7月5日
「ちょっと、いつまで寝てんの?」
とある家の母親が、いつまで経っても起きてこない息子に業を煮やして、いらついたように声を出す。何故か妙な夢を見て起きた時から、右腕の感覚がなくて、左腕が重く感じることも相まって、ストレスを強く感じていた。そういえば昨日、息子も同じことを言っていたな、と思いながら部屋に踏み入る。そこには、まだ膨らんでいる布団があって、はみ出ている頭部が見えた。
「起きなさい!」
無理矢理布団を引きはがす。そこにあったのは、
「へ?ああ、ああ、きゃああああああああ!」
右腕が肘から下がなくて、左腕が醜く腫れあがった、変わり果てた息子の死体があった。
彼は、真琴や雄介や裕子のクラスメートで、雄介と仲が良かった生徒の1人だった。
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地域は大騒ぎだった。昨日の学校に始まり、朝になって不審死が一気に何件も起きたのだ。共通点として、全員が同じクラスで、死因は不明、そして、昨日の朝から腕の不調を訴えていた者だった。警察沙汰にもなり、大きな騒ぎとなった。
そして、この地域では、真琴のクラスメイトの親や、別のクラスの生徒、さらに先生やかかわりのあった住人が腕の不調を訴えた。そして全員が同じ症状で、直前に同じ夢を見たのだ。
だが、こちらの方は人が死んでない以上、大きな騒ぎにはならなかった。
末原は、この話を聞いて下唇を噛んだ。その表情は青白く、目の下にはくまが出来ていた。
(結局、このありさまか……。)
末原は、寝ずに電話をかけて回り、さらに原因を調べるべく思い当たる限りの本を読んだが、成果は無かった。自分は寝なかったためぬけぬけと生き残っているが、自分の生徒は死んだのだ。
結局、クラスは学級閉鎖になった。だが、末原は仕事があるため、当然学校に出勤することになる。
「辰巳と美空は、こんなことを3日も続けてたのか……ははっ。」
家を出て、駅に向かう途中でそう呟いて、乾いた笑いをこぼした。
「神原……辰巳……美空……頑張ってくれよ。」
頭の中で、不思議と浮かんだ3人に向かってエールを送ってみる。
その直後に、末原は気づいた。
(神原だけじゃない……辰巳と美空も大きなトラブルを解決する人間だ。)
自分はそうではない、ならば、せいぜい足掻いて、少しでも死人を減らしてやる。そう考えて、末原は体に活力を入れた。
学校に着くと、同僚たちに気遣わしげに声をかけられる。ひとまず出来ることとして、『寝かさない』ことだ。授業中だろうが何だろうが、少しでも眠る気配を見せたらたたき起こす。眠ったら死ぬ、なんて信じる教師もいないだろうが、それでも少しでも、教師にも考えを伝えて生徒を寝かさないようにする。
考えを伝えたほとんどの教師が可哀想なものを見る目か、憐れんでいる目を向けてきた。だが、数人だが信じてくれた教師もいた。
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しかし、やはり現実は……非現実的な現実は甘くなかった。
「きゃああああ!」
3年生のクラスで、雄介の友人の部活の先輩が居眠りをして死んだ。そして、それを見てショックを受け、失神した生徒もしばらくすると死んだ。騒ぎとストレスでパニックを起こした2年生も気絶し、そのまま死んだ。どれも、右腕が無くなり左腕は腫れ上がっていた。死人に口なし、とでも言うべきか、誰も知る由が無かったが、死んだ生徒は全員、夢の中で腕を引きちぎられた。見た目が小学生にも満たない、小さな少女の手によって。
少女の『無邪気な笑顔』は、ついに学校内にとどまらなかった。
近所の昼寝をしていた主婦が変わり果てた姿で見つかり、夜勤明けで寝ていた男性も同じような姿で見つかった。
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(ダメだ!ダメだ!尋美ちゃん!)
真琴は必死に左腕を伸ばすが、尋美には届かない。
「これもだめだなぁ……これもだめ……。」
尋美は、自分の右腕に誰かの右腕を宛がっては放り捨てていく。その光景は異様ともいえる光景で、グロテスクと言える光景だった。
(止めないと!この子は何がダメなんだ?腕を手に入れるのだけがこの世の未練じゃない……じゃあなんなんだ!?)
真琴は、尋美の未練を払って成仏させるしかない、と考えていた。こうしている間にも、目の前ではしているか知らないか問わず、様々な人が腕を引きちぎられ、悲鳴を上げ、左腕を変質させられて、死んでいく。真琴は必死に左手を伸ばしながら、『繋ごうとしながら』、考え続けた。
(助けてくれ!雄介!裕子!)
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「んっ!?」
雄介は、自室で微睡んでいたところを、何か声が聞こえた気がして目が覚めた。危なかった、と冷や汗をかきながら、今の声の主を探る。
「真琴の声が聞こえた気がしたんだけどな……。」
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「はぅ!?」
裕子は、自室のベッドの上で微睡んでいた。その時、自分が呼ばれた気がして目が覚めた。危なかった、と息を吐きながら、声の主を探るも、原因が分からない。
「真琴の声、だったかな……?」
なんとなく、今の出来事を雄介に相談しようと思い、傍らに置いてあった携帯電話を手に取った。その瞬間、携帯電話が鳴った。流れている曲からして雄介だ、と思って電話に出る。
「もしもし?どうしたの?」
「ああ、今、真琴の声が聞こえた気がしてな。とりあえず相談だ、と思ってよ。」
「私も全く同じ心境よ。今から電話しようとしたわ。」
「そうか……。」
「ちょっとうとうとしちゃってたところに声が聞こえて、目が覚めたの。危なかったわ。」
冗談めかして裕子がそういった。洒落にならない話ではあるが、こうすることで気を紛らわせようとした。
「俺も全く同じだ。うとうとしているところにな……あの声には助けられたよ。」
雄介も同じ心境の様で、軽くそう言った。
「外が騒がしいな。」
「たくさんの人が変死してるからね……。」
雄介の呟きに裕子がそう返した。
ソーシャルネットワーキングサービスやインターネットで、この地域の異変は伝わってくる。野次馬やマスコミに遺族の悲鳴や泣き声、それに調査する警察や医者や救急隊員の怒号といった声や、けたたましいサイレンの音が鳴り響いている。
「くそっ、何てことだ!」
雄介は焦りを紛らわすようにそう毒づいて、何かを蹴飛ばした。電話越しにもその音が聞こえてきたことから、それなりの強さで蹴ったのだろう。
「ついに、お父さんやお母さんまで……。」
今朝、ついに2人の家族にまで異常が現れた。裕子の両親や雄介の両親と兄が、今朝起きてきた時に変な夢を見て、腕の異常をぼやいていたのだ。2人はそれを聞いて卒倒しかけたが、何とか持ちこたえて、これからしばらく寝ないように言い聞かせた。最初は信じていなかったが、こうして町の住人が次々と死んでいき、その状況を知るにつれて、その言葉は信憑性を帯び、2人の家族はその言葉を信じた。
学校でもすでに何人か死んでいて、皆緊急時だということで帰らされたと情報が入ってきた。その時、末原が生徒全員に一生懸命、寝てはいけないことを伝えていたという情報も入ってきている。
「今夜はコーヒーや栄養ドリンクがよく売れそうだぜ。」
雄介はそれを聞いて、皮肉を込めてそういった。かくいう2人も、眠気を覚ますために栄養ドリンクを大量に買ってきていた。
「しかし、どうしたもんかね?本当に打つ手なしだ。」
雄介は投げやりな声でそういった。2人とも真琴の家に何かがあるのを知ってはいるが、すでに真琴の両親が家にずっといることを知っている。無理矢理押し入ることは、2人の常識が許さなかった。
「こっくりさんにでも聞いてみる?」
裕子は冗談めかしてそういった。夢の中と絡めたのだ。
「あの女の子みたいにか?困った時の神頼みだな。」
雄介もその意図を感じ取ったのか、空元気気味な声でそう返した。2人の精神状態は相当参っていて、こうして盛んに冗談でも交わさないとやっていられない状態だ。
「とりあえず今できることは、なるべく寝ないようにすることだけだな。いや、周りの人間にも伝えられるか。今ならきっと信じてくれるぜ。」
「うん、そうだね。」
雄介の提案に裕子は頷いた。早速2人はパソコンを起動し、ソーシャルネットワーキングサービスを通じて知り合い達に片っ端から寝ないように伝えていった。何人かは信じてくれたようで、好意的な返信を送ってくれた。それを見て、2人は自分でも出来ることがあると確認した。
その日は1日中、こうして周りに伝えることに専念した。




