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「っかし、何で修学旅行っていうと京都・奈良なんだろな」

 炭酸飲料の缶から口を離した邦弘が、傍らで漫画週刊誌を広げてる融に向かって何気ないふうに訊いてきた。

「……そんなん知らないよ」 紙面から目を上げず、気のない返事の融。「──修学旅行なんてほとんど学校側が決めちゃうんだし、別にどこだっていいじゃん」

「京都なんて寺ばっかじゃんよ」

 放課後、最寄りの地下鉄の入口までの通学路を、良樹、邦弘、融の三人は歩いていた。


「良樹は今日バイトは?」

 地下鉄の入口に差し掛かる頃、邦弘が訊いてくる。

「いや。今日はオレ、シフトないよ」

「じゃ、行くか?」

 邦弘はさして期待していないような口調で、いつものカラオケに誘ってくれた。

「あ、いや……。今日はやめとくわ」

 いつも通り小さく手を振って、それでもすまなさそうに見えるよう面を伏せるようにして階段へと歩を進める。

「そか」

 そんな良樹に、それ以上構うようなことをせずに邦弘と融は手を上げて別れてくれる。良樹は内心で感謝しつつ階段を下って地下の駅構内へと降りた。



 良樹が母と住むアパートは、学校の最寄り駅から2駅で乗り継いだ先の8駅目だった。40分弱、といったところだ。

 そこそこ混み始めてきた車中で妊婦に席を譲った良樹は、そのまま端の方に移動して車いすスペースの窓際の壁に身を預けた。

 いつもながら邦弘と融には、ただただ感謝だった。人当たりはいいが人付き合いとなると上手くはない、むしろ苦手な良樹にとって、二人は得難い存在だった。

 良樹という人間は、元来、他人とつるむのが苦手なのだ。何というか息苦しさのようなものを感じてしまうのだが、学校という世界は残酷で、そういう存在はその世界の中心からどんどんと遠ざけられていく。

 ──あの二人がいなければ、良樹の居られる世界は、今よりもずっと小さいものになっているだろう。そんな風な自覚が良樹には確かにあった。

 つまり甘えてるわけだ、オレは……。

 そんな二人に、感謝の意を表したことのない自分に、少し自己嫌悪も感じてる……。



「おかえり」

 玄関の扉を開いて中へ入ると、キッチンでは母が食事──夕食と夜食、明日の朝食の分をまとめて準備しているところだった。

「ただいま」

 いつものやり取りのあと、カバンを部屋のベッドの上に放って戻ってきた良樹に、母が続ける。

「そろそろ修学旅行だね。もう準備はできた?」

 下準備を終えたら、もう夜のパートに出なければならない。慌ただしく動かす手を止めることなく背後のテーブルをチラと見やる。

「ああ、何とかね」

 テーブルに着いた良樹は、そんな母の話題に合わせて口を開いた。テレビのリモコンを目で探す。

「楽しみだね?」

 まるで自分の修学旅行のようにワクワクとした声でそういう母に、良樹は取り合えず合わせた。

「そうだね……」

「気のない返事──、行きたくない?」 口を尖らす母。我が母ながら少女みたいなところがある。

 そんな母が不満そうな声で続ける。「──あんたそんなんで事故なんかに遭わないでよね」

「事故って……なんでさ?」

 唐突に話題が飛躍したと感じて、良樹は苦笑した。

 テーブルの上に夕刊がある。

「ほら、あんたが入学した年だかの修学旅行であったでしょう? 女の子が交通事故に巻き込まれて──」

 夕刊を広げ、ざっと目を通し始める。この夏の世界情勢も経済状況も、それ程期待できそうにない。

 母の声は、もう右から左へと通り抜けていった。


 5月も終わる、とある日の夕暮れ時。修学旅行は2日後──。

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