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精霊の……おさマリ……  作者: 河村 政志
第二幕 帰還の物語
10/21

第二幕 帰還の物語  第二章 津別町より……

------ 第二幕、第二章 ------ 津別町より…… ------



 ……マリーは、スティングレー家の三人に続いて、意の天使長がロビーから出て行くのを見送ると、精霊の(あるじ)へ向き(なお)った。

「アーサー・スティングレー様も流石(さすが)です。

 今、一番良い行動は何かに気が付かれて……。それを、サラリと実行されるなんて……」

「どういうこと?」

「『これ以上の会話は、マイスターにとって害になる』と悟られたのです。

 ここに“アスタロ∩∪〓↑→@≦∞♂♀……”が居ることを分かっているみたいに……」

 (かつ)(よし)はハッとした。

「それは、ひょっとして悪魔の名前? (ほか)の人達が“アスタロト”と呼んでいる……」

「はい、その通りです。サタン側の監察官として、この場に同席しています」

「今の(ぼく)に、感じられないなんて……」

「前に、マイスターが使ったマントと同じ対策をしているんです。

 それでも、あの時のマント程の完成度ではありませんけれど……」

「ふーん、そうなんだ」

 いきなり、邪悪な気配が感じられた。精霊の(あるじ)が、反射的に身を(すく)める。

 男の子の声のような()(ねん)が、“声”として認識出来る程に強く、聞えて来た。

『そんなに簡単に、()(にん)の言葉を信じられるんですかねぇ。素直なのか、それとも馬鹿なのか……』

 この“声”に一番早く反応したのは、(かつ)(よし)だった。鋭い()(ねん)が、霊界を震わせる。

彼方(あなた)がアスタロトか?!]

 ()()か、相手の返答は、(いく)(ぶん)遅れた。

[はい。(わが)(あるじ)の横に立たせて頂いておる者です。

 “アスタロト”と呼んで頂いて結構です……]

 返答する声が、少し上ずっている。

 精霊の(あるじ)は、首を縦に振って、()(ぜん)と対応する。

()(やく)()()()(ろう)! (みずか)らの使命を果たすが良い!]

[……はい、その(こころ)(つもり)です。では、私はこれにて……]

 ふっと、気配が消えた……。

 いくら(かつ)(よし)でも、霊的存在の()(ねん)を実際の声のように認識することは、まず無い。それにも係わらず、()(ねん)が“聞こえた”と言うことは……。相手の実力は、恐ろしく大きいと言うことだ。恐らく、“プランク定数”を()じ曲げて、物質界に直接干渉することが出来る程に……。

 (かつ)(よし)は、深い息を吐くと、マリーに質問した。

「今も、彼は、ここに居るの?」

「はい。隣に居ます」

「そう……。注意しなくちゃね……」

「でもマイスター、何時(いつ)覚えたんですか? そんな難しい言い回し……」

 九歳の少年は、しばらく考えてから、こう答えた。

「マリーは、知っているくせに」

 筆頭精霊長は、ニコニコ顔で答えた。

「はい、普段ならば100点の答えです。マイスターも対サタン闘争の訓練が出来て来ていて、喜ばしい限りです。

 でも今回の作戦の場合は目的(など)を先に(しゃべ)っておいた方が、大抵の場合は良い結果になると思います。

 ちなみに……。それは、『一昨日(おととい)のドラマのセリフ』ですよね」

「そうだけど……。

 ……でも何で、『津別では、“条件”が緩和された』の? 『津別だから』って理由だけじゃ無いんじゃないの?」

 マリーは肩を(すく)めた。

「マイスターに掛かったら……。安易な()()()しや(うそ)は、通用しませんね……。

 仕える私は、とても頼もしいですけど……。サタンは、(もの)(すご)(いや)みたいですよ……。

 ……その答えは、『F‐15で死にそうな目に遭った……』です」

「確かに……。……“AAM‐3”で撃墜されそうになったね……」

「……サタンとの交渉で『サタン側は、今回の作戦の全工程に()いて、マイスターの御体の命に係わる攻撃をしない。状況に応じては、それを積極的に阻止する』ことになっていました。これを破ったのは、重大な契約違反です。よって、その“(あがな)い”を、させているのです。

 では、“津別町内で緩和された行動制限”(など)を説明したいのですが、その前に一つ質問です。マイスターは、何時(いつ)出発するつもりですか?」

 (かつ)(よし)は、少し考えてから答えた。

「……明日、出来るだけ早く出発する! 時間制限が、有るんでしょう?」

「はい、分かりました。そのように手配致します。

 では、説明を始めます。よろしいですか?」

「うん」



 アスタロトは、マリーの話を確認しつつ、苦り切って言った。

(ぼく)との会話まで、主人の教育に使うとは……。本当に、嫌な連中だ!」

 意の大精霊であり精霊最強の“軍事集団”の副長でもある“ユミ□△▼☆∞⇒⊇♭♪‡……”が、笑って答える。

「はいはい。“嫌な連中”で悪う御座いました! 

 でも貴方(あなた)は、悪魔達(サタン)の頭目たる知の天使長“ルーシェ●◆♂〆£¢※▼▲←……”に報告するのが仕事……。

 マイスター騎乗のF‐15を撃墜しようとした“ベルゼブ±≦∴′℃*#£◎↓……”のように直接手を出せば、どうなるか分かっているわよねぇ……」

「ええ、それは。

 (ぼく)と今の(ぼく)の配下は、キッチリとやりますよ。

 かつての(わが)配下達のように、勝利しても“(かい)(さい)条件”を献上しているようでは(かな)わない! 

 ……ただ、当方の“最強暴力装置(ベルゼブ……)”が、この後どう動くかは分からないが……」

 そこまで言ったアスタロトの表情が、更に(いく)(ぶん)(こわ)()った。

「……それにしても……。……あの思念(こえ)(どう)(かつ)は、本当に九歳のガキなのか?」

「ええ、そうだけど……。(ひゃく)(せん)(れん)()の悪魔界No(ナンバー)(ツー)実力(しゃ)である“()悪魔”が、一瞬でも()まれるとはねぇ……」

「全くだ! ……後で、周りから何を言われることか!」

「“意の精霊長、エリー”の(はい)(りょ)(かん)(こう)令が出ているから、あんたの仲間にバレることは無いわよ」

「そりゃ、どうも! ……こっちも、気合を入れなきゃならないな……」

「御手柔らかに。ひょっとしての未来の(だん)()(さま)

 アスタロトは、苦笑いしつつ姿を消した。

[根は、良い天使なんだけどね……]

 大精霊が深い(ため)(いき)()く……。



 ……マリーが説明を始めた。

「今後、作戦終了までの全工程に()いてですが……。マイスターの質問には、答えられることには全て答えます。返答しなかったり無視したりした場合には、答えられないことだと思って下さい。

 それと津別町内ならば、(わたくし)(ども)はマイスターの行動に、意見を言ったり誘導したりすることが出来ます。

 ……まず、これから話す情報は、『前もって与えて構わない』と認定された情報です。ここ、()(べつ)(ちょう)(ほっ)(かい)(どう)()(ばしり)(ぐん)の南端に在ることは、()(ぞん)()のことですよね……」

 精霊の(あるじ)(うなず)いた。筆頭精霊長は、それを受けて話を続ける。

「……この津別町からの、公共交通機関による脱出ルートは三方向です。

 “(かい)(せい)(とうげ)経由、(きた)()行き”と“()(ほろ)経由、北見行き”の路線バス。それと“()(かん)()経由、(くし)()行き”と“開成峠を抜ける北見経由、(あさひ)(かわ)行き”の都市間バスです。

 この内で、朝一番早く大きな街に出られるのは、開成峠を経由する北見行きの路線バスとなります」

 (かつ)(よし)は、記帳台のメモ用紙を使って書きとめながら、質問した。

「都市間バスって?」

「東京では、長距離バスと言うことが多いですね」

「路線バスは?」

「東久留米の駅前から出ている“西武バス”や池袋の“都営バス”と同じものです」

「運賃は、どうやって払うの?」

「路線バスは、西武バスと同じで、乗る時に“整理券”を取って後払いです。

 都市間バスは、“津別ハイヤー”で切符を買います」

 マリーは、思い出したように話を変える。

「……あっ、それとですね……。出発は、ファーターが見送られます」

「えっ! お父さんが来るの?!」

 吃驚(びっくり)した精霊の(あるじ)に、筆頭精霊長が涼しい顔で答えた。

「……もう、町内に居ますよ。ムーターと御姉さんも一緒です。

 状況の整合性を整える為に、あえて来て頂く形をとっています。

 実際には、マイスターは独りで自宅に戻ります。でも対外的には『マイスターは、長年の夢であった一人旅を実現する為に両親と一緒に来られて、私達の補助の元に一人で自宅に戻られる』と言う設定にしています。

 既にファーターとムーターと御姉様は、ルリーと共に()()()様の実家を訪問されて事情の説明をされる(など)、マイスターの活動の()(なら)しをしています」

 (かつ)(よし)が溜息を()いた……。

「お母さんに幸来(みく)姉ちゃんまで居るのぉ……。……(おお)(ごと)に成ってる……」

「御心配無く。

 マイスターと別れた後に、観光でもして頂きます。まぁ、天気が一寸(ちょっと)悪いですけど、大丈夫ですよ。費用と“移動手段”は、私達が用意しますし……」

 マリーが話を元に戻す。

「……では、説明を続けます。

 マイスターは、明日の零時前に津別町の領域から出れば、“不正出発(フライング)”となって、作戦失敗になります……」

 精霊の(あるじ)が、(かん)(ぱつ)入れずに質問した。

「つまり、津別町の土地を出ない限り、出発したことに成らないの?」

「その通りです! 

 但し、一歩でも町外に足を着けば、出発と見なされます。たとえ町の中に戻ったとしても、“緩和された(かい)(さい)条件”が適用されなくなりますから、注意して下さい。

 “HiDeCE(ハイデス)”も、一度でも町外に出たら、ゴールするまでは使用出来なくなります……」

「……先刻(さっき)、聞いた……。……姿は、消せなくなるんだね……」

「はい。“(いん)(ぺい)()(まん)”だけではなく、護身以外の“重力制御”や“二点間、空間移動”(など)も同様です……」

 短い沈黙の後、(うつむ)き加減の少年が口を開く。

「……続きを……」

「……はい。

 出発までは、今回の対価に直接の影響が無い限り、何をしても自由です。

 町の領域内であれば、自由に移動出来ます。“SeNeHos(セネホス)Space(スペース) Node(ノード) Hoops(フープス)(くう)(かん)(けっ)(せつ)(てん)(りん)(くみ) )”も、入り口と出口が町内ならば、使用に問題はありません」

 (かつ)(よし)が、パァっと明るい顔になった。

「じゃあ、散歩したり、探検しても良いの? “(くう)(かん)(けっ)(せつ)(てん)”が使えるなら、津別峠やチミケップ湖まで、行って帰って来ても良いんだ……」

「ええ、(もち)(ろん)です。但し……」

 筆頭精霊長は真顔で答えた。

「……先刻(さっき)、強壮薬を使いましたよね?! F‐15DJを約三時間も(あやつ)ったので、体も精神も(だい)()ガタガタなんですよ! 余り疲れ果てるのは、後の行動に響きますから、良くないです! 

 それに、津別町を出た後のルートは、マイスターが自力で探さなければなりません。

 必要な買い物以外は、余り出歩かない方が良いです」

 (かつ)(よし)は、ガッカリしたが、直ぐにマリーの言葉尻を(とら)えて質問した。

「買い物は、どこで出来るの?」

「店は、国道240号線沿いと五差路の(まわ)りに多く在ります。

 ……あっ、五差路とは、道が五本(つな)がっている交差点のことです……。

 これらには、私達が道案内します。それに、買物のアドバイスも出来ます」

「本屋さんも在るの?」

「はい! “JR時刻表”も、ちゃんと有りますよ」

「じゃあ後は、静かな場所があれば……」

「そのこと、なんですが……。

 この町中には、一般の宿泊施設が『みぃと イン つべつ』の一ヶ所しか在りません。しかも、高田家の三人が、宿泊しています」

「それじゃあ、泊まると色々有りそうだね」

()祖母(ばあ)様の実家も、一人で何かに集中するのは、少々難しいかもしれません」

「じゃあ、他に静かな場所は在るの?」

「一ヶ所、在ります」

「どこ?」

「“津別キャンプ場”です」

「キャンプ場!?」

 (かつ)(よし)は目を白黒させた。

「津別キャンプ場って、どこに在るの?」

「津別川沿いの“21世紀の森”に在ります。そこの“バンガロー”が使えます。

 倉庫みたいな物ですが、板間の小上りになっています。管理棟には、“コインシャワー”も在ります。トイレも別棟であります。ただ……」

「ただ、何?」

「要所以外は、明かりが在りません。自力で調達する必要があります。

 ……夜は、ちょっと怖いですよ」

(ぼく)は、構わないけど……」

「では、押さえて構いませんか?」

 精霊の(あるじ)は、親指を立てて意思を表した。

「そうして!」

「了解しました」

 (ちょう)()、そこへ、意の精霊長が戻って来た。

「マリー……」

 マリーは、呼び掛けて来たエリーを制して、指示を出す。

「エリー。戻ったばかりで悪いけど、キャンプ場のバンガローを予約して来て。現地の管理棟の事務所で出来るはずだから。

 マイスターが、宿泊と仕事部屋に使うの」

 意の精霊長が即答する。

「はい。心得ました。

 それと……。マリーへ報告。状況は、全て順調」

 筆頭精霊長が(うなず)くと、意の精霊長は再びロビーを出て行った。

 精霊の(あるじ)がマリーに質問する。

「『全て順調』って?」

「……今の(ところ)、三つ、あります……。

 ……まず、『()()()様の実家の協力を、取り付けることに成功』しています。

 ……次に『河村家とスティングレー家の面会が、上手く行き』ました。

 ……更に『今後の為に、面識を作っておいた方が良い方とのファースト・コンタクトが成功』しました。後で、マイスターとの面会の場を設けます」

「了解。……ところで、役場って何?」

「東久留米ならば市役所です」

「どこにあるの?」

「ここからだと、200m位の場所です」

 マリーは、少し考えてから言った。

「マイン・マイスター。

 どうでしょう? 今から町を散歩しつつ、御買い物に行くというのは?」

(ぼく)は構わないけど、エリーが怒らないかなぁ?」

「大丈夫です。直ぐに合流するでしょうから」

「お父さん達は?」

「その内に……。気が向いたら合流するでしょうから、大丈夫ですよ。では、参りましょうか」

「うん」

 (かつ)(よし)は、マリーの先導で病院を後にした……。



「……ここが、津別町役場です。その先を右に曲がりますよ」

 (かつ)(よし)達は、役場を巻くように歩いて行くと、左へ曲がった。

 町の雰囲気は、東久留米とは全く違っていて、同じ日本国内とは思えない程であった。

「ここの道は、広くて真っ直ぐなんだね。

 それに、不思議な強い匂いがする……」

「これは、“エゾマツ”や“トドマツ”の丸太の香りです。この町は、元々林業の町ですから、今でも大規模な貯木場が町の北側に在るんですよ」

「そうなんだ」

「この香りには、森林浴の何倍もの効果が有ります。

 ……ファーターは、この香りに(いや)されたんですよ」

「えっ? どう言うこと?」

「ファーターは、豊島区に住んでいた幼少期に、何年もの間、本当に壮絶なイジメにあっています。家に帰ったら、直接本人に聴いてみて下さい。

 ファーターが、あの恐ろしいイジメの中を、どうにか乗り越えることが出来たのは、この町の香りの()(かげ)でもありますから……」

「……知らなかった……」

 筆頭精霊長は、シュンとした精霊の(あるじ)に、微笑みながら話し掛けた。

「今は、この空気を胸いっぱい吸って、全身で感じて下さい。とても体と心に良いですよ」

「うん。……ちょっとクラクラする……」

 マリーは、静かに頭を寄せて来た(かつ)(よし)を、そっと抱き寄せた。

「大丈夫ですか? マイン・マイスター」

「ちょっとで良いから、こうしていたい……」

 精霊の(おさ)はハッとした。

[うわー……。精神の緊張が切れちゃったか……。悪い方に転んじゃった……。

 でも、どっちに転んでも、どうにでもなるから良いけど……]

 そう思った“知の精霊長”は、こう返答した。

「……()()()むように、成さいまし」

 そして、どれだけの時間が経っただろうか……。

 不意に……。(かつ)(よし)の腰へ、誰かが手を廻して来た! 

「うわっ!」

 精霊の(あるじ)が、思わず吃驚(びっくり)して声を上げる。(かつ)(よし)が上を向くと、エリーの笑顔があった。

「脅かして済みません。でもマイスターは、限界一杯ですね」

「もう行って来たの?」

「“GVCE(グヴス)”と“HiDeCE(ハイデス)”を使えば簡単です」

 意の精霊長は、精霊の(あるじ)を後ろからハグしたまま、苦笑いしている筆頭精霊長へ報告をする。

「指示のとおり、バンガローの予約は出来ました。棟番号5番の“コブシ”です。ここに、鍵も持っています」

「御苦労様」

 エリーは、マリーを睨みつけた。

「マリー! マイン・マイスターは、緊張の糸が切れてしまっているではないですか! 

 私が使っている“Type(タイプ)-STWM(ストウム)”をスーツにして、マイスターを保護します! 津別町内ならば、そのまま“生命(バイタル)”の管理も出来ます! 

 ……この後のことを考えたら、出来る限りのことをしておいた方が良いのでは?!」

「ええ。悪いけど、御願いするわ」

 筆頭精霊長は、済まなそうに言った。

 意の精霊長が、(へん)()を解いて、(かつ)(よし)の真上で液化して球になる。そして、パイロットスーツの時とは違い、精霊の(あるじ)の服の中へ入り、顔や頭を含む全身の皮膚を包み込む。余った部分は、真上で円盤のようになると、透明になって見えなくなった。精霊の(あるじ)は、自分の体の重さが無くなって行くのを感じる。エリーが、耳元に形成したインコムを使って、話し掛けて来た。

『マイスター。体の動きは()()()に従って、こちらが管理します。普段どおり、ごく普通に体を動かして下さい。

 それと脳も、使い過ぎでオーバーヒート気味です。最低でも、交代で強制的に休ませた方が良いです。

 脳の直接制御の為の、特別の承認を御願いします』

 エリーの声には、少し焦りが感じられた。(かつ)(よし)は状況を理解する。

「許可する」

 そう言った途端に、ボーとして、更に意識が遠のく。だが、木の香りと顔に当たる空気の優しさは、もっと感じられるようになった。

 マリーが手を握って来る。

「最初の内は、私がエスコートしないと危ないので、手を(つな)がせて頂きます。

 ……では、参りましょう」

 (かつ)(よし)達は、また道を歩き始めた……。

 何も力を入れていなくても、体は歩こうとする自分の意思に従って、外側からの力で自然に進んで行く……。

「……楽ちんだね……」

 エリーの声が、耳元で得意げに答えた。

(わたくし )(ども )のテクノロジーを持ってすれば、()(やす)いことです。

 このまま、格闘用パワードスーツとしても、防弾装備としても、化学兵器や放射線の防護服としても使えますよ。

 核分裂中の炉心でも、追加装備なしに活動出来ます。ちょっと気合を入れれば、2や3メガGy(グレイ)(パー)(セコンド)位、軽いものです』

「……ふーん……」

 少年は、感心しながら歩く。

 しばらくすると、エリーが(おどろ)きの声を上げた。

『本当にマイスターは、体の運動が係わることに関しては、何でも慣れるのが早いですね。F‐15もそうですし、スマホやタブレットの操作もそうですし……』

「うん」

 (かつ)(よし)は、ニコっとした。怪我によって減少したり失われたものが多い中で、かえって強くなった数少ない特技の一つでもあった……。

 やがて一行は、次の交差点に着いた。マリーが、道の右方の先に見える信号機を指差して、説明する。

「ここからは、一寸(ちょっと)分かり難いですが……。そこの先の、信号が在る所が五差路です。

 道を反対方向に行くと、坂を下ってキャンプ場の方へ行きます。真っ直ぐに行くと、国道240号線に出ます。国道に出てみましょうか?」

「うん」

 程なく、国道に出た。直線が1キロメートル以上続く、道幅の広い道だった。直ぐ(そば)の小さな森を一直線に貫いている。

「あそこに“津別川”が流れています。“黒目川”や“落合川”とは、随分違いますよ」

 マリーが森を指差して言った。(かつ)(よし)が、子供らしく、興味を示す。

「へー、見てみたいな」

「では、こちらが()(すす)めです」

 筆頭精霊長は、国道を右斜めに()れて、細い道へと精霊の(あるじ)(いざな)う。(ほど)無く、赤い小さな細い橋に着いた。

「ここが“()(こう)(ばし)”です。この(あた)りでは“(あか)(ばし)”で通じますし、“高校の橋”と言う人もいます。

 橋の真ん中から、川を見ると良いですよ」

「“電車の鉄橋”みたい、なんだね」

「はい。鉄のアングルを頭の上にも渡した、こんな小トラスの人道橋は、珍しいかもしれませんね」

 橋の中程から見る津別川は、(とう)(とう)と流れていた。

「この橋になる前の木造の橋を、()()()様は高校に(かよ)われました。

 ファーターも、(ひい)()(じい)様との散歩で、この橋を通られたことがあります」

「じゃあ、ここから川を見るのは、(ぼく)で四代目?」

「そうです。橋は、代を重ねながら、六十年以上も在るんです。

 森は深くなり、ここから国道の“津別橋”は見えなくなりました。でも、下流の流れの雰囲気は、ファーターが見た時と、余り変わってはいません」

「そうなんだ……」

 (かつ)(よし)は、(そう)()()達や()()の息遣いを感じて、嬉しかった。

 少年は、ユッタリとした時間が流れる中、飽きもせずに津別川を見続けている……。

 マリーが、頃合を見計らったように、声を掛けて来た。

「マイスター。そろそろ御買い物を始めませんか?」

「あっ、そうだね」

「……町を出たら、こんな声掛けも出来なくなるんですよー」

「エッ!? そうなの?」

 マリーが、悪戯(いたずら)っぽく答えた。

「はい。……何でも自分で決めて、ドンドンやって下さい!」

「はぁい……」

 少年は、町の中心の方へと戻って行く。後には、小さな赤い橋が寂しげに残された。



 電気屋は直ぐに見付かった。

 店の前で、マリーが(かつ)(よし)に話し掛ける。

「津別町内では、私が買うものを決めますけど、よろしいですね」

「許可します」

「では、参りましょう」

 店の中に入るとチャイムが鳴って、家の中から声が返って来る。

「いらっしゃい。今、行きますから」

 マリーは、ランタンとペンライトと単一電池と単三電池、それに乾電池式のスマホ充電器を手にとってカウンターに置いた。精霊の(あるじ)は、棚の物をボーっと見ている。

 おかみさんは、奥から出て来た途端、マリーの姿に(おどろ)いた。

「へー……。ロシア人の男は、見たことが有るけど……。こんな綺麗な金髪の女の子は、初めてよ」

「ありがとう、小母さん。じゃあ、これを……」

「はいはい……。あれ? “ボク”、何か興味が有るの?」

 (かつ)(よし)は、棚に飾ってある商品を指差す。

「これは何? 時計?」

「ああ、それ……。それは、“振動目覚まし時計”よ。ブルブル震えて起こしてくれるの」

「携帯の目覚ましみたいな物なの?」

「携帯のバイブに比べたら、全然、強いわよ!」

「疲れている時でも起きれる?」

「携帯型では最強らしいわよ」

「ふーん」

「……欲しかったら、安くしとくわよ。訳有りで、返品不可にされちゃった商品だから」

「訳有りで?」

「ええ……。“坂井の御婆ちゃん”っていう耳の悪い御婆ちゃん用に二種類仕入れて、片方を買ってもらったんだけど……。……返品しようとして、私が詰め直す時に箱を破っちゃって……」

 確かに、箱は破れていた。

[乗り物を乗り過ごすかもしれないし……。安いなら、買っても良いのかな……]

 (かつ)(よし)がマリーを見ると、()(ねん)を読んだのか、苦笑いしている。

[買っても良いよね]

 マリーは、“Type(タイプ)-STWM(ストウム)”によって構成されたスーツのインコムを通して、答えて来た。

『どうぞ、マイスター』

 精霊の(あるじ)が、本体と箱をカウンターの上の商品の隣に置いた。

「これも下さい」

「じゃあ……。全部合わせて、税込み¥10,000‐にしとくよ」

「ありがとう、小母ちゃん」

「どういたしまして」

 (かつ)(よし)達は、店を出て、五差路の方へと歩いて行く。マリーが、口を開いた。

「さっき、自分で買う物を決めたことは、今後に(つな)がります。とても良いことです。

 でも、無駄遣いは危険ですよ。お金が無くなれば、ヒッチハイクしたり……。最悪は、家まで歩かなければなりません。御飯も食べられなくなりますからね。

 この理由で、私達が『マイスターが行動不能になって救助した』場合でも、“(かい)(さい)条件”に引っ掛かって“作戦失敗”に成りますよ」

「うん。気を付けるよ」

 その時、エリーが(かつ)(よし)に話し掛けて来た。

『……あれです。斜め左前、道の反対側。あそこが本屋です』

 一行は、道を渡ると本屋の中へと入って行く……。

 JR時刻表は直ぐに見付かった。マリーが、税抜き¥500‐の製図用0.5mmシャープペンシルと芯、小さなメモ帳、断面が三角形をしたペンシル型の消しゴム(など)を時刻表と一緒に購入する……。

 ……不意に、(かつ)(よし)の目の前が薄暗くなり、エリーの声が聞えて来た。

『済みません、マイスター……。

 このままでは脳の回復が、明日の出発に間に合いません。四時間だけ、私に時間を下さい』

 精霊の(あるじ )は、()(ねん)で応じた。

[え? 交代、交代じゃダメなの?]

『はい。予想以上のダメージです。

 出発までのイベントを計算すると、約四時間以上の完全休憩が必要です』

[買い物は、どうするの?]

()(からだ)は、こちらで預かります。このまま、御買い物は、続行します。

 今後の為に……。是非、(しもべ)の願いを聞き入れて下さいまし』

[うん。……仕方ないなら、許可するよ]

『有難う御座います。マイスター、大好きです』

 (かつ)(よし)は、エリーの嬉しい思いの()(ねん)に触れて、自分も幸せな気持ちになる。そして、そのまま気持ち良く、意識が遠のいて行った……。



[……ん? ……ここは……]

 (かつ)(よし)は、美味しそうな(にお)いの中で、意識を取り戻しつつある。徐々に目の焦点が定まって来た。

「……丸い鉄兜の上で、肉が焼けている……」

 そう(つぶや)いた瞬間、(いく)つもの声が、浴びせられた。

「おっ、気が付いたか?」

「あっ、起きた、起きた」

「まー、幸せそうな顔して、良く寝ていたなぁ……」

「末は、大物ですかな……」

 精霊の(あるじ)は、一瞬、パニックになりそうになる。

「何、何、何、何? ここは、どこ?!」

 聴き慣れた声が答えた。

「ちょっと落ち着け。ここは、俺の叔父さんの家だよ」

「『叔父さんの』って……。お父さん!?」

 少年が右側を見ると、斜め前で父親が苦笑いしていた。

「まぁ……。御前から見たら、御爺さんだが……」

 周りを見れば、ここは家の中だ。

 建物の作りは、東久留米とは少し違う雰囲気で、独特のものを感じる……。

 いきなり、可愛いい声が左から飛んで来た。

「ホントに可愛いい寝顔なのね! (みぎ)(ほほ)(あざ)が無ければ、もう完璧……」

「えっ!!」

 (かつ)(よし)が、その声に吃驚(びっくり)して左を見ると、隣には幸来(さら)が座っていた。彼女は、ツインテールに結ばれた髪を揺らしながら、今にも吹き出しそうなのを両手で必死に(こら)えている。そして、幸来(さら)の斜め左前には、父親のアーサーが笑って座っていた。

「何で、ここに居るの!?」

「……マリーが呼んでくれたの。『一緒に夕御飯、食べたら?』って」

「そうじゃなくって、体は……?」

「もう、全然大丈夫! ここには、アっと言う間に移動したし……」

「……“SeNeHos(セネホス)”を使ったのか……」

「病室には、“身代わりの人”が居るからバレないし……」

 後ろから、マリーが声を掛けて来た。

「“フロイライン”。(わたくし)(ども)は、人では在りませんから、“身代わりの精霊”と言って頂かないと……」

 幸来(さら)が声の方に振り返って、チョコンと舌を出した。その仕草も、可愛い。

「うん。気を付けるわ」

 マリーは、亮圭の後ろのソファーに、情と意の精霊長を両脇に従えて座っている。

「マイスター……」

 精霊の(あるじ)よりも早く、筆頭精霊長が声を掛けてきた。このタイミングでは、(かつ)(よし)の質問は、後回しになる。

「まずは、ここに居る皆様の御紹介を、させて頂きたいのですが……。初めて御会いになる方も居ることですし……」

 亮圭は、一寸(ちょっと)不服だったが、承認した。

「うん……。そうしてくれる?」

「では……」

 マリーは立ち上がると、臨席者の紹介を始める。

「御父様の右隣の方が、御父様の母方の叔父様に当たる“綿(わた)(こり) 洋一郎”様。その隣が、奥様の“綿(わた)(こり) 恒子”様です」

 “綿(わた)(こり)(そと)(まご)”は、深く頭を下げて名乗った。

(かわ)(むら)(かつ)(よし)です」

 マリーに目配せで(うなが)され、幸来(さら)(あい)(さつ)する。

幸来(さら)・高田・スティングレーです。よろしく御願いします」

「礼儀正しいんだな……。政志とは(えら)い違いだ」

 父親の顔が崩れる。

「叔父さん。勘弁して下さい……」

「何が『勘弁して下さい』だ! 悪ガキだったくせによぉ!」

 いきなりヒートアップしそうな所を、恒子御婆さんが止めた。

「あなた、やめなさいよ。後の人が(つか)えているじゃないの」

「おっと、そうだ。じゃあ、続きは後でなぁ……」

 父親が、頭を抱えている。恐らく、面目は、丸潰れになるのだろう……。

「はい!」

 (かつ)(よし)は、父親の視線を無視して、嬉しそうな声で返事をする。綿(わた)(こり)家の家長は、孫の仕草に、満足そうな笑みを浮かべた。

「それとな……。今日は、(うち)に泊まっていけ」

 少年は、いきなりの申し出に、言葉が詰まる。

「良いの? ……」

 綿(わた)(こり)の御爺さんは、人懐っこく返答した。

「遠慮しなくて良い! バンガローなんぞより、布団で寝た方が良いだろうよ!」

 その勢いに、思わず声が出る。

「……はい……」

 洋一郎は、その様子に、笑いながら(うなず)いた。

「うん、うん。そうしろ、そうしろ……」

 マリーが、タイミング良く、話に入る。

「……では、綿(わた)(こり)様。こちらは、そのように段取らせて頂きます」

「ああ。ただ、年寄り二人だから、君達は手伝ってくれよ……」

「はい。御任せ下さい……」

 ……筆頭精霊長が話を元に戻した。

「……では、御紹介を続けさせて頂きます。

 左側のアーサー様の左隣に居らっしゃるのが、アーサー様の御友人で、新設される“警視庁、公安部、外事第四課”の課長に就任される“(からくり) (けい)(いち)”警視正です。 そして、その隣が、奥様の“(からくり) (さえ)()”警視です。“警視庁、生活安全部、生活安全総務課、子ども・女性安全対策室”の室長をされています」

 相手が、(かつ)(よし)よりも早く名乗る。

「始めて()()に掛かる。(からくり) 卿一だ。君のことは“こいつ(アーサー・スティングレー)”と君の御父さん、それに君の“副官殿”達から、ほぼ全て聞いている」

(からくり) 冴子よ。よろしくね、(かつ)(よし)君!」

 精霊の(あるじ)は、一礼して名乗った。

(かわ)(むら)(かつ)(よし)です。よろしく御願いします」

「ほう……。本当に礼儀正しいんだな……。

 では、まず食事にしないかい? その方が、話も進むと思うが?」

 洋一郎御爺さんが孫を(うなが)す。

「そうしよう! 

 (かつ)(よし)。この辺の肉は、焼けているぞ……」

 綿(わた)(こり)家の家長が“場の主役”に焼けた羊の肉を取り分けると、それを合図に、各自が鍋に(はし)を伸ばした。

 同じタイミングで、姉が下座から声を掛けて来る。

「小母さん、こっちも焼けているよ」

「はーい。それじゃあ(かつ)(よし)君、また後でね」

 冴子と恒子は、下座の女性グループに入った。エリーが、ソファーから移動して、女性陣の話の輪の中へ入る。マリーとルリーは、こちらのグループの中に入った。

 壁の時計は、午後五時三十分を指している。

「……本当に四時間……。ううん、五時間は寝ていたんだ……」

 その(あるじ)(つぶや)きに、ルリーが答えた。

「そうですよ。本当に良く眠っておられました」

 精霊の(あるじ)は、また不機嫌そうな顔をする。

「何で、四時間で起こしてくれなかったの?!」

「『アーサー様に止められた』からです」

 思わず質問した(かつ)(よし)に、ルリーは、しれっと答えた。

「えっ?」

 またも吃驚(びっくり)する精霊の(あるじ)を、幸来(さら)の父親が(さと)す。

「まあ、そう言うことだ。

 兵士には、『必要な時に、出来るだけの休息を()る』ことも、必要なことなんだよ」

「うん……」

 アーサーの言葉には、経験に裏打ちされた重さがある。なんとなく、反論が出来ない。

 そんな(かつ)(よし)には、もう一つ聞きたいことが有った。

「マリー。まだ、本屋から、ここまでの動きを聞いていないけど……」

「はい。では、簡単に時系列で説明します。

 本屋での御買い物の直後、スティングレー家の方々と(からくり)様達とファーター達、それにルリーが合流しました。そして、一緒に全ての御買い物を共にされました。

 その後、御店の裏側に在る“離れ”の玄関から、()()()様の御実家を訪問されました。

 そして、皆様が落ち着かれた所で、病室と離れの玄関の間に“時空結合点”を設定し、幸来(さら)様に来て頂きました……」

 ここで御爺さんが、筆頭精霊長の話に割って入った。

「話が良く分からないが……。難しい話より、お父さんの過去を聞きたくないか?」

 父親の顔は、今度こそ青くなる! 

「叔父さん。ホントに勘弁して下さい!」

「今日は、午前中から、腰が抜けるほど(おどろ)かされたんだ。勘弁ならねぇなぁ……」

「そんなぁ……」

 歓談が始まる……。



 ……パーティーは、父親の恥ずかしい過去話や(からくり)夫妻とアーサーの武勇伝(など)で、大いに盛り上がった。でも、楽しい時間は、過ぎるのが早い……。

 壁掛け時計は、焼肉が始まった時、午後五時三十分前を指していたはずだった。今は、午後七時四十五分を指している。

 (からくり) (けい)(いち)が、ゆっくりと腰を上げた。

「冴子、そろそろ()(いとま)しようか」

「そうね。明日、早く成りそうだし……」

「小母さん達、もう行くの?」

 幸来(みく)の言葉に、(からくり)夫人が答える。

「ええ。北見まで戻らないと……」

 その言葉に、綿(わた)(こり)家の主人が提案した。

「俺が送ろうか? 車で……」

 (からくり)夫妻は、笑顔で答える。

「いいえ、大丈夫です。

 レンタカーで来ていますから……。今、役場近くの駐車場に留めてあります」

「じゃあ、そこまで送ろう。

 雨が降っているから……。駐車場まで、この傘を使えば良い」

「恐れ入ります……。では、御借りします。

 じゃあ(かつ)(よし)君、また会おう……。

 冴子、行くぞ」

「ええ。

 じゃあ、またね、(かつ)(よし)君。おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」

 二人は、洋一郎と共に出て行った。筆頭精霊長は、それを見届けてから、精霊の(あるじ)に話し掛ける。

「マイスター。(わたくし)(ども)から、明日の朝にサプライズが有ります。明日は、午前三時に起きて頂きます。もう、御休み下さい」

 (かつ)(よし)は、その最後のフレーズで、思い出したことがあった。

「……調べ物は良いの?」

 マリーが(うなず)いて答える。

「ほとんど、メモの通りです。静かな場所の確保も出来ていますし、サプライズの後の時間で十分に確認出来ます」

「うん」

 そこへ、恒子御婆さんが孫に話し掛けて来た。

「それじゃあ、良い? 

 御風呂なんだけど、母屋のを使ってもらうからね。

 布団は、二階の右側の部屋に皆の分も引いてあるから、そのまま寝て……」

「はい」

「政志君、皆を連れて、先に行っていて。私は、こっちを片すから」

 (よん)()を従えた意の精霊長が、間伐入れずに申し出た。

「御手伝いします」

「じゃあ、御願いするわ……」

「では、叔母さん。先に行っています……。

 ……でも、その前に、まず……」

 父親は、そう言って、息子に向き直った。

「……(かつ)(よし)幸来(さら)ちゃん。

 明日、()(はか)に行っている時間的余裕は、無いだろうから……。先祖に(あい)(さつ)してから行こう。

 こっちに来て……」

 奥の和室に、大きな仏壇が置いてある。河村家の家長は、(ろう)(そく)に火を点けて言った

「ここの先祖達には、ここから(あい)(さつ)するのが良い。二人共、手を合わせて“婚約”を……。……いや“仮”だが……。報告しなさい」

 (かつ)(よし)が仏壇の前に正座をして、手を合わせ(こうべ)()れる。幸来(さら)も、その後ろで(こうべ)()れた。

 精霊の(あるじ)は、相対基準の問題から、『先祖が、直接には、自分に話し掛けられない』ことを知っている。

 マリーが、先祖の伝言を要約して伝えて来た。

「先祖の皆さん、とっても喜んでおいででしたよ。『がんばりなさい』って……」

「うん……。(ぼく)、力の限り頑張るよ……」

 その小さな決意表明に、幸来(さら)が静かに寄り添って来る。

 その後ろでは、河村夫妻と高田夫妻、そして(かつ)(よし)の姉の()()幸来(さら)の兄の健斗が、静かに見守っていた……。



 ……(おも)()は、離れよりも大きな家で、店と一体となっている。

 南東側の入口から入ると、玄関は風除室になっていた。

 その奥は、直ぐに居間だ。入ると、そこは右奥の台所と一体に成っていて、とても広く感じる。そして、そこの左側奥の壁に、暖簾(のれん)の掛けてある“板の引き戸”付きの上り階段が、つながっている。それ以外の扉は、入口の風除室の“木の枠のガラス引き戸”が二枚と、正面反対側に“ガラスの入った障子の引き戸”が四枚あるのと、右側手前の浴室前室の“板の引き戸”が一枚の、合わせて三か所だけだ。

(かつ)(よし)、直ぐに風呂に入れ。御前が最優先だ」

 両家の父親は、(かつ)(よし)の行動を最優先させるように、話を付けているようだ。

「うん。分かった」

 精霊の(あるじ)は、一番風呂を(からす)の行水で()ませて来る。次いで、アーサーと健斗が入った。

 マリーが(かつ )(よし )に話し掛けて来る。

「マイスター、二階で説明したいことが有ります。御出まし頂けますか?」

「分かった。今、行くよ」

 厚手の床まである暖簾(のれん)(くぐ)り、“(はこ)(かい)(だん)(踏み板と裏板と側板のみで出来ていて、蹴込み板が無い……。“(ふみ)(いた)階段”とも言う)”を二階へ上がると、廊下がT字型に左右へと走り、目の前に大きな部屋が二つあった。

 その廊下を右へ行くと、もう一つ立派な階段が廊下の右側に沿って下へ行っており、その奥は突き当りになっている。逆に左へ行くと、左側に引き戸が有り、廊下の一番奥から更に左右へと廊下が続いている。

「右の部屋へどうぞ」

 そこは、十六畳位の大きな部屋だった。既に、布団が七つ敷いてある。

 筆頭精霊長は、一番奥の布団の横へ精霊の(あるじ)を案内した。

「まず、これを見て下さい。御爺様が選ばれた、リュックサックとポーチです。

 もちろん代金は、マイスターの御財布から払ってあります。安くして、くれましたけどね……」

 それは、“装置”ブランドの四角い灰緑色(カーキー)の中型リュックサックと濃緑色(ダークグリーン)のウエストポーチだった。

「頑丈そうだね。ポケットも、いっぱいある」

「はい」

 次にマリーは、五つあるリボンの付いた袋の内、一つを取り出した。

「これは、フロイラインが、マイスターの為に選ばれたウインドブレーカーです」

 それは、少し濃い目の灰色(グレー)地に、可愛いキタキツネの絵が、背中と左胸にプリントされたものだった。男の子が着るには、少し抵抗があるデザインだ。

「随分、可愛いんだね……」

「これしか、人数分の在庫が無かったんです……」

 精霊の(あるじ)は、直ぐ違和感に気が付いた。マリーが、(かつ)(よし)の様子に気が付いて、話し掛ける。

「……どうしました? マイスター」

「これ、中身は同じ?」

「はい」

「『人数分』って、言ったよね?」

「はい」

幸来(さら)ちゃんの分と健斗君の分、それに幸来(みく)姉ちゃんの分と(ぼく)の分。……ほら、一つ余る。

 これは、誰のなの?」

 筆頭精霊長は、ホッとした表情で言った。

流石(さすが)は、マイスターです。私達も、これが一つ多いことにマイスターが気付かなければ、この提案をすることが出来ませんでした。

 もう一人、居るのです。この北海道に、健斗様の他に、マイスターの副官になる資質を持つ人物が……。

 是非、御会いして頂きたく思います! 

 ただ……。今の彼は、とても不安定な立場にあります。具体的には、ヤクザと係わりがある親戚の元に身を寄せて……」

 (かつ)(よし)が、思わずオウム返しをした。

「ヤクザぁ?!」

 マリーは、そのまま話を続ける。

「はい。でも、彼は、(かた)()ですよ。今、彼が身を寄せている、彼の叔父がヤクザ者なんです。

 彼自身は、義に熱い、とても良い人です。御心配には及びません。

 ですが、既にサタンは彼の価値に気が付いています。麻薬販売の統括システムデータ強奪に(から)めて、彼を抹殺しようとしています……」

「……性格とかも、(ぼく)と合うのかな?」

「もちろん! こんな無理を御願いするのも、これが最善だからです。健斗様が“知”ならば、彼は“意”。その行動力で、マイスターを支えるでしょう」

「名前は?」

「“タケワキ シュウヘイ”さんと、言います」

「今、どこに居るの?」

「“旭川”です。

 しかし、こちらから積極的に接触しようとするのは、得策ではありません。あくまでも、“東久留米の自宅に帰る計画”を最優先にしなければなりません」

「じゃあ……。(ぼく)は、どうすれば良いの?」

「マイスターが、考えた行動計画のとおりに、動いて下さい。それに合わせて、こちらで接触出来るように手配します。

 場合によっては、それとなくマイスターを誘導するかもしれませんが……。

 (いづ)れにしても、接触出来るか出来ないかは、彼が持つ霊性次第ではあります。ですが、私は難しくないと考えています」

 筆頭精霊長は、ここまで言うと、精霊の(あるじ)へ向き直って言った

「この計画を、実行して、よろしいでしょうか?」

 (かつ)(よし)は、親指を立てる。

「計画を許可します。

 それと、先に言っておくけど……。タケワキ シュウヘイ君の安全の為なら、“EAUS(エーウス)Type(タイプ)-STWM(ストウム)”の使用を、(ぼく)は許可します。後は、お父さんから許可を取って……」

 マリーが、満面の笑みで答えた。

「有難う御座います。(まえ)(もっ)ての指示も、とても的確です。

 でも、これを抱え込んでも、サタンへの対価成立の“(かい)(さい)条件”が緩和されることはありません。

 ……ただ、彼を“参謀”には出来るかもしれませんね。“ルート検索”は無理でも、“金銭管理”(など)は可能だと思います」

「えっ? 『誰の力も借りずに帰る』って“作戦”じゃなかったの?」

 筆頭精霊長が舌をチョコンと出す。それは“彼女()()”が、機嫌の良い時(など)に、たまに見せる仕草だ。

 それを見た(かつ)(よし)は、『“離れ”での幸来(さら)の態度がマリーを真似たものだ』と気が付いた……。

「実は……。サタンとの追加交渉が、上手く行きました! 

 副官を付けられます! 

 幸来(さら)様の御先祖の“南”さんや“山口”さんや“ニミッツ”さんが、強力に働きかけてくれた御陰です。

 マイスターは、自由に副官を設定出来ます。

 ですが、運用には注意が必要です。相手は、マイスターの考えを、忠実に実行する人物である必要があります。もしも、相手がマイスターの意思に反した行動をした場合は、マイスターが全責任を取らなければなりません。また、相手が提案をした時は、その発言をマイスターが最終的に判断して可否を決定します。そして、マイスターの最終判断に相手を従わせなければなりません。あと、地名やルートの規制は(ほか)の人と同じですから、注意して下さい」

「彼は、このことを……」

 マリーは、間髪入れずに答えた。

「はい。こちらから事前に伝えます。今日、係わった“関係者全員”にもです」

「……人数制限なんて、有るの?」

「人数には、特に制限は無いですけど……。ただし、マイスターとフロイラインから“三(しん)(とう)”までの血筋の方は、津別町内限定です。注意して下さい」

「マリー達は、その相手が危険な発言をしようとしたら、止めたり出来るの?」

「……出来ますが……」

「じゃあ無条件に、そうしてくれる? サタンに、少しでも突っ込まれるのは、嫌だから」

 精霊の(おさ)は、ホッとした顔で言った。

「マイスター、本当に流石(さすが)です……。

 御自身が指示されたので、これで(わたし)(ども)がキッチリ介入出来ます。完璧に“グレーゾーン”を回避してみせます。御心配なく、御任せ下さい」

 (かつ)(よし)は、マリーの(よう)()に吹き出しそうになる。

「うん……。分かった、分かった……」

 マリーも、笑いながら話した。

「……では、エリーが御茶を入れますので、一階の居間に降りて下さい」

「うん、分かった……。

 それはそうと……。マリー、一つ教えて」

「何でしょう?」

「さっきから、幸来(さら)ちゃんのことを“フロイライン”って呼んでいるようだけど、何で?」

「“フロイライン”とは、ドイツ語で“御嬢様”の意味です。マイスター・ファーターが使った言葉を(みんな)が使うようになったので、(わたくし)(ども)も使うようになっております。

 ……何か別に、もっと良い呼び名が在りますか?」

「ううん。これで良いよ……

 ……幸来(さら)ちゃんとは、ずいぶん話をしたようだけど……」

 マリーは息を呑む。

「……そう思えます?」

「うん! 先刻(さっき)、舌を出したのなんか……」

「もぉー。マイスターもファーターも勘が良すぎます!」

 精霊の(あるじ)が明るく笑いだす。筆頭精霊長も釣られて笑い出した……。

 (ひと)(わら)いの後、(しもべ)である筆頭精霊長が(あるじ)である(かつ)(よし)を下へ誘う。

「では、下へ御出ましを……」

「……はぁい」

 すっかり緊張を解いている(かつ)(よし)に、マリーは一瞬笑いを止めて言った。

「でも下へ行く前に、今一度、自覚しておいて頂きたいことが有ります……」

 次ぎの一瞬……。(かつ)(よし)は、(もの)(すご)い悪意を感じた。その不意打ちに、腰が抜けそうになる。

 それは、言葉になっていない。でも、それを言葉にすれば……。

(……ブチのめしてやる……。……本当に、嫌な奴だ……)

 動けなくなった精霊の(あるじ)を、筆頭精霊長が()(かか)えた。

「マイスター、申し訳ありません。少し、やり過ぎました。

 でも、今の現実も忘れてはなりません。サタンは、マイスターを()()(たん)(たん)と狙っています。

 今のは、(わたくし)(ども)の防衛策を一瞬だけ緩めた結果です」

 (かつ)(よし)は、落ち着きを取り戻すと、マリーに質問した。

「相手は、アスタロト?」

「はい、そうです。でも、大丈夫! 精霊が存在する限り、必要も無くサタンには指一本触れさせません。(もち)(ろん)、故意の介入には、応分の報いを受けさせます」

「常に“()()”が見ていること……。……覚えていないと……」

「はい……」

 精霊の(あるじ)は、ゆっくり立ち上がると微笑んで、精霊の(おさ)に言った。

「じゃあ、下へ行くよ。御茶はカモミールが良いな……。蜂蜜、いっぱい入れて……」

「ダー。マイン・マイスター」

 マリーは、(かつ)(よし)を抱きしめた……。




 ------- 更新履歴 -------

 2015.07.17 初版公開  (Ver 1-01.00)

 2016.02.26 改訂第二版公開  (Ver 2-01.00)

 2017.08.28 読み易くする為の修正、誤字やルビ小修正版公開  (Ver 2-02.00)

 2018.01.06 一部の設定、文章表現、誤字やルビ修正版公開  (Ver 2-03.00)

 2018.08.16 文章整理、誤字修正版公開  (Ver 2-03.01)

 2018.08.23 大元のWordファイルとの内容差異が生じたための文章整理、誤字修正、読み易くする為のルビ修正版公開  (Ver 2-03.01.01)


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