お腹すいてない?」

「そうですね。そろそろ夕飯の時間ですし」

「うちで食べてく?」

「はい、是非!」

その日は、彼にとって最良の日となった。憧れの彼女の滞在先へ招かれ、手料理をごちそうしてくれるなんて夢のようであったそうである。母の言い分では、何の変哲も無い普通のカレーを、作りすぎたからごちそうしてみただけだそうだが、一口食べた彼の主張はこうだ。

「今まで生きてきた中で、一番おいしいカレーです」

このお世辞を真剣に言っている父に、母は唖然としてしまったそうであるが、彼が本心からそう言っているようにしか聞こえなかったために、悪い気はしなかったそうである。カレーが出た在りし日の嘉神家の食卓で、あれは本気だったのか?と冗談めかして母が聞いた際に、

「本当だよ。世界で一番美味しいカレーだったよ」

と言っていた時には、俺にも本気で言っているようにしか聞こえなかったから、やっぱりそうだったのだろう。

「じゃあ、今日のカレーは美味しくないの?」

と意地悪く母に聞かれて、父は少し困った顔をしたが、すぐに笑って、

「いや、今日のカレーも世界一おいしいよ。俺は幸せ者だよ」

と答えた。

「そう、よろしい」

 と母は満足気であった。

初めて母のカレーを食べた時に、先程の会話以外に何を話したかは、舞い上がっていた父はあまり覚えていないそうだ。ただ、帰り際に玄関前で、

「結婚を前提にしたお付き合いの話、お受けします」

と母が言ってくれた時のことは、鮮明に脳内に焼き付いており、今も昨日の事のように覚えていると言っていた。生涯忘れない思い出であり、俺の最良の一日だったと耳にタコができるくらい何度も聞かされた。その話をしているときに、母が一度口を挟んだことがある。

「じゃあ、今日は最良の日じゃないの?それがあなたのピーク?」

そうやって父を困らせることが、性格の悪い母の楽しみなのである。父はハッとして、母に言われたことをじっくりと逡巡してから、

「そうだね。それからが最良の日々なのかもしれない。君と一緒に幸せな家族を築いていった毎日が宝物だ。僕は世界一の幸せものだよ」

と笑顔で答えた。母はその答えに満足気だった。その日から父は毎日がエブリデイで最高であるというお目出度い主張をするようになった。正直、うざい。

ここまで聞くと、この結婚がなぜ最大の謎のままであるか不思議であるかもしれないが、それは母がなぜ父との結婚を前提にしたお付き合いに踏み切ったかが、未だによくわかっていないからである。母がそれについて言う事は一つだけだ。

「今まであった中で一番正直で誠実な人だったから、お付き合いしようと思った」

たしかに、父のいいところは、誰に聞いてもそれだけだ。顔も非常に平凡でお世辞にもカッコイイとは言えず、背も平均的日本人の高さより少し低いくらいで165センチしかない。学生時代に、陸上部であったため、割りと筋肉質で、スマートな体型をしていて、体力もそれなりにあるが、肉体美と言えるようなものでもない。お金も特に持たないしがない郵便局員で、地元の高校を出ただけなので、誇れる学歴も教育もあるわけではない。彼の美徳は、本当にそれだけだ。

正直で誠実なだけで、母を落とせるものだろうか?町民はそんな説明では納得しなかった。必ず他に何かあるだろうと、色々な仮説を立てて、楽しんだ。当時は、その議論をすることが、街の娯楽の一つであった。しかし、どんな仮説を立てても、正解を知るすべは無い。母は、先ほどの一言以上のことは、決して言わないし、父もそれ以上は聞いたことがなかった。多くの人はカレーを食べた日に何かあったのだろうと予想していて、それを問うのだが、父は提供できるようなエピソードの記憶を他に持ちあわせていなかったし、母はただカレーを食べて世間話をしただけだと言った。街中の誰もが知る父と母の馴れ初めの顛末はこんなところである。しかし、父は母の一言にまるで疑問を感じていない様子であった。やっぱり馬鹿だ。

もし、父のような正直で誠実な人になれば、母のような人と結婚できるとするなら、多くの人がそのような人物になれるよう努力するのであろうが、それを信じる人は一人もおらず、街中で実践する人は皆無であった。そもそもそれを信じるような馬鹿正直な人物は、すでにその美徳を獲得しているので、そんな努力をする必要がないだろう。父のようになるには、父のようにして生まれなければならないのである。


父が俺の部屋に入ってくることは、滅多にない。母の命令を滞る事無く遂行するという使命を持つ多忙な父は、俺と光のことも大切にしてはいるが、基本的には母にべったりで、二人きりで何かするということは、あまり無かったように思う。二人でクワガタを探しにいったのも、母の命令のひとつであり、二人きりで何かをするというのと少し違う。別に面倒というわけではないのだろうが、何をするにも、母の了解を取ってから動くというのが父の行動原則である。一応、自己主張もするものの、最終的に父が母に逆らうところを俺は見たことがない。関白宣言も、関白失脚もあったものではない。最初から、主導権は母にあるのだ。子供たちもそれをわかっているから、何かをお願いする時は、必ず母にお願いする。嘉神家において、父の果たす役割とは、母の奴隷なのである。だが、それで幸せなのだから、何の問題もない。ノープロブレムだ。俺も、父のようであればどんなに幸せな人生が送れるだろうと思ったことがある。だが、父の子供ではあるが、残念ながら父と同じようには生まれて来なかったので、俺にそんな人生を送ることはできない。

入ってきた父は、俺の机の前の青いパソコンチェアに座った。俺もベッドから起き上がり、壁にもたれ掛かって足を伸ばして座る。

「どうしたの?」

「いや、急な話で驚いて、冥からもうちょっと話を聞きたいなと思って」

「学長が説明した通りだよ。俺もそれ以上はよく知らない」

「そうか・・・」

父は、何か考え込んでいるようであった。俺の無口と考え込んでしまう癖は、父親似であることを再確認するに足るだけの時間を空けてから、またしゃべりはじめた。

「冥、父さんは怖いよ。亜希さんと付き合い始めてから、毎日が最良の日だった。いや、亜希さんと出会った日から、最良の日だったのかもしれない。俺は、その日まで平凡に過ごしてきて、そんな幸せも何も知らなかった。真面目にコツコツと暮らすことがいいことだと、お前のじいちゃんやばあちゃんに口酸っぱく言われてきて、それを忠実に守って、コツコツと生きてきたよ。その暮らしを面白いともつまらないとも思っていなかったように思う。ただただ時間だけが過ぎていったよ。そんな時、配達の途中に橋の上で川を眺めて佇んでいた亜希さんを見て、平凡な毎日に光が射した。彼女が非常に眩しかったんだよ。そして、まばゆい光に誘われた虫のように、近づいていって、何がなんだかわからないまま結婚を申し込んでしまった。自分でも、どうしてそんなことをしたのかわからないよ。振られた後に、自分はなんてことをしてしまったんだと後悔したけど、不思議と諦めようとは思わなかった。亜希さんは、あの時何も返事をしなかった。こちらも見ないままにワッカタサップ川を見続けていて、反応が無くて怖くなって逃げ帰って来てしまったんだよ。でも、よく考えれば断られたわけじゃないから、頑張ろうと思った。指輪を買って、一世一代の大勝負をしようと思った。13回目までは本当に反応が薄くて、途中で心が折れそうにもなったけどね。亜希さんが付き合ってくれて、式を挙げて、お前たちが生まれて、農場を初めて・・・。毎日が本当に楽しかった。でも、そんな毎日が変わってしまうかもしれないと思うと怖い」

「父さんには、母さんがいれば大丈夫だよ。俺がいなくても何の心配もない」

「そうだ。俺には亜希さんがいれば何の心配もない。俺は、亜希さんのことを信じている。亜希さんの判断に従って間違ったことはない。俺は、亜希さんに惚れているから従っているだけではなく、その正しさを信じているから従っているんだ。けれども、その亜希さんがあれほど抵抗するのだから、何か悪いことが起るに違いない。そして、俺は亜希さんの次にお前と光を愛している。お前のことが、心配だ」

いつになく、はっきりとした口調でそういった。この期に及んでも、母が一番という態度を崩さない父の姿勢には、苦笑せざるを得ないが、正直な父が言う本心からの言葉には胸が打たれた。しかし、決断を変更するわけにはいかない。

「心配してくれるのはうれしいけど、今度ばかりは母さんの思い通りには行かないよ。俺が行かなきゃもっと悪いことが起る。そして、俺は行く事に決めている」

「そうか・・・でも、俺は亜希さんが抵抗するなら、最後まで抵抗するからな」

「うん」

父は、紗季のところへ預けている光を迎えに行ってくると言って、外へ出ていった。


学長と母の二人きりの会談が始まってから、30分弱が経過していた。父が、光を迎えに行ってからは、またベッドに寝転がり直し、白い天井をぼーっと眺めていた。よく見ると、単なる真っ白の天井というわけではなく、ランダムな凸凹模様がついていた。その模様を見つめていると、だんだんと、羊に見えたり、兎に見えたりして、まるで十五夜にお月様を見ているような気分となった。記憶を辿ってみると、白い壁や天井はどこへ行ってもしばしば見られるものであるが、模様などのアクセントも何も無い、新品のコピー用紙のようにまっさらな壁や天井は記憶にない。本当に白い壁と天井に囲まれた部屋にいる設定の映画やアニメを見たことがあるが、あれらは現実離れし、人が住める環境ではないということを示唆しており、精神的に不安定になっても仕方がない状況のように思える。白は清潔で気持ちのいい、爽快なイメージを保持しているが、同時に空々漠々たるイメージも持っていると思う。その無機質な白の空間は、広大無辺の砂漠に一人取り残されて、立ち尽くすといったイメージを俺にもたらすのだ。赤や青の空間に置かれるというのと、ちょっと違う。白は、ポジティブなイメージが強いカラーであるはずなのに、それ一色に染まってしまうと絶望を感じてしまう。赤や青の空間に囲まれても、そのカラーが持つ従来のイメージが増長されるだけだ。しかし、白は、元々のイメージを通り越して、全く違うイメージを増長させる。不思議なこともあるものだ。だからこそ、真っ白な壁というのを見た記憶が無いのかもしれない。工場のクリーンルームや手術室は白の空間に近い場所だろうが、それらは日常暮らす場所ではない。そんなことを言ったら、そこで働いている人々に怒られるかも知れないが、彼等にとってもそれは日常であるだろうか?仕事は日常だ、高校生にはわからんだろうがなと言われたところで、なら休暇もそこにいたいのと言われると彼等も閉口するに違いない。俺が言っているのは、そういう意味の日常であり、誇りを持って仕事をしているからこれが俺の日常だとかそういうことは関係ないのである。嫌々、そこで働いている人なんて大勢いるだろうし、日常と仕事は切り離して然るべきではないだろうか。もっとも仕事が大好きな人なら、それが日常と言っても構わないような気もする。そもそも、白い壁は汚れやくすみが激しく、まっさらな状態ではなかなかいられない。やはり白に囲まれた空間というのは、非日常空間である。やはり、落ち着かない印象しか持てないだろう。

そんなことを考えているうちに、会談を登る足音が聞こえてきた。ノックもなく扉は開かれる。


「冥、聞いてくれる?」

時折、怒鳴り声が聞こえてきたほどの先刻の勢いは消え去り、静かに真剣な表情で、俺に尋ねる。そういえば、少し前から母の大きな声が聞こえなくなってきたような気がする。

「何?」

「わたしは、あなたを行かせたくない。でも、あなたが行くというのなら、止める権利は無い。やっぱり行くの?」

「うん、行くよ」

「それは、わたしたちのため?それとも紗季ちゃんのため?」

「わからない。両方かもしれない」

「予言者の世界は辛いわよ」

「うん、わかってる」

「このたぬきじじいを見ていたら、お気楽に見えるかもしれないけど、ぜんぜん違うんだからね」

「うん」

「その言い草は、ちとひどいのう」

「学長は黙ってて下さい」

「二人とも、知り合いなんでしょ」

「やっぱりわかってたのね。そう、わたしは予言者なの。いえ、予言者だったと言うべきかしら」

「こやつは、問題児でのう。苦労したわい」

「苦労させられたのは、わたしです。あなたの下で働くなんて、大きな選択ミスだったわ。あの秘書も本当にかわいそう」

「クリスティーはきっと満足して働いておると思うがのう。ふぉふぉふぉ」

「知ってるくせに、ひどい人間よね」

母は、学長の底意地の悪さを心底嫌っているようであった。しかし、同じようなところが母にもあるような気がするが。

「おかしいと思ってたんだ。紗季の気持ちが読めない理由は、学長に教えてもらった。でも、よく考えたら、母さんの気持ちもぜんぜん読めた試しがない。だから、母さんは俺と同等以上の予言者かカリスマなんだと思ってね。二人で話したいと言った時には、やっぱりそうだったのかと確信を持ったよ。それに、二人が知り合いだってことも」

「そう考えるのは、当然よね。学長が余計な事をいうからバレちゃったのよね。折角、紗季ちゃんとわたしがいい撹乱要員になって、うまく冥を騙せてたのに・・・」

「いずれ気づくことじゃ。諦めよ」

「そうね。光が生まれた時に、いつかこんな日がくるんじゃないかと思ってたわ」

「光も予言者なの?」

「ええ、その力を持ってるわ。あの子は、あなたより力が強くないから、亨さんの気持ちくらいしか読めないだろうし、ぜんぜん気づいて無いと思うけど」

「光の存在は、わしが見つけなくても、他の予言者が見つけてしまうからのう」

「そうね。冥の場合は発見できなかったと言い訳ができるけど、光に関してはそうは行かないわ。もし、あなたが見逃しても、あなたの部下が見つけてしまうでしょう?」

「まあのう。優秀な部下たちじゃ」

「どうして母さんは、今まで予言者であることを隠してきたの?家族には、予言の秘密を話しても良いんでしょ?」

脇道にそれた話を元に戻す。母は、真顔になってゆっくりと答えた。

「それは、わたしが予言者であることを捨てた人間だからよ。」

「予言者を捨てた?一体どうして?」

「わたしは、冥に予言者になって欲しくなかった。普通に暮らして欲しかったのよ。だから、それを隠し、冥と光が予言者にならずに、ずっと一緒に暮らせないか考えてきたわ。」

母は、俺の質問の核となる部分については答えなかった。わざと話をそらしている。

「どうしてそんなに予言者になることに反対してるの?」

言い回しは違っても、聞いていることは同じことであった。反対している理由には、予言者を捨てた理由が含まれているはずである。

「それは・・・」

「冥、それ以上は勘弁してやってくれんかのう」

こんな時でも軽口を叩きニコニコしていた学長の表情からは笑みが消えていた。俺は、渋々納得する。いくら家族の間であったって聞いてはいけないことはあるだろう。

「わかりました。でも、いつかは教えていただけますよね?」

「そうさな。いつかは話さねばならぬ日もくるだろう。いいな、亜希」

「はい。心の整理がついたら話します」

「父さんは予言の力については知らないんだよね?」

「ええ」

「でも、父さんは気づいているよ」

「そうね。前々からわたしには、何か特別な力があるってことは気づいていたみたいね。初めは、わたしが自分よりもずっと頭も良いし、運動能力にも優れている田舎にはいない都会の人間という意味で、特別な人間だと理解していたようだけど、わたしと暮らしているうちに少しずつ考えが変わってきたようにも見えるわ。そして、学長の話を聞いてからは、それが確信に変わったかもしれない」

「そうみたいだね。さっき、珍しく部屋に来て、妙な事を言ってたよ」

「でもね、亨さんはわたしの過去について、何も聞かないわ。わたしがこれまでの人生で、どうやって生きてきたのかなんてまるで興味がないかのような振りをしているの。でも、本当は、怖いから何も聞かないのよ。わたしの過去の話を聞いたら、今の幸せが壊れてしまうんじゃないかと思っているの。過去を思い出したら、わたしがどこか遠い所へ言ってしまうのではないかと思っているのね。だから、亨さんは一言もわたしの過去ついてのことは尋ねたことがないわ。農場を買うお金をわたしがポンと出した時も、わたしにお礼こそは言ったけど、どうしてそんなお金を持っているのかについては聞かなかったわ」

「父さんらしいね」

「もし、聞かれても両親の遺産よとか言ってごまかすけどね。でも、亨さんは、そうと決めたらそんな疑問なんて頭から切り離していける人だから。あんなに誠実で真面目な人は、希少よね。やっぱりわたしが亨さんを好きな理由は、そこなのよ」

「父さんに、予言者だって話すの?」

「わたしの心の整理がついた時に、話すわ。亨さんは、わたしを信じてくれているから、今はきっと何も聞かずにいてくれると思うし、そうさせる」

「そうだね」

「では、この書類にサインを」

「待って、もう一度聞くけど、予言者になればあなたが以前求めていたような普通の暮らしわできないのよ。それでも予言者になる?」

「俺に、選択の余地は無いよ。このまま高校に通ったとしても、俺の望んだ生活は得られそうに無い。それなら、ここで覚悟を決めるしかないんだ」

「でも、紗季ちゃんとなら・・・」

「紗季には頼れないよ。人から施しを受ける人間にはなりたくないんだ」

母は溜息をついてから、苦笑いする。

「はぁ、冥ってそういう所が不器用なのよね。亨さんと同じで、融通が効かないのよ。」

俺は、父の悪い部分しか受け継いでいないのではないだろうか。父にどこそこが似ていると人から言われた時に、それがほめ言葉であった覚えが無い。

「いいわ。どの道、わたしの望みは叶えられそうに無い。わたしの負けね学長。冥をよろしくお願いします」

先程までの態度とは打って変わって、慇懃に学長に頭を下げた。

「わしのほうこそ、すまぬのう。じゃが、日本の将来のためでもある。許せ。」

学長の方も丁寧に、深々と頭を下げた。それは、長年の因縁における和解の印であったのかもしれない。そして、母に書類が差し出される。

「では、書類にサインを・・・」

「ええ」

晴れて、俺が国立予言者高等学校に入学することが正式に決定した瞬間であった。


入学当日の朝、迎えの車がやってきた。極秘機関であるために、学園の場所は秘匿されている。公共交通機関を使用して行ける筈も無く、学園に行くためには車を使うしか方法が無い。てっきり東京にあるものだと思っていたのだが、北海道の山奥にあるらしい。一般人が立ち寄らない広大な敷地を確保できる北海道は、機密保持に最適であるというのが理由だ。一般人ならば、もし偶然場所を知られても、対処する方法はいくらでもあると考えているために、若干の隙があるような気がする点は否めない。ステークホルダーとなる国々、機関、会社、団体などに対しては、それら自信が予言者を抱えているために隠しようがなく、あまり対策を取っていない。それは各国でも悩みの種ではあり、方策に窮した国々は互いに不可侵条約を結んでいるそうだ。研究機関においては友好関係を保ち、相互に発展していくことを謳っている。交換留学や共同研究なども積極的に行われているそうだ。自らの手の内は明かさぬままに、相手の手の内を探る手段の一つともされてはいるらしいが・・・。

持ち物は、簡素なものであった。普段着や寝間着を数枚、下着と靴下を一週間分。こういった衣服類の他に、読みかけの文庫本数冊、携帯ゲーム機順天堂3DSとそのソフト数個。後は、高校の入学祝いで買ってもらった電波腕時計と財布と携帯と筆記用具とノート数冊。たったこれだけである。これから家族と離れて寮で暮らすというのに、随分と質素なものだなあと我ながら思う。しかし、生活必需品が無償で支給されることになっている学園において、衣食住を心配してあれこれ準備する必要はないらしい。基本的に、支給された制服でいることが義務付けられ、運動着や靴も支給される。寝間着も運動着を代用している人が多いそうだ。食事は、3食とも食堂で食べることができ、カフェテラスや24時間営業の売店もある。部屋には、本棚・ベッド・椅子・机・パソコン・クローゼット・バス・トイレ・冷蔵庫が、しっかりと備え付けられており、歯ブラシや石鹸に至るまでも支給される。温泉大浴場まであるそうだ。至れり尽せりのホテルと同じである。実際、何も持たずに行っても、あまり問題がないそうである。学園都市にはショッピングセンターもあり、大抵のものは手に入る。ただ、学園都市の外には出られないために、特殊な嗜好品は手に入らない。自分のこだわりの品や趣味の品はなるべく持っていくのが大事であるそうだ。昔と違って、普段手に入らない品もインターネット通販で買うことができるようになったため、随分いい時代にはなったそうであるが、当然直接輸送するわけにもいかないため、通常の通販とは違って手続きが煩雑になっているそうで、時間がかかるため、不便なことに変わりはない。

車から降りてきたのは、学園の研究機関で研究員を名乗る東宮甘露と運転手の木村和巳である。東宮甘露は俺に名刺を差し出す。

「東宮甘露です。以後、お見知りおきを」

彼女は、いかにも淑女といった体で挨拶した。紗季の母がいた手前、肩書きは名乗らなかったのだが、名刺には、予言者大学校 予言学 予言理論科 研究員 東宮甘露と書かれていた。母にも渡していたのだが、その名刺はどうやらダミーで、表の肩書きが書いてあったようである。俺の名刺を横目でチラ見して、納得したような顔をしていた。外見から年は25歳前後に見え、そうであるならば研究員になりたてのフレッシュマンであるはずなのに、落ち着いた雰囲気を持っていた。俺から見れば、大人のお姉さんといった感じで、髪の長さは肩程で、紗季のような漆黒ではなく、薄い黒髪であり、紺色のようにも見えた。現代では、スーツはスーパーマーケットですら自社製品をつくって格安で売る時代で、どこにでも同じようなものが売っているが、そんな一般的な黒のスーツの上に白衣を着ているにもかかわらず、どこか気品のようなものが感じられる。

「運転手の木村です。荷物はトランクにどうぞ」

初老の紳士といった風体の木村和巳は、うやうやしくお辞儀をして、そう言った。

俺は、まだ入る空間を十分に残した旅行用のポリカーボン製のスーツケースを車の後部へと引きずって、木村和巳に渡す。そして彼はトランクにそれを詰めた。爽やかな5月の朝である。決意したものの未だ続く鬱蒼とした気分を馬鹿にするような天気だ。

見送りには、父と母と光という俺の家族だけではなく、紗季の母も来てくれた。しかし、学校へ行ったという紗季の姿は無かった。

「じゃあ、頑張ってね冥。長期休暇には、必ず帰ってくるのよ」

母は未だ複雑な心境にあったようだが、精一杯の笑顔でそう言う。

「冥が、いなくなると寂しくなるな。頑張ってな。ほら光もお別れを言いな」

「お兄ちゃん、バイバイ」

「うん、バイバイ」

紗季の母が、残念な顔をして、

「ごめんね。紗季にも来るようにいったんだけど」

と言った。

「いいんですよ。」

「でも、ずっと一緒だったのに、最後のお別れにも来ないなんて」

「休みには帰ってきますし、今生の別れってことでもありませんから」

仕方のないことである。平日なのだから、わざわざ学校に遅刻してまで俺の見送りに来ることでは無いのだ。しかし、紗季が俺の転校について一言も触れてこなかったのはやはり気がかりであった。彼女は、俺が転校しないとでも思っているのではないだろうか。その事を彼女自身が認めないことで、俺の転校を阻止できるとでも思っているかのようであった。だが、いくらカリスマの彼女でも、その未来を変えることはできなかったようだ。

「じゃあ、待っているのでそろそろ行きます」

お別れを言っている間に、東宮甘露と運転手は、車に乗り込んでいた。待たせるのは悪いので、急いで車の後部座席に乗り込む。

「では、発進します」

「お願いします」

ゆっくりと、車は動き出す。車の中から俺は、手を振る。サイドガラス越しからに始まり、リアガラスからも手を振っていた。手を振り返す彼等の仕草は、三者三様であった。いや、4人いるのでここは四者四様というべきか。母は、未だ複雑な表情を浮かべていた。父は、何か決意を固めたようで、晴れ晴れとしていた。光は無邪気に手を振っていた。紗季の母親は、申し訳なさそうであった。


「さて、そろそろ別れの感傷に浸る時間も終わりよね。さっきまでの堅苦しい態度もこれで終わり。本題よ。あなたわたしの実験台になりなさい」

「え?」

出発から、少しして、故郷の町を離れた辺りで、東宮甘露は唐突に、とんでもないことを言い始めた。

「あなた、学長と同じくらい強い能力を持ってるらしいじゃない。研究への協力は学生の義務よ。わたしのおもちゃになりなさいね」

「いや、実験台にされるなんて話し学長には聞かされませんでしたが」

「いい、これは日本の発展のために必要な大事な実験なのよ。各国が血眼になって、強い力を持った予言者をたくさん育てることに注力し、研究を重ねているというのに、我が国はあまりにその研究に遅れをとっているの。力の強い予言者がどうして発現するかや、どうすれば力の無い予言者を力の強い予言者に育て上げることができるのかを解明するには、あなたクラスの力を持つ予言者が実験台として必要なのよ。学長は、人権侵害だって拒否しているから、あなたにお願いするしかないの。今日、わたしがわざわざここに来たのもそのためよ」

「その・・・学長への許可は・・・」

「あなたがいいならいいって言ってたわ」

なるべく関わりたく無い人種であった。彼女は、日本のためとは建前で言っていて、研究がしたいから研究をしているタイプであり、その研究によって日本が発展することは、副次的なものであろう。主目的は予言者の力の源を解明する事で知的好奇心を満たすことと、その輝かしい研究結果を示すことで、自分が誰よりも優秀な研究者であることを世間に誇示することであった。きっとこれはノイズではなく、正しい推測であろう。純粋に日本のためと思っている研究者であれば、協力もやぶさかではないが、このような人物に協力したが最後、すべてを搾り取られ、ゾンビのようにされてしまってもおかしくはない。茨の道である事は理解していたつもりだったが、早くも厄介な選択を迫られるとは思わなかった。この窮地を何としても切り抜けねばならぬ。

「学長が拒否しているのであれば、僕にも拒否権があるのでは?学長も、判断は僕に委ねたようですし」

言い返せた。気弱な俺が、見ず知らずの他人に言い返せた。これは、人類にとっては小さな一歩だが、一人の人間にとっては大きな一歩だ。

「そうですよ。東宮さん。彼にも選ぶ権利がありますよ」

運転手の木村さんも賛同してくれた。これは、俺の意見が優勢であることに違いない。

「あら、彼に選択権は無いわ」

「え?」

「これを見て」

スマートフォンをいじり、一つの画像を見せてくれた。それは、病院で俺がオナニーをしている画像であった。

「立派なものねえ、体を持て余してるのかしら」

「えっ、一体これをどこで・・・」

「気が付かなかった?予言者なのに迂闊よねえ。性欲に勝てなかったのね。わたし、あなたの身辺を調査するために、病院内をうろついていたのよ」

身辺調査とは名ばかりで、脅迫するネタを探し回っていたのが明白であった。テロには屈しないと言ったアメリカ大統領のように毅然として、この脅迫に抵抗したいところではあるが、そのようなカッコイイ台詞を吐けるだろうか。

「・・・」

「これを学園中にばら撒かれたら、あなたは校内を歩けないわよねえ。転校早々、あなたは学園生活だけでなく、人生も終わりを迎えるのねえ」

彼女は、嬉々としてその画像を眺めていた。嗜虐趣味がおありなようだ。断れば、躊躇なくその画像を学園中にばら撒くであろう。

「わかりました・・・できる限り協力します」

「そう、ありがとう♪これで日本の未来も明るいわね」

わたしの未来も明るいわねの間違いじゃないだろうか。こうして、彼女に協力してしまうことになってしまった。俺の人生、すでにお先真っ暗だ。新たな門出を迎えた日からこのような苦境に追い込まれたことに納得がいかないので、一応その運命に逆らう試みをしてみる。

「あの、協力するのでその画像消してくれませんかね」

「ダメよ。あなた、消したら協力しないつもりでしょ」

予想通りの回答である。彼女に、一生弱みを握られてしまうのだろうか。いや、予言の力を身に付ければ、彼女に対抗する手段もあるはずだ。一刻も早く、力をつけて、彼女に逆らう方法を見つけなければならぬ。俺は、不順な動機ながら、努力に励む決意をしたのであった。


これが、俺が国立予言者学園へ向かう車に乗ることになった経緯の一部始終である。この数週間で起こった出来事のおかげで、安穏と生涯を送る夢が途絶え、前途多難な将来に不安を覚え、途方にくれている次第であった。話は、ようやく冒頭付近へと立ち返る。

「紗季ちゃんの心を読めないってどういうこと?」

ここで、不用意な返答をしてしまえば、紗季も実験台として目を付けられかねないと感じた俺は、返答に窮する。学長の話では、紗季のような力の強いカリスマは、国立予言者学園の対象とはならないことを明言されてはいたが、実験台として使用されるかどうかはまた別問題である気がした。力が強い故に、紗季のデータを取って、分析することで、カリスマを大量生産するノウハウを獲得するチャンスだと考えるに違いない。そして、あらゆる手段を駆使して、彼女を実験台の俎上に載せることを画策するであろう。

「予言者ってことは無いわよね。それなら、あのじいさんが取り逃がすはず無いしね」

「いや、なぜか知らないけど、彼女に関してはノイズがひどいんですよね。僕はよく知りませんがそういう人もいるんじゃないですか?」

「そう、ならカリスマね」

あっさりと、秘密は露見してしまう。今の弁明で隠せる気はしていなかったが、もう少し悩んでくれても良かったのではないか。

「ふーん、いい実験台になりそうねえ。学長クラスのカリスマなんて、しばらく現れてないわ。これでわたしの研究者としての未来は明るいわね」

彼女は、つい本音を喋っていた。わかってはいても、あからさまに本音を曝け出されると、少し気圧される。日本の未来が明るいの間違いじゃないのか?

「いや、彼女は転校しませんよ」

「そうでしょうね。それほどのカリスマは伸び伸びと育てるのが効果的とされているわ。予言者学園みたいな窮屈な場所は彼等の性格には合わないところなのよ。彼等に、カリスマとしての帝王学を学ばせるのが効果的か否かについては、随分色々な研究者が研究を重ねてきたけれど、最新の研究では、彼等の意思を尊重して伸び伸びやらせることが最も成果を上げるという説が有力とされているわ。ただ野放しにして、カリスマの人材が不足する分野が出ても困るから、その人に向いている分野や、人材難な分野に誘導する役割を果たす機関があるけどね。カリスマをうまくそれぞれの分野に振り分けるのよ。そんなCIAみたいなミッションを背負った部署が政府にあるわ。彼らが自らその道を選択したかのように、うまく偽装するのに苦労しているそうよ。将来、学長の跡を継ぐなら、あそこは予言者の力が大活躍してるところだし、あなたも若いうちに経験してみたら良さそうな部署ね。あなたが志す国家公務員だし、やったら?」

「けっこうです。そんな人をだまくらかすような仕事御免ですよ」

「予言者の仕事は、未来のカードをどう切るかにかかっているのよ。相手を騙すようなことは、日常茶飯事。そんなこと言ってたら、務まらないわよ。学長を見なさい。人を騙したって、ニコニコ笑っているような人よ。あれくらい人でなしになれないとダメよ」

「学長みたいにはなりたくないですね・・・」

「まあ、彼女が学園に来なくたって、研究の材料となってもらう方法はあるわ。楽しみねえほんと」

駄目だこいつ・・・早くなんとかしないと・・・。こいつのやる事を予測して、手が打てるようにならないと・・・。先が思いやられる・・・。


五時間程すると、一本道に入った。こんな山奥には不似合いな広い幅を持つ二車線の車道を走るとすぐに門が見えた。そこには警備員が二人おり、学園の関係者かを確認するための許可証の提示が義務付けられていた。木村さんが、ダッシュボードから許可証をサッと取り出し、警備員に見せると、門が解錠された。さらに、30分ほど進むと、学園の外観が見え始めてきた。万里の長城のような壁が学園の周辺を覆っており、厳重な警備体制が敷かれているのがわかった。2つ目の門は、さらに物々しく、10人程の屈強そうな警備員がおり、物資の輸送に来たトラックの相手と学園関係者の出入りの管理に忙しくしていた。また、違う入り口への誘導も行なっていた。学園を囲む壁に沿って道路が続いていたのだ。内部へ入るには、まず、一人一人許可証を警備員に提示して、身分を確認を受ける。俺の身分証は学生証で、東宮さんが持っていた。空港と同じように、持ち物はすべてX線検査し、人は金属探知機のゲートを通過する。車両に隠されたものが無いか、すべてを警備員がチェックする。これを毎日続けている警備員には頭が下がる。いつクレームがついてもおかしく無い状況だが、クレームを怖がって手を緩めると、責任問題へと発展してしまう可能性がある。実に、面倒な仕事であろう。しかし、一つの疑問がある。

「なぜこのような厳重な警備をしてるんですか?」

「ここは、予言者のメッカなのよ。国の行く末に関わる重要な拠点なのだから、厳重に警備するに決まってるじゃないの」

「いえ、本気で攻めてきたら、いくら強そうな警備兵を雇ったとしても、ゲートを通過されてしまうんじゃないですか?それに、予言者だったら、どんな警備が来るか予想がつくから、100%行けると思う対応策を準備して通り抜けられてしまうでしょ」

「そこは、うちも予言者を用意してるのよ。あの中に一人予言者がいるの。侵入者との読み合い合戦をするわけよ。卒業したら、あそこで働く?」

「いえ、責任重大そうなので遠慮願いたいですね」

「そう?あなたの能力からしたら、簡単な部類だと思うけど。逆に、こんな半端仕事してたら、国からクレームが付くレベルかしら。本当の脅威は、他の優秀な部署が常に見てるし、見た目ほど期待されてる警備じゃないのよ、ここは。一応、やっとくかって程度ね。一般人が迷い込んだら、うまく追い返す方が重要な仕事かも。だいたいが、一つ目の門で追い返されるけど」

「なるほど、そういうものですか」

以前の感覚からすれば、あのような手厚い警備は、大きな脅威をしっかりと排除できるだろうと思えたはずなのに、予言者の世界から見れば、ザル警備といっても良い体制なのかもしれないと思うと、今までとは違う世界へと潜り込んでしまったのだなあと思う。

そんな会話をしている間に、門をくぐった車は、学園奥深くへと突き進んでいく。内部は、山奥とは思えないほどに近代化されていた。周辺住民への配慮か(とは言っても、人里からは相当離れているのだが)、超高層ビルはなかったが、数十メートル級の建物もちらほらあった。また、緑も多く残されており、自然の景観に配慮しているようである。体育館のようなスポーツ施設、カフェ、本屋、小売店なども見られ、学園がひとつの都市を形成していたのである。

「人口はどれくらいなんですか?」

「そうね、三万人くらいかしら?」

「三万人!?」

「たいしたことないでしょ。大きな大学だったら、学生数だけで10万人を超えているところもあるじゃない。最近は少子化で、学生数が減っているけど、今でも一学年平均400人くらいはいるみたいね。小学生から大学生まで合わせて、6400人くらいだったと思うわ。半分が予言者で、もう半分がカリスマよ。学生以外だと、予言者の卒業生の6割とカリスマの卒業生のほぼ全員が、そのままここで働いているわね。わたしのような外部からの研究者や政府関係者もいるわよ。だいたいがカリスマね。わたしもカリスマよ。残りは、事務処理や施設の管理を行う職員がいるわ。彼等は、普通の人よ。この学園の秘密を拡散されると困るから、多くが縁故採用になってるわね。秘密を知る予言者かカリスマの親族が働いているの。この不景気においしい仕事場よね。あなたの家族も、あんな農場の経営なんか辞めて、ここで働かせてもらったら?学長に相談したら簡単にねじ込んでくれるはずよ」

「それは母さんが決めることですから。あの、卒業してもここで働かない予言者ってどこへ行くんですか?」

「3割が、民間へ行くわ。大企業なんかは、予言の秘密を知ってるから、喉から手が出るほど、予言者を欲しがっていてね。国より高給だからと言って、行く人もいるわね。中小企業は予言者の存在も知らないから、彼等との差は開くばかり。大企業の特権ってひどいものよね。残りの一割は、ドロップアウトした人たちかしら」

「ドロップアウト!?こんな特殊能力を持っているのになぜ?」

「ここの学園生活で、イジメで精神を壊してしまう人もいるし、成績が芳しくなくて落ちぶれてしまう人もいるわ。そういう所は、外の環境と全く一緒よ。」

「なるほど・・・」

「他には、力を利用して宗教団体をたちあげてみたりする人もいるのよね。キリストみたいな預言者とまではいかなくても、一般市民が予言の能力を目の当たりにすれば、彼等が再来したと思わせるに十分じゃない。まあ、そんなもの信じる人は、愚民としか言い様がないけど」

「それは、問題にならないんですか?」

「なるわ。予言の力を不正利用しないように、予言監視機関が政府に設けられていて、そういう行為が行われていたら、取り締まられるのよ。だって、予言の力を使って、株や競馬なんてやったら、余裕でお金が稼げて、予言者は働かなくなっちゃうでしょ?」

「確かに、俺もそれで適当に稼いで、後はのんびり暮らそうとすると思います」

「あなたなら、そうでしょうね。でも、宗教団体の扱いは少し難しいの」

「どうしてですか?」

「歴史的にみて、予言者の出発点は、やはり預言者なのよ。だから、宗教団体の新設に関しては、文化的側面から、規制されるべきではないという意見もあるの。その中から、新たな預言者が生まれないとも限らないしね。その意見を尊重して、まっとうな宗教団体をやっているところは手出しができないようになっているのよ。もちろん、予言者の実態を一般人にバラしたりなんかしたら、監視機関に取り締まられるのだけどね。でも、線引きが難しくて、悩みのタネらしいわね。そろそろ着くわよ」

国立預言者高等学校がその姿を現す。

校舎は。特段普通の高校と変わったところは無いが、つい最近建設されたらしく、財政難の日本がこんなお金を使って良いのだろうかという余計な心配してしまうくらい、非常に綺麗な鉄筋コンクリート造りであった。国立では無く、私立では無いかと見紛うほどであり、5階建ての校舎には、札幌時計台のような時計が校舎中央の入り口上部の屋上階に備えられている。入り口上部の階段通路は、ガラス張りとなっており、階段から辺りを見回せるようであった。窓を除いた壁の部分は、赤茶色のタイルが敷き詰められていた。今まで、通っていた公立高校と比べると雲泥の差があり、築30年以上経過して、あちこちがボロボロであったその校舎を思い返すと、あの学校の生徒達が可哀想に思えてくる。耐震補強をするために、鉄骨で筋交いをしていたくらいだ。そろそろ建て替えられるのではと噂されていたが、在校中に建て替えが始まると、我々はプレハブ暮らしとなってしまい、余計に悲惨な学生生活となってしまうために、ボロいのは我慢するから、3年間は耐えてくれと祈る人々が多かった元我が校舎。その事を思うと、この校舎の新しさは、暗い気分に一滴の清涼剤を与えてくれるものであった。

校舎の隣に、学生寮はある。二棟有り、女子寮と男子寮で別々に分かれているのだろう。学校から歩いて5分程度か。通学が楽そうで何よりだ。こちらは10階建てとなっており、屋上にガラス張りのテラスが見えた。なんとも豪華である。高校は新築に近そうであったが、こちらは築10年くらい経過しているかもしれない。それにしても、建物は小奇麗に保たれており、メンテナンスをしっかりしているのだろうということが見て取れた。

男子寮入り口へと車が停車する。時間はすでに17時を回っていた。

「到着です。長時間のご乗車お疲れ様でした」

「ええ、ありがとう」

「ありがとうございました」

 木村さんは、そう言うとすぐに運転席から降り、俺のドアをわざわざ開けに来てくれた。

「お荷物は、わたしがお持ち致しましょうか?」

「いえ、自分でやりますので」

「そうですか、ではトランクを開けますね」

彼は、トランクを開け僕に荷物を手渡してくれた。非常に温和で礼儀正しい運転手である。俺と東宮さんが話していた時にも、俺を気遣った一言以降は、黙って運転をしていた。そういえば、さっき職員の話になった時にも、彼は何も言わなかったが、彼自身は普通の人にしか見えない。おそらく予言者かカリスマの親族なのだろう。ということは、学園に通う子息を持っているのだろうか?

手荷物を運ぶという仕事も無いため、彼は良い学園生活をと言い残し、車を走らせていった。東宮さんは、まだ話すことがあるのか、一緒についてくる。

エントランスに入ると、この寮の管理責任者である寮長が出迎えてくれた。戦後では初めての転校生を物見遊山に来た生徒や学校帰りの生徒なども辺りをうろついていた。

「こんにちは、寮長の山城圭一です。よろしく」

そう言って、彼は握手を求め、手を差し出す。それに応えるために俺も手を差し出し、軽くお辞儀をしながら、

「これからよろしくお願いします」

と言った。

「東宮さんもこんにちは」

「こんにちは寮長」

「それじゃ、部屋に案内しましょう」

50代くらいに見える彼は、筋肉質な体型をしており、ここまで笑顔ではあったのだが、怒ると怖そうなイメージを持つ男であった。

「あなたは、Ⅹ組だから、最上階ね」

「えっ、一番下がいいんですけど」

「何言ってんの、眺めは良いし最高じゃない」

「いや、登り降りが大変そうじゃないですか」

「ちゃんとエレベーターがあるわよ」

「それならまあ」

「若いんだから体を動かせよ少年!階段を使え!」

寮長がそう言ってカラカラ笑い、俺の肩をポンポンと二回叩いた。向こうは軽くのつもりなのだろうが、こちらからすると少し痛い。やはり、怒らせたくない人だ。

エレベーターまで行く途中に、これから同じ学校に通う仲間となる僚友達をちらと眺めて、観察してみたのだが、どうやらあまり歓迎されている様子ではなかった。彼等には俺の才能に対する嫉妬があるようであった。そうだろう。小学生から今まで頑張ってきたのに、新参者に一足飛びにされてしまっては、面白いはずもない。一方、俺の事はどうでもいいらしく、東宮甘露を凝視し続けている男たちもいた。性格はきつかったが、紛れもなく彼女は美人であるし、胸も大きかった。おそらくEはあるのではないだろうか。彼等の気持はわからないでもない。だから、能力は関係なく、むしろ東宮甘露の側にいることが憎くて堪らないといった様子のやつもいた。

エレベーターは三基ある。一番左のエレベーターには、朝食7時~7時30分まで、夕食19時~19時30分までは使用禁止という札が下げられている。配膳に使用するのだろう。真ん中のエレベーターに乗り込み、10階へのボタンを寮長が押す。

「二人部屋だがら、仲良くやってくれ」

「えっ?」

「ここは、基本二人部屋なんだよ。この寮は一部屋二人で全員が入れるように設計してあるが、外部から通っている人もいるから空き部屋ができる。空き部屋ができたら、希望者は一人部屋を使用することができるルールとしているが、上級生から順番に割り当てられることになっているからな。君は、まだ一年生だから、我慢するんだな」

「そうですか」

なんということだ。いきなり共同生活なんて自信が無い。確かに、そうなるかもしれないとは思っていたが、実際その事実を突きつけられると、狼狽えてしまうものだ。ルームメイトになる人とうまくやっていけるだろうか。

 エレベーターは、10階へと到着する。居住スペースは、外観がどこかのホテルのようで、綺麗に掃除されている。学生が自分たちで掃除していたら、こうはならないのではないだろうか?誰か掃除する職員を雇っていそうだ。高校生のうちからこんな楽をさせていては、ろくな大人に育たないのではないだろうかと心配する。いや、彼等は小学生からこのような生活をしてきたはずだ。異常である。下界から離れてこんな異世界で生活してきたならば、掃除もできない大人に育ってしまうのではないだろうか。

「そういえば、外部で過ごしている人がいるって言ってましたが、どういうことですか」

「ああ、家族が学園都市内での仕事を紹介してもらう人や予言者の家系がいるからな。そういう人達は、家族で生活しているから、学園の内部から通っているね。少数だが、自らこの寮を出て、外部から通っている人もいるぞ。中学生までは、指定の寮から通わなければならないが、高校になってからは自由になっている。家賃を払わなければならないし、そうしている人は稀だがね。Ⅹ組は金持ちが多いから、そうするやつも比較的おおいかな」

「そうなんですか」

「ついたよ。ここだ」

部屋の番号は1007。縁起は良さそうだ。寮長は、コンコンとドアをノックする。はーいという若干不機嫌な声が聞こえてから、寮長はドアを開けた。現れたのは、金髪の男の後ろ姿であった。ほう、外人さんなのかなと思いたかったが、ドアが開いてから、我々に一瞥をくれ、彼のギョロッとした黒目を見た瞬間に、そんなことがあるわけも無かったと理解する。これから最低一年は、恐ろしいヤンキーとの生活を続けないといけないのかと思うと、先が思いやられた。部屋の中は土足禁止であるため、靴を脱ぎ部屋へ入る。

 「天原渡君だ。彼は、成績優秀でな。予言の成績だけではなく、すべて教科で学年のトップクラスの成績を誇っている男だよ。おい、天原、これからルームメイトになる嘉神冥君だ」

 部屋の左奥の机の前に座って、熱心に本を読んでいた天原は、その言葉を聞いてから、大きく鋭い目で俺を見て、顔に笑みを浮かべることも無いまま、椅子をこちらの方に向けた。寮長が、彼の前に歩み寄り、隣に俺が来るように促す。座ったままでは失礼だと思ったのか、彼も立ち上がる。

 「嘉神です。これからよろしくおねがいします」

 深々と頭を下げながら、彼の気に障ることが無く、無事にここでの生活が送れる事を心の中で切に願った。

 「天原渡です。よろしく」

 「おいおい、これからのルームメイトだ。握手くらいしろよ」

 「はいはい」

 天原が面倒くさそうに手を差し出す。俺も、急いで手を差し出す。

 「よろしくお願いします」

 「よろしく」

 彼の手は大きく、俺の手をにぎる力は少し強くて、痛かった。こちらは、愛想笑いを浮かべているのに、一向に笑みを見せない。そして、握手が終わるとすぐに、椅子に座り、本を読む作業に戻っていった。俺に無関心なのか。でも、その方が有り難くはある。

 「しょうがないやつだ。それじゃ冥、部屋の説明をするぞ。君の机は右側のこれだ。後ろのベッドを使いなさい。クローゼットはその後ろに2つある。それも左側が天原で、右側が君だ。靴箱と冷蔵庫は共同で特にルールが無いから、二人で相談してうまく使いなさい」

 「はい」

 すぐ左隣が天原の机であり少し緊張した。右隅には本棚が据え付けられている。部屋は、机とベッドの位置が左右対称で、置かれている調度品も、全く一緒だった。違いは、右側手前には、クローゼットと靴入れがあり、左側手前には洗面所とユニットバスがあることである。よって、一緒に机に向かった時に、天原との距離は、一メートルも無いだろう。人見知りの俺が、そんな距離感で彼と毎日過ごさなければならないと思うと、気が重くなった。

 「トイレと風呂も仲良く使ってくれよ。まあ、二階に大浴場があるから、そっちを使ってくれてもいいけどな。水道水じゃなくて、泉質がいい温泉だし、我が寮の自慢なのだよ。泉脈を当てたのは、学長だったなあ」

 「温泉なんてあるんですか、すごいですね」

 「ああ、学長もよく来るよ」

 「どうしてわざわざ」

 「ちゃんとした温泉施設も学園都市内にあるんだけど、営業時間が8時から21時までなんだよ。それ以降に入りたくなった時に、うちに来るのさ。学生の消灯時間は23時で、それ以降、大浴場は立ち入り禁止だけど、風呂は掛け流しだから、ずっと動いているしね。一人で悠々と風呂に入ってるよ。寮内では、学長の唯一の贅沢としてよく知られているな。我々職員が、消灯時間を過ぎてから入ることもあるけどな」

 「なんで温泉があるのに、この部屋は風呂がついてるんですか?」

 「それは、みんなで一斉に入ると混んでしまうからさ。特に、時間も決まってないしな。まあ、暗黙の了解みたいなものが学生間では一応あるみたいだけど」

 「それじゃあ、寮内も案内しようか。天原やってくれるか?」

 「あ、それわたしがやります。彼と話すこともありますし。それに、寮長の立場からは話辛いこともあるでしょう?」

 「まあな。それじゃ、頼んだよ、東宮さん」

 「はい、お任せ下さい」

 「その前に最低限の事は言っておこう。クローゼットに、君の制服と体育の時に使用するジャージが入っている。基本的に、寮生活では、このどちらかを着用することが義務付けられている。私服は、外出時に必要であると認められた場合だけだ。事前に、わたしか担任の先生に許可を得るように。朝食と夕食は、各部屋に配膳される。朝食は、7時から7時半の間、夕食は19時から19時半の間だ。不在時は、エレベーター前のワゴンに、部屋番号と名前が書かれた食事が置かれている。食事をした後は、そのワゴンに下げてくれ。ワゴンは、一時間前後で回収に来る。食堂で食事を取る場合は、ワゴンがエレベーターでそれぞれの階に向かう前に、一度食堂に寄るから、その時に食事を持って行ってくれたまえ。まあ、ここで受け取って、食堂まで持って行ってもいいがな。食事が要らない時は、前日までに、職員にその旨を申し出てくれ。門限は、21時だ。外出していても、それまでに寮に帰ってくること。さっきも言ったが、消灯は23時だから、それまでには部屋に戻ること。ただ、その後部屋で何をするかは自由だ。ルームメイトのことも考える必要はあるけどね。起床は、朝食前にお願いする。覚えたか?」

 「だいたいは」

 「まあ、一度には覚えられないだろう。細かい事は、君の机の上に置いてある寮則と寮の案内図を書いた北辰寮のてびきという冊子に書いてある。教科書や生徒手帳なども置かれているから、後で確認しておいてくれ。他にわからないことは天原に聞いてくれ。何か質問は?」

 「大丈夫です」

 「そうか。そうそう、君の食事は明日から出ることになってるから、すまないが今日は地下の売店で何か買うか、外で食べてくれ。それじゃ、僕は行くね」

 寮長の山城は、そう言って、足早に部屋を出ていく。残されたのは、俺と天原と東宮さんである。天原は、読書に耽っており、こちらを気にする様子は全くない。俺はとりあえずベッドの後ろ側にスーツケースを縦に立てて置き、机の前にあった椅子に座った。東宮甘露は、すでに俺のベッドに座って、休んでいる。

 「ところで、お話って何ですか?」

 「ここじゃ、なんだから、外で話しましょうか。少し休んでからね」

 彼女は、僕のベッドに仰向けに寝転がり、目を閉じて腕を真っ直ぐに伸ばして、うーんと唸った。それから、数分間彼女はそのままの体制で寝ていた。うら若き乙女が、男の部屋でそんな無防備な状態でいても、俺達が何かすることは無いと、舐めきっているのだろう。たしかに、その考えは当たっているだろうけど、舐められていると思うと、何かいたずらをしてやりたいものである。胸くらい揉んだって、罰は当たらないのではないか。ただ、そんな勇気は、俺にあるはずもない。天原は、無関心を貫いており、そんな気配は一切ない。俺は、手持ち無沙汰で、教科書や手てびきをパラパラとめくっていた。一般の高校と同じように、国語や数学の教科書があり、中身も一般の高校と同じようなものであった。相違点は、予言学の教科書があったことである。冊子は、一つではあるが、他と比べてかなり分厚く3~400ページあり、大きさはA4板くらいのものであった。中身を見ると、予言理論学や予言歴史学などの項目があり、細かい系統立てた分野区分がありそうだった。他教科の遅れは無いはずだが、予言学については、今まで口頭で聞いた分くらいしか知識がなく、小学校から通学しているはずの同級生と比べて、かなり遅れをとっていることは間違いない。今から勉強して追いつけるのか、学園生活で大いに不安なものの一つである。

 そうやって、教科書を流し読みしていると、東宮甘露が突然起き上がった。

 「さて、そろそろ行くわよ」

 「あ、はい」

 彼女は、立ち上がり、出口へスタスタ歩いて行く。俺も、眺めていた教科書たちを、机に放り投げ、急いでその背中を追った。靴を履き、廊下へ出る。廊下を出て、エレベーターまで行く途中に、ある男とすれ違った。眼鏡をかけて、ほっそりして背が平均より少し高めくらいの男は、男子寮に女がいるのが珍しいのか、俺たちに好奇の目を向けていた。

 エレベーターに乗り一回へのボタンを押す。

 「あの、どこへ行くんですか?」

 「あなた、今日のご飯ないんでしょ?施設の紹介をしてもしょうがないし、外で晩ご飯を食べましょう。ここじゃ、話しにくいこともあるのよね。それとも、ここの施設見たい?」

 「いえ、後で適当にぶらぶらしますよ」

 「そうよね。それにわたしもここの施設よく知らないのよね」

 「知らないのに、案内するって言ったんですか?」

 「だって、どうせ天原は案内してくれないでしょ。だからといって、あの調子で寮内を寮長に案内されたら、時間がかかりそうじゃない。車の中で何も食べれなかったし、お腹が空いてるのよ」

 「それは、僕もですけど」

 「いいじゃない。寮内は、明日前田君にでも案内してもらいなさい」

 「前田君って?」

 「ああ、さっきのすれ違った子よ。彼はいい子だから案内してくれるんじゃない?」

 エレベーターのドアが開き、俺達はエントランスへ向かう。その間、東宮甘露を見る男達の視線が熱く、彼女の艶めかしさに完全に心を奪われているようであった。また、彼等の嫉妬と羨望の眼差しが僕にも向けられた。あんな美人がなんでこんな男と歩いているんだといったところであろう。エントランスを出るとやっと解放されるかと思ったが、放課後で人の出入りが激しいため、人とすれ違うたびにその視線が続き、気がきではない。これじゃ、紗季と二人っきりで歩いている時と、全く一緒であった。長年、紗季と歩いているから、そういう状況に慣れていてもおかしくないはずだが、彼等の敵意を知らん顔できるほど、俺の面の皮は厚くなっていなかった。車で移動している時は、あまり考えなかったが、彼女の魅力は人目を引きすぎた。俺一人で歩いていれば、世間から注目も受けずに、モブキャラとして心労もなく歩けるはずであるのに、どうしてこんな状況に陥ってしまったのだろうか。彼女は、人々の目など意にも介さぬように、凛として歩いていた。

 「あの、東宮さんどこへ行くんですか?」

 「言ったでしょ。食事よ」

 「食事といっても、どんな店とかありますよね」

 「んーと、高校のカフェでとりましょうか。この時間だと寮でご飯を食べる人も多いし、もう人も少ないんじゃないかな?」

 時刻は、すでに7時に近く、北辰寮では夕食の頃合いだった。

 「高校にカフェなんてあるんですか?」

 「ええ、あなた達はお金持ちだからねえ」

 「いや、俺は金ないですけど」

 「あなたはまだ持ってないかもしれないけど、予言者って人手が足りないから、高校からバイトに駆り出されるのよ。それも高校生には不釣合いな結構良い金額をもらえるのよねえ。だから、実力ある子は、分不相応な額のお金持ってたりするのよ。まあ、実力がない子はお呼びがかからないんだけどね」

 「そうなんですか」

 「予言者は高給取りなのよ。しがない研究者のわたしたちからしてみれば、羨ましい限りだわ。わたしたち研究者は、良い論文を書いて、結果を出さないと高給がもらえないというのに、あなた達は!」

 「そんなこと言われたって・・・」

 「まあ、あなた達の方が、目に見えて有用だから仕方ないんだけどね。わたしの専門は予言理論で理論科学系の分野だし、実際的に適用できる実学とはちょっと遠いからねえ。それに比べて、あなた達予言者は実際的な事に長けてるもの。その理論を構築してるのがわたしたちなのに・・・。まあ、わたしは実践できないから仕方ないけど」

 「東宮さんは、なぜ研究を?」

 「私は、東大で脳科学の研究をしてたんだけど、ある日あのジジイが現れて、『国費で研究をせんかね』って言ってきたのよ。ちょうど、大学院の修士2年の頃で、博士課程に進もうかと思ってたんだけど、そのお金を工面するのが大変になってきてた時だったし、渡りに船だと思って、OKしたの。だから、元々予言者とはなんの関係もなかったのよ。予言の研究がしたかったわけじゃないけど、研究はしたかったしね」

 「学長はななぜあなたを選んだんでしょうか?」

 「予言で選んだとは言ってたけどね。お前は、カリスマ能力で、わしの想像を超える研究成果をいつか示してくれるかもしれないから頑張れだって。予言ができるってことは、あのジジイの想像を超える可能性はほとんどないはずなのにね。ただ、あのジジイの想像以上の事をあのジジイ以下の能力のカリスマがやってのける可能性もあるにはあるのよ。それは、生涯で一度か二度と言われているけどね。でも、同じような事があったら、全員に言ってるんじゃないのかな、あのジジイ。全く性格が悪い人よほんと」

 それを話している間に高校についた。玄関を通ると、ほとんどの学生は帰宅してしまったようで、賑やかさはない。上靴を持って来なかったため、東宮さんと一緒に玄関にある来客用のスリッパを借りることにした。玄関には管理人が一人おり、一応身分確認をしていた。東宮さんは、俺の学生証と自分の身分証明書の二枚を提示する。管理人さんは、そのカードをカップコースター大の端末の上に乗せ、スクリーンに表示された画面で顔や身分を確認してから、証明証を返却する。ICチップ内蔵なのだろう、便利な時代になったものだ。

 「そういえば、この学生証。あなたに返すわ」

 「ありがとうございます」

 学生証と共に、レザー製のカバーを渡してくれた。

 「それに、入れときなさいね。カバーに学年とクラスが印字されてるから、外しちゃだめよ」

 「学年とクラスってそんなに大事なんですか?」

 「学年は、学生証に書いてある生年月日でほとんどわかるし、年齢確認だけだから特に大事ってわけじゃないけど、クラスは大事よ。クラスは予言者にとって大きな意味合いを持ってるしね」

 「どんな意味合いが?」

 「後で話すわ、早くカフェに行きましょう。屋上にあるのよ」

 それから、エレベーターに乗り、屋上へのボタンを押した。途中で数人の生徒が乗り込んできたが、私服である俺と先生らしくもない東宮甘露を珍しそうに見ていた。エレベーターは最新式で、車椅子が乗りやすいように広く作られていた。しかし、車椅子に乗った人が来るような、公共の施設なのかだろうかという疑問はある。

 屋上に到着し、ドアが開くと、ガラス張りとなったカフェテラスが眼前に現れた。入り口のアクリルで出来た看板には、「カフェテラス コサインアルファ」とお洒落なポップ体で赤い文字がプリントされていた。高校の施設としては勿体無いほどの豪華さであり、ガラスから透けて見える外の眺望からは、学園都市全体を一望できた。来た時は、車だったのでわからなかったが、学園都市の中核とも言って良い、予言者の養成所である教育機関が集まる地区は、入り口から最も遠い所にあった。

 カフェに入ると、同い年くらいの可愛らしいメイド服の女の子が、案内をしてくれる。

 「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

 声に生気がなく、少し冷たくも感じる接客であった。彼女は、非常にメイド服が似合っていたが、ハキハキした元気印の女の子というわけではなく、ぼんやりしてドジをしてしまいそうなタイプの女性であった。髪型を真横にツインテールにしている可愛い子だからちょっとくらいのドジなら許すけど。案内されたのは、学園都市をよく見晴らせるような場所であった。四角いテーブルの各辺に、プラスチックで出来た、他の喫茶店でもよくみかける椅子が置かれている。俺と東宮さんが、向かい合わせに座ると、メイドの彼女がメニューを手渡してきた。

 「メニューをどうぞ、ご注文が決まりました頃にお伺いします」

 彼女は、そう言って、引き上げていく。また、すぐ来るにもかかわらず名残惜しくなって、後ろ姿をなんとなく見ていた。

 「ああいう子がタイプなの?」

 「いえ、そんなことは」

 「まあ、すごく可愛いけどね。わたしには無いものだから羨ましいわ」

 「タイプは違うかもしれませんが、東宮さんも高校時代は相当モテたと思いますけど」

 「ええ、モテたわ。でも、くだらない男ばっかりだったから、軽くあしらってあげたけど」

 少しも謙遜しないところが、この人らしいところだろう。彼女は、自分の美しさを知っている。そして、そのことに一点の疑問を持ってもいない。

 「東宮さんらしいですね。さっきからも東宮さんを見る男の目が、血走ってて、俺は一緒に歩くのが辛かったですよ。気づいてました?」

 「まあね。いつものことだから、気にしないけど」

 「俺は、嫉妬の目とかがあって嫌だったんですけどね」

 「予言者だとそういう悪意が直に伝わりそうな体質だし、大変でしょうね。でも、それは宿命なんだから諦めなさい。慣れよ慣れ。あのジジイを見習わなきゃね」

 「紗季と一緒にいた時も同じような目に会いましたけど、一向に慣れませんでしたよ」

 「紗季ちゃんも、モテそうだもんね。あんな子を連れて今まで生きてきたのに、未だに慣れてないなんて、先が思いやられるわね。一生、慣れなさそう。わたしみたいな人と歩くの辞めたら?」

 「できることなら、俺だってそうしたいですけどね。俺が選んだ道じゃないですよ。紗季のことも、あなたのことも」

 「わたしの知ったことではないわ。ふふふ、精々苦しむことね」

 「あ、そろそろメニューを見ましょうか」

 「そうね」

 入り口に、メニューの見本も置かれていたが、ろくすっぽ見ずに、さっさと中へ入ってしまったため、字面だけではどんなものが出てくるのかイメージが掴みにくかった。あまり外れは無さそうだということで、予言者カレーという物を頼むことにした。ただのカレーというメニューは無かったので、これがここの普通のカレーなんだろう。何の変哲も無い料理に一手間加える程度で、地名やキャラクター名を冠するということはよくあることだ。その土地やキャラクターの雰囲気に合わせて、通常のカレーからかけ離れてしまった場合は、たいてい普通のメニューも用意していることが多い。今回は、予言者カレーだけだし、多少アレンジはしていても、スタンダードなカレーが出てくるはずだ。カレーというのは、もはや確立された料理で、市販のカレールーさえいれておけば、まずくなるはずがないのだ。カレーをまずく作るのは難しく、料理が初めてで基本すら知らないやつか、隠し味に凝り過ぎて、原型を留めないくらいケチャップやインスタントコーヒーなどを大量に投入してしまったかだろう。仮にも飲食店を経営していて、前者は有り得ないし、後者の可能性は低い。そもそも農業をしているように見えないこの都市に名産などないだろ。有名な予言者がレシピを考案したというくらいが関の山だ。値段も700円と、スタンダードなカレーの値段であったため、そんなに奇抜なレシピではないだろう。

 「決まった?」

 「はい」

 「じゃ、呼ぶわよ。すいませーん」

 手を上げて、店員を呼ぶと、さっきのメイドが水を持ってトコトコとこちらへやってきた。水を銘々に配ってから、注文メモを取り出す。

 「ご注文はお決まりでしょうか?」

 「ええ、わたしはA定食」

 「俺は予言者カレーで」

 「A定食と予言者カレーですね。かしこまりました。少々お待ち下さい。」

 厨房へ行くメイド服の彼女は、可憐だ。他にも店員が何名かおり、メイド服姿をしていて、皆可愛いのだが、彼女の可愛さは群を抜いていた。彼女目当てに通い詰める男子高校生が、列をなしているに違いないと思う。小遣いは、高校生になってから携帯代を含めて月1万円と決められていて、ここへ転校することが決まってから値上げ交渉をしたが、寮食や学食を活用すれば、食費もかからないという理由で却下された。その俺が、携帯代と文房具などの少しばかりの雑費を除いた全額をここへすべて注ぎ込みたくなるレベルである。疲れた放課後には、ここでコーヒーでも飲みながら、ぼーっと彼女を眺めて癒されようと思った。外界から閉鎖された学園生活において、そんな逃避先を求めるのは俺だけじゃないはずだし、俺もひっそりとそのメンバーの一員に加わろうと思った。彼女を見届けてから、東宮甘露へ質問する。

 「ところで、さっきの話の続きですけど」

 「クラス分けの話ね。あなたのクラスはⅩ組なのだけど、これがどういう意味かわかる?」

 「わかりませんよ」

 「まあ、そうよね。学校にはⅰ組からⅩ組みまであるのだけど、これは予言の実力順でクラス分けされてるのよ」

 「えっ、何の実績もない俺がなんでⅩ組に?」

 「学長の使者が見えたんでしょ?そんな人は過去にいなかったわ。当然、跡継ぎと目されるあなたはⅩ組が相応であるとされたのよ」

 「テストも受けてない俺が・・・」

 「予言の実力は、相手の使者が見えるか見えないかで相対的に順位をつけていくのが、基本なのよ。本当に見えているか、実際に予言をしてみればわかるしね」

 「相手の予言ができたら自分の力が上であることを示せるということですね」

 「そのとおり」

 「実際、予言の実力は年を経てもほとんど変わることがないの。入った当初から、固定された上下関係が成立してしまうのよ。小学生の時にⅤ組として入学して、高校卒業までずっとそのままだったというような人がザラよ。上に行けても一つか二つで、下に行っても一つか二つね」

 「厳しい世界ですね」

 「そのことをみんな知ってるから、差別が激しいのよ。Ⅹ組の人間は、ⅰ組の人間を人とも思わない扱い方をするとも聞くわ。この学園の闇ね」

 「そんなことが・・・それが寮長には言えないことですか?」

 「そうよ。大浴場も上位組が幅を効かせているから、下位組は恐れ多くて入れなかったりするわけよ。そういう差別を抱えたところなの」

 「なるほど」

 「だから、あなたも気をつけてね」

 「どうして?」

 「あなたは、突然現れたⅩ組を超越した存在なのよ。そんな人をⅩ組の人が面白いと思う?」

 たしかに、ずっと野球を頑張ってきて、とうとうレギュラーになれたのに、後から入ってきた奴に、レギュラーを奪われたりしたら面白くない。

 「面白く無いでしょうね」

 「それに、下位組だってあなたに同情なんかしないわ。彼等は上位組の事を恨んでいるもの。本音が筒抜けで、それをさらに上位組のイジメの種にされる人達だから可哀想よね。」

 彼女は、窓の外に目を向けながらなお続ける。

 「下位組の悲惨さはひどいものよ。それは寮の階にも如実にあらわれているわ。上位組から順に上層なのはわかるわよね?でも、よく考えてみて」

 「どういうことですか?あっそうか」

 「そう、一階は食堂やエントランスで埋まっているのよ。ということは、ⅰ組の居場所が無いわけ。Ⅰ組とⅡ組は2階に押し込められてるわ。もちろん部屋が足りないから、抽選でそこにいける人が選ばれてるの。あぶれた人は、居住区の寮から通っているわ」

 「そんな・・・ひどい・・・」

 「そんな闇を抱えているのよ。国側もハングリー精神があった方が、学生が育つのではないかという考えね。飴と鞭よ。でも、それはⅠ組とⅡ組にいる人達はゴミだって印象を他の人達に与える結果になっているようね」

 「下位組の人が上位組に上がる例ってないんですか?」

 「無くはないわよ。さっきの前田君は普通では有り得ない、ⅰ組からⅩ組への下克上を達成した人よ。礼儀正しいから、Ⅹ組の人にも手荒く扱われることはないみたいね。彼は、下位組の時にも、上位組に恨みを持たない人間だったそうよ。だから、彼は心が綺麗な人だと信頼されているの。さっき、前田君にでも頼みなさいって言ったのも、裏表のない人物だと太鼓判を押せるからよ」

 「そういえば、さっき挨拶もしてなかったのに、何で前田君の事知ってるんですか?」

 「あんないい研究材料他にはいないでしょ?実験台として、色々と協力してもらおうかなあと思っててね。でも、あの子は他の研究者も狙っていて、ライバルが多いのよねえ。あなたが、あの子と親友になって、わたしの研究に協力してくれるように頼んでくれないかしら?」

 「そんなこと頼みませんよ」

 「そういうと思ったわ。自分で頑張るからいいけど。でも、あの子はいい子だから、仲良くしといてあなたに損はないんじゃない?殺伐とした予言者高等学校の中に咲く一輪の花のような存在よ。あなたが、もっとうまく立ち回れる人間だと楽なのにね」

 「不器用な人間で悪かったですね」

 「別に、あなたのことだから、私には関係ないわ」

 それっきり、料理が届くまで無言となった。俺は、外の景色を眺めていた。東宮甘露は、スマートフォンで仕事関係のメールをチェックしたりしていた。この学園都市は、辺りを山に囲まれた盆地に存在していて、周囲にぐるっと壁を築き上げ、山と合わせて二重に外界から学園都市を隔離している。それなりに、厳重にして、秘密保持をしているらしい。上空から見られたら一発でわかるだろうが、そのへんはうまく処理しているのだろう。大方、飛行機やヘリコプターがこの辺を飛んではいけない決まりや、衛生写真を差し替えるといった事でなんとか誤魔化しているはずだ。街は碁盤の目のように整然とした作りであり、しっかりとした計画の元に建設された都市なのだということがよくわかる。

 お気に入りのメイドが、カレーとA定食を持ってやってきた。

 「A定食と予言カレーです」

A定食は、サバの味噌煮にご飯と味噌汁。後は、煮物といった和食であった。洋食が好きそうなタイプに見えたのに、和食を頼むとは見当違いだったのか。俺の方は、予想通りの普通のカレーだった。特徴として、じゃがいもや人参がゴロゴロと大きいサイズにカットされていたが、そういうカレーも好きだし、よくあることだ。申し訳程度に、サラダがついていた。

 「ごゆっくりどうぞ」

 レシートをプラスチックの丸い筒に入れて、彼女は去っていった。時刻は7時27分で、客もまばらである。彼女をずっと眺めていたい。背も150cmを切るくらいで細身。愛玩動物を愛でるような気持ちにさせてくれる可愛さである。黒いニーソも萌えポイントとして点数が高い。ここの店長はわかってる。俺は完全に彼女の虜になってしまった。

 「いただきます」

 東宮さんは、無言で食べ始めたが、俺はしっかりとそう言ってから、スプーンに手をのばす。見た目は、普通のカレーだ。でも、予言者と冠する意味がどこかに少しくらいはあるはずだ。そう思いながら、一口目を口に運ぶ。

 「うまい」

 素直に、そう思った。シンプルに作られているからこそ美味しいカレーだった。特に、変わった点は見受けられないが、普通より少し辛めなのにその辛さが絶妙であり、辛さ以外のスパイスの深みもあった。スパイスの調合が、予言で作られたものなのかもしれない。そう感じる旨さであった。一方の東宮甘露は不機嫌そうだった。

 「普通ね。洋食の方にすればよかった」

 やっぱ洋食派だったみたいだなあと思いながら、俺は夢中でカレーを食べる。

 「カレー美味しそうね。学長が考えたカレーなんて怪しくて食べられたものじゃないと思ったけど、割りとまともに考えたのね」

 「おいしいです。予言でレシピでも授かったんじゃないですか?」

 「そうらしいわね。ある日レシピが降りてきたとかいう伝説を聞いたことがあったけど、つくり話じゃなかったのね。わたしもそれにすれば良かった」

 それから、ご飯を食べた後に、コーヒーを二人共頼み一息つく。俺は、砂糖を入れたが、彼女はブラックで飲んでいた。

 「ところでパートナーの話なのだけど」

 「パートナー?」

 「カリスマと予言者は同数用意されるのよ。半分半分って言ったでしょ。それはパートナーを作るためよ。相性の良いパートナーの方が、実力が発揮できるというデータがあるの。小学生から相性のいいパートナーを探し続けているから、高校になってくるとほとんど決まった相手ができるものなのだけど、あなたどうする?」

 「どうするって言われても、知り合いなんていないしどうしようもないじゃないですか」

 「困ったわよね。4月にパートナーは決定してしまっているし、あなたぼっちよ。アハハハハ」

  愉快そうに笑う彼女の仕草は、早速人生の艱難辛苦を味わえていい気味だと思っているような風である。

 「ぼっちって、パートナーと一緒にやる授業とかあったら俺どうしたら良いんですか?」

 体育のバドミントンの授業で、相手がいなくて先生と一緒に組んだ思い出が蘇る。前の高校では、体育の授業が苦痛だった。先生と打ち合う中での何とも言えない寂しさは筆舌に尽くしがたい。男女別だったので、紗季が助けてくれることもなかった。

 ひとしきり笑った後に、東宮甘露は答える。

 「助けて欲しい?」

 「あたりまえじゃないですか。何かいい方法があるんですか?」

 「わたしがパートナーになる」

 「え?」

 「わたしもカリスマよ。実験の協力と引換に、パートナーになってあげるって言ってるの」

 「いや・・・それは・・・」

 「何?このわたしじゃ不服だっていうの?」

 彼女のような綺麗な人がパートナーになってくれるなんて、相性とかは関係なく光栄なことではあるのだが、その代償が大きすぎる。彼女と授業を受けている中での他人の視線と、彼女の実験に付き合う義務が課せられることに気が重くなる。まあ、実験はどの道付き合わされるのだろうけど。

 「わたしも脅迫したのは気が引けてたのよ。これくらいはサービスしてあげるわ」

 「でも、東宮さんがパートナーだと他の人の視線が・・・」

 「そんなの気にしてたらこれから生きていけないわよ。慣れなさい」

 「は・・はい」

 「よし、じゃあ決定ね」

 流されやすい性格だ。結局、東宮さんがパートナーになってしまった。ああ、神よ。我を導き給え・・・。そういえば、予言の授業とはどんな雰囲気なのだろうか。

 「東宮さん、予言学の教科書をさっき見つけたんですけど、ここではやっぱりその授業が行われているんですよね」

 「そりゃ、そのための学校だからね」

 「みんな小学校から授業を受けてるんですよね?」

 「そうよ」

 「俺、ついていけるんですか?」

 「無理ね」

 「そんなあっさり否定しなくても・・・」

 「アハハ、心配しないでいいわよ。わたしがあなたのパートナーを引き受けたのも、あなたをサポートして欲しいって学長に依頼されたからなんだから。だから、これから一ヶ月は他の生徒とは別メニューででみっちり授業してあげるからね♪覚悟してね♪」

 恐怖を感じる笑みだった。これから地獄の一ヶ月が始まってしまう予感がしてならない。やっぱりこんな学校に来るんじゃなかった。

 「あの、一ヶ月で追いつけるんですか?」

 「あなた次第よ。でも、中学までは、理論より実技に明け暮れている傾向が強いから、座学はそんなに苦労しないで追いつけると思うわ。中学理科や中学社会を真面目に勉強するほうが大変よ。あなたは地区トップの進学校に通えるくらいだし、きっとなんとかなるわ」

 「そうですか・・・じゃあ実技が遅れてますね・・・」

 「そうでもないわ。使者さえイメージできれば、きっと他の生徒をごぼう抜きするわね。だから、あなたはⅩ組にいるのよ。いったでしょう?訓練してもなかなか実力は伸びないのよ。下位組はその絶望感と闘って生きてるのよねえ」

 「使者って創り出すの大変なんですか?」

 「一ヶ月かかる人もいれば、3日で出来る人もいる。センスね。でも、小学1年生でみんな使者を出せるのが普通だから、高校生のあなたなら一日でいけるんじゃない?」

 「それ、年齢関係あるんですか?」

 「さあね。使者を創りだす方法が確立されたのは、もう随分前のことで、当時の文献もたいして残ってないしね。1800年代後半にヨーロッパで発見されたんじゃなかったかしら?それからすぐに広まっていって、才能がある子は子供の頃に創り出すようになったし、今じゃ年齢がどうとかはわからないわね」

 「じゃあ、なんで俺なら一日でいけると思ったんですか」

 「学長が、使者を創りだす初めての授業で、すぐにドラちゃんを創り出せたって言ってたからよ。あなたでもできるんじゃない?まあ、学長のドラちゃんは、誰にも見えないから、担当教員や同級生がこいつは嘘を言ってるんじゃ無いかとも思ったらしいけどね。でも、その教員や同級生の能力は学長未満だったし、会長が実演した予言がズバズバ当たったから、使者がいるんだろうということをみんな受け入れたらしいわ。でも、世界でも指折りの力を持つ予言者って、彼等同士の小さなコミュニティでしかお互いに使者を確認することができないから、実は使者がいなくても予言が容易に出来る方法を確立してるんじゃないかという噂もあるわ。そういう方法も古来では行われていたしね。あなたには見えた?」

 「俺には見えました」

 「そう、それなら会長はドラちゃんを本当に使者として利用してるのかもね」

 「かもですか」

 「見えないものは信じないことにしてるの」

 「でも、そんなこと言ったら予言だなんて見えないものの代表格じゃないですか」

 「そうね。ただ、あなた達の予言は当たるのよ。だから、信じざるをえないわ。それに、私にも同程度の能力を持つ使者は見えるしね」

 

 コーヒーを飲み終わってから、東宮さんとは、高校の前で別れた。彼女は普段研究室に寝泊まりしているらしく、研究区に帰ると言っていた。俺も、北辰寮に歩いて帰る。エントランスを抜けて、脇目もふらずエレベーターに乗り、部屋に帰った。部屋の鍵は、カードキーで、学生証を入れれば開く仕組みになっていた。この学生証は便利なもので、電子マネーの機能も保持しているらしい。彼女は、自分の身分証明証のICを使って、俺の分も食事代を払ってくれた。学園のあらゆる施設の出入りはこれ一枚で行われるので、紛失には気をつけろと、帰りがけに注意された。

 「ただいま」

 時刻は9時前であり、門限ギリギリであったが、まだ天原が寝る時間ではないはずだ。しかし、彼はこの部屋を出る前に見た姿勢を崩さずに本を読んでおり、返事どころか、俺の方を見向きもしなかった。期待してはいなかったが、この反応は堪える。しかし、無関心でいられるということは、新入に対する手荒い歓迎を受けるよりよっぽどマシであるような気がし、俺にとっては気が楽だった。嫌われることより、無関心でいられるほうが辛いという人もいるが、俺に関しては無関心でいられる方が楽だ。

 気を取り直して、運動着に着替えた。運動着は5着あり、寝間着替わりにも使用するし、もちろん体育などの活動にも使う。てびきを読んだところ、これらを地下一階のクリーニングに出すことで、毎日清潔な運動着を着ることができるらしい。クリーニングしたものは、学校に行っている間に部屋に届けられるそうだ。大きな配達物やクリーニングを入れるケースが部屋の玄関に設置されている。

 暇だったので、てびきをパラパラめくり、この寮内の構造を確かめた。もし、前田君に案内してもらえるにしても、事前知識があるに越したことはない。ベッドに寝そべって、てびきをざっと読んでいると、長旅の疲れが出たのか眠気が襲ってきて、そのまま寝てしまった。

目を覚ますと、すでに2時間ほど経っていた。睡魔に誘われて風呂にも入らず歯も磨かずにこのまま翌朝まで寝るわけにも行かないので、重たい体を持ち上げる。起きた時にも天原は、何かを読んでいた。既に23時を過ぎており、とっくに消灯時間であった。大浴場にでも行ってみようかと思っていたのだが、消灯時間以降は部屋から出ることができない。すると、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 「冥、起きてるかのう?」

 学長の声であった。一体こんな時間に何の用があって、俺の所へ来たのだろうかと思いつつ、ドアを開ける。学長は、右手にバスタオルとハンドタオルを持ち、いつものようににっこりしていた。

 「風呂に入らんか?それとも、もう入ったかのう?」

 「いえ、疲れて寝てしまって入ってません。でも、俺が行ってもいいんですか?」

 「いいじゃろう。何か言われたら、わしに無理矢理誘われたと言っておけ」

 「わかりました」

 俺は、クローゼットから支給品であるタオルとハンドタオルを取り出し、学生証を持って、自室を出る。

 「行くかのう」

 会長は鼻歌を歌いながら、歩き始めた。風呂は、彼の日常における楽しみの一つなのだろう。その楽しみに俺を呼ぶとはどういうことだろうか。エレベーターから下りて、二階へ到着する。降りたら、すぐ目の前が大浴場の入り口であった。中は、衣服を入れておくカゴと棚が並んでおり、貴重品入れが一応備え付けられていた。学生証・身分証明証を必ず入れておいて下さいという看板がその上にある。たしかに、これひとつで多機能をこなす学生証を盗まれると、色々とまずいことになりそうだ。しかし、学長は、貴重品入れに目もくれず、スルスルと衣服を脱いでカゴに入れ、浴場へと向かっていった。

 「学長、貴重品入れなくていいんですか?」

 「ん?誰もいないのに誰が盗むんじゃ?」

 「それは、そうかもしれませんが、もしものことがあるかもしれないじゃないですか」

 「その時は、ドラちゃんに見つけてもらうからいいんじゃ」

 それもそうである。学長のように力の強い予言者は、紛失物を予言で発見すれば良いのだ。そうすると、普段は上位組の生徒がこれをあまり使うことはあまりなく、下位組の生徒のためにあるのかもしれない。でも、下位組は大浴場をあまり使わないとも聞いたが・・・。

 「冥、盗まれたらわしが見つけてやるから、気にせずそこに置いておけ」

 「それでもあんまり盗まれたくは無いですけどね」

 そう言って笑ってみたものの、少しの手間を惜しみ、服を脱いでカゴに入れだけで、学生証はズボンのポケットに入れたままにして、ハンドタオルを持って浴場へ向かった。

 「広いですね」

 浴場は、2階の半分を占めているだけあって、広かった。

 「そうじゃろう。自慢じゃよ」

 あなたの風呂じゃないでしょうと思いながらも、何も言わずにおき、湯船に入る前に体を洗う。シャンプーやボディーソープは備え付けられていた。使い捨て用の垢こすりも準備されている。サービスが行き届き過ぎていて怖いくらいだ。

 丁寧に体と髪を洗う。ふと、会長を見ると、ドラちゃんの体を洗っていた。

 「予言者は、使者の体も洗ってやったりするもんなんですか?」

 「いや、わしの趣味じゃ。こんなことをする予言者は滅多にいないはずじゃ」

 やっぱり会長は変わった人なんだなあと思いながら、体を洗う作業に集中し直す。足の傷がまだ治りきっておらず、水が染みると痛いため、気をつけながら丹念に洗う。

 体を洗い終えて、風呂に浸かる。学長がその横に並んだ。ドラちゃんは出したままであり、一緒に風呂に入っている。使者も非常に気持ちよさそうな、安らいだ表情をしていた。

 「冥、どうじゃ?やっていけそうかのう?」

 俺を気遣ってくれて、風呂に誘ってくれたのだろうか。意外な一面に少し驚いた。

 「そうですね。大変そうですが頑張ります」

 「そうか。甘露はいい子じゃろう?」

 「東宮さんは、性格が少しキツイですけど良い人なんでしょうね」

 「そうじゃな。そうでなけりゃ、わしは彼女にお前を任せておらんよ」

 2階の窓はすりガラスで、残念ながら外の景色は見えない。学長は、ドラちゃんの頭を撫でている。しかし、学長が俺を呼んだ理由はこれだけではないはずだった。

 「学長、今日はどうして風呂に誘ってくれたんですか?」

 学長は、不思議そうにこちらを見た。

 「風呂に入りに来たついでじゃよ」

 「学長がよく夜中に風呂に入りに来るは聞きましたが、別にいつものように一人で入ればいいじゃないですか」

 ドラちゃんを撫でるのを辞め、少し真面目な表情で学長は語る。

 「冥、予言者の世界は、殺伐としていると思わんかね?」

 出し抜けに学長は、そんなことを言った。

 「まだ、来たばかりなのでよくわかりません。東宮さんから聞いた話ではそういうように感じましたけど」

 「予言の実力が予言者の世界のすべてじゃよ。弱肉強食じゃな。強いものが弱いものを食べる。味方はいない。完全な競争社会で、孤立している奴も多い」

 「どうしてですか。どんな組織にだって仲間がいるはずじゃないですか?」

 「たいていの予言者はまだいい。同じ実力の者同士で助け合い、いい仲間関係を築く者もいる。パートナーに恵まれて、二人仲良くやっていく者もいる。結婚に発展することも多い。だが、実力に相違がある相手とは、途端に関係を築くことが難しくなる」

 「相手の心が読めるからですか?」

 「そうじゃ。力を使えば、相手の心はすべてばれてしまう。普通の人間社会では、相手との関係を円滑にする潤滑油として、お世辞を言ったり、腹が立っても作り笑いをしたりする。薄々悪意に気づかれたとしても、その悪意が本心かどうか確信も持てないし、礼節を尽くしている限り、なかなか相手との信頼関係は崩れない。じゃが、力を使えば筒抜けじゃ。そうなってくると、人間の醜い部分もダイレクトに見なければならない。この力は、便利な半面、いいことばかりでもないんじゃよ」

 確かに、相手の心が見えるのは、いいことばかりではないだろう。やはり、自分が他人に嫌われているのがわかると傷つく。多数の人間から罵声を浴び続けて、精神を強固に保てるほど、図太い神経を持っている人などそうそういないのではないだろうか。俺自身、今まで嫉妬などの感情を受けて、辛い思いをしてきた。それは、ノイズによる被害妄想ではなく、真実も多分に含まれていたはずであり、ノイズと真実を選り分けられるようになってからは、よりショックを受ける度合いが高まるかもしれない。

 「会長は、どうなんですか?会長にだって、仲間がいませんよね」

 「そうじゃな。わしにも仲間はおらん。一人ぼっちじゃよ。世界の同等の力を持つ予言者達と、表面上は仲良くしておるが、結局はライバルだということをお互いが認識してるからのう」

 「寂しくないんですか?」

 「寂しかったのう。ずっと一人じゃったからな。でも、今は違うんじゃよ」

 「え?」

 「お主がおるからのう。わかりやすいお前じゃが、それでも本当の気持ちを覗き見ることはできん。そういう相手が、わしには必要だったのじゃ。老いぼれたわしの話し相手にでもなってくれないかのう」

 学長自身が寂しかったのか。学長は一体何歳なのだろう。その間ずっと一人だったのかもしれない。他人とわかりあえず孤独に生きてきた学長の胸中は計り知れないものがある。特別な力を持っているがゆえに、賞賛と共に、多くの他人からも嫉妬などの悪意を一心に受け止めてきたに違いないのだ。それを誰とも分かり合う事無く、彼は生きてきたのだ。

 「はい、俺で良ければ」

 「そうか、また一緒に風呂にでも入るかのう」

 

 それから、湯船にゆっくり浸かって、温泉を堪能していると、ガラっと風呂の扉が開いた。秘書のクリスティーだった。男湯に堂々と女性が入ってきて面食らってしまったが、湯船に隠れて、何かが見えるわけでもなかったので、すぐに気を取り直す。

 「学長、またここですか。大事な電話です。上がって下さい」

 「そうか、しかたないのう」

 学長は、裸のままでタオルで隠すこともせず、風呂から上がっていった。クリスティーにセクハラだと訴えられるのではないかと思ったが、彼女は眉一つ動かさず、脱衣所と浴場をつなぐ扉から離れていく。さっきの発言から、学長でも細やかな神経を持ち合わせているのかなと思ったが、考えなおすべきか。

学長達が脱衣所から出ていくまでに十分な時間をとってから、風呂から上がり、バスタオルで体を拭いて、服を着直す。学生証が盗られていることはなかった。

特に見回りをしている人もなく、簡単に自室に戻ることができた。天原は、すでに寝ていて、部屋は明かりが落とされており、俺も洗面所の備品として置いてあった歯ブラシを使って歯を磨いてから、すぐ寝た。


目を覚ますと、天原はすでにいなかった。ちょうど7時で、寝ぼけて布団の中でまどろんでいる間に、コンコンと音がして、朝食ですという声がした。

 「おはようございます」

 「おはよう。天原はいないのかな?それじゃ、彼の分も机に置いてあげてくれ」

 「はい、ご苦労さまです」

 「うん、それじゃ」

 配膳をしてくれた若い職員は、忙しそうに次の部屋へ向かっていった。こんな早朝から仕事をするなんて大変だ。朝食は、ご飯、味噌汁、納豆、ノリ、塩鮭の焼き魚といったメニューであり、至って普通のものであった。両手にお盆を抱え、落とさないように気をつけながら移動し、天原の机に左手のお盆を置く。

自分の机に朝食を置いて、食べ始める。味気ない食事だという人もいるかもしれないが、別に俺はこれで満足していた。栄養計算もそれなりにしてくれているだろうし、味も不味いわけではないから十分である。給食や病院食のような食事を嫌う人は多く、文句をいう人が後を絶たないように思うが、俺は入院していた際にも、全く病院食に対して不満を持たなかった。食に執着が無いわけではないが、まずくて食べられない物を食わされているわけでもないし、栄養計算もしっかりされているはずの食事に一体どんなケチを付けられよう。予算は限られているし、そもそも少ないのだ。最良の味でなくとも仕方ない。それに、ここでの食事はタダ飯だ。

ご飯を食べ終えると、天原が帰ってきた。汗をかいているようで、すぐにシャワーを浴び、着替えをしていた。朝からランニングでもしているのだろうか?殊勝な心がけである。

「ご飯、机に置いといたから」

「ああ、ありがとう」

初めて自分から話しかけて、緊張したが、なんとか会話は成立したようだ。それきり、会話はなかったが、勝手なことしやがってとか非難されることも特に無かったのでよかった。彼は、不機嫌そうな表情で黙々と朝食を食べていた。

朝食を下げに、エレベーター前のワゴンへ行く。他の学生も、食事を下げ始めていた。お盆をワゴンに置き、学校へ行く支度を始めようと、部屋に戻ろうとした時に、後ろから呼び止められた。

「嘉神君だね」

振り返ると、前田がニコやかに笑っていた。

「えっと、どうして、俺のことを?」

これは、友達を作るチャンスかもしれない。借りてきた猫のようになっていては、ぼっちになってしまう。頑張らなければいけない。

「食事のお盆に、名前と部屋番号が入ったプレートが置いてあるだろう。あれを見たのさ」

「そうなんだ」

「噂の転校生が君ような普通の人でちょっと驚いているよ」

「普通でごめん」

「いや、別に悪いってわけじゃないよ。ただ、予言の才能に溢れている人って、多くが独特のオーラを持っているような気がしてたからね。学長とか天原から、なんだかオーラを感じないかい?」

「たしかに、学長にはある種大物のオーラがあるかも。天原も、他人を寄せ付けない雰囲気だけじゃ無くて、エリートオーラがあるような気がする」

「そうだろう。それに比べたら、君は随分普通の人のように見える。気分を悪くしたなら謝るけど、僕は嬉しかったんだ。君とは仲良くなれる気がするよ。僕は、前田秀人。よろしく!」

「嘉神冥です。こちらこそよろしくおねがいします。そういえば、昨日すれ違ったよね」

「うん、すれ違った時、あれがきっと噂の転校生かと思って、凝視しちゃった。ごめんね」

「いや、いいんだけどさ。あの、俺って噂になってるの?」

 他の学生は、興味深そうに、俺達の会話を見守っていた。彼等も前田と同様に、俺と親睦を深めてくれるというわけではなく、白い目で見るような感じで、俺を歓迎しているムードではなかった。前田はそれを察したのか、場所を移そうと言い始め、俺の部屋に案内することにした。

「失礼します。天原、お邪魔するよ」

天原は、見向きもしないで食事を続けていた。

「ハハ、彼はいつもこうなんだよ。俺が、話しかけてもたいてい無視されるんだ。必要最低限しかかしゃべってくれない。だから、嘉神もあんまり気にしないほうがいいよ」

「あ、うん」

天原は、俺に対して冷たいとは思っていたが、他の人にもそういう態度であったらしい。

「ところで、前田君はどうして朝の忙しい時間帯にわざわざ部屋にきてくれたの」

「前田でいいよ。下の名前でもいいけど。君を学校に案内するように担任の先生から言われていてね。それに、朝のSHR

ショートホームルーム

前に、君を担任の所に連れてこいって言われてるのさ。だから、朝食のプレートを見て君の部屋を確認しようと思ってたんだよ。君の部屋番号聞くのを忘れていてね。タイミングよく君が現れてよかったよ」

「それじゃあ、案内よろしくお願いするよ」

「うん、案内は放課後でいいかな?」

「そうだね。もう時間無いし」

「じゃあ、僕も学校へ行く準備をしてくるから、準備を整えてここで待っててね。何分くらいかかる?」

「シャワーを浴びたいから15分くらいかなあ」

「そうか、じゃあ20分後にくるよ」


シャワーを浴び、髪をドライヤーで乾かす。時間割のプリントは、机に置かれていたもの一式の中に入っていたので、それを見て必要な教科書を詰め込む。ノートは足りなかったが、昼休みに売店で買い足せば良いことだ。13分ほどで準備を終え、一息ついていると、彼がやってきた。

「じゃあ、行こうか。そうだ天原、君も一緒に行くかい?」

天原は、食事を下げてから、さっさと学校へ行く準備を終えていたが、冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出し、イヤホンをして携帯音楽プレーヤーで音楽を聞きながら、ゆったりとベッドの上に座って、スポーツドリンクを飲んでいた。

「一人でいい」

「そうか、じゃあ俺達は先に行くよ。また学校で」

「お先に」

早朝の学園は爽やかであった。非常に近代化した都市でありながらも、元々あった大自然をうまく残しながら開発をしていたようで、所々に木々があり、小鳥などの動物もいる。学園を囲む壁の外は、山であり、熊が出てもおかしくないくらいの豊潤な自然が残されている。田舎者が都会で暮らすことに一抹の不安を感じていたが、これなら大丈夫そうである。そもそもここは非常に都市化されてはいるものの陸の孤島であるため、都会とも言い難いが。

登校の途中で、前田には、君は死ぬかもしれない怪我をして能力が低下した時に、学長に発見されたと聞いたけど本当なのか、というような俺に関する学生間での噂話の真偽を聞かれつつ、学校まで歩いた。学生ごとに割り当てられた靴箱に靴を入れ、上靴を取り出す。この上靴も支給品である。サイズは一体どうやって調べたのだろうと思ったが、ぴったりであった。

職員室は、玄関を入って右側にある。廊下に出るとすぐ職員室と書かれた看板が見えた。

 「ここが、職員室だよ」

そう言って、彼はドアをノックする。

「失礼しまーす」

「失礼します」

挨拶をして、中へ入ると、朝から慌ただしそうにしている。何かの相談に来ているらしい生徒や朝からパソコンで書類を作っている先生などがせわしなく動いていた。

「こっちだよ」

担任の席に連れて行かれると、担任と思われるまだ30代前後の先生は、他の先生が忙しそうにしている中で、悠然とコーヒーを飲みながら、英字新聞を読んでいた。

「おはようございます。更科先生、連れてきました」

新聞から顔を上げて、俺達の方へ目を向ける。

「おはよう。ごくろう前田。そして、君が嘉神冥君かな?」

「はい、おはようございます」

「おはよう。それにしても、普通だな」

「先生もそう思われましたか?僕もです」

「まあ、今まで普通の学校でのんびり暮らしてきたし、エリートコースを歩んでる奴らと比べたら風格が無くても仕方ないか。ハハハ」

なんだか笑われると非常に不快だ。普通であることの何が悪いのか。前田は許せても、この担任はなんだか許せなかった。彼は、新聞を机に置いて、しっかりと俺達の方を向く。

「失敬。ところで、本題に入ろう。まず、朝のSHRで君の紹介を当然するんだけど、よく考えたら、転校生なんて初めてだ。経験がなくて、どう紹介していいのかわからない。冥、君はどう紹介されたい?」

「いや、どう紹介されたいって言われてもですね・・・」

「やっぱりさ、転校初日の挨拶って大事だろ?うん、そうなんだよ。アニメやマンガや小説ではセンセーショナルな挨拶をかますやつだっているしさ。そういう展開を望んでるなら、俺も協力したいなあと思って、それを一番に聞きたかったんだよ。どうだ?宇宙人にしか興味が無い!とか言ってみないか?」

この人は、生粋の予言者なのだろう。だから、転校生が来た経験が、生涯で一度もないし、小説などで行われている挨拶が本当に行われるものだと勘違いでもしているのではないか。いや、憧れているだけか。

「やっぱりさ、お前は今学校中の噂の的だし、ガツンとかましてやる挨拶ができる男だと思うんだよ。見た目は、まあ普通なんだけど、中身は別物で、俺はヒーローだぜって感じなんだろう?」

「いえ、普通です。挨拶も普通でいいです」

「なんでだよ。つまらないやつだなあ。学長は、もっと剽軽な人だぞ。跡継ぎなら、もっとユーモアのセンスも磨かなきゃだめだ」

彼は、残念そうにそういった。

「お、前田。お前はもういいぞ。俺はこいつと一緒に行くからな。センセーショナルな入場を期待しててくれよ」

そう言って、ヒッチハイカーのように右手を前に突き出し、親指を立てた。

「はい、では楽しみにしてます」

前田は、先生に向かって親指を突き立て返す。

「それじゃ、頑張ってね嘉神」

「いや、普通に挨拶するから」

前田は、職員室から出ていき、俺だけが残される。正直、この担任と二人っきりなのは苦痛だ。彼は俺を隣の席に座らせて、

「まあ、時間までゆっくりしてろ」

と言って、新聞を読み始めた。英字新聞なんて読んでいるから、もっと理知的な男かと思ったが、随分と砕けた人物だ。しかし、おちゃらけているように見えて、英語ができるなんて少しカッコイイかもしれないとも思う。俺は、何もすることがなくそわそわと辺りを見回したり、スマートフォンで、届いてもいないメールを確認したり、インターネットでニュースを見ていたりした。

「お、そろそろ時間か行くぞ」

「はい」

残ったコーヒーを飲み干してから、出席簿と書くものを持って、彼は立ち上がる。俺も、床に置いていた学校指定の手提げカバンを持ち上げて、前を行く彼の後に付いていった。

職員室を出てエレベーターに乗る。乗る前に、階段を急いで駆け上がる生徒が何名か見られた。先生が来る前に教室にいなければ、遅刻になるのはどこの学校でも変わらない。

4階に到着し、1―Ⅹの前に来ると、担任が改まった表情でまた聞く。

「本当にいいのか?ヒーローになるチャンスだぞ!」

「いいですよ」

「じゃあ、俺が先に入って、今日は転校生がいるって言ってから、入れと合図したら、ドアを開けて入ってこいよ」

やはり、そういう儀式に憧れていたのだろうなあと思いながら、彼の意見を了承する。

「わかりました」

「それじゃ、行くからな」

彼はドアを開けて中へ入っていった。がやがやしていた教室内は、急にしんと静まり返った。

「よーし、みんな席につけ。みんなも知っていると思うが、今日は転校生を紹介する。あの学長の幻のドラゴンを見たという男だ。みんな拍手で迎えてくれ!」

みんながそれにしたがって、拍手をし始める。ピーピーと指笛を鳴らす音も混じっていた。余計なことをしてくれたものだ、こんな中に入っていくのは気が引ける。ドアについた小窓から、先生が早く来いというように、両手を折り曲げたジェスチャーをしている。覚悟を決めて、ドアを開ける。

Ⅹ組の人々は、一見は普通の高校生と変わらない者がほとんどだったが、たしかにエリートであるようなオーラを醸し出していた。拍手をしてくれてはいても、エリート集団の中に突然やって来た異分子をあまり歓迎している様子はない。

やはり、人前に立つのは非常に緊張する。俺は、どうしていいかわからず薄ら笑いを浮かべて、彼等の前に立つ。

「じゃあ、黒板に名前を書いてくれ」

「わかりました」

決して字がうまい方ではないが、なるべくうまく見えるように注意しながら、自らの名前を丁寧に書いた。前を向き、動揺を隠す努力をしながら、声を絞り出す。

「嘉神冥です。田舎の高校に通っていた普通の高校生で、まだ予言のこともぜんぜんわかりませんが、これからよろしくお願いします」

これだけ言うのが精一杯だった。みんなもう終わりなの?というキョトンとした表情で俺を見ている。

「冥、それで終わりか?」

「あ、はい」

「もうちょっとなんか無いのか?まあ、いいか。じゃあ後ろの窓側の席が空いてるから、そこに座れ。」

人前に立つ役目が終わって、ほっとする。別に挨拶なんてどうでもよくなってくる。教壇の前に立ったら、ひとりぼっちでも構わないから、ここから一刻もはやく逃げ出したいという気分に襲われるのだ。前の席は、偶然にも前田であった。俺が席へ付くと彼は後ろへ向き、

「趣味でも言えばよかったのに」

といった。転校初日には、挨拶があるのはわかっていたのに、どうして俺は準備をしていなかったのだろう。それが悔やまれた。

「さて、今日のSHRだが・・・まあ特に何もないわ。だから朝の読書タイムな」

朝の読書タイムがあったことを知らなかった俺は、本を持ってきていなかった。仕方ないから教科書でも読んでいるかと思っていると、ガラっと扉が開く。入ってきたのは、クリスティーだった。

いきなりのブロンド美女の登場に、クラス内は色めき立つ。そして、先生もドギマギしているようだった。顔を赤くしている。俺も、なぜクリスティーがここへ来たのか不思議だった。

「えっと、どうなさったんですか?」

「先生、顔赤いぞー」

「うるさい」

「もう一人転校生がいるので、ご案内したんです」

クリスティーは、生徒達の騒がしさなど意にも介さず、冷静にそういった。

「は?もう一人?」

「はい、昨日入学が決まったので、お伝えするのが遅れてしまいました。申し訳ありません」

「いえ、そんなことは構わないのですが、一体どなたですか?」

「入って」

そこに現れたのは、紗季であった。

「鳴海紗季と言います。私は、予言者ではなくカリスマだそうですが、これからよろしくおねがいします」

そう挨拶をしてから、紗季はニコッと笑った。同級生女子の登場に、男たちがさらに色めき立った。女たちは紗季の美貌を見て、嫉妬や警戒の炎を燃やしているようであった。

「うおー、紗季ちゃん可愛いー」

といったような声があちこちで聞こえた。

「えっと、お前らちょっと可愛い女の子が入ってきたくらいで、騒ぐなよ。静かにしろ静かに」

「先生も、そのお姉さんを見て喜んでたくせにー」

また、野次が飛ぶ。

「馬鹿野郎。そんな事はないぞ。紳士の俺が、そんなことで顔を赤くするかよ。ところで、紗季ちゃんは、どこに座らせたほうがいいかな」

俺の挨拶には、高いクォリティを求めたのに、紗季はあんな簡単な挨拶でいいのかと思った。こういうところで、女は得だ。しかし、なぜ紗季がやってきたのかは疑問である。力の強いカリスマは、予言者学校へ通わせないのではなかったか?

「わたしは、冥の隣がいいです」

急に、俺の方へ男達の視線が集中する。それも、皆怖い目をしているので、反射的に目をそらして窓の外を見た。紗季はするするとやってきて俺の隣に座った。その席は偶然にも空いていたのだ。

「まあいいか。それにしても、お前ら知り合いなのか?」

「はい、幼馴染なんです」

そう言って、紗季はにっこりと笑う。男達の視線がまた俺に注がれ、俺は肩をすぼめ小さくなる。いきなり肩身が狭くなってしまったが、自分の存在が無かったかのように、息を潜めているわけにもいかなかった。俺は、自らの疑問を解消するために、紗季に問い質す。

「紗季、お前どうしてきたんだ?」

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