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少し戻って別の道を折れ、野宮神社の珍しい黒木の鳥居の前に出た。
「はい、こちら由緒正しい古い神社──中々雰囲気あるでしょ?」
実は一度も来たことのない場所だったが、そんなことおくびにも出さず、しれっと言ってみる。
良樹自身、関東首都圏の神社なんかと幾分違った雰囲気の佇まいに、ちょっと惹かれるものを感じている。でも、この時は名前が出てこなかった……。
内心で携帯をスマホに変えてみようかと、わりと真面目に考える。
宏枝はさして広くない境内の観光客の人だかりを、上機嫌な面差しで見やっていた。
鳥居の脇の案内に目がいき、それから彼女が良樹の横顔を見上げて云った。
「ご利益は……縁結びなんだ」
笑顔を見せる。
良樹は、今度こそ頬が熱くなるのを感じた。
「なに……?」
良樹は、わざと宏枝と目線を合わせず、小さく返す。
「誰と縁を結ぶのかなー、って……」
宏枝は少しおどける様に、目を細めると澄まし顔で言った。
探るような声にも聞こえたのは、意識し過ぎだろうか……。
良樹はんんっ、と咳払いして表情を改める。
「どっちかって言うと、オレら、こっちなんじゃない?」
言って、同じ案内板の隣に書かれた『進学祈願』の文字を指差してみせる。
「──来年、オレら受験生」
それで宏枝は、ふえーんと絶望的な表情を浮かべた。
それから二人は、境内にある幾つかの社を巡って詣でた。
わりと作法に適当な良樹と違って、宏枝の方は二拝拍手一拝をしっかりと心得ていて、良樹は隣の彼女に見よう見まねで合わせることになった。
彼女が少しでも幸せになれればいいな、と何となく神様に手を合わせてから、じゅうたん苔や庭園を見たりして神社を後にした。
宏枝はずいぶん真剣な表情でお守りを見たりしていたが、結局、頂かなかった。
その、お守りに手を伸ばしかけた時の彼女の表情が、良樹は何だか心に残った。
そのあと午後の人通りの中、何かで見覚えのある踏切を超えて、気付けば落柿舎の辺りまで歩いてきていた。
初夏の空気が心地よく、何とはなしの話もあちらにこちらに転がるように弾んで、彼女の屈託のないくるくるとよく変わる表情を見ているだけで、楽しいな、と感じる時間──。
そんな時間は、いつもより速く過ぎていくように感じる。
そろそろ陽も落ち着いてきた頃。ふと修学旅行のお土産を何も買ってないことに気付いた良樹が、目に入った民芸店を見やる。
良樹が口を開くより早く、宏枝も店に目を留め、その流れに気付いて言う。
「お土産、買ってないね」
そう言って手を引く彼女に、良樹は思う。
──なんか、手、引かれっぱなしだな、俺……。
小ぢんまりとした店内を見回すと、これはいかにもといった竹細工や和紙でできた民芸品がところ狭しと置かれている。
良樹は、手頃な値段で買える物をと店台に置かれた商品を見ていく。実用的で女性が喜びそうなちょっとしたもので、地味めな色合いのものを探す。
和紙で出来た栞なんかいいかも知れない。
何となくそう思い付いて、幾つか絵柄を見比べてみる。これと言ってピンとくるものがない……。
「お母さんに?」
そんな良樹に、傍らの宏枝が静かに訊いた。
「え? ああ──」良樹が手元の何枚かを見比べながら、苦笑して応える。「どんなのがいいか、わかんないんだよ。プレゼントなんて普段しないし」
言い訳がましい良樹の言葉を皆まで聞かず、宏枝はんーと、人差し指をおとがいに当てた。
「……N.T.のファンなら、こんな感じとか?」
宏枝は、独り言ちるように棚から一枚を選んだ。それから小首を傾げて別の一枚に目を移す。
「これもかわいいかも」
楽しそうに口元を綻ばせて、良樹の方を見る。
一枚はかわいらしい童女の図柄で、もう一枚には擬人化されたうさぎが花束を抱えて駆けている。
「なるほど……」
確かに母の少女趣味な感性に合っているような気がしてきた。
良樹は、結局その二枚とも買うことにした。
良樹がレジの方に向かうと、宏枝は店台に視線を戻し、お道化たような円らな目に見つめられてることに気付いた。
「へー」
小さな店台に置かれた色とりどりの小物の中の、長い耳を立てた丸い人形が見上げている。
「かわいー」
目を細めて手を伸ばしかけ、でも躊躇って、結局その手を引っ込めた。
レジで勘定を済ませた良樹は、そんな宏枝の横から白い卵型したそれを手に取って手の平の上に乗せてみせた。
「うさぎ?」 ちょんと揺らして見せる。「かわいいじゃん」
「……うん」
宏枝の目線の先で、うさぎの人形が円らな目をして踊っている。
不意に、美緒の顔が重なった──。
──やーい、い・く・じ・な・しー
──うーるさい! そーじゃないんだから……‼
茶化して言う美緒のイメージを慌ててかき消す。
──だって、わたしは、もう……
「どしたの? 買わないの?」
「…………」
良樹の笑顔に、宏枝は気圧された様にたじろぐ。
怪訝な表情になる良樹を、おずおずと見上げた。不思議な瞳の色で。
良樹と目が合うと、ふとその表情が何かに思い当たったように、少し軽くなる。
「買います‼」
宏枝はそう言うや、そのうさぎを受け取り、さっきまでの表情とは打って変わった素軽い足取りになってレジに向かった。
「結局紙人形一つだけ?」
「いいでしょお、別に」
レジで勘定を済ませた二人は、そろそろ陽も和らいできた嵯峨野の、観光地の人の流れに視線をやる。
人の流れの数は、少しは減っているのだろうか。
「…………」
流れの中に戻ろうとタイミングを計るような宏枝は何かもの言いたげで、でも切り出せないふうに1、2歩、歩みを進める。良樹はちょっと軽口を言ってみたくなって、わざとらしく小首を傾げて言った。
「これは……花より団子、的な?」
う……と、宏枝が顔を伏せる。
歩調が遅くなって、それから止まる。そんな彼女を良樹が覗き込むと、つぃと目線を下げて小さく顔を背けた。
「ごめん……いまのはちょっとひどかったかも」
さすがにこれはデリカシーに欠ける言葉だったかと、良樹はきまり悪そうに謝る。──内心ではもっとずっと後悔してる。
──うあー……失敗した……
宏枝は黙ってリュックから先ほどの民芸店の包みを取り出す。くるりと良樹の方に向き直り、それを両の手で差し出す。
「──はい」
「え…」 受け取りしな、さらにきまりの悪い顔になる良樹。「オレに…?」
うなづいた彼女の抑揚のない声。「今日のお礼です……」
「…………」 声が震えてしまった。「あ、ありがとう…」
「いーえ。……どーせ花より団子ですから」
彼女は、ちょっと拗ねた顔してそっぽを向いてみせる。
「あ……あの……」
これは……やり直したい──良樹は切実にそう思いながら、でもそんな宏枝の横顔に云う。
「──大切に……するよ」
精一杯の素直な想いを伝える。
その言葉に、宏枝は横目で良樹を見上げる。
彼女の横顔が、ちょっと照れた、満足気な表情になる。
良樹も照れて、こめかみを掻いた。
「ん」
いきなり、宏枝は逃げるように2、3歩駆け出した。くるりと良樹の方を振り向いて笑う。
「中里宏枝はお団子女子ですから──」 お道化た口調で、茶目っ気の混じった笑顔で、敬礼っぽく右手をかざしてみせる。「そろそろ、お団子の時間にしたいです!」
自然、良樹も笑顔になって、それで思い至った。
歩き詰めだったし、そろそろお茶の頃合いかな。




