表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒデちゃん  作者: 一条美紀あらため建水
9/25

ヒデちゃん 9  魔女


 胸騒ぎがして、目が覚めた。

 心の星に導かれるように、奇漫亭へ急いだ。二夜月の夜は奇漫亭はお休みだった。なのに、息を切らせて扉の前に立つと、音もなく開いて、中からヒデちゃんが顔を出した。

「あれっ?」

 驚いた顔をしていた。黙って扉を閉める。そして、静かに言った。

「そう、あなたも『幻の月』を見に来たの」

 えっ、アヤカシノツキ?

 ヒデちゃんは、北の空の一角をしめした。赤い月が見えていた。

 ああ、あれが。

 噂には聞いた事がある、奇漫亭があるのは幻商店街の東の外れだが、そのアヤカシ商店街のいわれになっているのが、二夜月の日に見える赤い、幻の月だった。一生に一度、見ることができれば運がいいと言われる、幻影の月。あたしはぼんやりと、その赤い月を見つめていた。

 そこへ魔女が舞い降りて来た。箒に乗って飛んで来たのだから、やはり魔女なのだろう、黒い服も着ていたし。

「ハァーイ、ヒデちゃん」

 魔女はそう言うと、にっこりと笑った。

 彼女は、あたしたちの目の前でホバリングをしていた。彼女の足は、地面から十センチほど上で見事に停止している。歳はヒデちゃんと同じくらいだろうか、美人とは言えないかもしれないが、人を引きつけるような顔だちをしていた。

「マキさん」

 彼女の顔を見て、ヒデちゃんは言った。

 魔女のマキさんは、箒からひらりと降り立った。ヒデちゃんの側へ近寄ると、その両手を握りしめた。

「ひさしぶり」

 彼女は言った。

「マキさんも、」

 しばらく二人は黙っていた。

「キヨミから聞いたのね」

 キヨミと言うのは、キヨミ娘娘の事に違いなかった。でも、ヒデちゃんの口から『キヨミ』なんて言い方を聞くのは初めて。

 マキさんは、小さく肯いた。

「もうすぐ『魔女の渡り』が始まるのよ」

 その場を沈黙を切り換えるかのように、マキさんは言った。

 空をみると、東のほうから、小さな影が三つ四つと飛んで来ていた。だんだんと、その影は大きくなった。その影も魔女だった。箒に乗った魔女たちは、幻の月に近づいていった。そして、赤い光の中に飛び込んでいく。気がつくと、魔女の姿は消えて、同じ数の紫銀に輝く蝶が飛んでいた。紫銀の蝶は、わたしたちの側へ近づくと、くるくると二三回、旋回して見せた。

 マキさんが手を振った。蝶たちは幻の月に向かった。そして、そのまま吸い込まれるように,姿を消していた。

「渡っていったわ」

 ヒデちゃんは、また肯いた。マキさんは、何かを期待するような顔で、ヒデちゃんを見た。

「どうする、私と一緒にいく?」

 えっ?

 胸がどきんとした。さっきの胸騒ぎはこの事だと思った。泣き笑いのような顔をして、ヒデちゃんは、彼女を見た。言葉を紡ぎだすのがつらそうだった。だけどヒデちゃんは、きちんと言葉を区切って言った。

「わたしはここにいるわ」

 なにも言わずに、マキさんは箒に乗った。

 あたしは、なんとなくほっとしていた。マキさんの箒が、幻の月へ登っていく。あたしは、はっとして、ヒデちゃんの顔を覗き込んだ。ヒデちゃんの両目から光るものが落ちて行った。それは頬をつたって、ひとつの滴になっていく。滴は赤い光を浴びた。紫銀の蝶が一羽、幻の月へと向かって行くのが見えた。

 その夜、無数の紫銀が、幻の月へと飛んでいった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ