第二幕 帰還の物語 第二章 津別町より……
------ 第二幕、第二章 ------ 津別町より…… ------
……マリーは、スティングレー家の三人に続いて、意の天使長がロビーから出て行くのを見送ると、精霊の主へ向き直った。
「アーサー・スティングレー様も流石です。
今、一番良い行動は何かに気が付かれて……。それを、サラリと実行されるなんて……」
「どういうこと?」
「『これ以上の会話は、マイスターにとって害になる』と悟られたのです。
ここに“アスタロ∩∪〓↑→@≦∞♂♀……”が居ることを分かっているみたいに……」
亮圭はハッとした。
「それは、ひょっとして悪魔の名前? 他の人達が“アスタロト”と呼んでいる……」
「はい、その通りです。サタン側の監察官として、この場に同席しています」
「今の僕に、感じられないなんて……」
「前に、マイスターが使ったマントと同じ対策をしているんです。
それでも、あの時のマント程の完成度ではありませんけれど……」
「ふーん、そうなんだ」
いきなり、邪悪な気配が感じられた。精霊の主が、反射的に身を竦める。
男の子の声のような思念が、“声”として認識出来る程に強く、聞えて来た。
『そんなに簡単に、他者の言葉を信じられるんですかねぇ。素直なのか、それとも馬鹿なのか……』
この“声”に一番早く反応したのは、亮圭だった。鋭い思念が、霊界を震わせる。
[彼方がアスタロトか?!]
何故か、相手の返答は、幾分遅れた。
[はい。我が主の横に立たせて頂いておる者です。
“アスタロト”と呼んで頂いて結構です……]
返答する声が、少し上ずっている。
精霊の主は、首を縦に振って、毅然と対応する。
[御役目御苦労! 自らの使命を果たすが良い!]
[……はい、その心算です。では、私はこれにて……]
ふっと、気配が消えた……。
いくら亮圭でも、霊的存在の思念を実際の声のように認識することは、まず無い。それにも係わらず、思念が“聞こえた”と言うことは……。相手の実力は、恐ろしく大きいと言うことだ。恐らく、“プランク定数”を捻じ曲げて、物質界に直接干渉することが出来る程に……。
亮圭は、深い息を吐くと、マリーに質問した。
「今も、彼は、ここに居るの?」
「はい。隣に居ます」
「そう……。注意しなくちゃね……」
「でもマイスター、何時覚えたんですか? そんな難しい言い回し……」
九歳の少年は、しばらく考えてから、こう答えた。
「マリーは、知っているくせに」
筆頭精霊長は、ニコニコ顔で答えた。
「はい、普段ならば100点の答えです。マイスターも対サタン闘争の訓練が出来て来ていて、喜ばしい限りです。
でも今回の作戦の場合は目的等を先に喋っておいた方が、大抵の場合は良い結果になると思います。
ちなみに……。それは、『一昨日のドラマのセリフ』ですよね」
「そうだけど……。
……でも何で、『津別では、“条件”が緩和された』の? 『津別だから』って理由だけじゃ無いんじゃないの?」
マリーは肩を竦めた。
「マイスターに掛かったら……。安易な誤魔化しや嘘は、通用しませんね……。
仕える私は、とても頼もしいですけど……。サタンは、物凄く嫌みたいですよ……。
……その答えは、『F‐15で死にそうな目に遭った……』です」
「確かに……。……“AAM‐3”で撃墜されそうになったね……」
「……サタンとの交渉で『サタン側は、今回の作戦の全工程に於いて、マイスターの御体の命に係わる攻撃をしない。状況に応じては、それを積極的に阻止する』ことになっていました。これを破ったのは、重大な契約違反です。よって、その“贖い”を、させているのです。
では、“津別町内で緩和された行動制限”等を説明したいのですが、その前に一つ質問です。マイスターは、何時出発するつもりですか?」
亮圭は、少し考えてから答えた。
「……明日、出来るだけ早く出発する! 時間制限が、有るんでしょう?」
「はい、分かりました。そのように手配致します。
では、説明を始めます。よろしいですか?」
「うん」
アスタロトは、マリーの話を確認しつつ、苦り切って言った。
「僕との会話まで、主人の教育に使うとは……。本当に、嫌な連中だ!」
意の大精霊であり精霊最強の“軍事集団”の副長でもある“ユミ□△▼☆∞⇒⊇♭♪‡……”が、笑って答える。
「はいはい。“嫌な連中”で悪う御座いました!
でも貴方は、悪魔達の頭目たる知の天使長“ルーシェ●◆♂〆£¢※▼▲←……”に報告するのが仕事……。
マイスター騎乗のF‐15を撃墜しようとした“ベルゼブ±≦∴′℃*#£◎↓……”のように直接手を出せば、どうなるか分かっているわよねぇ……」
「ええ、それは。
僕と今の僕の配下は、キッチリとやりますよ。
かつての我配下達のように、勝利しても“解債条件”を献上しているようでは敵わない!
……ただ、当方の“最強暴力装置”が、この後どう動くかは分からないが……」
そこまで言ったアスタロトの表情が、更に幾分、強張った。
「……それにしても……。……あの思念の恫喝は、本当に九歳のガキなのか?」
「ええ、そうだけど……。百戦錬磨の悪魔界No‐2実力身である“熾悪魔”が、一瞬でも呑まれるとはねぇ……」
「全くだ! ……後で、周りから何を言われることか!」
「“意の精霊長、エリー”の配慮で緘口令が出ているから、あんたの仲間にバレることは無いわよ」
「そりゃ、どうも! ……こっちも、気合を入れなきゃならないな……」
「御手柔らかに。ひょっとしての未来の旦那様」
アスタロトは、苦笑いしつつ姿を消した。
[根は、良い天使なんだけどね……]
大精霊が深い溜息を吐く……。
……マリーが説明を始めた。
「今後、作戦終了までの全工程に於いてですが……。マイスターの質問には、答えられることには全て答えます。返答しなかったり無視したりした場合には、答えられないことだと思って下さい。
それと津別町内ならば、私共はマイスターの行動に、意見を言ったり誘導したりすることが出来ます。
……まず、これから話す情報は、『前もって与えて構わない』と認定された情報です。ここ、津別町が北海道網走郡の南端に在ることは、御存知のことですよね……」
精霊の主が肯いた。筆頭精霊長は、それを受けて話を続ける。
「……この津別町からの、公共交通機関による脱出ルートは三方向です。
“開成峠経由、北見行き”と“美幌経由、北見行き”の路線バス。それと“阿寒湖経由、釧路行き”と“開成峠を抜ける北見経由、旭川行き”の都市間バスです。
この内で、朝一番早く大きな街に出られるのは、開成峠を経由する北見行きの路線バスとなります」
亮圭は、記帳台のメモ用紙を使って書きとめながら、質問した。
「都市間バスって?」
「東京では、長距離バスと言うことが多いですね」
「路線バスは?」
「東久留米の駅前から出ている“西武バス”や池袋の“都営バス”と同じものです」
「運賃は、どうやって払うの?」
「路線バスは、西武バスと同じで、乗る時に“整理券”を取って後払いです。
都市間バスは、“津別ハイヤー”で切符を買います」
マリーは、思い出したように話を変える。
「……あっ、それとですね……。出発は、ファーターが見送られます」
「えっ! お父さんが来るの?!」
吃驚した精霊の主に、筆頭精霊長が涼しい顔で答えた。
「……もう、町内に居ますよ。ムーターと御姉さんも一緒です。
状況の整合性を整える為に、あえて来て頂く形をとっています。
実際には、マイスターは独りで自宅に戻ります。でも対外的には『マイスターは、長年の夢であった一人旅を実現する為に両親と一緒に来られて、私達の補助の元に一人で自宅に戻られる』と言う設定にしています。
既にファーターとムーターと御姉様は、ルリーと共に御祖母様の実家を訪問されて事情の説明をされる等、マイスターの活動の地均しをしています」
亮圭が溜息を吐いた……。
「お母さんに幸来姉ちゃんまで居るのぉ……。……大事に成ってる……」
「御心配無く。
マイスターと別れた後に、観光でもして頂きます。まぁ、天気が一寸悪いですけど、大丈夫ですよ。費用と“移動手段”は、私達が用意しますし……」
マリーが話を元に戻す。
「……では、説明を続けます。
マイスターは、明日の零時前に津別町の領域から出れば、“不正出発”となって、作戦失敗になります……」
精霊の主が、間髪入れずに質問した。
「つまり、津別町の土地を出ない限り、出発したことに成らないの?」
「その通りです!
但し、一歩でも町外に足を着けば、出発と見なされます。たとえ町の中に戻ったとしても、“緩和された解債条件”が適用されなくなりますから、注意して下さい。
“HiDeCE”も、一度でも町外に出たら、ゴールするまでは使用出来なくなります……」
「……先刻、聞いた……。……姿は、消せなくなるんだね……」
「はい。“隠蔽と欺瞞”だけではなく、護身以外の“重力制御”や“二点間、空間移動”等も同様です……」
短い沈黙の後、俯き加減の少年が口を開く。
「……続きを……」
「……はい。
出発までは、今回の対価に直接の影響が無い限り、何をしても自由です。
町の領域内であれば、自由に移動出来ます。“SeNeHos( Space Node Hoops:空間結節点輪組 )”も、入り口と出口が町内ならば、使用に問題はありません」
亮圭が、パァっと明るい顔になった。
「じゃあ、散歩したり、探検しても良いの? “空間結節点”が使えるなら、津別峠やチミケップ湖まで、行って帰って来ても良いんだ……」
「ええ、勿論です。但し……」
筆頭精霊長は真顔で答えた。
「……先刻、強壮薬を使いましたよね?! F‐15DJを約三時間も操ったので、体も精神も大分ガタガタなんですよ! 余り疲れ果てるのは、後の行動に響きますから、良くないです!
それに、津別町を出た後のルートは、マイスターが自力で探さなければなりません。
必要な買い物以外は、余り出歩かない方が良いです」
亮圭は、ガッカリしたが、直ぐにマリーの言葉尻を捉えて質問した。
「買い物は、どこで出来るの?」
「店は、国道240号線沿いと五差路の周りに多く在ります。
……あっ、五差路とは、道が五本繋がっている交差点のことです……。
これらには、私達が道案内します。それに、買物のアドバイスも出来ます」
「本屋さんも在るの?」
「はい! “JR時刻表”も、ちゃんと有りますよ」
「じゃあ後は、静かな場所があれば……」
「そのこと、なんですが……。
この町中には、一般の宿泊施設が『みぃと イン つべつ』の一ヶ所しか在りません。しかも、高田家の三人が、宿泊しています」
「それじゃあ、泊まると色々有りそうだね」
「御祖母様の実家も、一人で何かに集中するのは、少々難しいかもしれません」
「じゃあ、他に静かな場所は在るの?」
「一ヶ所、在ります」
「どこ?」
「“津別キャンプ場”です」
「キャンプ場!?」
亮圭は目を白黒させた。
「津別キャンプ場って、どこに在るの?」
「津別川沿いの“21世紀の森”に在ります。そこの“バンガロー”が使えます。
倉庫みたいな物ですが、板間の小上りになっています。管理棟には、“コインシャワー”も在ります。トイレも別棟であります。ただ……」
「ただ、何?」
「要所以外は、明かりが在りません。自力で調達する必要があります。
……夜は、ちょっと怖いですよ」
「僕は、構わないけど……」
「では、押さえて構いませんか?」
精霊の主は、親指を立てて意思を表した。
「そうして!」
「了解しました」
丁度、そこへ、意の精霊長が戻って来た。
「マリー……」
マリーは、呼び掛けて来たエリーを制して、指示を出す。
「エリー。戻ったばかりで悪いけど、キャンプ場のバンガローを予約して来て。現地の管理棟の事務所で出来るはずだから。
マイスターが、宿泊と仕事部屋に使うの」
意の精霊長が即答する。
「はい。心得ました。
それと……。マリーへ報告。状況は、全て順調」
筆頭精霊長が肯くと、意の精霊長は再びロビーを出て行った。
精霊の主がマリーに質問する。
「『全て順調』って?」
「……今の処、三つ、あります……。
……まず、『御祖母様の実家の協力を、取り付けることに成功』しています。
……次に『河村家とスティングレー家の面会が、上手く行き』ました。
……更に『今後の為に、面識を作っておいた方が良い方とのファースト・コンタクトが成功』しました。後で、マイスターとの面会の場を設けます」
「了解。……ところで、役場って何?」
「東久留米ならば市役所です」
「どこにあるの?」
「ここからだと、200m位の場所です」
マリーは、少し考えてから言った。
「マイン・マイスター。
どうでしょう? 今から町を散歩しつつ、御買い物に行くというのは?」
「僕は構わないけど、エリーが怒らないかなぁ?」
「大丈夫です。直ぐに合流するでしょうから」
「お父さん達は?」
「その内に……。気が向いたら合流するでしょうから、大丈夫ですよ。では、参りましょうか」
「うん」
亮圭は、マリーの先導で病院を後にした……。
「……ここが、津別町役場です。その先を右に曲がりますよ」
亮圭達は、役場を巻くように歩いて行くと、左へ曲がった。
町の雰囲気は、東久留米とは全く違っていて、同じ日本国内とは思えない程であった。
「ここの道は、広くて真っ直ぐなんだね。
それに、不思議な強い匂いがする……」
「これは、“エゾマツ”や“トドマツ”の丸太の香りです。この町は、元々林業の町ですから、今でも大規模な貯木場が町の北側に在るんですよ」
「そうなんだ」
「この香りには、森林浴の何倍もの効果が有ります。
……ファーターは、この香りに癒されたんですよ」
「えっ? どう言うこと?」
「ファーターは、豊島区に住んでいた幼少期に、何年もの間、本当に壮絶なイジメにあっています。家に帰ったら、直接本人に聴いてみて下さい。
ファーターが、あの恐ろしいイジメの中を、どうにか乗り越えることが出来たのは、この町の香りの御陰でもありますから……」
「……知らなかった……」
筆頭精霊長は、シュンとした精霊の主に、微笑みながら話し掛けた。
「今は、この空気を胸いっぱい吸って、全身で感じて下さい。とても体と心に良いですよ」
「うん。……ちょっとクラクラする……」
マリーは、静かに頭を寄せて来た亮圭を、そっと抱き寄せた。
「大丈夫ですか? マイン・マイスター」
「ちょっとで良いから、こうしていたい……」
精霊の長はハッとした。
[うわー……。精神の緊張が切れちゃったか……。悪い方に転んじゃった……。
でも、どっちに転んでも、どうにでもなるから良いけど……]
そう思った“知の精霊長”は、こう返答した。
「……御気の済むように、成さいまし」
そして、どれだけの時間が経っただろうか……。
不意に……。亮圭の腰へ、誰かが手を廻して来た!
「うわっ!」
精霊の主が、思わず吃驚して声を上げる。亮圭が上を向くと、エリーの笑顔があった。
「脅かして済みません。でもマイスターは、限界一杯ですね」
「もう行って来たの?」
「“GVCE”と“HiDeCE”を使えば簡単です」
意の精霊長は、精霊の主を後ろからハグしたまま、苦笑いしている筆頭精霊長へ報告をする。
「指示のとおり、バンガローの予約は出来ました。棟番号5番の“コブシ”です。ここに、鍵も持っています」
「御苦労様」
エリーは、マリーを睨みつけた。
「マリー! マイン・マイスターは、緊張の糸が切れてしまっているではないですか!
私が使っている“Type-STWM”をスーツにして、マイスターを保護します! 津別町内ならば、そのまま“生命”の管理も出来ます!
……この後のことを考えたら、出来る限りのことをしておいた方が良いのでは?!」
「ええ。悪いけど、御願いするわ」
筆頭精霊長は、済まなそうに言った。
意の精霊長が、変化を解いて、亮圭の真上で液化して球になる。そして、パイロットスーツの時とは違い、精霊の主の服の中へ入り、顔や頭を含む全身の皮膚を包み込む。余った部分は、真上で円盤のようになると、透明になって見えなくなった。精霊の主は、自分の体の重さが無くなって行くのを感じる。エリーが、耳元に形成したインコムを使って、話し掛けて来た。
『マイスター。体の動きは御意思に従って、こちらが管理します。普段どおり、ごく普通に体を動かして下さい。
それと脳も、使い過ぎでオーバーヒート気味です。最低でも、交代で強制的に休ませた方が良いです。
脳の直接制御の為の、特別の承認を御願いします』
エリーの声には、少し焦りが感じられた。亮圭は状況を理解する。
「許可する」
そう言った途端に、ボーとして、更に意識が遠のく。だが、木の香りと顔に当たる空気の優しさは、もっと感じられるようになった。
マリーが手を握って来る。
「最初の内は、私がエスコートしないと危ないので、手を繋がせて頂きます。
……では、参りましょう」
亮圭達は、また道を歩き始めた……。
何も力を入れていなくても、体は歩こうとする自分の意思に従って、外側からの力で自然に進んで行く……。
「……楽ちんだね……」
エリーの声が、耳元で得意げに答えた。
『私共のテクノロジーを持ってすれば、容易いことです。
このまま、格闘用パワードスーツとしても、防弾装備としても、化学兵器や放射線の防護服としても使えますよ。
核分裂中の炉心でも、追加装備なしに活動出来ます。ちょっと気合を入れれば、2や3MGy/s位、軽いものです』
「……ふーん……」
少年は、感心しながら歩く。
しばらくすると、エリーが驚きの声を上げた。
『本当にマイスターは、体の運動が係わることに関しては、何でも慣れるのが早いですね。F‐15もそうですし、スマホやタブレットの操作もそうですし……』
「うん」
亮圭は、ニコっとした。怪我によって減少したり失われたものが多い中で、かえって強くなった数少ない特技の一つでもあった……。
やがて一行は、次の交差点に着いた。マリーが、道の右方の先に見える信号機を指差して、説明する。
「ここからは、一寸分かり難いですが……。そこの先の、信号が在る所が五差路です。
道を反対方向に行くと、坂を下ってキャンプ場の方へ行きます。真っ直ぐに行くと、国道240号線に出ます。国道に出てみましょうか?」
「うん」
程なく、国道に出た。直線が1キロメートル以上続く、道幅の広い道だった。直ぐ傍の小さな森を一直線に貫いている。
「あそこに“津別川”が流れています。“黒目川”や“落合川”とは、随分違いますよ」
マリーが森を指差して言った。亮圭が、子供らしく、興味を示す。
「へー、見てみたいな」
「では、こちらが御奨めです」
筆頭精霊長は、国道を右斜めに逸れて、細い道へと精霊の主を誘う。程無く、赤い小さな細い橋に着いた。
「ここが“津高橋”です。この辺りでは“赤橋”で通じますし、“高校の橋”と言う人もいます。
橋の真ん中から、川を見ると良いですよ」
「“電車の鉄橋”みたい、なんだね」
「はい。鉄のアングルを頭の上にも渡した、こんな小トラスの人道橋は、珍しいかもしれませんね」
橋の中程から見る津別川は、滔々と流れていた。
「この橋になる前の木造の橋を、御祖母様は高校に通われました。
ファーターも、曾御爺様との散歩で、この橋を通られたことがあります」
「じゃあ、ここから川を見るのは、僕で四代目?」
「そうです。橋は、代を重ねながら、六十年以上も在るんです。
森は深くなり、ここから国道の“津別橋”は見えなくなりました。でも、下流の流れの雰囲気は、ファーターが見た時と、余り変わってはいません」
「そうなんだ……」
亮圭は、曾祖父達や祖母の息遣いを感じて、嬉しかった。
少年は、ユッタリとした時間が流れる中、飽きもせずに津別川を見続けている……。
マリーが、頃合を見計らったように、声を掛けて来た。
「マイスター。そろそろ御買い物を始めませんか?」
「あっ、そうだね」
「……町を出たら、こんな声掛けも出来なくなるんですよー」
「エッ!? そうなの?」
マリーが、悪戯っぽく答えた。
「はい。……何でも自分で決めて、ドンドンやって下さい!」
「はぁい……」
少年は、町の中心の方へと戻って行く。後には、小さな赤い橋が寂しげに残された。
電気屋は直ぐに見付かった。
店の前で、マリーが亮圭に話し掛ける。
「津別町内では、私が買うものを決めますけど、よろしいですね」
「許可します」
「では、参りましょう」
店の中に入るとチャイムが鳴って、家の中から声が返って来る。
「いらっしゃい。今、行きますから」
マリーは、ランタンとペンライトと単一電池と単三電池、それに乾電池式のスマホ充電器を手にとってカウンターに置いた。精霊の主は、棚の物をボーっと見ている。
おかみさんは、奥から出て来た途端、マリーの姿に驚いた。
「へー……。ロシア人の男は、見たことが有るけど……。こんな綺麗な金髪の女の子は、初めてよ」
「ありがとう、小母さん。じゃあ、これを……」
「はいはい……。あれ? “ボク”、何か興味が有るの?」
亮圭は、棚に飾ってある商品を指差す。
「これは何? 時計?」
「ああ、それ……。それは、“振動目覚まし時計”よ。ブルブル震えて起こしてくれるの」
「携帯の目覚ましみたいな物なの?」
「携帯のバイブに比べたら、全然、強いわよ!」
「疲れている時でも起きれる?」
「携帯型では最強らしいわよ」
「ふーん」
「……欲しかったら、安くしとくわよ。訳有りで、返品不可にされちゃった商品だから」
「訳有りで?」
「ええ……。“坂井の御婆ちゃん”っていう耳の悪い御婆ちゃん用に二種類仕入れて、片方を買ってもらったんだけど……。……返品しようとして、私が詰め直す時に箱を破っちゃって……」
確かに、箱は破れていた。
[乗り物を乗り過ごすかもしれないし……。安いなら、買っても良いのかな……]
亮圭がマリーを見ると、思念を読んだのか、苦笑いしている。
[買っても良いよね]
マリーは、“Type-STWM”によって構成されたスーツのインコムを通して、答えて来た。
『どうぞ、マイスター』
精霊の主が、本体と箱をカウンターの上の商品の隣に置いた。
「これも下さい」
「じゃあ……。全部合わせて、税込み¥10,000‐にしとくよ」
「ありがとう、小母ちゃん」
「どういたしまして」
亮圭達は、店を出て、五差路の方へと歩いて行く。マリーが、口を開いた。
「さっき、自分で買う物を決めたことは、今後に繋がります。とても良いことです。
でも、無駄遣いは危険ですよ。お金が無くなれば、ヒッチハイクしたり……。最悪は、家まで歩かなければなりません。御飯も食べられなくなりますからね。
この理由で、私達が『マイスターが行動不能になって救助した』場合でも、“解債条件”に引っ掛かって“作戦失敗”に成りますよ」
「うん。気を付けるよ」
その時、エリーが亮圭に話し掛けて来た。
『……あれです。斜め左前、道の反対側。あそこが本屋です』
一行は、道を渡ると本屋の中へと入って行く……。
JR時刻表は直ぐに見付かった。マリーが、税抜き¥500‐の製図用0.5mmシャープペンシルと芯、小さなメモ帳、断面が三角形をしたペンシル型の消しゴム等を時刻表と一緒に購入する……。
……不意に、亮圭の目の前が薄暗くなり、エリーの声が聞えて来た。
『済みません、マイスター……。
このままでは脳の回復が、明日の出発に間に合いません。四時間だけ、私に時間を下さい』
精霊の主は、思念で応じた。
[え? 交代、交代じゃダメなの?]
『はい。予想以上のダメージです。
出発までのイベントを計算すると、約四時間以上の完全休憩が必要です』
[買い物は、どうするの?]
『御体は、こちらで預かります。このまま、御買い物は、続行します。
今後の為に……。是非、僕の願いを聞き入れて下さいまし』
[うん。……仕方ないなら、許可するよ]
『有難う御座います。マイスター、大好きです』
亮圭は、エリーの嬉しい思いの思念に触れて、自分も幸せな気持ちになる。そして、そのまま気持ち良く、意識が遠のいて行った……。
[……ん? ……ここは……]
亮圭は、美味しそうな匂いの中で、意識を取り戻しつつある。徐々に目の焦点が定まって来た。
「……丸い鉄兜の上で、肉が焼けている……」
そう呟いた瞬間、幾つもの声が、浴びせられた。
「おっ、気が付いたか?」
「あっ、起きた、起きた」
「まー、幸せそうな顔して、良く寝ていたなぁ……」
「末は、大物ですかな……」
精霊の主は、一瞬、パニックになりそうになる。
「何、何、何、何? ここは、どこ?!」
聴き慣れた声が答えた。
「ちょっと落ち着け。ここは、俺の叔父さんの家だよ」
「『叔父さんの』って……。お父さん!?」
少年が右側を見ると、斜め前で父親が苦笑いしていた。
「まぁ……。御前から見たら、御爺さんだが……」
周りを見れば、ここは家の中だ。
建物の作りは、東久留米とは少し違う雰囲気で、独特のものを感じる……。
いきなり、可愛いい声が左から飛んで来た。
「ホントに可愛いい寝顔なのね! 右頬の痣が無ければ、もう完璧……」
「えっ!!」
亮圭が、その声に吃驚して左を見ると、隣には幸来が座っていた。彼女は、ツインテールに結ばれた髪を揺らしながら、今にも吹き出しそうなのを両手で必死に堪えている。そして、幸来の斜め左前には、父親のアーサーが笑って座っていた。
「何で、ここに居るの!?」
「……マリーが呼んでくれたの。『一緒に夕御飯、食べたら?』って」
「そうじゃなくって、体は……?」
「もう、全然大丈夫! ここには、アっと言う間に移動したし……」
「……“SeNeHos”を使ったのか……」
「病室には、“身代わりの人”が居るからバレないし……」
後ろから、マリーが声を掛けて来た。
「“フロイライン”。私共は、人では在りませんから、“身代わりの精霊”と言って頂かないと……」
幸来が声の方に振り返って、チョコンと舌を出した。その仕草も、可愛い。
「うん。気を付けるわ」
マリーは、亮圭の後ろのソファーに、情と意の精霊長を両脇に従えて座っている。
「マイスター……」
精霊の主よりも早く、筆頭精霊長が声を掛けてきた。このタイミングでは、亮圭の質問は、後回しになる。
「まずは、ここに居る皆様の御紹介を、させて頂きたいのですが……。初めて御会いになる方も居ることですし……」
亮圭は、一寸不服だったが、承認した。
「うん……。そうしてくれる?」
「では……」
マリーは立ち上がると、臨席者の紹介を始める。
「御父様の右隣の方が、御父様の母方の叔父様に当たる“綿織 洋一郎”様。その隣が、奥様の“綿織 恒子”様です」
“綿織の外孫”は、深く頭を下げて名乗った。
「河村亮圭です」
マリーに目配せで促され、幸来も挨拶する。
「幸来・高田・スティングレーです。よろしく御願いします」
「礼儀正しいんだな……。政志とは豪い違いだ」
父親の顔が崩れる。
「叔父さん。勘弁して下さい……」
「何が『勘弁して下さい』だ! 悪ガキだったくせによぉ!」
いきなりヒートアップしそうな所を、恒子御婆さんが止めた。
「あなた、やめなさいよ。後の人が閊えているじゃないの」
「おっと、そうだ。じゃあ、続きは後でなぁ……」
父親が、頭を抱えている。恐らく、面目は、丸潰れになるのだろう……。
「はい!」
亮圭は、父親の視線を無視して、嬉しそうな声で返事をする。綿織家の家長は、孫の仕草に、満足そうな笑みを浮かべた。
「それとな……。今日は、家に泊まっていけ」
少年は、いきなりの申し出に、言葉が詰まる。
「良いの? ……」
綿織の御爺さんは、人懐っこく返答した。
「遠慮しなくて良い! バンガローなんぞより、布団で寝た方が良いだろうよ!」
その勢いに、思わず声が出る。
「……はい……」
洋一郎は、その様子に、笑いながら肯いた。
「うん、うん。そうしろ、そうしろ……」
マリーが、タイミング良く、話に入る。
「……では、綿織様。こちらは、そのように段取らせて頂きます」
「ああ。ただ、年寄り二人だから、君達は手伝ってくれよ……」
「はい。御任せ下さい……」
……筆頭精霊長が話を元に戻した。
「……では、御紹介を続けさせて頂きます。
左側のアーサー様の左隣に居らっしゃるのが、アーサー様の御友人で、新設される“警視庁、公安部、外事第四課”の課長に就任される“樞 卿一”警視正です。 そして、その隣が、奥様の“樞 冴子”警視です。“警視庁、生活安全部、生活安全総務課、子ども・女性安全対策室”の室長をされています」
相手が、亮圭よりも早く名乗る。
「始めて御目に掛かる。樞 卿一だ。君のことは“こいつ(アーサー・スティングレー)”と君の御父さん、それに君の“副官殿”達から、ほぼ全て聞いている」
「樞 冴子よ。よろしくね、亮圭君!」
精霊の主は、一礼して名乗った。
「河村亮圭です。よろしく御願いします」
「ほう……。本当に礼儀正しいんだな……。
では、まず食事にしないかい? その方が、話も進むと思うが?」
洋一郎御爺さんが孫を促す。
「そうしよう!
亮圭。この辺の肉は、焼けているぞ……」
綿織家の家長が“場の主役”に焼けた羊の肉を取り分けると、それを合図に、各自が鍋に箸を伸ばした。
同じタイミングで、姉が下座から声を掛けて来る。
「小母さん、こっちも焼けているよ」
「はーい。それじゃあ亮圭君、また後でね」
冴子と恒子は、下座の女性グループに入った。エリーが、ソファーから移動して、女性陣の話の輪の中へ入る。マリーとルリーは、こちらのグループの中に入った。
壁の時計は、午後五時三十分を指している。
「……本当に四時間……。ううん、五時間は寝ていたんだ……」
その主の呟きに、ルリーが答えた。
「そうですよ。本当に良く眠っておられました」
精霊の主は、また不機嫌そうな顔をする。
「何で、四時間で起こしてくれなかったの?!」
「『アーサー様に止められた』からです」
思わず質問した亮圭に、ルリーは、しれっと答えた。
「えっ?」
またも吃驚する精霊の主を、幸来の父親が諭す。
「まあ、そう言うことだ。
兵士には、『必要な時に、出来るだけの休息を摂る』ことも、必要なことなんだよ」
「うん……」
アーサーの言葉には、経験に裏打ちされた重さがある。なんとなく、反論が出来ない。
そんな亮圭には、もう一つ聞きたいことが有った。
「マリー。まだ、本屋から、ここまでの動きを聞いていないけど……」
「はい。では、簡単に時系列で説明します。
本屋での御買い物の直後、スティングレー家の方々と樞様達とファーター達、それにルリーが合流しました。そして、一緒に全ての御買い物を共にされました。
その後、御店の裏側に在る“離れ”の玄関から、御祖母様の御実家を訪問されました。
そして、皆様が落ち着かれた所で、病室と離れの玄関の間に“時空結合点”を設定し、幸来様に来て頂きました……」
ここで御爺さんが、筆頭精霊長の話に割って入った。
「話が良く分からないが……。難しい話より、お父さんの過去を聞きたくないか?」
父親の顔は、今度こそ青くなる!
「叔父さん。ホントに勘弁して下さい!」
「今日は、午前中から、腰が抜けるほど驚かされたんだ。勘弁ならねぇなぁ……」
「そんなぁ……」
歓談が始まる……。
……パーティーは、父親の恥ずかしい過去話や樞夫妻とアーサーの武勇伝等で、大いに盛り上がった。でも、楽しい時間は、過ぎるのが早い……。
壁掛け時計は、焼肉が始まった時、午後五時三十分前を指していたはずだった。今は、午後七時四十五分を指している。
樞 卿一が、ゆっくりと腰を上げた。
「冴子、そろそろ御暇しようか」
「そうね。明日、早く成りそうだし……」
「小母さん達、もう行くの?」
幸来の言葉に、樞夫人が答える。
「ええ。北見まで戻らないと……」
その言葉に、綿織家の主人が提案した。
「俺が送ろうか? 車で……」
樞夫妻は、笑顔で答える。
「いいえ、大丈夫です。
レンタカーで来ていますから……。今、役場近くの駐車場に留めてあります」
「じゃあ、そこまで送ろう。
雨が降っているから……。駐車場まで、この傘を使えば良い」
「恐れ入ります……。では、御借りします。
じゃあ亮圭君、また会おう……。
冴子、行くぞ」
「ええ。
じゃあ、またね、亮圭君。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
二人は、洋一郎と共に出て行った。筆頭精霊長は、それを見届けてから、精霊の主に話し掛ける。
「マイスター。私共から、明日の朝にサプライズが有ります。明日は、午前三時に起きて頂きます。もう、御休み下さい」
亮圭は、その最後のフレーズで、思い出したことがあった。
「……調べ物は良いの?」
マリーが肯いて答える。
「ほとんど、メモの通りです。静かな場所の確保も出来ていますし、サプライズの後の時間で十分に確認出来ます」
「うん」
そこへ、恒子御婆さんが孫に話し掛けて来た。
「それじゃあ、良い?
御風呂なんだけど、母屋のを使ってもらうからね。
布団は、二階の右側の部屋に皆の分も引いてあるから、そのまま寝て……」
「はい」
「政志君、皆を連れて、先に行っていて。私は、こっちを片すから」
四身を従えた意の精霊長が、間伐入れずに申し出た。
「御手伝いします」
「じゃあ、御願いするわ……」
「では、叔母さん。先に行っています……。
……でも、その前に、まず……」
父親は、そう言って、息子に向き直った。
「……亮圭。幸来ちゃん。
明日、御墓に行っている時間的余裕は、無いだろうから……。先祖に挨拶してから行こう。
こっちに来て……」
奥の和室に、大きな仏壇が置いてある。河村家の家長は、蝋燭に火を点けて言った
「ここの先祖達には、ここから挨拶するのが良い。二人共、手を合わせて“婚約”を……。……いや“仮”だが……。報告しなさい」
亮圭が仏壇の前に正座をして、手を合わせ首を垂れる。幸来も、その後ろで首を垂れた。
精霊の主は、相対基準の問題から、『先祖が、直接には、自分に話し掛けられない』ことを知っている。
マリーが、先祖の伝言を要約して伝えて来た。
「先祖の皆さん、とっても喜んでおいででしたよ。『がんばりなさい』って……」
「うん……。僕、力の限り頑張るよ……」
その小さな決意表明に、幸来が静かに寄り添って来る。
その後ろでは、河村夫妻と高田夫妻、そして亮圭の姉の幸来と幸来の兄の健斗が、静かに見守っていた……。
……母屋は、離れよりも大きな家で、店と一体となっている。
南東側の入口から入ると、玄関は風除室になっていた。
その奥は、直ぐに居間だ。入ると、そこは右奥の台所と一体に成っていて、とても広く感じる。そして、そこの左側奥の壁に、暖簾の掛けてある“板の引き戸”付きの上り階段が、つながっている。それ以外の扉は、入口の風除室の“木の枠のガラス引き戸”が二枚と、正面反対側に“ガラスの入った障子の引き戸”が四枚あるのと、右側手前の浴室前室の“板の引き戸”が一枚の、合わせて三か所だけだ。
「亮圭、直ぐに風呂に入れ。御前が最優先だ」
両家の父親は、亮圭の行動を最優先させるように、話を付けているようだ。
「うん。分かった」
精霊の主は、一番風呂を烏の行水で済ませて来る。次いで、アーサーと健斗が入った。
マリーが亮圭に話し掛けて来る。
「マイスター、二階で説明したいことが有ります。御出まし頂けますか?」
「分かった。今、行くよ」
厚手の床まである暖簾を潜り、“箱階段(踏み板と裏板と側板のみで出来ていて、蹴込み板が無い……。“踏板階段”とも言う)”を二階へ上がると、廊下がT字型に左右へと走り、目の前に大きな部屋が二つあった。
その廊下を右へ行くと、もう一つ立派な階段が廊下の右側に沿って下へ行っており、その奥は突き当りになっている。逆に左へ行くと、左側に引き戸が有り、廊下の一番奥から更に左右へと廊下が続いている。
「右の部屋へどうぞ」
そこは、十六畳位の大きな部屋だった。既に、布団が七つ敷いてある。
筆頭精霊長は、一番奥の布団の横へ精霊の主を案内した。
「まず、これを見て下さい。御爺様が選ばれた、リュックサックとポーチです。
もちろん代金は、マイスターの御財布から払ってあります。安くして、くれましたけどね……」
それは、“装置”ブランドの四角い灰緑色の中型リュックサックと濃緑色のウエストポーチだった。
「頑丈そうだね。ポケットも、いっぱいある」
「はい」
次にマリーは、五つあるリボンの付いた袋の内、一つを取り出した。
「これは、フロイラインが、マイスターの為に選ばれたウインドブレーカーです」
それは、少し濃い目の灰色地に、可愛いキタキツネの絵が、背中と左胸にプリントされたものだった。男の子が着るには、少し抵抗があるデザインだ。
「随分、可愛いんだね……」
「これしか、人数分の在庫が無かったんです……」
精霊の主は、直ぐ違和感に気が付いた。マリーが、亮圭の様子に気が付いて、話し掛ける。
「……どうしました? マイスター」
「これ、中身は同じ?」
「はい」
「『人数分』って、言ったよね?」
「はい」
「幸来ちゃんの分と健斗君の分、それに幸来姉ちゃんの分と僕の分。……ほら、一つ余る。
これは、誰のなの?」
筆頭精霊長は、ホッとした表情で言った。
「流石は、マイスターです。私達も、これが一つ多いことにマイスターが気付かなければ、この提案をすることが出来ませんでした。
もう一人、居るのです。この北海道に、健斗様の他に、マイスターの副官になる資質を持つ人物が……。
是非、御会いして頂きたく思います!
ただ……。今の彼は、とても不安定な立場にあります。具体的には、ヤクザと係わりがある親戚の元に身を寄せて……」
亮圭が、思わずオウム返しをした。
「ヤクザぁ?!」
マリーは、そのまま話を続ける。
「はい。でも、彼は、堅気ですよ。今、彼が身を寄せている、彼の叔父がヤクザ者なんです。
彼自身は、義に熱い、とても良い人です。御心配には及びません。
ですが、既にサタンは彼の価値に気が付いています。麻薬販売の統括システムデータ強奪に絡めて、彼を抹殺しようとしています……」
「……性格とかも、僕と合うのかな?」
「もちろん! こんな無理を御願いするのも、これが最善だからです。健斗様が“知”ならば、彼は“意”。その行動力で、マイスターを支えるでしょう」
「名前は?」
「“タケワキ シュウヘイ”さんと、言います」
「今、どこに居るの?」
「“旭川”です。
しかし、こちらから積極的に接触しようとするのは、得策ではありません。あくまでも、“東久留米の自宅に帰る計画”を最優先にしなければなりません」
「じゃあ……。僕は、どうすれば良いの?」
「マイスターが、考えた行動計画のとおりに、動いて下さい。それに合わせて、こちらで接触出来るように手配します。
場合によっては、それとなくマイスターを誘導するかもしれませんが……。
何れにしても、接触出来るか出来ないかは、彼が持つ霊性次第ではあります。ですが、私は難しくないと考えています」
筆頭精霊長は、ここまで言うと、精霊の主へ向き直って言った
「この計画を、実行して、よろしいでしょうか?」
亮圭は、親指を立てる。
「計画を許可します。
それと、先に言っておくけど……。タケワキ シュウヘイ君の安全の為なら、“EAUS‐Type-STWM”の使用を、僕は許可します。後は、お父さんから許可を取って……」
マリーが、満面の笑みで答えた。
「有難う御座います。前以ての指示も、とても的確です。
でも、これを抱え込んでも、サタンへの対価成立の“解債条件”が緩和されることはありません。
……ただ、彼を“参謀”には出来るかもしれませんね。“ルート検索”は無理でも、“金銭管理”等は可能だと思います」
「えっ? 『誰の力も借りずに帰る』って“作戦”じゃなかったの?」
筆頭精霊長が舌をチョコンと出す。それは“彼女の身”が、機嫌の良い時等に、たまに見せる仕草だ。
それを見た亮圭は、『“離れ”での幸来の態度がマリーを真似たものだ』と気が付いた……。
「実は……。サタンとの追加交渉が、上手く行きました!
副官を付けられます!
幸来様の御先祖の“南”さんや“山口”さんや“ニミッツ”さんが、強力に働きかけてくれた御陰です。
マイスターは、自由に副官を設定出来ます。
ですが、運用には注意が必要です。相手は、マイスターの考えを、忠実に実行する人物である必要があります。もしも、相手がマイスターの意思に反した行動をした場合は、マイスターが全責任を取らなければなりません。また、相手が提案をした時は、その発言をマイスターが最終的に判断して可否を決定します。そして、マイスターの最終判断に相手を従わせなければなりません。あと、地名やルートの規制は他の人と同じですから、注意して下さい」
「彼は、このことを……」
マリーは、間髪入れずに答えた。
「はい。こちらから事前に伝えます。今日、係わった“関係者全員”にもです」
「……人数制限なんて、有るの?」
「人数には、特に制限は無いですけど……。ただし、マイスターとフロイラインから“三親等”までの血筋の方は、津別町内限定です。注意して下さい」
「マリー達は、その相手が危険な発言をしようとしたら、止めたり出来るの?」
「……出来ますが……」
「じゃあ無条件に、そうしてくれる? サタンに、少しでも突っ込まれるのは、嫌だから」
精霊の長は、ホッとした顔で言った。
「マイスター、本当に流石です……。
御自身が指示されたので、これで私共がキッチリ介入出来ます。完璧に“グレーゾーン”を回避してみせます。御心配なく、御任せ下さい」
亮圭は、マリーの様子に吹き出しそうになる。
「うん……。分かった、分かった……」
マリーも、笑いながら話した。
「……では、エリーが御茶を入れますので、一階の居間に降りて下さい」
「うん、分かった……。
それはそうと……。マリー、一つ教えて」
「何でしょう?」
「さっきから、幸来ちゃんのことを“フロイライン”って呼んでいるようだけど、何で?」
「“フロイライン”とは、ドイツ語で“御嬢様”の意味です。マイスター・ファーターが使った言葉を皆が使うようになったので、私共も使うようになっております。
……何か別に、もっと良い呼び名が在りますか?」
「ううん。これで良いよ……
……幸来ちゃんとは、ずいぶん話をしたようだけど……」
マリーは息を呑む。
「……そう思えます?」
「うん! 先刻、舌を出したのなんか……」
「もぉー。マイスターもファーターも勘が良すぎます!」
精霊の主が明るく笑いだす。筆頭精霊長も釣られて笑い出した……。
一笑いの後、僕である筆頭精霊長が主である亮圭を下へ誘う。
「では、下へ御出ましを……」
「……はぁい」
すっかり緊張を解いている亮圭に、マリーは一瞬笑いを止めて言った。
「でも下へ行く前に、今一度、自覚しておいて頂きたいことが有ります……」
次ぎの一瞬……。亮圭は、物凄い悪意を感じた。その不意打ちに、腰が抜けそうになる。
それは、言葉になっていない。でも、それを言葉にすれば……。
(……ブチのめしてやる……。……本当に、嫌な奴だ……)
動けなくなった精霊の主を、筆頭精霊長が抱き抱えた。
「マイスター、申し訳ありません。少し、やり過ぎました。
でも、今の現実も忘れてはなりません。サタンは、マイスターを虎視眈々と狙っています。
今のは、私共の防衛策を一瞬だけ緩めた結果です」
亮圭は、落ち着きを取り戻すと、マリーに質問した。
「相手は、アスタロト?」
「はい、そうです。でも、大丈夫! 精霊が存在する限り、必要も無くサタンには指一本触れさせません。勿論、故意の介入には、応分の報いを受けさせます」
「常に“彼の身”が見ていること……。……覚えていないと……」
「はい……」
精霊の主は、ゆっくり立ち上がると微笑んで、精霊の長に言った。
「じゃあ、下へ行くよ。御茶はカモミールが良いな……。蜂蜜、いっぱい入れて……」
「ダー。マイン・マイスター」
マリーは、亮圭を抱きしめた……。
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2015.07.17 初版公開 (Ver 1-01.00)
2016.02.26 改訂第二版公開 (Ver 2-01.00)
2017.08.28 読み易くする為の修正、誤字やルビ小修正版公開 (Ver 2-02.00)
2018.01.06 一部の設定、文章表現、誤字やルビ修正版公開 (Ver 2-03.00)
2018.08.16 文章整理、誤字修正版公開 (Ver 2-03.01)
2018.08.23 大元のWordファイルとの内容差異が生じたための文章整理、誤字修正、読み易くする為のルビ修正版公開 (Ver 2-03.01.01)




