終章
明治 春
桜の花がヒラヒラと舞い落ちる。
それを見るとはなしに、一人の若い女が見ている。
「女先生ー! お客様ですよ」
「はーい」
軒先からの声に答えてからため息をつく。
「あーあ。女先生っていうの定着しちゃってるなぁ。昔の芳坊に比べたらマシなんだろうけど……」
そんなことを一人心地で呟きクスリと笑う。
『新撰組』というあの場所にいた時から月日が経ち、時代は大きく変革している。
局長であった近藤は斬首され、芳乃が小姓をしていた沖田は病死。
そして、誰よりも強く生き抜いていた新撰組副長土方は、幕府無き後、新たに作られた新政府軍と戦い、函館で戦死したと知ったのは、ついこの間のことだ。
命が儚く散っていく。
「みんな、死に急ぎすぎですよ。本当に、どうしようもない人たちなんだから」
呟きは誰に届くことなく消えていく。
サアァと風が芳乃の間を吹きぬけ、桜の花を散らしていく。
風を感じると思い出す。
京にいた熱く激しい彼らを。
魂を輝かせ、『誠』の信念を掲げ命を燃やしつくした男たち。
決して忘れることはないだろう。
芳乃は新撰組脱隊後、江戸にいる父の知り合いの医者の元に身を寄せ、医学を学んだ。
そして数年の歳月を経て、故郷である美濃で診療所を開いている。
「まったく、貴重な休憩時間に客って誰? また決闘だとかで怪我したーなんて奴だったら、張った押してやるんだからね!」
ここ最近は西洋式が色々と話題になっているのだが、つい最近、西洋式の喧嘩だなどといい、決闘をして怪我をしたという馬鹿が担ぎ込まれたばかりだった。
「いえ。患者さんじゃないですよ? 昔、美濃に住んでいて、久しぶりに戻って来たたそうです。そうそう。『約束があるわけじゃないけど、迎えに来た』とかって、よくわからないんですが言っていました」
助手を務めている青年の言葉に、芳乃は動きを止める。
「えーと、名前は……」
名前を聞く前に、芳乃は駆け出していた。
そこにいるはずなのは、ただ一人なのだから。
「お久しぶりです。お芳ちゃん」
温かな優しい笑顔。
いつの間にか背が高くなっている。
総髪で後ろに束ねられた髪は短く切られ、顔は少し大人びたようだった。
けれど、その瞳は昔と変わらず澄んでいて……。
「おかえりなさい」
芳乃は、花のように美しい微笑みを浮かべる。
時代はやがて緩やかに穏やかな時代を迎える。
激動の時代を経て。
けれど、残るものもある。
新たな時代を覗かせても強い『想い』は消えることはない。
例え、容がなくとも、想いは確かにここにある。
ご愛読ありがとうごいました。
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