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鉄は不条理に融ける  作者: てらてら
鉄の終焉、理不尽の幕開け
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第1話

アウストラ王国軍の西進が始まってから、32日目のことだった。

進軍の足取りは、呪わしいほどに重かった。


3週間前から断続的に降り続く冷たい雨は、アウストラ平原のなだらかな起伏を、底なしの深い泥濘へと変え果てていた。


兵士たちの軍靴は、一歩歩くたびに粘土質の赤土を深く噛み、引き抜くたびにねちゃりとした不快な音を立てて体力を奪っていく。


百人隊長ガロアは、自らの愛馬である鹿毛の去勢馬の首筋を軽く叩き、低く喉を鳴らして宥めた。

馬の蹄もまた、泥に足を取られて体力を削られている。


ガロアが手綱を握る手の先には、黙々と、しかし確実に前進を続ける100人の重装歩兵たちの背中があった。

彼らが身に纏うのは、アウストラ王国の最新技術で鍛え上げられた、鍛鉄製の胸当てと、肩から太ももまでを覆う重さ15キログラムの鉄製鎖帷子である。


さらに左腕には、直径90センチメートル、重量8キログラムの、表面を1.5ミリメートルの鉄板で補強した樫の木の丸盾を保持していた。


右手には長さ3メートルのトネリコ材の長槍。

その穂先には、職人が幾度も折り返し鍛錬した、鋭利な鋼鉄が強固に嵌め込まれている。


総重量にしておよそ30キログラム近い鉄の装備を背負いながら、彼らは時速3.5キロメートルという、冷徹なまでに正確な速度で歩みを進めていた。

歩兵たちの疲弊は頂点に達していた。


鉄製の鎖帷子は長雨を含んでさらに重さを増し、湿った衣服と擦れ合うことで、兵士たちの腋の下や股の皮膚を無残に擦り剥いている。


1歩進むたびに、傷口に塩分を含んだ汗が染み込み、激痛が走る。

さらに、32日間にわたる過酷な行軍によって、頑丈な牛革で作られた軍靴の底はすり減り、多くの兵士が重度の靴擦れを起こしていた。


割れた水ぶくれから分泌液と血が流れ出し、靴の中は常に生温かく自らの血で湿っている。

それでも彼らは足を止めない。


アウストラ王国軍の軍律は厳格であり、列線から遅れることは敵前逃亡と同義とみなされ、即座に処刑されるからだ。


「歩調を乱すな。前後の間隔は1.5メートルを正確に維持しろ。泥に足を取られても、隣の盾を信じて一歩を踏み出せ。歩調が乱れれば、それは陣形ではなくただの群衆だ」


ガロアは腹の底から、重く響く怒声を放った。

部下たちから返事はない。


ただ、一斉に踏み出される軍靴が泥を弾く湿った音と、重い鉄の鎖が擦れ合う鈍い金属音だけが、完璧に統制された規律の証として平原に響いていた。


ガロアにとって、戦争とは数学であり、物理であり、徹底した算術の結果だった。

1人の重装歩兵が1日に消費する乾燥穀物は約800グラム。


ガロアが率いる100人の百人隊であれば、1日に80キログラムの食料が必要となる。

これに馬の飼料や、鉄製品の手入れに必要な獣脂、前線で不足する真水を加えれば、毎日最低でも300キログラムの物資を、後方の輜重隊から補給し続けなければ軍は3日で瓦解する。


このアウストラ平原の緩やかな傾斜がもたらす行軍への負荷、10度を下回る晩秋の冷え込みによる兵士の熱量消費、そして150キロメートルにも及ぶ長大な兵站線。


そのすべてを計算の盤面に載せ、最も効率的に鉄の質量で敵を圧殺する。

それこそが、ガロアが15年の軍旅で培ってきた、揺るぎない確信だった。

ガロアは脳内で常に計算を繰り返していた。


現在地から最も近いアウストラ側の前進基地まで約45キロメートル。

輜重車が泥道を時速2キロメートルで進むと仮定すれば、物資の到着までに22.5時間を要する。

現在、百人隊が保持している予備兵糧は3日分、すなわち240キログラム。


これらを1グラムの狂いもなく分配し、兵士たちの筋肉が発揮できる運動エネルギーを最大値に保つ。

彼にとって、兵士の肉体もまた、鉄の剣や長槍と同じく、一定のエネルギーを投入すれば一定の破壊力を生み出す「部品」に過ぎなかった。


「隊長、斥候が戻りました。前方1.2キロメートル、ゼノア帝国の前衛部隊と接触します。規模はおよそ800、平原の平地に横隊を敷いているとのことです」


副官の若者、ルカが泥を跳ね上げながら馬を並べ、息を切らして報告した。

ルカの顔には緊張の色が隠しようもなく滲んでいる。

実戦を経験するのは、これがまだ3度目の若い兵士だった。


彼の鍛鉄製の胸当てはまだ新しく、雨に濡れて鈍い銀色の光を放っている。

その胸当ての表面には、過去の戦いで刻まれた浅い刀傷が数条あるだけで、ガロアのそれのように無数の打撃痕でデコボコに変形してはいない。


ガロアは兜の庇の下から顎を引き、薄暗い前方の地平線を見据えた。


「ゼノアの奴らめ、こちらの補給線が伸び切るのを待てずに打って出たか。数が800ということは、本隊ではなく我々の進軍を遅らせるための威力偵察に過ぎん。ルカ、慌てるな。いつも通りの算術を適用すれば、15分で食い破れる」


「はっ……! しかし、敵の陣形に少し奇妙な点があると斥候が申しております。中央に、鎧を着ていない軽装の歩兵が、わずか数十人ほど配置されているようです」


ルカの言葉に、ガロアは小さく鼻で笑った。


「戦術のイロハも知らん愚将だな。この寒さの中で防具も着けず、我ら重装歩兵の突撃を正面から受けるつもりか。鉄の矢の餌食になるだけだ。伝令、後方の弓兵大隊へ。接敵と同時に、敵中央の無防備な一団へ向けて45度の角度で斉射を行え。距離は300メートルから刻めと伝えろ」


「了解しました!」


ルカが馬を反転させ、後方の本隊へと駆けていく。

ガロアは腰の剣の柄に、太い指を置いた。


長さ80センチメートル、重量1.2キログラムの鋼鉄製の長剣。

幾度となく戦後に血を拭い、砥石で手入れを繰り返し、敵の肉と骨を確実に断ち切ってきた相棒だ。

道具は人間を裏切らない。


職人が鍛え上げた頑強な鉄と、血の滲むような訓練によって強固に統制された隊列。

それだけが、この理不尽で残酷な世界において、確実に生き残るための唯一の真実だった。

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