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第14章『雑種猫たちの凱歌』

西の機械要塞都市「アイアン・フォート」を陥落させ、鉄鉄帝国の牙を抜いたヴェルデンハーフェン共和国の西海遠征軍。しかし、彼らが手に入れた鉄の玉座の裏に隠されていた「黄金の親書」は、テラコッタ大陸史上最悪の現実を突きつけていた。

聖都クリスタルヘイムの総主教レオ2世は、最初から共和国と機械の帝国を共倒れにさせるつもりだったのだ。奴が動かした「最終十字軍」――聖都が数千年の歴史の中で蓄えてきた真なる全戦力、三万の軍勢は、すでにヴェルデンハーフェン本国を包囲し、その喉元に刃を突き立てていた。

「引き返すぞ! 本国が、俺たちの懐かしい我が家が、あの薄紫のメインクーンに踏みにじられてたまるか!」

でんすけの号令のもと、遠征軍は休む間もなく大陸を東へと激走した。

鉄鉄帝国の残党から鹵獲ろかくした蒸気駆動の快速輸送車を限界までふかし、黒沼地を、赤茶けた荒野を突き抜け、彼らはヴェルデンハーフェンの本国、そして聖都クリスタルヘイムの眼前に広がる大平原へと舞い戻った。

しかし、そこに広がっていたのは、言葉を失うほどの白銀の海だった。

大平原を埋め尽くしていたのは、にゃんこ聖教が誇る最強の武力組織『聖堂騎士団・極光連隊』の三万の軍勢だった。選び抜かれた純血のメインクーンたちが、太陽の光を浴びて神々しく輝く極光の甲冑に身を包み、寸分の乱れもない巨大な方陣を組んでいる。彼らが掲げる数千の聖旗が風に翻る音は、まるで大陸そのものが咆哮しているかのような圧迫感を放っていた。

対するでんすけの遠征軍は、度重なる激戦で疲弊し、動かせる兵力はわずか三千足らず。

十倍の兵力差。これまでのどの戦いとも比較にならない、絶対的な「数の暴力」が、共和国の前に立ちふさがっていた。

「あーっ! もう本当に駄目だ! 敵が多すぎる! どこを見てもお高そうな白い鎧ばっかりじゃないか!」

でんすけは、黒い商人の前掛けを締め直しながらも、スイカ模様の顔をジタバタとさせて天幕の机に突っ伏していた。

「でんすけ様、取り乱すのはそこまでです。十倍の兵力差、そして数千年の歴史という格式の壁。正面からぶつかれば、僕たちの肉体は一瞬で秩序の歯車にすり潰されます。ですが、完璧に見える秩序こそ、たった一つの『不確定要素』でドミノ倒しのように崩壊するものです」

大書記官アルフォンスは、ひどい寝癖をつけたまま、冷徹な手際で聖都市の詳細な布陣図を机の上に広げた。その吸い込まれるような青い瞳には、勝利への道筋ビジネスプランが完全に描かれていた。

「敵の本陣中央、総主教レオ2世が鎮座する『黄金の聖座(戦車)』。あれが三万の軍勢の頭脳であり、すべての命令の起点です。周囲の極光連隊は、格式と規律に縛られているがゆえに、中央からの命令が途絶えれば、ただの巨大な白い置物と化します。僕たちの全戦力を一一点に集中し、あの薄紫のメインクーンの鼻柱を直接叩き折る。それ以外に、この『商人の生存戦略』を完遂する道はありません」

「一一点突破か。いいね、ゾクゾクするぜ」

サスケが斑模様の毛皮をなびかせ、超低音のイケボを響かせた。

「俺の空中殺法で、敵の防衛陣形にド派手な穴を開けてやるよ」

「あら、アタシのステップも混ぜてちょうだい。格式張った聖騎士たちの首を股間に挟んで、神の調和とやらをガタガタに言わせてあげるわ」

マリアが煙管キセルからマタタビの煙を吹き出し、妖艶に微笑んだ。

「……俺の木刀が、でんすけさんの道を拓く。それだけだ」

ムサシが巨大な木刀を強く握りしめ、筋肉をミシミシと鳴らした。

「よし、お前たち! これが本当の最終決戦だ! 俺たちの美味いニシンと、マタタビと、みんなで笑い合える日常を、あの偉そうな神様の物差しで奪わせてたまるか!」

でんすけの叫びとともに、ヴェルデンハーフェン共和国、にゃんこ戦記最大の、そして最後の突撃が始まった。



「神の調和を汚す異端の雑種どもめ! 一兵たりとも生かして返すな! 聖戦の終わりを告げよ!」

極光連隊の指揮官である純血のメインクーンが長剣を掲げると、三万の白銀の海が、地鳴りのような足音とともに一斉に押し寄せてきた。放たれる無数の聖なる矢の雨が、大平原の空を完全に覆い尽くす。

「野郎ども! 雑種猫の底力を見せてやれ! 突撃だーッ!」

グスタフ率いる旧アムレシアのノルウェージャン重装兵たちが、長毛の耐寒性と強靭な跳躍力を武器に、矢の雨を盾で弾き返しながら猛烈な勢いで突き進む。しかし、十倍の兵力差は凄まじく、聖堂騎士たちの強固な槍の壁の前に、共和国軍の進撃は徐々に止められ、周囲を完全に包囲されつつあった。

「フンッ! 柔な槍の壁だな!」

その包囲網の最前線に、ムサシが飛び出した。サバトラのマッチョ猫は、押し寄せる数百の聖騎士たちの槍ぶすまを真っ向から睨みつけると、その場から驚異的な跳躍を見せ、両足の爪を爆発的な速度で繰り出した。

『両足爪による・百烈蹴り――ッ!!!』

ドババババババババッ!!!

空気を切り裂く爆音とともに、無数の蹴りの残像が炸裂した。大陸特有の赤い岩石をも粉々に砕くムサシの肉弾連撃は、聖騎士たちの極光の盾を文字通り木端微塵に破壊し、その衝撃波の余波によって、敵の方陣に巨大な風穴を開けた。

さらにムサシは、突如としてその場で腕立て伏せの姿勢からジャンプし、空中で両手を三回叩いた。

伝説の『オットセイ・ターン』である。

あまりのシュールさと、滲み出る異様なセクシーさに、聖堂騎士のメス兵士たちだけでなく、お堅いオス兵士たちまでが「な、何だあの動きは……気高き我が心が、洗われるようだ……」と呆然と立ち尽くし、敵の連携が完全にストップした。

「あら、神聖な戦場に、夜の不夜城の熱気をたっぷり注ぎ込んであげるわ!」

動きの止まった敵の隙間へ、マリアが妖艶に舞い降りた。彼女の動きはセクシーでありながら、容赦がなかった。突進してきた聖堂騎士の副隊長の首を、一瞬の隙を突いて股間に挟み込む。

『必殺・三角絞め――ッ!!!』

極光の装甲の上からでも容赦なく決まる、完璧な締め技。股間に首を挟まれた聖騎士は、恐怖と歓喜の混ざり合った涎を垂らしながら、「ほへえぇ……」と歓喜の声を漏らして一瞬で失神し、頽れた。マリアはさらに『腕ひしぎ逆十字』『アキレス腱固め』を連発し、聖騎士たちの白銀の鎧の継ぎ目を次々と破壊していく。

「今だ、サスケ! でんすけさんの道を完全に切り拓きなさい!」

「了解、お待たせ! 世界の絶対者様のお顔を、間近で拝みに行ってやるぜ!」

サスケがムサシの背中を足場に、大平原の空へと高く舞い上がった。彼の独自の毛皮が、戦場の砂煙と同化しながら、変幻自在の空中殺法を生み出す。

『バックフリップコークスクリュー720°(セブントゥエンティ)』!!

超高速の回転を伴った肉弾攻撃が、総主教レオ2世の黄金の戦車を守る親衛隊たちの陣形を容赦なく粉砕していった。サスケの超低音のボイスが響き渡る。

「お前ら、神の秩序だか何だか知らねえが、目線が上ばっかり行ってるぜ?」

サスケ、マリア、ムサシ、そしてグスタフたちの命がけの大立ち回りにより、三万の白銀の海の中央に、総主教レオ2世へと至る一本の「直線」が、ついに削り出された。



「これより、我が共和国の真の力――否、『商人の生存戦略』の最終決算ディスクロージャーを示します。総主教レオ2世、数千年の教会の格式が、我が主君の物理法則ウェイトに勝てるか、ここで証明してみせましょう」

平原を見下ろす丘の頂。すべての戦況を見事にコントロールしていたアルフォンスが、手にした白い采配を静かに振り下ろした。

「でんすけ様、最終合図サインを」

「待たせたな、薄紫のメインクーン! これがでんすけ商会を舐め、平民雑種の日常を舐めたツケだ!」

大平原の中央、削り出された一本の道を、でんすけが爆発的な速度で突き進んだ。

泥にまみれた黒い前掛けを強く締め、その短い四肢が、大地の泥を、油を、血を蹴って高速回転を始める。

『アメイジング・ストライド』!!

低重心ゆえに空気抵抗を極限まで減らした彼の突撃は、まるで赤い大地の地滑り、あるいは荒野を切り裂く一発のロケット弾そのものだった。彼は黄金の戦車の上で峻厳に佇む、世界の絶対者の元へと一直線に跳躍した。

「雑種風情が……我が数千年の秩序の前に、ひれ伏し、肉塊となるが良い!」

総主教レオ2世が、その巨大な躯体を震わせ、薄紫色の長毛を激しくなびかせながら、黄金の聖杖を真っ向から振り下ろした。その巨体が生み出す質量攻撃は、周囲の空間の風圧だけで大平原を大きく揺らすほどの威力を秘めていた。

「神の秩序だと? くだらねぇ! 俺たちはな、自分が雑種だろうが何だろうが、この足で立って、美味いニシン食って、大切な仲間と笑って生きてるんだよ! その当たり前の日常を、お前らの勝手な物差しで異端なんて呼ばせてたまるか!」

高所へと上り詰めたでんすけの身体が、夕日の赤い光を浴びて、激しく逆さに回転を始めた。繰り出されるのは、彼の最大奥義であり、これまでのすべての戦いを終わらせてきた一撃。

『垂直落下式ピルムショット(逆さ頭突き)』!!!

バチィィィィィインッ!!!!!!!!

黄金の聖杖と、でんすけの頑強な頭蓋が真っ向から激突した。

金属が砕け散る、絶叫のような凄まじい衝撃音が大平原に響き渡り、周囲の聖騎士たちがその風圧だけで次々と転覆していく。

次の瞬間、パキィィィン……という高い音とともに、数千年の教会の権威の象徴であった黄金の聖杖が、中央から真っ二つに叩き折れ、大平原へと突き刺さった。

でんすけの超高速回転から放たれた質量以上の破壊力は、聖杖を粉砕し、そのまま総主教レオ2世の巨体の脳天へと直撃した。

「ごふっ……!? ば、馬鹿な……神の……調和が……数千年の歴史が……あんな玩具のような短い足に――」

大陸最強、そして世界の絶対者と恐れられた『薄紫のメインクーン』の巨体が、折れた聖杖とともに、平原の泥の中へと完全に叩き伏せられた。

静寂が、大平原に訪れた。

総主教の完全なる敗北、そしてへし折られた聖杖。それは、にゃんこ聖教という完璧な秩序の、決定的な昨日停止を意味していた。三万の『極光連隊』の聖騎士たちは、戦意を完全に喪失し、一人、また一人と武器を地面に落とし、その場に膝を屈していった。

「戦いは、終わったな」

アルフォンスが静かに采配を収めた。その美しい白い毛並みに、勝利の赤い夕日が静かに差し込んでいた。



数日後。

聖都クリスタルヘイムとの間に、テラコッタ大陸の歴史を完全に塗り替える『大講和協定』が正式に結ばれた。

ヴェルデンハーフェン共和国に対する破門と異端の表明は永久に撤回され、にゃんこ聖教は、雑種猫たちの生存権、経済力、そして独立を名実ともに認めざるを得なくなった。大陸全土の経済封鎖は解除され、西の鉄鉄帝国との間の新しい貿易ルートも開放され、ヘリングの経済力はこれまでの数倍へと増大することとなった。

格式と血統がすべてを支配していた古い時代は去り、誰もが自分の足で立ち、美味い飯を食って笑い合える、新しい時代の幕が開けたのである。

ヴェルデンハーフェン共和国の最高政庁の一室。

「痛ててて……。やっぱりあの技は、腕が短いから自分の顎を少し打つんだよな。でも、何とか守り切れたか」

でんすけが顎をさすりながら、やれやれとため息をついていた。官僚服はボロボロだったが、そのスイカ模様の顔には、大仕事を成し遂げた大商人の誇らしげな笑みが浮かんでいた。

「お疲れ様でした、でんすけさん」

本陣から駆けつけてきたマシロが、優しく夫の汚れを拭い、クススクと上品に笑った。彼女の指先からは、普段は隠されている鋭い爪『プリンセスクロー』がチラリとのぞいていたが、夫を見る目は世界で一番優しかった。

「でも、本当に格好良かったですよ。総主教様の黄金の杖を、でんすけさんの頭突き一本で叩き折ってしまうなんて」

「はは、マシロちゃんにそう言ってもらえるなら、顎の痛みも吹き飛ぶぜ」

照れまくって顔を真っ赤にするでんすけの横から、ひょっこりと顔を出したのはマリアであった。

「あらあら、熱いねぇ。神様も機械人形もまとめて返り討ちにして、今度は夫婦の熱気でこっちを焦がす気かしら?」

「マリア! 邪魔しないでよ!」

でんすけが怒ると、マリアはウインクをして見せた。

「冗談よ。でもね、でんすけ。アンタがこの大陸の教会の歴史まで変えたのは本当よ。これからは純血も雑種も、機械も宗教も関係ない、みんなが楽しくマタタビを吸って、美味いニシンを食べられる世界が、本当に広がるわね」

離れた場所では、アルフォンスが静かに窓の外の賑やかな街並みを見つめていた。その隣には、無口なムサシと、相変わらず地元のメス猫をくどいているサスケがいる。

「アルフォンス様、次はどうされるのですか? 聖教の権威を失墜させ、西の帝国も制圧した今、我が国は名実ともに大陸の中心ですよ。あなたの知恵があれば、世界の王にだってなれる」

サスケが声をかけると、麗しき軍師はふっと美しく微笑んだ。

「僕はまた、書類の山に戻るさ。軍師の出番がない世界こそが、最も平和で美しい世界だからね。……だが、もしまた『でんすけ商会』が困ったときは、美味しいキャットフードと一緒に呼んでくれれば、考えてあげなくもないよ」

「フッ……違いねえ」

ムサシが珍しく口元を緩め、腕立てジャンプからの『オットセイ・ターン』を繰り出した。

チャチャチャッ!

「キャーッ! ムサシ様素敵一っ!」

遠くで見守っていた街の若いメス猫たちが悲鳴を上げる。

赤き土の大地、テラコッタ大陸。

聖職者の権威が去り、機械の規律が崩れ、平民たちの逞しい笑い声が響く今、この大地に訪れたのは、血統を超えた絆と、未来を切り拓く猫たちの足音であった。

でんすけはマシロの手をしっかりと握り、賑やかな仲間たち、そして未来を担う五匹の子猫たちが待つ、懐かしい我が家へと歩き出すのだった。

『にゃんこ戦記』の歴史に、種族を超えた偉大なる雑種たちの、永遠に語り継がれる凱歌が刻まれたのである。


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