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ヒデちゃん  作者: 一条美紀あらため建水
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ヒデちゃん27 東方朔


 婚約が決まったので、ふらふらと奇漫亭へ行った。前坂さんがにこにこしながら隣を歩いていた。なんだかなぁと思う。でも、悪い気はしなかった。

 ひとりで開ける扉を、今日は登さんがひらいてくれる。青の妖精がふたり、三つ指をついて挨拶してくれた。

「おめでとうございます」

 わーっ、あなたたち知ってたのね。頬が熱くなった。カウンタの向こうでヒデちゃんが微笑んでいる。知ってる、あれは絶対知っている。

 カウンタに座るのが恥ずかしくなり、西窓の小テーブルに座る。カキツバタちゃんたちの指定席だが、この際許されるだろう。

 ふたりで抹茶ラテを頼むと、思わずため息がでた。登さんが過敏にかまってくれるのだが、自然体とはほど遠いので息がつまる。お互いもう少し肩の力を抜けないだろうか。

 バステトがやって来てあたしたちのテーブルに飛び乗る。非難するかのようにあたしに向かってにゃあと鳴いた。わかってると、あたしは心の中でつぶやく、バステトとの共同生活も、あたしが登さんに嫁ぐとなれば考えなおさねばいけない。

 結婚って、いろいろ考えなきゃいけないので少し憂鬱になる。

「たびぃのくぉろもは墨ぞめのー」

 憂鬱を吹き飛ばすかのように扉が開いた。

「いらっしゃいませ」

 あやめとカキツバタがお辞儀をした。Q庵さんだった。手には 黒陶魔光文無蓋鼎こくとうまこうもんむがいてい、顔にアクセルのフレームを付与(かけ)ている。彼の姿を見てあたしと登さんの左の眉が7ミリほど上に上がった。

 謎の和尚、Q庵さんは胡散臭い人物だった。その右手にある黒陶魔光文無蓋鼎には怪しい力が宿っており、あたしたちはその壺に吸い込まれて酷い目にあったのだ。

 かまっちゃ駄目よ、あたしは登さんにアイコンタクトする。

 だが、婚約の浮かれ騒ぎに動転していたあたしはうっかりしていたのだ、前坂さんが目で会話できない人々の一人だということを。

 Q庵さんは登さんを見てにやりと笑った。定番の挑発ポーズじゃん。前坂さんのっちゃ駄目だよ。

「よう、めでたい前坂殿、今日は駄目駄目な召還術は控えた方かよいよなぁ」

 登さんが立ち上がった。あたしが左手の袖を強く引っ張る。落ち着いて、冷静になって。

「吸い込む壺しかもたぬ坊主に、わが深淵なる召還術語る気はない」

 ぎらりとQ庵さんの目が光る。

 まずい、やる気だ。

「わが黒陶魔光文無蓋鼎は吸い込むだけの壺にあらず、召還も可能な無敵の壺でござる。いまだシバの女王も召還できぬ三流召還士に、深淵など片腹痛い」

 言い方は格好が良いけれど、動揺しているのが丸解りの発言だった。自分で壺と二回も言っちゃってるよこの人。鼎なんでしょ、てい。

 ついに前坂さんがあたしの右手をふりはらう。 互いの顔をにらみながら、二人は、

「「ふん」」

と言った。そして、中央の大きな丸テーブルまで歩いて行く。互いに八十八センチメートルの距離を開けながら、二人は叫んだ。

「勝負だ」

「勝負でござる」

 いけないわ、いけないわ、と思いながらも、あたしは少しわくわくする。いやさぁ、だってさぁ、婚約おめでとうありがとうって言ってるのは楽しいよ、でもここ数日おんなじ事をやってる訳で、疲れちゃう、昔に戻りたいと言わないけれど、新しい刺激がほしいのよ。


 テーブルに黒陶魔光文無蓋鼎が置かれた。大きな数珠を手にしたQ庵さんがむにゃむにゃと呪文を呟く。

 壺が煙を吐き出してあたしはびっくりする。

「ども、おめでとうござンス」

 そう言って出てきたのは東方朔(とうほうさく)だ。彼は、この世に知らざるものはないと言われる大知恵者だった。ただ、ちょっと困るのは、その姿が人体模型だということだ。調子に乗ると、左半身にしかない眉がぴこぴこと左端だけ上下するのが、少し可愛い。

「ども、姐さん、この度はお座敷によんで頂きましてありがとうでござンス」

 えー別にあたしが呼んだ訳じゃないけど、でも方朔(ほうさく)くん、あなたここをお座敷と言っちゃうの。

「ええ、まあ、なんて言うんでござンスか、呼ばれてなんぼがあっしらでござンスからね、どこに出ようがそこが常にお座敷、そういう心持ちでござンスよ」

 おー方朔くん、芸人の鏡だねー、ついでにあれもやって眉ぴく眉ぴく。可愛いので思わずあたしは我が儘を言ってしまう。

「姐さん、あっしはこれでも漢の宰相だったんでござンスよ、それなのに、えー、やらないと嫌いになっちゃう、次のお座敷には呼んでやらない、それゃいけません。まったくいけません。じゃあ、いきますよ。ほい」

 なんだかんだと言っても心根の優しい方朔くんは、あたしのリクエストに答えてくれる。十回ほど左眉を上下してくれた。

「うむむむ、東方朔を召還し美紀ちゃんの心を蕩かすとか、あなどりがたし僧Q庵、だが、負けぬぞ」

 今度は前坂さんがテーブルの上にハンカチを広げた。怪しげな文様、魔法陣が描かれている。テーブルを回りながら呪文をとなえる。あっ長ぐつじゃない。茶色のゆるいデザインの革靴だ。いがいな気遣いにあたしはちょっとうれしくなる。と同時に自分が結構浮き足立ってることにも気づく、婚約で浮かれていたのは前坂さんだけじゃなかった。前坂さんか長ぐつでない事を今になって知ったのだから。

 ぼんという音とともに煙があがった。

「ダズビダーニャ!」

 怪しげな大男の姿があった。顔の長い男だ。遮光ガラスのゴーグルを掛けている。左右に首を振り何かをサーチしていた。やばい、危機感で背中に悪寒が走る。さっきまでのわくわくした気分はあっという間にどこかへ消えてしまっていた。

「スパシィバ!」

 大男は右手を前に伸ばす、サーチライトのように黄色い力線が奇漫亭を走る。

「びゃお」

 力線がパステトを捕らえた。一瞬にしてパステトは変身を解かれ、白いレオタードの美女に戻る。

「ハラショ!」

 彼は一足でパステトとの距離を詰めると、左手に抱え込んだ。なんなのあの手の早さ。

「方朔くん」

 あたしは隣の人体模型に問いかける。

帝釈天(たいしゃくてん)でござンス」

 東方朔が答えた。

「つまりインドラ神です。インドラ神は女性にたいしてただならぬ興味を持つ神でござンして」

「つまり助平ってこと」

 あかんやつやこいつ、女の敵だ。登さん、なんちゅうものを召還したのよ。

「ダズビダーニャ!」

 インドラ神は再び叫ぶ。ゴーグルが左右に動きあたしを捕らえてぴたりと止まった。くる。

「方朔くん、対策を教えて」

 叫ぶとあたしはダッシュした。

「スパシィバ!」

 間髪の差であたしは黄色力線から逃れる。身をかがめテーブルの下を縫うよう走った。あれの力線から逃れるためだ。


 結局三度インドラ神のサーチは逃れたが、じり貧である現状は変えられなかった。唯一の期待は方朔くんだけだ。這うようにしてあたしは中央の丸テーブルへ戻る。テーブルの下には涙目になっている人体模型の姿があった。

「策は」

 あたしは尋ねる。

「無いです」

 それか東方朔の答えだった。そんな莫迦な。

あたしは方朔くんをにらむ。

 しどろもどろになって東方朔は言った。

「帝釈天スよ、インドラ様でござンスよ。宇宙を支配する天上神なんスよ。あっし如きにどんな策があるって言うんでスかい」

 つまり今までのゲストとは格が違う、超弩級ってことか。うーん、まいったねー。テーブルの下、方朔くんと二人、頭をかかえていると声がした。

「ダズビダーニャ!」

 声の方向へ顔を向けると見たくない遮光ゴーグルが見えた。いかぬ、避けられない。

 インドラ神の手が伸びる。

「スパシィバ!」

 叫ぶと同時に走る力線、もう避けられないか。そう思って目を閉じる。ばちんと音が響いた。目を開くと水月が力線を弾いていた。

「ヤァヤァ、遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ、我こそは奇漫亭の小支配、竜猫のヒデなり、いかに至高なるインドラ神と言えども、我が亭内にて乱暴狼藉、さらには婦女子を拉致せんとする無法な振る舞い。一寸の虫にも五分の魂あり、依頼をうけたる亭を護るは仙女の盟約。捕らえたる猫娘を離せばよし、離さずならば、いざ尋常に、勝負、勝ーぶ」

 カウンタの上にヒデちゃんが立っていた。紺の袴に胴着姿だった。朱色の帯でたすきを掛け、白い鉢巻きを額にしていた。左右の手にはうなぎさきを持ち、彼女の頭上には水無月が浮かんでいる。

「ダズビダーニャ!」

 インドラ神は叫びヒデちゃんを睨む。そして満足したように肯いた。

「スパシィバ!」

 右手を前に突き出しヒデちゃんに向けた。力線が走る、交差させたうなぎさきで弾く。そしてそのままカウンタから跳んだ。

 右、左、斬撃を斜めから振り下ろす。その勢いに押されてインドラ神が下がる。

「ハラショ!ハラショ!」

 右手を高々と差し上げて武闘神は叫ぶ。手の中に四十センチほどの円筒形をした武具が姿を現した。先端が鋭い楕円形をしている。中央がちょっとだけ凹み、片手で握れるようになっていた。

「バジラだ」

 東方朔が叫んだ。

 なにその宇宙怪獣みたいな名前。

金剛杵(バジラ)でござンス。インドラ神最強の武具でござンス。あれを手にした神は無敵なのでござンスよ。かつて宇宙を崩壊させようとしたヴリトラの蛇。その蛇を打ち倒したものすごく堅い棍棒でござンス」

 ウルトラの蛇?やっぱり宇宙怪獣じゃん。

「違いやス、ヴリトラの蛇!」

 方朔くんが叫ぶ。

「ハラショ!」

「てい」

 丸テーブルの彼方、奇漫亭の入り口そばでインドラ神とヒデちゃんが打ち合う。金剛杵とうなぎさきが二度弾き合い、交差させたうなぎさきの間に金剛杵を挟んでいた。

「凄いッス、金剛杵と五分に打ち合っているスッ」

 驚く声を上げる東方朔。そこへ水無月がすべり込んできた。乗っているのはあやめとカキツバタだ。

「美紀さま」

 ふたりは言った。

「ヒデさまからの伝言です。長くはもたないので早く解決策を見つけて欲しいそうです」

 わわわわっ結局そうなの、誰もこの件を終わらせる手段をもたないの? 

 誰かに丸投げしたい気分だった。


 丸テーブルの向こう、入り口近くで対峙するヒデちゃんとインドラ神。拮抗しているように見えるが、ヒデちゃんの意見は長くはもたないとのこと。丸テーブルの下からそっと体を伸ばし、あたしは辺りを伺う。インドラ神にとらわれたバステトは苦しげに身を捩らせている。

「ぴゃお。美しいって罪、ネ」

 なにやらホザいているが、あんなセリフが言えるうちはまだ元気だ。では事の発端である前坂さんとQ庵さんはどこだ。

「姐さん、後でござンス」 

 東方朔が言った。あたしは後を振り返る。北にあるカウンタの反対南側に二人は飛ばされていた。床に倒れている。背をかがめながら二人の元に走る。意識がないだけだった。しかし、これは……。

「稲精霊の島と同じです」

 あやめがあたしに言った。

「前坂さんもQ庵和尚もインドラ神に超常力を吸い取られているのです。意識がないのはそのためだと思います」

 ヒデちゃんにしても彼らにしても長くはもたないということか。これってもしかして奇漫亭最大の危機? 

 何気なくあたしはいままで隠れていた丸テーブルを見る。テーブルの上にはのんびりした様子の黒陶魔光文無蓋鼎が置いてあった。あたしたちのあたふたした有様なぞ、あの仙人グッズには関係ない事なんだろうなぁ。

 思わずあたしは呟いた。

「あれが使えたらなぁ」

「ああっ」

と、あっさりした口調でカキツバタが答えた。

「できますよ」


 あたしは方朔くんの肩を掴んでいた。

「できるの」

「可能でござンス」

 左眉をぴこぴこさせて東方朔は答えた。丸テーブルの下、あたし達の避難所にはついさっき方朔くんが回収した黒陶魔光文無蓋鼎がある。

「奇漫亭中央丸テーブル、この丸テーブルが有名なのは奇漫亭地下二階にあると言う魔力炉に直結させるバイパスがある事でござンス」

 へっ、この丸テーブル、地味な癖に意外と有名人いや物なの。

「そりゃあ、もう」

 眉ぴく方朔は答える。

「しろうと衆は知らずとも、その道の通ならば知らぬものはないという奴デ」

 直径三・五メートル高さ七十センチの丸テーブルは、下から覗くと同じ材質の丸い木の柱が下から突き出ているかのように見える。このテーブルの表板は二枚の板を合わせたもの、厚みが約十四センチ、直径二・五メートルの丸太のような土台の上に、がっちりと固定されていた。あたしは床に置いてあるのだと思っていたが、地下二階から突き抜けている柱の上に乗っているらしい。要するに前坂さんやQ庵さんが、この丸テーブルを使うのは理由があった訳だ。彼らは何らかの方法でこの魔力炉から自分たちのグッズへ魔力を呼び込んでいたのだ。

「一時の方向テーブル下の土台床より十八・四センチの位置にコネクターがあるでござンス。黒陶魔光文無蓋鼎の中央より上に文字のような物が掘られているでござンシょ。あれが魔光文、無蓋鼎の周囲にある魔光文が二センチほど途切れている箇所がある筈でござンス。その底あたりを触ってみるでござンスよ」

 従順にあたし黒陶魔光文無蓋鼎に触れてみる。床に接する鼎の上が開きコネクターが姿を見せた。

「でもコードは……」

あたしの言葉にあやめちゃんがカキツバタにいう。

「カキツバタちゃん、さっ早く」

 カキツバタは水無月をつかむ、小さな青い煙が上がり、水無月とカキツバタは三メートルほどのコードに化けた。真剣な顔であやめが言う。

「十一分しか持ちませんお早く」

 あたしはコードの先を黒陶魔光文無蓋鼎に差し込む、反対側を東方朔が持った。

「いくでござンス」

 しゃがみ込む東方朔は匍匐前進で丸テーブルの北側へ向かった。


 準備は完了した。黒陶魔光文無蓋鼎の魔光文が白色とも乳白色とも言えない様な変な発光をしている。これだけの作業で九分が経過した。

「じゃやるわ」

 あたしは意識集中させる。

「ああ、また眼が」

 あやめが叫ぶ、うん、眼がどうしたって?

「魔力集中による外観変容てござンス。姐さん、加賀紫の瞳を持ってらしたんでござンスねぇ」

 なにか言っているが、それどころじゃない。無蓋鼎から煙が吹き出した。と同時に煙の向こうからガウという声がした。

「ママ」

 エジプト衣装の男か立っていた。薄くて白い麻のチェニックを着ている。下半身は同様の生地でできたスカートで、局部を隠す厚めのエプロンは細身で黒だ。チェニックの透かして黒い肌が見えた。腹筋が割れている。

 マッチョだった。幅広の首輪とリストバンドそして紐で編んだ様なレッグサポーターは金色だ。首から上がジャッカルだった。

「ママ、そんなところで何やってんだよー。そろそろうちへ帰ろうよー」

「ボクちゃん、お外で私をママと言ってはいけないネ。おねえサンというネ」

「言える訳ないよー、恥ずかしいじゃん。パパも待ってるからからさ、帰ろうよー」

 初めて知った以外な真実、バステトあんた人妻? しかもこんな大きな子供がいるの。

 あたしは動揺したがインドラ神も激しく動揺した様だ。ぽとりとバステトを落とす。

「ふきゃ」

 とバステトが叫ぶ。

「いや、熟女はちょっと」

 初めて帝釈天が意味の通る言葉を吐いた。

 バステトの毛が逆立つと同時に黒くて美しい猫の顔がはっきり解るほど赤くなる。いや帝釈くん、敵とは言え忠告したい。今のセリフは世界中の女を敵にするよ。

「ボクちゃん、こやつはママを攫おうした不埒者です。ママが心から許します、やっておしまいなさい」

「えー、いつもは人さまの迷惑になるから全力は出すなと怒るくせに」

 うーん、このやりとりから判断するに彼は相当なマザコンらしい。そもそもこやつ誰だ?

「アヌビスです」

 方朔くんが言った。

「漆黒の肉体、ジャッカルの頭部、冥界の神アヌビスに間違いありません」

 ほほう、で方朔うじこの男の子はほんとうにバステトの子供なのかね。

「それは……」

 少しためらいを見せた方朔うじだったが勇気を振り絞るように答えた。「百パーセント間違いないかと」

「そうです、いつもはそう言っています。だからこそママはあなたの為に心を痛めていました。ボクちゃんに全力を出させてあげたい。真の意味で好敵手といえる存在を見つけてあげたい。ママはいまこそ言えます。この男こそママが探していた男だと。「ママ……」

 アヌビスくん、感動で目が潤んでいるよ。

「本当だと思う?」

「うそでしょう、彼女はこの屈辱を、インドラ神を思いっきりぶちのめすことで晴らしたいだけだと思うのでござンス」

 アヌビスは、右手を大きくぐるぐると振り回す。

「ママの許しが出たから、思いっきりやるよー」

「ダズビダーニャ!」

 インドラ神は叫んだ。しかしいま一つ言葉に切れが悪い。気後れしているように見えた。

「いきますよー。まずフック!」

 疾い、電光だった。ブロックもできずインドラ神のお腹が拳大に沈む。げほりと声を出して闘神は体をくの字に折った。

「スパシィバ」

 インドラ神はうめく。

「アッパー!」

 闘神の体が1メートルほど空に浮く。ガードが出来ない状態でアヌビスの閃光が走った。

「ストレート!」

 帝釈天の体が南へ翔んだ。

 前坂さんたちの隣へ崩れるように倒れ込む。

「ブラスチーチェイズブニーチェ、ブラスチーチェイズブニーチェ」

 呪文のように何かを呟いていた。

 インドラに気をとられバステトのことを忘れていたあたしははっとする。

「ミヤオ」

 声に気づいて振り向けば、バステトたちが黒陶魔光文無蓋鼎に消えるところだった。あたしは手を振る。

「また遊ぶネ」

 姿は消えたのに耳もとにバステトの声が残っていた。


 さて、

 あたしは北側に視線を向ける。そこには全力を出し切ったヒデちゃんがあやめの介抱をうけていた。

 ヒデちゃん復活には時間がかかりそうだし、男のしつけは悪さを見つけたそのときにするべきであろう。たとえいきさつが面白かったとしても、それはそれ、これはこれだ。

「あんたたち、そこに並んでお座すわんなさい」

 気がついた男たちが正座する。黒陶魔光文無蓋鼎を右手にかかえたあたしは彼らをねめつけた。

「帝釈天あぐらをかかない!」

 左から前坂、Q庵、帝釈天、方朔くんと並んでいた。

「なんであっしも……」

「おだまんなさい」

「はい」

 うなだれる東方朔。全員の正座を確認すると、あたしは小言を始める。

「いいですか、召還術の勝負は今後一切認めません。二度目はめっです。奇漫亭やヒデちゃんに迷惑がかかります。ごめんなさいは」

「ごめんなさい」

「すいませんでござる」

「ブラスチーチェイズブニーチェ」

「なんであっしも……」

「方朔!」

「すいませんでしたぁ、もう二度といたしません姐さん」

 婚約騒ぎに振り回されて,憂鬱になっていたあたしだけど、今度の騒ぎは凄くすっきりした感じがした。なんて言うか、ああっ、この日常ってなんかひさびさー。そんな空気。

 おかげで、

 すこし楽しかった。


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