襲撃の序曲
午前五時二十二分
右舷外周区画、民間駐機場
侵入者に出くわすこともなく、途中から船内を自動巡回していた連結車両〈シャトルポーター〉に乗れたのは、まさに幸運だった。
あと少し遅れていたら、駐機場まで延々と歩く羽目になっていただろう。
シャトルポーターに乗っている間、レオは琴音の手をぎゅっと握りしめていた。
シンディは張りつめた表情のまま、黙って前方を見つめていた。
そして――レオたちを乗せたシャトルポーターが無事に駐機場へ到着した直後、船内のセキュリティレベルが引き上げられ、すべての移動車両が停止した。
駐機場は、避難する人々でごった返していた。
恐怖と混乱が渦巻き、子どもの泣き声、大人たちの怒鳴り声、そして遠くから響いてくる爆発音が混ざり合って、まるで悪夢の中にいるようだった。
百メートルほど先には、二十機の宇宙船が整然と並んでいた。
双発ベクターエンジンを搭載した人員・貨物輸送機〈多目的カーゴシップ MCS-8〉。
本来の定員は二百名だが、今は一人でも多く乗せるつもりなのだろう。各船に通じる階段式のタラップへと、絶望的なほどの長蛇の列が続いていた。
列の外では、泣き叫ぶ子どもの声に混じって、地面に倒れたまま動かない人影がいくつも見えた。
その周囲を、小銃をハイレディで構えた兵士たちが、重い足取りで警戒にあたっている。装備は簡易型のボディアーマーに通信ユニット付きのヘルメット。民間用としては標準的な装備だが、今の状況では明らかに過負荷だった。
兵士たちの目は鋭く、あらゆる動きに過敏に反応していた。引き金にかけられた指が、わずかに震えているのが見える。彼らもまた、訓練通りに動こうとしているにすぎなかった。
移民船団には正規軍は存在しない。その代わりに、〈警察防衛隊〉と呼ばれる組織がある。平時には警察として、そして有事には船民や施設を守る防衛部隊として機能する。
今さらながら、レオは侵入者の存在を痛感した。琴音が恐怖に震えながら、「レオ……」とぎゅっと腕にしがみついてきた。
レオが周囲を見回していると、急ぎ足でこちらにやってくる女性の姿が見えた。
ライトグレーのジャンプスーツに身を包み、ヘッドセットを装着したその女性からは、一目で権限ある立場と分かる威厳がにじみ出ていた。
「シンディ先生、誰か来るよ」
レオが小声で告げ、その方向を指差す。琴音も不安げに顔を上げた。
女性はシンディの前で立ち止まり、周囲を鋭く一瞥すると、首から提げたIDカードを示した。
「防衛部・緊急対策室のマリアンヌ・パブリチェンコです。シンディ・アビントンさんで間違いありませんか?」
その声には、抑えきれない緊迫感が滲んでいた。
「はい、私です」
シンディが頷くと、マリアンヌは子どもたちに目を向けた。
「事情はうかがっています。お連れの二人は天城船長のお子さんですね。――天城琴音さん、そして天城レオさん」
「はい」
答えながら、シンディは混乱の続く駐機場を振り返る。
「あの、状況はどうなっているんでしょうか? あの怪我をしている人たちは ……」
マリアンヌの表情が引き締まった。
「下層区画で、外部からの侵入者による襲撃がありました。現在、警察防衛隊が対応中です。AIエージェントも状況分析中で、全容はまだ不明です」
そう言って、マリアンヌは手元のタブレットを素早く操作した。
シンディは顔をしかめた。
「下層地区……ここから、そう遠くない。侵入者って……いったい誰なんでしょうか?」
マリアンヌは端末から目を上げ、慎重に言葉を選びながら答えた。
「避難者の証言では、侵入者たちは見たこともない武器を装備し、短時間で多数を制圧したと。抵抗の有無を問わず、無差別に攻撃しているようです。移民船の人間ではないのは確かです」
「天球儀船……でしょうか?」
「……可能性は高いです 」
一瞬、マリアンヌの目が険しくなった。
「ですが、今はその議論をしている時間はありません。さあ、お二人をこちらへ。ここから先は私ども防衛部が引き継ぎます」
「え……? 先生も、いっしょに来るんじゃないの?」
困惑する琴音にシンディは優しく微笑んだが、その瞳にはかすかな悲しみが浮かんでいた。
「琴音ちゃん、ごめんね。先生はいっしょに行けないの。民間人だから」
「そんな……民間人だからって、みんな同じでしょ?」
レオも食い下がった。
「そうだよ! 先生も行けるはずだよ。ねえ、おばさ――お姉さん? 先生も乗せてあげてよ! あんなに人が並んでたら、もう誰も乗れないよ!」
マリアンヌはぴくりと眉をひそめた。
「……あのね……私はまだ二十九なの。若いんです!」
その一言に、琴音とレオが少しだけ気まずそうに視線をそらす。
そんな二人を見て、シンディはくすっと笑い、
「ありがとう、二人とも。そう言ってくれて、先生うれしいわ」
その微笑みの裏に、別れの覚悟がにじむ。
ふと、レオが思い出したように尋ねた。
「……そういえば、先生って、どうして父さんたちと一緒にいたの?」
「それはね、保安局に連絡したからよ」
シンディは懐かしむように微笑んだ。
「あれから大変だったんだから。船長であるレオくんのお父さんならまだしも、統轄委員会の偉い人たちに説明したり、観測の手伝いをしたり……。その他にもいろいろ。クルーの仕事が、こんなにハードだなんて思いもしなかったわ。――でも、それが、私の最後の役目だったのよ」
「そうだったんだ……」
レオは驚きと敬意を込めて呟いた。
シンディはゆっくりとうなずくと、マリアンヌに向き直った。
「それでは、琴音ちゃんとレオくんをお願いします」
マリアンヌは「ええ」と静かに答え、シンディに一枚のカードを差し出した。
「これは?」
シンディが不思議そうに目を細める。
「このカードは、クルーの関係者であることを証明するものです。これを提示すれば、優先して船に乗せてもらえるでしょう。シンディさん、これまでのご協力への、せめてもの謝意として――どうかお受け取りください」
「先生、よかったね!」
琴音がぱっと笑顔を見せた。
「さあ、二人とも。これから船まで移動します。後ろの席に乗ってください」
どこからともなく、ドアのない四人乗りのカートがすっと現れ、マリアンヌの傍らで停止した。
運転席には細身の人型ロボット『ヒューマノイド』がハンドルを握り、指示を待っている。
琴音とレオが少し戸惑いながらもカートに乗り込んだ。
刹那――、
耳を劈くような警報音が場内に響き渡った。
周囲の警察防衛隊の兵士たちが一斉に身構える。空気が一気に張り詰めた。
「おい、あのゲートを見ろ!」
一人の兵士が叫び、十番搭乗ゲート付近を指差す。
距離にしておよそ八十メートル先――そこに現れたのは、見たこともない異質な黒い集団だった。
彼らは整然と歩を進めながら、冷徹な動きで武器を構えていく。
「何をするつもりだ?」
誰かが不安げに呟いた。
集団の先頭を行く、リーダーらしき人物が前方を指し示した。
それを合図に、黒衣の兵たちは一斉に行動を開始。弾丸とレーザーを無差別にばら撒きながら、方々へ散っていく。
パニックが爆発した。
叫び声、悲鳴、怒号。
群衆が無秩序に逃げ惑う中、銃弾が容赦なく追いかけ、人々の体が吹き飛ばされていく。
鮮やかなライトグリーンのジャンプスーツが、真紅の飛沫に染まっていく――それは、現実とは思えないほど悪夢めいた光景だった。
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