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プトレマイオスの天球儀船  作者: 星見 航
10/25

襲撃の序曲

 午前五時二十二分


 右舷外周区画、民間駐機場


 侵入者に出くわすこともなく、途中から船内を自動巡回していた連結車両〈シャトルポーター〉に乗れたのは、まさに幸運だった。


 あと少し遅れていたら、駐機場まで延々と歩く羽目になっていただろう。


 シャトルポーターに乗っている間、レオは琴音の手をぎゅっと握りしめていた。

 シンディは張りつめた表情のまま、黙って前方を見つめていた。


 そして――レオたちを乗せたシャトルポーターが無事に駐機場へ到着した直後、船内のセキュリティレベルが引き上げられ、すべての移動車両が停止した。


 駐機場は、避難する人々でごった返していた。


 恐怖と混乱が渦巻き、子どもの泣き声、大人たちの怒鳴り声、そして遠くから響いてくる爆発音が混ざり合って、まるで悪夢の中にいるようだった。


 百メートルほど先には、二十機の宇宙船が整然と並んでいた。


 双発ベクターエンジンを搭載した人員・貨物輸送機〈多目的カーゴシップ MCS-8〉。


 本来の定員は二百名だが、今は一人でも多く乗せるつもりなのだろう。各船に通じる階段式のタラップへと、絶望的なほどの長蛇の列が続いていた。


 列の外では、泣き叫ぶ子どもの声に混じって、地面に倒れたまま動かない人影がいくつも見えた。


 その周囲を、小銃をハイレディで構えた兵士たちが、重い足取りで警戒にあたっている。装備は簡易型のボディアーマーに通信ユニット付きのヘルメット。民間用としては標準的な装備だが、今の状況では明らかに過負荷だった。


 兵士たちの目は鋭く、あらゆる動きに過敏に反応していた。引き金にかけられた指が、わずかに震えているのが見える。彼らもまた、訓練通りに動こうとしているにすぎなかった。


 移民船団には正規軍は存在しない。その代わりに、〈警察防衛隊〉と呼ばれる組織がある。平時には警察として、そして有事には船民や施設を守る防衛部隊として機能する。


 今さらながら、レオは侵入者の存在を痛感した。琴音が恐怖に震えながら、「レオ……」とぎゅっと腕にしがみついてきた。


 レオが周囲を見回していると、急ぎ足でこちらにやってくる女性の姿が見えた。


 ライトグレーのジャンプスーツに身を包み、ヘッドセットを装着したその女性からは、一目で権限ある立場と分かる威厳がにじみ出ていた。


「シンディ先生、誰か来るよ」


 レオが小声で告げ、その方向を指差す。琴音も不安げに顔を上げた。


 女性はシンディの前で立ち止まり、周囲を鋭く一瞥すると、首から提げたIDカードを示した。


「防衛部・緊急対策室のマリアンヌ・パブリチェンコです。シンディ・アビントンさんで間違いありませんか?」


 その声には、抑えきれない緊迫感が滲んでいた。


「はい、私です」


 シンディが頷くと、マリアンヌは子どもたちに目を向けた。


「事情はうかがっています。お連れの二人は天城船長のお子さんですね。――天城琴音さん、そして天城レオさん」


「はい」


 答えながら、シンディは混乱の続く駐機場を振り返る。


「あの、状況はどうなっているんでしょうか? あの怪我をしている人たちは ……」


 マリアンヌの表情が引き締まった。


「下層区画で、外部からの侵入者による襲撃がありました。現在、警察防衛隊が対応中です。AIエージェントも状況分析中で、全容はまだ不明です」


 そう言って、マリアンヌは手元のタブレットを素早く操作した。


 シンディは顔をしかめた。


「下層地区……ここから、そう遠くない。侵入者って……いったい誰なんでしょうか?」


 マリアンヌは端末から目を上げ、慎重に言葉を選びながら答えた。


「避難者の証言では、侵入者たちは見たこともない武器を装備し、短時間で多数を制圧したと。抵抗の有無を問わず、無差別に攻撃しているようです。移民船の人間ではないのは確かです」


「天球儀船……でしょうか?」


「……可能性は高いです 」


 一瞬、マリアンヌの目が険しくなった。


「ですが、今はその議論をしている時間はありません。さあ、お二人をこちらへ。ここから先は私ども防衛部が引き継ぎます」


「え……? 先生も、いっしょに来るんじゃないの?」


 困惑する琴音にシンディは優しく微笑んだが、その瞳にはかすかな悲しみが浮かんでいた。


「琴音ちゃん、ごめんね。先生はいっしょに行けないの。民間人だから」


「そんな……民間人だからって、みんな同じでしょ?」


 レオも食い下がった。


「そうだよ! 先生も行けるはずだよ。ねえ、おばさ――お姉さん? 先生も乗せてあげてよ! あんなに人が並んでたら、もう誰も乗れないよ!」


 マリアンヌはぴくりと眉をひそめた。


「……あのね……私はまだ二十九なの。若いんです!」


 その一言に、琴音とレオが少しだけ気まずそうに視線をそらす。


 そんな二人を見て、シンディはくすっと笑い、


「ありがとう、二人とも。そう言ってくれて、先生うれしいわ」


 その微笑みの裏に、別れの覚悟がにじむ。

 ふと、レオが思い出したように尋ねた。


「……そういえば、先生って、どうして父さんたちと一緒にいたの?」


「それはね、保安局に連絡したからよ」


 シンディは懐かしむように微笑んだ。


「あれから大変だったんだから。船長であるレオくんのお父さんならまだしも、統轄委員会の偉い人たちに説明したり、観測の手伝いをしたり……。その他にもいろいろ。クルーの仕事が、こんなにハードだなんて思いもしなかったわ。――でも、それが、私の最後の役目だったのよ」


「そうだったんだ……」


 レオは驚きと敬意を込めて呟いた。


 シンディはゆっくりとうなずくと、マリアンヌに向き直った。


「それでは、琴音ちゃんとレオくんをお願いします」


 マリアンヌは「ええ」と静かに答え、シンディに一枚のカードを差し出した。


「これは?」


 シンディが不思議そうに目を細める。


「このカードは、クルーの関係者であることを証明するものです。これを提示すれば、優先して船に乗せてもらえるでしょう。シンディさん、これまでのご協力への、せめてもの謝意として――どうかお受け取りください」


「先生、よかったね!」


 琴音がぱっと笑顔を見せた。


「さあ、二人とも。これから船まで移動します。後ろの席に乗ってください」


 どこからともなく、ドアのない四人乗りのカートがすっと現れ、マリアンヌの傍らで停止した。


 運転席には細身の人型ロボット『ヒューマノイド』がハンドルを握り、指示を待っている。


 琴音とレオが少し戸惑いながらもカートに乗り込んだ。


 刹那――、


 耳を劈くような警報音が場内に響き渡った。

 周囲の警察防衛隊の兵士たちが一斉に身構える。空気が一気に張り詰めた。


「おい、あのゲートを見ろ!」


 一人の兵士が叫び、十番搭乗ゲート付近を指差す。


 距離にしておよそ八十メートル先――そこに現れたのは、見たこともない異質な黒い集団だった。


 彼らは整然と歩を進めながら、冷徹な動きで武器を構えていく。


「何をするつもりだ?」


 誰かが不安げに呟いた。


 集団の先頭を行く、リーダーらしき人物が前方を指し示した。


 それを合図に、黒衣の兵たちは一斉に行動を開始。弾丸とレーザーを無差別にばら撒きながら、方々へ散っていく。


 パニックが爆発した。


 叫び声、悲鳴、怒号。


 群衆が無秩序に逃げ惑う中、銃弾が容赦なく追いかけ、人々の体が吹き飛ばされていく。


 鮮やかなライトグリーンのジャンプスーツが、真紅の飛沫に染まっていく――それは、現実とは思えないほど悪夢めいた光景だった。

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