幕間 佐藤ーー十年たっても
好きな女に、彼氏ができた。
相手は、サッカー部の先輩だった。
西嶋先輩。
別に、何か言うつもりはなかった。
桐谷が嬉しそうなら、それでいいと思っていた。
俺は昔から、あいつの笑っている顔が好きだった。
くだらないことで笑って。
俺がちょっかいを出せば怒って。
でも、結局また笑う。
それを毎日見ていられるだけで、十分だった。
だから。
冬休みが明けて、桐谷があまり笑わなくなった時。
なんとなく、わかった。
「お前、どうしたの?」
「何が?」
「……いや、別に」
いつも通りに返事はする。
授業中に寝ている俺を起こしてくるし、忘れた教科書を見せてくれる。
話せば普通に笑う。
でも。
前とは、何かが違った。
そのあと、二人が別れたことを知った。
理由は知らない。
桐谷に聞くこともしなかった。
付け入る隙は、もしかしたらあったのかもしれない。
彼氏と別れたばかりの女に、
ずっと好きだった、と言えば。
もしかしたら。
でも。
俺は、あいつの笑っている姿が好きだったんだ。
泣いている時に手を差し伸べて、その隙に自分を好きになってもらおうなんて。
そんなことは、したくなかった。
それはたぶん、初恋で。
俺にとっては、結構神聖な感情だった。
その冬を越して、春が来た。
また、桐谷と同じクラスになった。
「また一緒じゃん」
「最悪」
「お前、それ俺の台詞だから」
「じゃあ言わなきゃいいじゃん」
そう言って、桐谷が少し笑った。
その顔を見て。
ああ、やっぱり好きだな、と思った。
だけど、前みたいには笑わなくなった。
ふとした瞬間に、窓の外を見ていることが増えた。
携帯を見ている時だけ、少し寂しそうな顔をすることもあった。
俺も、勝手に傷ついていた。
俺ならそんな顔させないのに、とか。
俺だったらもっと大事にするのに、とか。
そんなことを考えて。
結局、何も言えなかった。
そのまま高校を卒業して。
桐谷は東京へ行った。
俺達は、それぞれ大人になった。
結婚することになって。
子供もできて。
十年も経った。
それなのに。
「西嶋先輩と別れたあとの文香につけ入る隙がなかった佐藤の気持ちもさ」
祐実にそんなことを言われていたあいつは、
たぶん今でも、本当に何もわかっていない。
そして今日。
何年ぶりかに会った桐谷が、また西嶋先輩の名前を口にした。
「やめとけよ。西嶋先輩、彼女いんだろ」
思ったより強い言い方になった。
桐谷が困った顔をする。
違う。
別に、今さら俺がどうこうしたいわけじゃない。
俺にはもう、守るべき人がいる。
それでも。
十年前。
桐谷から笑顔を奪った男の名前を聞いた瞬間。
あの頃の自分が、勝手に顔を出した。
だから。
「バカじゃねーの?」
十年経った今でも。
あの冬のことだけは、色鮮やかに蘇る。




