最終話 日課
寒さに身をすくめて布団に潜り込む。
すっかり冬になって、きんと冷たい空気の布団の外に出る勇気はでない。
一晩入っていた布団の中は体温で温まっていて、イリヤはもぞもぞと動いて温かさを堪能した。
寒くなって、朝方はイリヤとウィスターが起きだす前に使用人が暖炉に火をつけに来てくれる。
それはありがたいのだが、物音でイリヤは必ず目が覚めてしまう。
夫であるウィスターはそんな物音は全く聞こえていないように隣で熟睡している。羨ましいのか腹立たしいのか複雑だが、とにかく朝はイリヤの方が早起きだった。
しかし、目が覚めてもすぐには起きあがらず、布団とウィスターの温かさにくるまれるこの時間も幸せだった。
右隣を見上げると、首まで布団の中に入っているウィスターの寝顔が見えた。
夏から秋までは「…あっつ」と言いながらほとんど上裸で寝ていたが、さすがに真冬になると冬用の寝衣を着てしっかりと布団を被っている。
暖炉に火をつけた使用人がそっと部屋を出ていく気配がした。
カチャ、と小さく扉が閉まる音がする。
(……今日は冷えるわね)
いつもより一段と寒い。
思い出すのは、昨年ミグリの山で一晩明かした夜。
あの時は必死で寒さもあまり感じていなかった。
あの時は一年後、ウィスターとこうして朝を迎えることになっているとは想像すらしていなかった。
好きな人の顔を見ながら眠りにつき、目が覚めるとその人の顔を一番に見る。
幸せというのはこういうことを言うのだろう。
しばらくそうして寝顔を見ていると、ゆっくりと外も明るくなってくる。
暖炉の中で木が爆ぜるパチパチという音が静かにしだして、やがてイリヤの日課が始まった。
「ウィスター、朝よ」
「………」
返事はない。
しかし想定範囲内だ。むしろ一回で返事が返ってきた試しなどない。
「ウィスター、ウィスター」
時間にはまだ余裕があるので、ゆっくりと声をかけながらウィスターの身体を揺らす。
世間では隙のない、頭の切れて威圧感のある公爵。
彼が寝起きが非常に悪く、朝に弱いというのはイリヤとハロルドら一部の使用人しか知らない弱点だった。
イリヤが来るまではハロルドが起こしていたこともあったらしい。
ウィスターの立場上、決まった出勤時間があるわけではないので何時まで寝ていようが基本は自由である。
しかしやはり毎日昼まで寝かせておくにもいかないわけで。
反対にイリヤは朝に強かった。
強いというより、王女として決まった時間に起き、身支度をするというのは幼い頃からの習慣である。
二人で寝るようになって、自然と決まった時間に彼を目覚めさせるのはイリヤの役割になった。
ハロルドなんかは「奥様が起こしていただけると助かります」と言って喜んでいる。
しかしこのイリヤが起こすシステムは、ウィスターが別の意味で起きてしまうこともあるので困ったものである。
「ウィースタ〜…」
遊ぶように名前を呼びながらゆすっていると、ようやく最初の反応があった。
「………………ん」
喉の奥を鳴らすような低い声で返事をしたウィスターが、ものすごい勢いで眉をしかめた。
寒いのと眩しいので、今日は一段と機嫌が悪そうだ。
「起きて、朝よ」
「…………」
「こら、寝ない!」
「……ん……」
聞いているのかいないのか、微妙な返事をしたウィスターが身じろぎをした。
イリヤの背中に手を回してぎゅっと抱え込む。
ウィスターは温かい。
一晩布団に入っていた身体は人肌よりもさらに温められて、それがどうしようもなく心地いい。
「……あったかいな……」
「今日は冷えるわね」
目を閉じたまま掠れた声で甘えるウィスターに苦笑した。寝起きのウィスターは可愛い。
しかめた顔も、開かない目も、掠れた声も、我儘を言う口も可愛らしく見える。
いつも主導権はとられてばかりだが、この時ばかりは図体のデカい彼が子供のように見える。
「……」
「こら、また寝る!」
イリヤを抱いたまま寝息をたてようとしていた気配に、イリヤはまなじりを吊り上げた。
口で言っても起きなさそうなので、イリヤは左手をそっとウィスターの首元に差し込んだ。
ウィスターの温かい身体に触れる手はきっと冷たい。
案の定、小さい悲鳴をあげてイリヤの手首が掴まれた。
「冷たっ…!!! 」
「起きた?」
ニヤニヤと笑って見上げると、不機嫌そうな顔をしながらもウィスターの群青色の瞳がイリヤを見下ろしていた。
「……イリヤの手、冷たい。ちゃんと布団入ってた?」
「入ってたわよ、もちろん」
「氷じゃん」
「そんなわけないでしょ。もう、目を閉じないの。起きる気ある?」
「あるよ」
「本当かしら」
そのまま手を彼の頬に当てる。布団の外にあった顔は、触られてもさすがに飛び上がるほどではなかったらしい。
嫌そうな顔をしながらも、ウィスターが大きな欠伸をした。
「……起こすのが段々うまくなってる」
「うふふ。毎日やってるから」
「休みの日はイリヤの方が寝てるけどな。昨日とか」
「……そ、それは」
心当たりがあったので頬を膨らませた。
朝、疲労が溜まって起き上がれない時もままあるが、それはイリヤのせいではない。
「あなたのせいでしょ!」
「えー、人のせいかよ」
笑ったウィスターがぎゅうと抱きしめたまま、イリヤの額に口付けを落とした。
起きるのだろう、その合図に合わせてイリヤも意を決して布団を剥ぎ取る。
冷たい空気に身を震わせて、慌てて近くに掛けてあった上着を羽織って準備を始めた。
毎日の日課だ。
夫婦になって、お互いの知らなかったところも少しずつ知った。
きっとこの日課は一生続くだろう、そんな予感がしている。
相変わらず意地悪で、揶揄ってばかりの夫の弱点は愛おしかった。
「いってくる」
「いってらっしゃい」
見送る背中は相変わらず大きい。
ずっと追いかけてきた背中に手を振って、今日も一日が始まった。
あと何本かSSを書いたら終わりです!
思ったより長引いてしまったけれど、だらだらと書きたい甘々シーンを書けて満足しました。
ショートもきっと甘いです。




