After 西嶋
「え、葉山さん辞めるの?」
「うん、キャリアアップだって」
「へぇ」
店上がりの桐谷を迎えに、駅前まで出てきた。
俺は明日から大阪出張。
桐谷の同期の葉山のことをあまり好きではない俺は、どうしても空返事になる。
「けど、明日俺、葉山さんと大阪だけど」
「引き継ぎもあるし、今繁忙期だから普通に出張もありますよ、まだ」
「あ、そうなの」
綾野に会いたいだけなんじゃないの。
そんな意地の悪い考えが浮かぶ。
「俺は文香と大阪で美味しいご飯が食べたい」
「仕事で行っても時間ないじゃないですか……」
「行ったことないの? 大阪」
「ないですね」
「え」
彼氏が大阪にいたのに?
と、口に出しそうになって、思わず引っ込めた。
「なんですか?」
ふ、不憫すぎる……綾野。
この天然女子、男を振り回しすぎだろ。
*
翌日。
都内の仕事を終わらせて、新幹線で大阪へ移動した。
搬入口で荷受けしているスタッフと合流すると、その中に葉山の姿を見つける。
「お疲れっす。すいません、ヘルプ頼んで。まじで男手足りなくて助かります」
背後から陽気な声がして振り向くと、綾野が立っていた。
「どんくらいで終わりそ?」
「そうですね、二十二時コースですね」
「ギリギリだな。申請通った?」
「なんとか無理ぐり。けど、まじで二十二時で消灯されるんで」
その後は、全員ほとんど無言で作業した。
暖房も切られ、次第に室温が下がっていく。
イベントスペースの設営を終え、なんとか時間前に館を出た。
「飯どうします?」
「あー」
綾野に言われて、ちらりと葉山の方を見る。
渋い顔をしていたので。
「ホテルで食べるよ。明日も早いし」
「この辺り全然ご飯屋なくて、すいません」
「お前のせいじゃないよ。気持ちだけもらっとく」
裏口で解散し、ホテルへ向かおうとすると。
少し後ろを、葉山がついてくる。
「あ、もしかしてホテル同じ?」
そう声をかけても、返事がない。
おいおい。
仮にも上司だぞ、こっちは。
「ざまぁない、って思ってますか」
「え、何が」
なんで怒ってんの。
「文香と別れたら付き合ってもらえるかも、って。二番で繰り上がり狙ってたら、それ以下だった話です」
「悲惨だな」
「なんで気がつけなかったんだろ」
今にも泣き出しそうになる葉山に。
「飯、おごってやるよ」
そう言って、ホテルの前にあった居酒屋へ入った。
*
「結局、文香が本命だったんです」
人目も気にせず泣きじゃくるものだから。
まるで俺が泣かせているみたいで、周囲から白い目で見られる。
「そうかなぁ」
「なんでそう思うんですか!!!」
「本命いるのに浮気するやつなんかいないだろ」
「え、そうなんですか」
「だいたい、綾野が手のひらで転がしてたの、葉山さんだけじゃないでしょ」
「うわぁーん」
そんな漫画みたいな泣き方しなくても。
だんだん面白くなってきて、店員に新しいおしぼりを頼んだ。
「はい、涙をお拭き」
「西嶋さんって、そんなキャラだったんですか」
「愛する人の友人には優しくするよ」
「友人……」
「少なくとも、彼女は君のこと信頼してるからね」
「……」
「傷つけたら許さないよ?」
「怖い」
「罪悪感感じて、みなまで文香に話したりするのはやめてね」
冗談交じりに、葉山を牽制する。
「しませんよ」
「散々、遠回しに邪魔しようとしてたよね」
かつて葉山が桐谷にしてきたことは。
どう見ても、やっかみでしかなかった。
「……」
葉山は、言葉と一緒に涙まで引っ込めた。
「そういうの、綾野も馬鹿じゃないから見えてたと思うよ」
「じゃあなんで私に」
「円滑に仕事が進むからじゃない? 実際、それあるしね」
多少冷たいとは思ったけれど。
きっぱりと言った。
「……私、バカみたい」
「そうだなぁ。ここに綾野いないのが、その証拠だな」
「西嶋さん、優しさの欠片がどこにもない」
「優しいでしょ。ここでこうして話聞いてるんだから」
「そうですよね。文香にも優しくないですもんね」
「どこがかな?」
俺のジョークにイチミリも笑う気配がないから、話題を変える。
「それで辞めるの?」
「文香に聞いたんですか?」
「うん、昨日」
「なんかもう、そばにいるから利用されるのかなって……」
「それは間違いない。英断だね」
「ひどい」
「自分で言ったんじゃないか」
「そうですけど……ちなみに、西嶋さんはどのくらい把握されてるんですか?」
「え、言っていいの? 聞きたいの?」
「や、やっぱり……」
「多分、二十人くらいいるよ」
俺のその言葉に、葉山の顔が一気に固まった。
「え? じょう……」
「冗談だとして、面白い? この話」
「全然面白くない」
「全国各地にいるぞ。あいつ、日本列島制覇でもする気なのかな」
俺は笑ってそう言ったけれど。
葉山の顔は、もう笑っていなかった。
「明日も早いし、帰るか」
そう言って、ホテルへ戻った。
*
それから、しばらくして。
冬商戦で慌ただしく日々が過ぎ。
年末年始の準備で疲れ果てて帰宅した日のこと。
「西嶋さん、私、マッサージの資格取ろうと思って」
「え、いかがわしいところの?」
「どうしてそうなるんですか」
「俺が水揚げする」
「何言ってるんですか?」
帰宅してソファに横になると。
そう言いながら文香が、俺の足を揉みほぐしてくれた。
「どうです?」
「うま、い? かも」
「え、素質ないかな」
「ないない。俺の方が上手いよ」
そう言って文香をソファへ引き込み、交代する。
「えっ、上手い」
「部活でやってたからな」
「そういえば、今日葉山と会ったんですよ」
急に話変えすぎじゃないか?
「聞いてください」
「聞きます」
「驚かないでくださいよ!?」
「綾野といたんでしょ」
「ええええっ!!! なんでわかったの!!!」
「……なんとなく」
「びっくりしましたぁ。私より仲いいの許せない。私より会ってるんじゃないかな」
「どっちが?」
「葉山に決まってるじゃないですか。私より綾野くんとのほうが仲いいなんてショックすぎる。葉山は私の友達なのに!」
「そうだな」
俺は、どうして気がつかなかったんだろう。
佐藤も。
綾野も。
本当に。
桐谷の中で、優先順位が低かったことに。
「先輩いつも忙しいし、少しでもほぐしてあげようと思って、習いに行こうと思ってたのにな」
「そんな忙しそう?」
「私でも結構ハードなのに、それ以上だから心配で」
「じゃあ、俺も会社辞めようかな」
「え」
「もう少し、時間あっていいかなって」
君との。
時間が、欲しいから。




