第13話 真相解明
食堂を出て、そのまま山ちゃんに家まで送ってもらった私たちは、お預けを食っていた謎解きの続きを、今まさに聞かせてもらおうとしていた。
「では今回の事件の真相をお話ししましょう」
テーブルに着いた小春ちゃんは少しじらすかのように口を開いた。私と山ちゃんとお母さんは、そんな小春ちゃんの口元に視線を集中させる。
「では、一緒に行動してなかったさくらちゃんのお母さんがよく分かる様に、時系列で解説していきます」
そう前置きしてから、咳ばらいを一つして、小春ちゃんは事件の真相を語り始めた。
「この事件はまず、食堂におねえさんがいるということを教室で耳にしたことから始まりました。そして最初の調査の結果は皆さん知ってのとおり、惨憺たるものでした。やけどそれは、あの場でお兄さんが赤ちゃんをあやしているのを見てしまったことによる、私の推理放棄に起因した誤解やったのです」
ようやく始まった前置きに、山ちゃんとお母さんがグイグイ惹き込まれているのを感じつつ、私も小春ちゃんに集中する。
「おにいさんの推理を放棄してしまった私のもとに、犬探しの依頼が入ったことで、歯車は再び動き出しました。一見無関係なこの二つの事件は、実は微妙なバランスで絡み合っていたことに、私は校長先生の話で気付いたのです」
まだ前置きだったが、小春ちゃんはなかなか人の心を掴むのが上手い。
「今回の事件の鍵は三つ。一つ目はおねえさんが学校に配達に現れたこと。二つ目は体力測定をしていた関係で、給食を受け取るはずだった葛城先生が校長先生に自分の代わりを頼んでいたこと。そして三つめはゴンが学校へ現れたこと。そのどれかが欠けても今回の騒動は起こらなかった。しかし、それらが奇妙に噛み合ってしまったことで、事件の歯車は回り始めた」
小春ちゃんの口調がほんの少し熱を帯びる。
ここからが本題ということだ。
「私が推理するに、まず、給食の受け取りを頼まれていた校長先生は、几帳面に配達の車が来るのを待っていた。そして、時間通りに車はやって来たが、普段担任の先生が持ち回りで受け取りをしているため、校長先生はいつもの車かどうかすら分からないまま、黒いミニバンを迎え入れた」
ここで小春ちゃんは麦茶の入ったコップに口をつける。
何気ない間を取るのも効果的な演出を狙ってのものだろうか。
「さて、給食を運んできたミニバンは、いつもどおり学校の中庭に面している通路に停まり、やがて車からはおねえさんが降りて来た。そして同時に、車のドアが開いたことで車内に充満していた給食の匂いが外へ出てしまい、あいつが現れた」
「ゴンのことだね」
「そう。それから、おねえさんはバックドアを開けて給食をワゴンに乗せ始めた。車を停めた場所の関係で、校長先生からはグランドに現れたゴンが見えていたけど、車が視界を邪魔していたお陰で、おねえさんからはゴンの姿は見えていなかった。そしてこの時、校長先生は学校に現れた迷い犬を、取り立てて気にしてはいなかった」
小春ちゃんの解説の途中で、山ちゃんはウンウンと納得する。
「そうやろうなあ、しょっちゅう脱走しては、うろついてたから、またかって感じやったんやろうなあ」
そのことに関しては私もお母さんも同じ見解だった。
「そうそう。でもそれはとても重大なミスやった。実はゴンは二回ほど、給食配達の車の中に入った前科があった。何でも、ちょっと後ろのドアを開けて車を離れた隙に、匂いに釣られて入ってしもうたらしい。その時は先生がすぐに気付いて追っ払ったみたいやけど、その一件のことを校長先生は知らなかった」
山ちゃんとお母さんはそのゴンの性癖のことについては知らなかったらしく、へー、と感心していた。
きっとこれからゴンを見掛けたら、二人ともちゃんとドアと窓を閉めるに違いない。
「ここで一旦ゴンのことは置いておいて、おねえさんの話に戻すけど、なあさくらちゃん、もしさくらちゃんが葛城先生の立場やったら、校長先生に給食の受け取りを代わって貰ったりする?」
「いやいや、あんな今にもポキッと折れちゃいそうな校長先生にそんなこと頼めないよ」
「そうやろ。つまり、さくらちゃんと同じように、給食を届けたおねえさんもあの日同じことを考えたんや」
どうやら私の返答は期待どおりだったようだ。続けて小春ちゃんはその時のおねえさんの心理を解説し始めた。
「今にも折れてしまいそうな校長先生を見て、おねえさんは一番重い大おかずの鍋を自分でワゴンに乗せた。さらに、足元のおぼつかない校長先生を見かねて、給食の載った重たいワゴンをおねえさんは食堂室まで押していった。その時、話し好きの校長先生は、恐らくワゴンを運んでくれたおねえさんにお喋りしながらついて行った」
小春ちゃんの解説はなかなかリアルで、その時の情景がなんだか目に浮かんで来るようだった。
私はあの人懐っこい校長先生につけ回されているおねえさんを思い浮かべ、ちょっとだけ吹き出した。
「問題はその時に、車のバックドアが開いたままになっていたことや。いつも配達してくれてるおにいさんかおっちゃんやったら、ドアを閉め忘れることは無かったと思う。それと、いつも給食を受け取ってる先生やったら、ゴンを見掛けた時点で、閉めておくように言ってたはずや」
ここで小春ちゃんは一度言葉を区切った。そして今回の登場人物の問題点をここで赤裸々に語った。
「でも、おねえさんはゴンが車に入って来る常習犯やとは知らなかったし、そもそも見掛けてもいなかった。また、殆ど校長室で昼寝してる校長先生もゴンにそんな性癖があることを知らなかった。そして、車内に残っていた匂いに釣られたゴンは、二人が食堂室へ行っていた隙に乗じてミニバンの中に侵入した」
三人が、いや、二人と一匹がおかしな感じで見事に噛み合ってしまったことでこうなってしまったのか。
まるで漫画か新喜劇のようだった。
「戻って来たおねえさんは、車の中をよく確認せずバックドアを閉めた。恐らくそれは話し好きの校長先生が休みなく話し掛けてきていたからやと思う。それから、名残惜し気な校長先生に見送られ、おねえさんはゴンを載せたまま車を発進させてしまった」
「おねえさんはゴンが載っていることに気が付かなかったんだね」
「うん。商業用のバンならともかく、ミニバンは座席があるぶんだけ分かりにくかったんやと思う」
ひと通りの経緯はこれで分かった。あとはゴンの行方だった。
「ねえ小春ちゃん、ゴンは今どこにいるんだろう?」
「それはまだ分からへん。ゴンはああ見えて気の小さいヘタレ犬やから、走り出した車の隅で尻尾を股に挟んでブルブル震えてたんやと思う。多分、次にバックドアが開いた時に、飛び出して逃走したんやないやろうか」
「じゃあ、ゴンのことはおねえさんに確認したらいいんだね」
ここまでのあらましはだいたい理解できたけれど、ここで私はまだ肝心なことが聞けていないことに気が付いた。
「ねえ小春ちゃん、今の話でゴンの足どりは分かったけど、あの校長先生のヒントでどうしておねえさんの素性まで分かっちゃったの?」
「そうやったね。それを話さなあかんかった」
どちらかと言えばゴンの足どりよりも、そちらの方に私の関心は大きく傾いていた。
そしてそれは、お母さんと山ちゃんも同じみたいだった。
小春ちゃんは、またコップの麦茶を一口飲んでから解説を始めた。
「校長先生の口から、あの日おねえさんが給食を運んできたと聞かされた時、ピンと来たんよ」
「え? あれだけで?」
いったい小春ちゃんの頭の中はどうなっているんだろう。
私はあらためてそう思ってしまった。
「おねえさんは二十歳くらいやから、免許を取ったのはそんな前やないはずや。近頃はミッション車が少なくて、特に女の人はオートマ限定免許を取得する人が多いそうや。それと、うちは前に配達のおっちゃんがエンストしてるのを見たことがあって、あの配達用の白いバンがミッション車やということを知っててん。そのことが頭にあったから、おねえさんは配達用のバンを運転できず、あの黒いミニバンを使ったと推理してん」
「フンフン成る程」
「さくらちゃんも見たように、あの食堂横の駐車スペースには縦に二台の車が停まってた。ところで、さくらちゃんはあそこに桜の樹があったのを憶えてる?」
そういえば、まあまあ立派な桜の樹があの駐車スペースの傍で枝葉を広げていたような気がする。
「うん。そういえばあった気がする」
「さくらちゃんの記憶が曖昧なのは、もう桜が終わって花が散ってしまってたからやと思う。桜は花が全部落ちてしまうと、次は花弁を支えていた萼の部分が落ちる。あの時うちは推理を中断してしまったけど、ミニバンのワイパー部分に萼が溜まっていたのを記憶しててん。確かうちらが食堂に行った前日は午後から雨で、その前日はずっと雨が降ってた。つまり、ワイパー部分に桜の萼を溜めていたミニバンは、動かされずにずっとそこにあった」
一気に話してまた喉が渇いたのか、麦茶を一口飲んでから小春ちゃんはその先を続ける。
「以上の点を踏まえて考えると、おねえさんは赤ちゃんを連れて別のどこかから車で食堂に通っているのではなく、食堂の二階であの家族と一緒に住んでいるのやと推測できる。そして配達用の白いバンの奥にあったあの黒いミニバンは、あまり普段使いをされていなかった。つまりおねえさんはこの便利の悪い田舎で、あまり車に乗らずに生活が出来ていた」
そしてここで、小春ちゃんはこの推理の纏めに入った。
「あの食堂はお昼と夜にしか開店してない。おねえさんが普通の主婦なら、営業時間外に買い物とかで車を使うこともあるやろうけど、里帰りで実家に帰って来ている娘やったら、その辺は家族のもんに甘えてもおかしくない。恐らく大概の家がそうしているように、両親が何かと動いて娘と孫の身の回りのことをしてくれてたんやないやろうか。そう私は考えてん」
推理で導き出したおねえさんの免許の種類から始まり、二台の車の駐車位置と桜の樹から落ちた萼から小春ちゃんはそこまでの推理を展開したのか。
今更ながら、その洞察力と推理力を見せ付けた小春ちゃんに、私はただただ脱帽してしまった。
「勿論その時点ではおにいさんのお嫁さんである可能性は残っていた。けれど、他県からの里帰りなら、ナンバープレートを見れば分かるはずやった。なのに、最初に食堂に行った日、その肝心なナンバープレートを配達用のバンが塞いでいたせいで、うちは見落としてた。もしあの時それに気が付いてたら、あの時点で別の解答が導き出せてたはずなんや。ホンマやらかしてしもうたわ」
「それで急いで山ちゃんに電話して確認に行ったんだね」
下校のバスに乗らず、山ちゃんに電話して欲しいと言って来た小春ちゃんの気持ちが、今ようやく理解できた。
「確認した結果、うちの予想どおりミニバンについてたのは他県のナンバープレートやった。合理的に判断して、あのおねえさんは里帰りをしてきた娘で、食堂のおにいさんの妹やろう。こうして校長先生への聞き込みから急展開した今回の推理は合理的な解決に辿り着いたんよ」
全ての推理の解説を終えた小春ちゃんに、私たちは惜しみない拍手を送った。
「ねえ小春ちゃん、最後にもう一つ質問いいかな?」
「うん。何でも聞いてや」
「校長先生に誰が給食を運んで来たのかを聞いた時に、小春ちゃんはおねえさんが運んできたことを先に分かっていた感じだった。どうしてなの?」
そういえばその説明してなかったなといった感じで苦笑した小春ちゃんは、その経緯を丁寧に解説してくれた。
「まあ、簡単なことやよ。ゴンが柴田のじいちゃんのとこに行かんかったのは、学校で何かがあったからや。何かが起こる原因はイレギュラーによるものと推測できる。あの場でのイレギュラーは校長先生とゴンやった。でも、それだけではゴンは消えることはない。なら、あのタイミングで現れた給食の配達がもう一つのイレギュラーやと見当をつけてたんよ」
「それが、あのおねえさんだと」
「配達のおじさんも、あのお兄さんも、学校での給食の受け渡しには慣れてしもうてるやろ。野球に例えるなら二人は一軍選手や。二軍どころかずぶの素人は、あの食堂ではおねえさんだけやったというわけやねん」
野球に例えた分かり易い解説に、私は再び拍手を送った。
「それで、あのおねえさんが来たんじゃないかと見当をつけていたんだね」
「そうそう。そしておあつらえ向きに、おねえさんはゴンの隠れるスペースのある、あのミニバンに乗って来たというわけなんや」
全てのモヤモヤを小春ちゃんに払拭してもらった私は、今度こそ本当にスッキリした。
「やっと今日からよく眠れそう」
「うちもや。これで節子先生、いつ告白しても良くなったわ」
それからちょっとおしゃべりで盛り上がってから、山ちゃんと小春ちゃんは帰って行った。
夕ご飯を食べた後、今日お土産で持って帰った筍の下準備をお母さんがし始めてすぐ、私はウトウトし始め、そのまま眠ってしまった。




