第15話 ブルーとピンク――最強の魔法少女は馬だった!?
秘密防衛機構SDFの司令室に、天才寺源一郎博士の上機嫌な声が響き渡った。
「白石君! 見てくれ、これを!」
「どうしましたか、博士」
「これじゃよ、これ! わしが作った『シークレットファイブ体操』が、いま大変なことになっておる!」
博士が掲げた携帯端末には、シークレットファイブの五人が横一列に並び、軽快な音楽に合わせて踊る動画が映し出されていた。
レッドは腕を大きく振り、ブルーは無駄なく鋭い動きでステップを踏み、イエローはなぜか剣舞のような動きを交え、ブラックは幽霊のように滑らかに移動している。
そしてピンクは、誰よりも完璧な笑顔で踊っていた。
「何をしているんですか、博士」
「何をとは何じゃ。見れば分かるじゃろう。シークレットファイブ体操じゃ!」
「シークレットファイブの皆さんが、よくこんなことを引き受けましたね」
「なんじゃと!? わしはニカニカ動画派じゃぞ! トウつーぶに魂を売り渡した連中と一緒にするでない!」
「そこではありません」
白石しおりが冷静に返す。
「皆さんが実際に踊ったんですか、と聞いています」
「む? 何を言っておる、白石君。これは阿波踊りではない!」
「阿波踊りだとは一言も言っていません」
「当然、本人たちは踊っておらんぞ?」
「……はい?」
「まったく、けしからん! このわしの素晴らしい頭脳で考案した、新兵器の開発はもちろん、シークレットファイブの潜在能力を高めることまで視野に入れた特別な踊りじゃというのに、レッド以外は無視しおった!」
白石は黙って画面を見た。
映像の中の五人は、全員が見事なまでに息の合った動きを見せている。
普段の戦闘ですら、ここまで完璧にそろうことは珍しい。
「では、この映像はどうしたんですか?」
「レッドの動きを、わしの開発した『トレース君』で解析したのじゃ」
「トレース君」
「そこへ各メンバーのこれまでの戦闘データを入力し、それぞれが踊った場合の動きを予測、再現した!」
「つまり、勝手に作ったということですね」
「勝手ではない! 科学じゃ!」
「本人たちの許可は?」
「科学に許可などいらん!」
「必要です」
「なんじゃと!?」
博士は心底驚いた顔をした。
白石は小さく息を吐く。
「特にピンクは、後でかなり怒ると思います」
「なぜじゃ。誰よりもかわいらしく踊っておるぞ」
「だからです」
画面の中のシークレットピンクは、指でハートを作り、腰を振りながら満面の笑顔を浮かべていた。
桃園美咲が実際にこの映像を見た場合、博士の身の安全は保証できない。
「それにしても、ずいぶん伸びていますね」
「そうじゃろう! このまま再生回数一千万を目指すぞ!」
「削除してください」
「なぜじゃ!」
「本人の許可を取っていませんから」
「しかし、この体操を続けていけば、各人の動きの弱点もおのずと判明し、連携の向上にも役立つはずじゃ!」
「踊りを公開する必要はありません」
「そうと決まれば、さっそくシークレット体操二番の制作に取りかからねば!」
「何も決まっていません」
博士は白石の言葉を無視し、意気揚々と司令室を出ていった。
その背中を見送り、白石は静かに息を吐いた。
「私も踊れと言われなくてよかった……」
心の底から安堵する白石だった。
◇
異次元の侵略国家、ギアノスク帝国。
「これはどういうことだ、将軍!」
機皇帝ゼノギアの怒声が会議室に響き渡った。
ヴォルガード、メルディア、ドクター・ボルツ、補佐官ノア。
帝国の幹部たちは一斉に肩を震わせる。
将軍ヴォルガードですら、わずかに表情を引きつらせていた。
「は、こちらでも把握しております。しかし、いかなる侵入の形跡もなく、帝国へ忠誠を誓う者たちの中に裏切り者がいるとも考えにくく……」
「では、これはなんなのだ!」
巨大モニターに、シークレットファイブ体操の映像が映し出される。
五色の戦士が、明るい音楽に合わせて踊っている。
「この踊りを見ろ! われらがギアノスクランドの夏季パレードに向け、極秘に開発していた『ギギン音頭』と瓜二つではないか!」
「し、しかし皇帝陛下。この音頭の開発メンバーは一か月もの間、外部との接触を断っております。情報を持ち出せる者はいないかと……」
「では、偶然かぶったとでもいうのか!」
「は、はあ。それ以外には考えられないと、諜報部からも報告が上がっております」
「くっ……。踊りというものは、なぜこうも重なるのだ……!」
ゼノギアは玉座の肘掛けを強く握り締めた。
長い沈黙の後、重々しく口を開く。
「ならば、別の踊りを考えるしかないのか……」
そのとき、ヴォルガードが勢いよく手を挙げた。
「皇帝。俺にいいアイデアがあるぜ」
「なんだ。力だけが自慢のお前に、何が思いつく」
「今回はマジだ。踊りじゃなくて、まったく新しいものにするんだよ」
「まったく新しいもの?」
「力こそパワーのパレード――名づけて『パワーパレード』だ!」
会議室が静まり返る。
ゼノギアは数秒間、ヴォルガードを見つめた。
「力こそパワー……。それで、何をするのだ?」
「パレード中のギギンどもに、観客がボールをぶつけるんだ!」
「なぜだ」
「本当はトマトがよかったんだけどよ、今はいろいろ面倒な連中が多いからボールにした!」
ヴォルガードは胸を張る。
「観客は、動くギギンに向かってボールを投げる。命中した数に応じて得点が入る。単純で分かりやすいだろ!」
「しかし、今の時代だぞ」
ゼノギアが険しい顔をする。
「無抵抗の者へ一方的にボールをぶつけさせれば、人権だの暴力だのと騒ぐ者も出るのではないか?」
「そこも考えてるぜ」
ヴォルガードが得意げに笑った。
「ボールをぶつけられたギギンには、一カウントが入る。カウントが多ければ多いほど、ギギンの給料に特別ボーナスが加算されると宣伝するんだ!」
ゼノギアが目を見開く。
「なんだと!」
「つまり、本来は他者へボールをぶつけるという背徳的行為を、誰かのためになる善行へ転換するってわけだ!」
「なるほど……!」
「これで観客は遠慮なくボールをぶつけられる。最近問題になっている、アトラクションの待ち時間によるストレスも解消できるぜ!」
「素晴らしいアイデアです!」
補佐官ノアが拍手する。
「観客は楽しめて、ギギンは給料が増える。まさに誰も損をしない企画ですね!」
「しかし、ボールをぶつけられるギギンは多少損をしていると思いますが」
メルディアが冷静に指摘する。
「ギギンは戦闘員だぞ、一般人が投げる程度のボールなんぞ屁でもないはずだぜ!」
「よかろう。採用だ!」
ゼノギアが立ち上がった。
「さらにボーナスキャラクターとして怪人を配置し、ギギンや怪人にボールが命中すれば観客にも得点が入るようにしろ。得点に応じて景品も用意するのだ!」
「ただちに観客とギギン、それに怪人の遠隔得点測定装置の開発へ入ります!」
ドクター・ボルツが設計図を広げる。
「ギアノスク帝国に栄光あれ!」
「ギアノスク帝国に栄光あれ!」
会議室に、妙に健全な遊園地企画の採用を喜ぶ声が響き渡った。
◇
隣町にある、人気のない廃工場。
シークレットファイブと魔法少女が守る街から、わずかに離れた場所である。
月明かりさえ届かない工場の内部に、蒼井迅の姿があった。
表向き、彼は外資系物流会社に勤める会社員である。
しかし、その正体は、世界各地のテロ、兵器密売、国際犯罪組織、超常現象を秘密裏に処理する多国籍情報機関――ZEROに所属する、世界級のエージェントだった。
組織内でのコードネームは、BLUE ZERO。
シークレットブルーとの関連を示す名前ではない。
初任務で渡されたファイルの表紙が、たまたま青かった。
ただそれだけの理由で決まった名前である。
迅は腕時計を確認した。
指定時刻まで、あと一分。
今回の呼び出しは、あまりにも不自然だった。
通常の任務であれば、説明終了後に内容が自動消去される専用端末が使用される。
しかし今回は、指定場所を何度も変更され、最終的にこの廃工場まで誘導された。
(組織にしては珍しく、ずいぶん回りくどい呼び出し方だ。罠かもしれないな)
迅は周囲の気配を探った。
人間の呼吸音はない。
足音もない。
熱源も確認できない。
工場の中央にある開けた場所には、一通の封筒だけが落ちていた。
組織の刻印はある。
しかし、偽装の可能性も捨てきれない。
迅は周囲を警戒しながら封筒を拾い、中の紙を確認した。
『動くな』
その文字を読んだ瞬間、強烈な光が迅を照らした。
迅は反射的に身構える。
同時に、機械を通して加工された声が工場内に響いた。
《よく来た、エージェント・ブルーゼロ》
「誰だ」
《私はZERO。このZEROの総裁だ》
迅の表情は変わらなかった。
だが内心では、警戒を一段階引き上げている。
《もっとも、君が信じるかどうかは問題ではない。今回の任務を遂行してくれれば、それでいい》
(ZEROのトップ? なぜ、一介のエージェントの前に現れる)
迅は声の方向を探った。
しかし、光と反響によって位置を特定できない。
そもそも、相手がこの場にいるとは限らなかった。
《今回の任務は特殊でね。今回の任務に関する事柄は文章にも録音にも映像にも残せない。いかなる通信で伝えることもできない。直接、口頭で説明するしかないため、私自身が説明せざるを得なかった》
「どういうことだ?」
《ところで君は、魔法少女について知っているか?》
迅は一瞬、自分の思考が止まったことを自覚した。
任務中なら致命的な一瞬である。
ZEROの総裁を名乗る人物が、突然「魔法少女」と言い出したのだ。
核ミサイルの撃墜を命じられるほうが、まだ現実味があった。
「……質問の意図が分からない」
《文字どおりの意味だ。魔法少女は、約二十年前から日本でのみ確認されている現象だ》
「噂では聞いたことはある。しかし確認されている割には、公式な記録を見たことがない」
《当然だ。彼女たちに関する情報は、いかなる媒体にも保存できない》
映像。
写真。
文章。
絵画。
造形物。
どのような手段を使っても、魔法少女の姿や特徴は記録から消える。
撮影したはずの映像には何も映らない。
書き残した特徴は、いつの間にか消えている。
似顔絵や人形も、まったく異なるものへ変化する。
残るのは、目撃者たちの記憶と口伝だけ。
それでも街を歩けば、異形の怪物と戦う魔法少女の噂は必ず耳に入る。
現代に存在する怪談のようなものだった。
「その魔法少女がどうした」
迅はわずかに間を置く。
「まさか、俺になれと言うんじゃないだろうな」
《それは非常に興味深いが、今回は違う》
《先日拘束した敵国エージェントから、複数の勢力が魔法少女への接触を試みているという情報を得た》
「目的は?」
《戦力としての確保、研究材料としての捕獲、あるいは排除。組織ごとに異なる》
「なるほど。それで、俺にどうしろと?」
《魔法少女は、現在まで日本でしか確認されていない。口伝だけの情報ではあるが、その戦闘能力は、わが組織のエージェントを上回る可能性が高い》
「敵国や犯罪組織に確保されれば、大きな脅威になるということか」
《そうだ。魔法少女へ接触しようとする勢力を妨害し、彼女たちを保護しろ。国外への連れ出しや、敵対組織による接触、捕獲を阻止するそれが今回の任務の概要だ》
「魔法少女は複数いると聞いたことがある。まさかすべての対応をしろと?」
《いかに君が優秀なエージェントでもそれは無理があることは当局も承知している。東と西でとくに強力と噂される二名には、すでに別のエージェントを向かわせている。君には、普段活動している街にいると噂される、最強の魔法少女を担当してもらう》
「最強と呼ばれる根拠は?」
《通常、魔法少女と呼ばれる存在の活動期間は一年から三年。長くても五年ほどで別人へ交代すると言われている》
「それが?」
《その街の魔法少女は、確認できた限りで十五年間、同一人物のまま活動を続けている》
「十五年……」
迅は別の疑問を抱いた。
十五年間活動している者を、本当に少女と呼んでいいのだろうか。
《だが口伝しか残らない以上、正確な年齢も素性も不明だ。われわれの諜報部では、魔法少女とは何らかのエネルギー集合体であり、力が失われた際に進化、変異、あるいは交代が起こるのではないかと推測している》
「推測ばかりだな」
《何度もいうが口頭でしか情報伝達が不可能の時点で我々の諜報部は機能をほとんどしていないと思ってもらって構わない。われわれの組織は情報を命とする。したがって推測するしかないというなんとも情けない話ではあるがな。そしてそのような確証のない情報で優秀なエージェントである君を危険にさらすことは、私も心苦しい》
(よく言う。いつも任務が失敗しても、当局は一切関知しないと言っているくせに)
《しかし、魔法少女が実在するなら、他国へ渡すわけにはいかない。任務遂行を期待する》
「了解した」
迅は紙を封筒へ戻す。
「雲をつかむような話だ。とりあえずは街に入り込んでいる他国や敵対組織のエージェントを排除する。口頭でしか確認できないという魔法少女についてはそもそも接触できるかもわからない。したがて今回は確実な情報をもらえる侵入したエージェントの排除で任務完了としてもらいたい」
《構わない》
「それと、これは関係あるかはわからないが、個人的に掴んでいる情報で最近話題になっている変な戦隊がいるのは知っているか?あれについてはどうする?今の情報から魔法少女とかかわりもあるかもしれんと思っているが」
この機会に、ZEROがシークレットファイブをどこまで把握しているか確認しておく必要があるそのため関りなどないと知ってはいるが訪ねてみることにする。
回答次第では、最悪の場合、シークレットファイブ自体の解散や壊滅すら考えなければならない。
《シークレットファイブと名乗る連中か》
「ああ」
《放っておけ》
「理由を聞いても?」
《情報部の見解では、派手な衣装で騒いでいるだけのパフォーマー集団だ》
「……そうか」
《戦闘能力らしきものも確認されているが、映像の大半は特撮か、特殊な演出によるものと判断されている》
「情報部は、本当にそう判断したのか?」
《何か問題があるのか》
「いや。何もない」
《では行け、ブルーゼロ》
まばゆい光が消えた。
同時に、周囲から人の気配も消える。
迅はしばらくその場に立ち尽くしていた。
「うちの組織は、シークレットファイブを何も知らないのか」
小さく息を吐く。
「本当に大丈夫なのか、ZEROの情報部は……」
一抹の不安を抱きながら、迅は廃工場を後にした。
◇
その頃、街中では一人の魔法少女が怪異と戦っていた。
希望魔法少女ミラクルブロッサム。
十五年にわたり、人間の負の感情から生まれる怪異と戦い続けてきた、ベテラン魔法少女である。
ただし現在、その頭には巨大な馬の被り物が装着されていた。
「あれが魔法少女?」
「なんで馬の頭なの?」
「新しい魔法少女かな?」
「でも声は前の人と似てない?」
「馬の鳴き声じゃないの?」
周囲の人々が好き勝手に話している。
「頑張れー、ももちゃーん!」
「うるせえ! こっちは前がよく見えないんだよ!」
妖精の声援に怒鳴り返しながら、美咲は怪異の攻撃をかわした。
馬の頭部は見た目以上に視界が悪い。
左右はほとんど見えず、正面に空けられた小さな穴だけが頼りである。
「ちょっと! 怪異は結界か何かで減るんじゃなかったの!? どうしてまた増えてるのよ!」
「分からないよ、ももちゃん。でも最近、この街によくない気配が増えてるから、そのせいかもしれないね!」
「その説明で納得できると思うなよ!」
怪異が鋭い腕を振るう。
美咲は低く身をかがめ、攻撃をかわした。
十五年の経験がある。
視界が狭くとも、音、空気の流れ、地面から伝わる振動で相手の動きを読むことができる。
「希望よ、咲き誇れ!」
杖の先端に、桃色の光が集まった。
「ミラクル・ブロッサム・シューティング!」
放たれた光が怪異を貫く。
異形の身体が光の粒となり、夜空へ消えていった。
「はい、終わり!」
「すごいよ、ももちゃん! 今日もかわいくて、強くて、希望いっぱいだったよ!」
「黙れ!だいたい、こっちはこの前の件で正体がばれそうになって、顔を隠すために馬の被り物までしてるんだから!」
「似合ってるよ!」
「慰めになってねえ!」
美咲は頭部を外そうとした。
しかし、変身中は外れない。
魔法によって完全に固定されているらしい。
「いい加減にしてよ! 顔を隠す方法が、どうして馬しかなかったの!」
「ギアノスクランドにいっぱいあったから!」
「二度とあそこから持ってくるな!」
しかし、彼女は気づいていなかった。
少し離れた建物の陰から、双眼鏡を向ける男がいることに。
「That is the magical girl? She really exists. Attempting contact. Over.
(あれが魔法少女か。本当に存在していたとは。これより接触を試みる。オーバー)」
男が通信を終え、一歩踏み出した瞬間だった。
背後に迅が現れ、音もなく腕をひねり上げる。
「ぐっ!?」
「声を出すな」
迅は男の首筋へ麻酔針を打ち込む。
男は一瞬で意識を失い、その場に崩れ落ちた。
迅は専用端末を取り出す。
「こちらブルーゼロ。敵性エージェント一名を制圧。収容班を要請する」
《了解。位置情報を確認しました》
通信を切り、迅は窓の外へ視線を向ける。
そこでは、馬の頭をつけた魔法少女が、何かへ怒鳴り散らしていた。
「噂には聞いていたが、本当にあんな格好で戦っているのか」
迅はわずかに目を細める。
「しかし、馬の頭などという噂はなかった。こちらの動きを察知し、正体を隠しているのか……?」
迅は警戒を強めた。
変装としては異常だが、魔法少女という存在自体が異常である。
一般常識で判断するべきではない。
◇
それからも、同じことが何度も繰り返された。
魔法少女を監視する外国人工作員。
接触しようとする諜報員。
怪異と戦うブロッサム。
その背後で、工作員たちを次々に拘束するブルーゼロ。
「魔法少女……なんと過酷な仕事なんだ」
双眼鏡越しに怪異との戦闘を見ながら、迅がつぶやく。
すでに何日も魔法少女と呼ばれる存在は街に休みなく表れていた。
それこそエージェントであるブルーゼロを震撼させる頻度でだ。
「俺より休みがないぞ、あれ……」
一方、その魔法少女は地面に杖を突き立て、肩で息をしていた。
「もう限界……。休みたい……」
「ももちゃん、頑張って!」
「スーパー銭湯……ビール……枝豆……」
「少女が口にする言葉じゃないよ!」
「少女って言い張らせてるのは誰だ!」
互いの正体を知らないまま、迅と美咲は、同じ街で同時に疲れ果てていた。
そのとき、二人の持つシークレットファイブ専用端末が鳴った。
《怪人が出現しました! 現場に最も近いのはブルーとピンクです。至急、急行してください!》
美咲が端末を見て、目を見開く。
「ちょっと! 私の位置がばれてるじゃない! どうすんのよ、これ!」
「大丈夫だよ、ももちゃん!」
妖精が元気よく答える。
「妖精の力で、正確な場所までは分からないようになってるよ!」
「本当だろうな、お前!」
「本当だよ!」
「嘘だったら、ブロッサムシューティングを食らわせるぞ!」
「大変だ! ももちゃんから邪悪な気配が!」
「誰のせいだ!」
「負けないで、ももちゃん! キュートな笑顔で、ハッピースマイルパワーだよ!」
「そういうところだーっ!」
一方、迅は冷静に端末へ返答した。
「了解。現場へ向かう」
続けて、ZEROの通信回線を開く。
「こちらブルーゼロ。所属不明の敵性存在と接触する可能性がある。機密保護のため、これより端末を一時遮断する」
《了解しました》
「それと、こちらの位置が別組織に捕捉されている可能性がある。確認を頼む」
《問題ありません。おそらく、ブルーゼロの攪乱用ジャマーが発する偽装信号を捕捉しているだけです。偽装工作に異常はありません》
「そうか」
《所属不明の存在について、こちらでは確認できていません。情報を求めます》
「説明が難しい」
迅は数秒考える。
「長年の勘で分かる種類のものだ。時間もない。ZEROの任務には支障を出さない」
《任務に支障がないのであれば問題ありません。健闘を祈ります》
「了解」
通信を切った迅は、わずかに眉を寄せた。
(本当に位置を特定されていないのか?先日のことで諜報部の情報は信頼性にやや欠ける。しかしもし俺の位置や情報がSDFに知られているなら何故泳がせておく?情報を収集しているのか?それとも別の意図があるのか?)
そもそも、SDFが何をどこまで把握しているのかも分からない。
「どこも秘密ばかりだな」
自分のことを棚に上げ、迅はつぶやいた。
深読みしているブルーゼロは知らないのだ白石の真意を。
(いつもレッド以外の4人の位置情報は不正確なんですよね。でも言うと博士が面倒ですし、もっと面倒なことが起こるかもしれない。雉も鳴かずば打たれまいとはよく言ったものです)
そうして白石は今日も大体あっていればOKの精神で任務をこなすのだった。
◇
「くくく、人間どもよ! このボールを私に当てるのだ!」
怪人パワーボールは、大量のボールを周囲へ噴出しながら街を歩いていた。
赤、青、黄色、緑。
大小さまざまなボールが道路を埋め尽くしている。
車は動けず、歩行者たちは足を取られて転倒し、交通機関は大混乱に陥っていた。
「私にボールをぶつければ得点が入るぞ!」
「なんの得点だよ!」
「黙れ! 投げろ!」
遠くから現場を観察していたヴォルガードが、腕を組みながら満足そうに笑う。
「実地試験も兼ねて、洗脳ボールをばらまくとは考えたな。これで洗脳効果の実地試験もできる。」
パワーボールの放出するボールには、微弱な洗脳波が仕込まれている。
拾った者は、怪人へボールを投げたくてたまらなくなる。
「ギアノスクランドでは洗脳実験なんぞ実施できないが、この街なら遠慮なく試せるってわけだ!」
そこへシークレットピンクが到着した。
「こちらシークレットピンク、現場に到着」
地面いっぱいのボールを見渡す。
「怪人が『自分にボールをぶつけろ』って言ってるんだけど、聞き間違い?」
《いいえ。こちらでも音声を確認しています。聞き間違いではありません》
白石はピンクの問いかけに通信を返す。
「なんで?」
《私にも分かりません》
「相手の作戦が分からないって、結構怖いわね」
続いて、シークレットブルーが建物の屋上から着地する。
「こちらシークレットブルー。現場に到着した」
「ブルー。あいつ、何がしたいの?」
ピンクはブルーにも同様に問いかける。
ブルーは怪人と周囲のボールを観察する。
「そうだな。意図は不明だがボールをぶつけさせることで、何らかのエネルギーを得るか、あるいは特殊な能力を発動する怪人だろう」
「本当に?」
「ほかに思いつかない」
「でしょうね」
「不用意にボールへ触れるな」
「わかってるわよ。 パワー集めとか、本当に迷惑なんだけど。そういうなんかエネルギーが集まって具現化するとかなんとかほんとに迷惑!!」
「具現化するとまでは言っていない。おしゃべりはここまでだ。行くぞ!」
二人は同時に地面を蹴った。
ブルーが怪人の正面へ回り込み、素早い打撃で注意を引きつける。
「くらえ!」
「遅い」
パワーボールの拳をかわし、ブルーが腹部へ蹴りを叩き込む。
怪人がよろめいた瞬間、ピンクが側面から接近した。
「シークレットピンクキック!」
「ぐおっ!」
怪人が吹き飛ばされる。
「いい連携だ」
「当然でしょ。何回一緒に戦ってると思ってるの」
しかし戦闘の最中、ブルーは遠方から向けられる複数の視線に気づいた。
ビルの窓。
歩道橋の上。
建物の屋上。
複数の敵国エージェントが、こちらを観察している。
(まずい)
魔法少女を追って、この街へ入り込んだ工作員たちだ。
(この姿を見られれば、ZEROにシークレットファイブの情報が渡る可能性がある。それ以前にシークレットファイブの情報が出回るのはいただけない)
奴らを逃がすわけにはいかない。
「ピンク!」
「何よ!」
「急用だ! ここは任せた!」
「ちょ、ちょっと! どういうことよ!」
ブルーは返事をせず、現場から姿を消した。
「はあ!? 本当に行ったんだけど!」
《ブルー、どうしましたか!》
白石の声にも返事はない。
「まったく! 仕事中に急用って何よ!」
美咲が怒鳴った、その直後。
耳元で妖精の声が響いた。
「大変だよ、ももちゃん!」
「シークレットピンクの時は話しかけるなって言ってるでしょ!」
「大丈夫だよ! 妖精の力で、ほかの人には聞こえないから!」
「嘘つけ! この前は正体がばれそうになっただろ!」
「あれはももちゃんの声が大きかったからだよ!」
「お前としゃべってたからだろ!」
「そんなことより怪異だよ!」
「そんなことって言うな!」
「ほら、あの変なボールの人の後ろ!」
美咲が目を凝らす。
パワーボールの背後に、人間の悪意が凝縮した異形が立っていた。
頭部は影のように黒く、顔にはいくつもの穴が開いている。
怪異は両手に拳銃のようなものを持ち、周囲へ向けて乱射していた。
放たれるのは本物の弾丸ではない。
人間の恐怖や敵意を固めた、黒い魔力の塊である。
「ちょっと! 何あれ! 銃を撃ちまくってない!?」
「あれが最近この街に集まってた、悪い気配の塊だよ!」
「どうして今出るの!」
「外国から来た怖い人たちの悪意が、いっぱい集まったみたい!」
「誰よ、その外国から来た怖い人たち!」
「僕も知らない!」
「役に立たねえ!」
「あれを倒せば、悪いエネルギーも散って収まるはず! やったね、ももちゃん!」
「何が『やったね』だ! どうして怪人と怪異が同時に出るんだよ!」
そこへ、レッド、イエロー、ブラックが駆けつけた。
「到着しました!」
レッドが周囲を見回し、目を丸くする。
「……って、あれ何ですか!? 聞いてたボールの怪人以外に、銃を持ったのがいるんですけど!」
ピンクは一瞬だけ言葉に詰まった。
怪異の存在を説明すれば、自分が魔法少女であることへ話がつながる可能性がある。
「あれは……」
「あれは?」
「急に生えてきたのよ!」
「生えてきた!?」
「ギアノスク帝国め! ついに二体の怪人を同時投入してきたのね!」
司令室の白石は、画面上の反応を確認する。
ボールを放つ怪人からは、ギアノスク帝国の怪人に特有のエネルギーが検出されている。
しかし、拳銃を持つ怪人(仮)からは、まったく別種の反応が出ていた。
(絶対に違いますが……)
白石は数秒考える。
(面倒なので黙っておきましょう)
「よし!」
レッドがいつもの元気な声でしゃべりだす。
「俺が銃の怪人を相手にします! 皆さんはボールの怪人を!」
(ちょっと! 怪異って、シークレットスーツの力で倒せるの!?)
美咲が心の中で叫ぶ。
「無理だよ!」
妖精が即答する。
「怪異を倒すには、ももちゃんみたいな愛と勇気と希望の力が必要なんだ! 魔法少女の出番だよ、ももちゃん!」
(状況を考えろ、この馬鹿妖精!)
「どうしたんですか、ピンク!」
レッドが心配そうに覗き込む。
ピンクは数秒間、無言になった。
「お腹が痛い」
「はい?」
「急にものすごくお腹が痛くなったから、ちょっとタイム!」
「えっ!?」
ピンクは腹を押さえるふりをしながら、全速力で戦場を離脱した。
「大丈夫ですか、ピンク!」
「大丈夫じゃないから行くのよ!」
「どこへ!?」
「聞くな!」
◇
同じ頃、ブルーは高層ビルの間を駆け抜けていた。
屋上。
路地裏。
工事中の建物。
魔法少女を狙うエージェントや諜報員を、次々に無力化していく。
「対象を発見。現在、別の武装集団と交戦中――」
「報告は必要ない」
迅が背後から手刀を打ち込み、通信中の男を気絶させる。
「こちらブルーゼロ。敵性要員一名を制圧」
別の建物では、二人の工作員が狙撃銃を準備していた。
「魔法少女への接触を優先する。周囲の戦闘員は無視しろ」
「悪いが、そうはいかない」
「誰だ!」
迅は一瞬で二人の懐へ入り込み、腕を取り、床へ叩き伏せた。
普段のZERO任務では、自らの肉体と専用装備だけを頼りに戦っている。
しかし今は、シークレットブルーのスーツを身につけている。
(すごいとは思っていたが、このスーツは異常だ)
身体能力が、通常時とは比較にならないほど上昇している。
反応速度、筋力、跳躍力。
そのすべてが、人間の限界をはるかに超えていた。
(俺の身体能力を何百倍にも引き上げている)
ZEROの最新装備でさえ、ここまでの性能は持っていない。
(SDFは、一体どういう技術を持っている)
だが、それ以上に異常なのは、街へ入り込んだ工作員の数だった。
小国の諜報機関。
巨大犯罪組織。
兵器開発企業の私兵。
非合法な研究機関。
それぞれが異なる目的を持ちながら、同じ魔法少女を狙っている。
(どうして、これほど多くのエージェントが一か所へ集まっている)
迅は倒れた男の端末を破壊する。
(戦争でも始まるのか?)
迅は知らない。
彼らの野心、欲望、敵意が街に集まり、それ自体が人間の負の感情を増幅させ、さらにそういった人間を呼び込み怪異を生み出していることを。
◇
レッド、イエロー、ブラックは、二体の敵を相手に苦戦していた。
パワーボールには攻撃が通る。
しかし、拳銃を持った怪異には、攻撃がまともに当たらない。
「レッドファイヤーパンチ!」
レッドの拳が、怪異の身体をすり抜ける。
「当たらない!?」
怪異が振り返り、拳銃を向けた。
「危ない!」
ブラックがレッドを引き倒す。
頭上を黒い弾丸が通過し、背後の壁を大きくえぐった。
「どうなってるのよ、あれ!」
イエローが剣を構えながら叫ぶ。
「こっちの攻撃が全然効かないんだけど!」
「よく分かりませんが、とりあえずボールの方には攻撃が通ります」
ブラックが冷静に分析する。
「ただ、銃撃が邪魔で決定打を与えられません」
「くそっ! やっぱり五人そろわないと無理なのか!」
そのとき、戦場へ希望の光が降り注いだ。
「希望よ、咲き誇れ!」
聞き覚えのある女性の声が響く。
「ミラクル・ブロッサム・シューティング!」
桃色の光が、怪異の放った銃弾をすべて打ち消した。
さらに光の奔流が怪異へ直撃し、その身体を大きく後退させる。
「今よ、あなたたち!」
煙の中から、一人の魔法少女が現れた。
桃色を基調とした華やかな衣装。
花びらを模したスカート。
手には魔法の杖。
そして頭部には、巨大な馬の被り物。
「そっちのボールの怪人を倒して!」
レッドが目を輝かせる。
「あなたは、魔法少女のお姉さん!」
「違います。少女です」
「どうして今日は馬なんですか?」
「今日は、そういうパワーの日だからです」
「なるほど!」
「納得するんだ……」
イエローが小声でつぶやく。
「ねえ、あれって魔法少女でしょ?」
「はい。噂には聞いていましたが、間近で見るのは初めてです」
「顔が見えないけど、あれって本当に少女なの?」
ブラックは少しだけ首を傾げた。
「私が言うのも変ですが、立ち姿には大人っぽい色気を感じますね」
馬の頭が、ゆっくりとブラックへ向いた。
(全部聞こえてるわよ、あなたたち)
美咲の中に、黒い感情が芽生える。
(死にたいの?)
「大変だ!」
妖精が美咲の周囲を飛び回った。
「ももちゃんの希望の力が黒く染まっていく!」
「お前は少し黙ってろ!」
「魔法少女さん、誰と話してるんですか?」
「何でもありません!」
ブロッサムは怪異へ向かい、レッドたちはパワーボールを包囲する。
戦場が二つに分かれた。
「人間どもめ! 私にボールを当てるのだ!」
「言われなくても当ててやる!」
レッドが足元のボールを蹴り飛ばす。
ボールは怪人の顔面に命中した。
「ぐおっ! 一点!」
「本当に得点が入るの!?」
「次は私よ!」
イエローが複数のボールを剣の腹で打ち返す。
「十点! 二十点! 三十点!」
「自分で数えてるんですか?」
ブラックは影を伸ばし、地面に散らばるボールをまとめて投げつける。
「百点!」
「得点が適当になってる!」
一方、ブロッサムは拳銃の怪異と激しい戦闘を繰り広げていた。
黒い銃弾が四方八方から放たれる。
美咲は杖を回転させ、光の盾で受け止めた。
「十五年もやってるとね!」
怪異の懐へ飛び込む。
「銃を持ってる相手への対処だって、何度も経験してるのよ!」
杖で怪異の腕を払い、腹部へ蹴りを叩き込む。
馬の頭をつけた魔法少女の華麗な回し蹴り。
周囲の一般人たちは歓声を上げた。
「馬、強い!」
「頑張れ、馬!」
「魔法少女じゃなくて、馬って呼ぶなーっ!」
◇
敵性エージェントをすべて無力化したブルーは、高い建物の屋上に立っていた。
足元には、外国人エージェントが使用しようとしていた長距離狙撃銃が置かれている。
《ブルー、どこにいるんですか!》
白石の声が通信機から響く。
《皆さんが苦戦しています。すぐに戻ってください!》
「見えている」
《見えている?》
「こちらで隙を作る。そこを狙え」
《どこから見て――》
ブルーは狙撃銃を構えた。
呼吸を整える。
風向き。
距離。
怪人の動き。
味方の位置。
すべてを一瞬で計算し、照準をパワーボールの肩へ合わせる。
引き金を引いた。
銃声。
放たれた弾丸は、怪人の肩へ正確に命中した。
「ぐおっ!?」
パワーボールが大きくよろめく。
「今だ!」
通信機越しにブルーの声が響く。
レッド、イエロー、ブラックの三人が同時に動いた。
「レッド・ブレイジング!」
「イエロー・エクスカリバー!」
「ブラック・ナイトメア!」
三色のエネルギーが怪人へ突き刺さる。
「パワーこそ……パワー……!」
パワーボールの身体が膨張する。
「俺のパワーは、永遠に不滅だーっ!」
大爆発。
街中へあふれていたボールも、次々に光となって消滅した。
同時に、ブロッサムが拳銃の怪異へ杖を向ける。
「こっちも終わらせるわよ!」
杖の先端に、これまで以上に強い光が集まった。
「十五年分の希望をなめるな!」
怪異が両手の拳銃を向ける。
無数の黒い弾丸が放たれた。
「ミラクル・ブロッサム――」
光が大きな花となり、夜空に咲く。
「フルバースト!」
巨大な光の奔流が黒い弾丸をのみ込み、そのまま怪異を包み込んだ。
怪異の身体が崩れていく。
凝縮していた悪意が浄化され、無数の光の粒となって夜空へ舞い上がった。
戦闘が終わる。
「やった!」
レッドが拳を突き上げた。
「ありがとう、魔法少女のお姉さん!」
ブロッサムは振り返る。
「少女です」
「あっ、すみません!」
「次は間違えないでください」
「はい!」
「絶対ですよ」
イエローが首を傾げた。
「でも、声が誰かに似てるような……」
「気のせいです」
「そうかな」
「気のせいです」
ブラックもブロッサムを見つめる。
「どこかでお会いしたことはありませんか?」
「ありません」
「ですが、その立ち方や話し方に覚えが――」
「ありません!」
ブロッサムは全力でその場から走り去った。
「あれ? 行っちゃった」
レッドが手を振る。
「ありがとう、魔法少女のお姉さーん!」
「少女です!」
遠くから怒鳴り声だけが返ってきた。
◇
変身を解除した桃園美咲は、人気のない路地裏で壁にもたれかかっていた。
「もう死にたい……」
地面へ座り込む。
「あの格好のときに色気があるとか言われると、本当に死にたくなる……」
「ももちゃん、朗報だよ!」
「今度は何よ……」
妖精が美咲の目の前を飛び回る。
「妖精パワーがアップデートされたよ!」
「アップデート?」
「これからは、顔をしっかり見られても、正体までは認識できなくなったんだ!」
美咲は顔を上げる。
「何を言ってるのか分からないんだけど」
「顔を見ても、それが桃園美咲だとは結びつけられないんだ!」
美咲はしばらく動かなかった。
「……は?」
「たとえば、会社の人が魔法少女の顔を真正面から見ても、ももちゃんと同じ顔だとは思わないの!」
「待って」
「もちろん写真や映像、文章には今までどおり残らないよ!」
「待って」
「直接顔を見た人にはちゃんと顔が見える。でも、それが桃園美咲だとは絶対に結びつかないの!」
「待ってって言ってるでしょ!」
美咲は妖精をわしづかみにした。
「それ、いつからできるの?」
「今からだよ!」
「どうして、今までやらなかったの?」
「妖精の国に申請するのが面倒だったから!」
「面倒?」
「書類が三枚もあるんだよ!」
「三枚」
「しかも、はんこが必要なんだ!」
「最初からそれをやれーっ!」
美咲の叫び声が、夜の街に響き渡った。
「痛い痛い! ももちゃん、握らないで!」
「私は何日も馬の頭で戦ったのよ!」
「似合ってたよ!」
「慰めになってねえ!」
「でも、これでもう馬の頭を外せるよ!」
美咲の手が止まる。
「……本当に?」
「本当だよ!」
「顔を見られても、桃園美咲だとは分からない?」
「分からない!」
「写真や映像には?」
「今までどおり、魔法で消えるよ!」
「会社の人に見られても?」
「大丈夫!」
「シークレットファイブの連中に見られても?」
「ももちゃんだとは分からないよ!」
美咲は妖精から手を離した。
ゆっくりと立ち上がる。
「よし」
「元気になった?」
「次からは、普通の顔で変身する」
「うん!」
「そして、二度と馬の頭は使わない」
「えー、かわいかったのに」
「使わない」
「人気も出てたよ」
「絶対に使わない」
「馬の魔法少女として売り出せば――」
「今すぐ消滅させるぞ」
妖精は黙った。
◇
「こちらブルーゼロ」
迅は人気のない屋上で、ZEROへ報告していた。
「面倒事は片づいた。ついでに、侵入していたエージェントどももすべて無力化した」
《こちらでも確認しました。報告地点で無力化された敵性要員を発見し、順次収容しています》
「現在、逃走中の者は?」
《現在把握している敵性要員は、これですべて処理されました。さすがです、ブルーゼロ》
「では、今回の任務は終了とする」
《待ってください》
「何だ」
《最強の魔法少女との接触は?》
迅は、遠くに見えた馬頭の魔法少女を思い出した。
「対象と思われる存在は確認した」
《接触できましたか?》
「できなかった」
《理由は?》
「別任務を優先した」
《戦闘能力は確認しましたか?》
「ああ」
《どの程度です?》
「噂以上だ」
迅は即答した。
「少なくとも、敵対させるべきではない」
《なるほど。容姿や特徴は記録できましたか?》
迅は沈黙した。
手元の端末を確認する。
先ほど入力したはずの魔法少女に関する記録は、跡形もなく消えていた。
《ブルーゼロ?》
「馬だった」
《……はい?》
「頭部が馬だった」
《魔法少女なのですよね?》
「そのはずだ」
《人間型ですか?》
「首から下は人間型だった」
《顔は?》
「馬だ」
《冗談を言っているのですか?》
「俺が任務中に冗談を言ったことがあるか」
《ありませんが……》
「以上だ。通信を終了する」
《待ってください。報告書には、どう記載すれば――》
迅は一方的に通信を切った。
端末へ「頭部が馬」と入力する。
しかし、文字は入力した直後に消えた。
迅は夜空を見上げる。
「……なるほど。魔法少女の情報は、報告書にも残せないのか。であればさっきの通信も無駄だったな」
世界級のエージェントにも、どうにもならないことはある。
◇
数時間後。
秘密防衛機構SDFの司令室に、博士の叫び声が響いた。
「白石君! どうなっておるのだ、これは!」
「何ですか、博士。私は事後処理で忙しいんです」
「わしの動画が炎上しておる!」
「当然です」
「なぜ自動生成で作ってはいけないのじゃ!」
「著作権や本人の同意、生成AIへの反発など、いろいろあるんですよ、博士」
「白石君! 今は天ぷらの話などしておらんぞ!」
「一言もしていません」
「半額になった天ぷらなど、衣がしわしわでいかん! やはり天ぷらは揚げたてじゃ!」
「誰も天ぷらの話をしていません」
「そうじゃ、今晩は天ぷらにしよう!」
「はいはい。分かりましたから、動画は削除してください」
「二番を投稿してからでよいか?」
「今すぐです」
「しかし、二番には白石君も登場するぞ!」
「今すぐ、すべて削除してください」
「まだ完成しておらんのに!」
「完成する前に削除してください」
白石は博士の端末を取り上げる。
「わしの最高傑作が!」
「本人の許可を取ってから作ってください」
「では、白石君。踊ってくれるか?」
「お断りします」
「一度だけでよい!」
「お断りします」
「そこをなんとか!」
「お断りします」
博士の頼みを、白石は三度続けて拒絶した。
◇
ギアノスク帝国では、パワーボールの実地試験について報告会が開かれていた。
「以上のとおり、ボールの排出機構に問題はありませんでした」
ドクター・ボルツが報告書を読み上げる。
「怪人パワーボールも回収し、現在再生処置を行っております」
「うむ」
機皇帝ゼノギアは満足そうにうなずいた。
「では、パワーパレードはこのまま採用ということで進めよう」
「よっしゃ!」
ヴォルガードが拳を突き上げる。
「俺の企画がついに採用されたぜ!」
「ただし、実地試験の結果、投げるボールの硬度には調整が必要です」
メルディアが資料を確認する。
「現在の硬度では、一般人が投げた場合でも、ギギンの装甲に傷がつく可能性があります」
「ボーナスを増やせばいいだろ!」
「そういう問題ではありません」
「では、柔らかい素材に変更しろ」
ゼノギアが命じる。
「観客が安全に楽しめることが第一だ」
「かしこまりました」
「それから、怪人に命中させた場合の得点表示を、もっと派手にするのだ」
「爆発させるか?」
ヴォルガードが尋ねる。
「危ないから駄目です」
ノアが即座に却下した。
「では、花火を上げよう」
「それも危険です」
「ホログラムでよいでしょう」
「うむ。それで進めろ」
会議は順調に進んでいく。
その途中、ゼノギアがふと思い出したように口を開いた。
「ところで、あの殺傷能力の高そうな、拳銃を持った怪人はどうしたのだ?」
ドクター・ボルツが首を傾げる。
「拳銃を持った怪人?」
「パワーボールの隣にいただろう」
「いえ、あの怪人については、開発部では把握しておりません」
「何?」
「少なくとも、われわれが製造したものではありません」
会議室に沈黙が流れる。
ヴォルガードが腕を組んだ。
「じゃあ、あれは誰の怪人だったんだ?」
「敵の新兵器でしょうか」
「シークレットファイブが怪人を用意するとは考えにくいですね」
「では、第三勢力か?」
幹部たちが顔を見合わせる。
「あのような美的センスに欠ける怪人を作ったとあっては、ギアノスク帝国の沽券に関わるからな」
「ごもっともです、皇帝陛下」
「問題はそこなのか?」
メルディアが小さくつぶやいた。
もし白石しおりがこの場にいたなら、きっとこう言っただろう。
いったい、この会議は何をするための会議なのでしょうか――と。
◇
こうして、シークレットファイブと魔法少女、そして世界各国の諜報機関を巻き込んだ騒動は、一応の終結を迎えた。
ブルーは、最強の魔法少女が身近な仲間であることを知らない。
ピンクもまた、自分の戦いを陰から支えていた男が、同じシークレットファイブのブルーであることを知らない。
二人がその事実へ気づく日は、まだ遠い。
そして翌朝。
桃園美咲が出勤すると、会社の同僚たちは一つの動画を囲んで盛り上がっていた。
「桃園さん、これ見ました?」
「何が?」
「シークレットファイブ体操ですよ! ピンクがすごくかわいいんです!」
画面の中では、シークレットピンクが満面の笑顔で腰を振っている。
美咲の表情が消えた。
「誰が作ったの、これ」
「分からないですけど、すごいですよね。動きも自然で、本当に本人が踊ってるみたいで」
「へえ……」
美咲は静かに笑った。
「そう。すごい技術ね」
その日の夜。
天才寺源一郎博士は、正体不明の桃色の光線に追い回されることになる。
「待つのじゃ、ピンク! 話し合えば分かる!」
「何がシークレットファイブ体操よ!」
「連携強化のためじゃ!」
「私の動きだけ、やたらかわいく作ったでしょうが!」
「再生回数が一番伸びたぞ!」
「今すぐ消せーっ!」
秘密基地の中を、博士の悲鳴がいつまでも響き渡っていた。




