乳首必中の突き
県立的場高校乳首当て部。
だんだんと暖かく、湿り気を帯びた風が肌に当たるようになると、的場高校の制服は夏服になっていた。
散弾原高校との練習試合の後、苦汁の親御さんが的場高校乳首当て部に多額の寄付をしてくれた。寄付金で競技用の機械を購入した俺達は、毎日練習に励んでいた。
だが
ビンポン
「技ありです。部長」
「疲れて来たな。ちょっと休憩しようか?」
「はい」
椅子に座り持参したドリンクを飲んで休憩した。
俺はいくら練習しても安定して一本取る事が難しかった。それに最近は違う悩みも出てきていた。指の届く距離に行って乳首を直接突くなんて素人臭いのは、指子の技を見てからというもの地味で嫌になってきたのだ。
俺も指子みたいなカッコいい技を使いたい。遠距離打撃技で勝負したい。
俺は前にビシッと指を出す。
だが指子に必殺技の習得方法を聞いても全然要領を得ないというか、気合でドーンみたいな事しか言わないので何の参考にもならなかった。
「お前は磁場を使って何かかっこいい技が出来るだろ?」
いたずらっぽく微笑み指をワイパーの様に左右に動かす磁場流。
「磁場は乳首を探知するだけっすよ部長。一本取るのに手助けになるくらいです」
「俺は良く分からないんだが、なんで磁場で乳首の位置がわかるんだ。科学的に説明してくれないか?」
素朴な疑問を磁場流にぶつけてみる。
磁場流は困った顔をして「さあ?方位がわかる人がいるでしょ。あれみたいなもんですかね」
俺はパイプ椅子の座面の前に腰を大きく出して、頭の後ろで手を組み天井を見る。
「全然わからんな」
大きなため息を付いた。
「俺達は乳首探して一本取るので精一杯なんだよ。指子なんかは一本取るのが当たり前で、華麗な技の応酬で勝負が決まるんだよ」
「かっこいいっすよね指子先輩」
「俺も奥義で相手を殺すとか言ってみたいよ」
それを聞いていた寸止次郎が話し始めた。
「指子先輩に聞いたんですが、基礎をしっかり練習していれば、そのうち、その人に合った必殺技が使えるようになると言ってましたよ」
「そのうちって何時なんだよ?俺なんか素振りだけで高2になってしまったから、もう時間が無いんだぞ」
「そんな。悲しい事言わないで下さいよ部長」
その時、部室のドアが開いた。
「今すぐ出来る技はあるわよ、父首中くん」
不思議とタイミング良く入って来るなこいつは。
「今の話を聞いてたのか指子?」
「これよ」
指子は人差し指を俺に向かってビシッと出す。俺の乳首にデコピンされたような痛みが走る。
「いて」
「乳首必中の突き。これなら誰でも出来るわ」
「そんな凄いのが誰でも。ほんとうなのか?」
「ただし実力差で威力が全然違うから、今よりもっと落ち込む可能性があるけどね」
「うーむ。でもやってみない事にはな」
俺も指子のポーズを真似する。ビシッと人差し指を前に出してみる。
後輩たちを見て「俺の指から何かが出てると思う?」
二人とも微妙な顔をしていた。
「ちょっと俺の前に立ってくれないか磁場流くん」
磁場流が俺の前に立つ。俺は胸めがけてビシッとやってみる。
すると
「うわあああああ」磁場流が後ろに転げ回りドアに頭をぶつける。
「うそー?俺の突きはこんなに凄かったの?」
それを見ていた指子が「ちょっと。冗談はやめなさいよ磁場流」
磁場流は舌を出して可愛い顔をする。
「すいません部長。今のは俺の演技でした」
「あ、そう。そうだよな。何かおかしいと思ったよ」
一気に気分が下がる。
「部長が元気ないんで、喜ばせてあげようと思ったっす」
「余計落ち込んだよ俺は」
部室が重い空気になる。暫く部員達は下を向いて黙ったままになった。
いかん、部長の俺がこんなことでどうする。何か話して雰囲気を変えなくては。
「そもそも、その指から出てるのは何だよ指子。気か。空気弾か。超能力か?」
「そんなの私には全然分からないわ。あえて言うなら気合よ」
またかよ。
俺は真剣に聞いてるというのに、指子は適当な答えばかりするものだから腹が立ってきた。
「まあプレイヤーとコーチの能力は別物だからな。指子に細かい事聞いてもしょうがないか」
「なによ。感じ悪いわね」
「部長は指子先輩の才能に嫉妬してるんですよ。指子先輩の華麗な技に」
磁場流に余計な事を言うなと視線を送るが、奴はこっちを見ていない。
「え?そうなの中君?」
指子が嬉しそうにしているのが気に食わない。俺は黙っていた。
「あなたは私の救世主で素晴らしい才能があるのに、何をつまらない事で悩んでるのよ」
指子のお決まりのセリフにうんざりしていた。何か具体的なアドバイスが欲しいのに今日という今日は指子に何か言わなければ気が済まなかった。
「お前はいつもそれだが、小五のインパクトが強過ぎて俺を過大評価してるだけじゃないのか?子供の頃に憧れだった人を大人になって冷静に判断したら全然大したことなかったってパターンがあるだろ」
俺をじっとみる指子。
「なんだよ?」
「あなたは自分に自信がないのね」
思わず目線を逸らした。
「あなたの憧れの乳狂治の娘が、あなたを評価しているのよ。私は勘違いなんかしてないわ」
「じゃあ、なんで俺はこんなに乳首当てが下手くそなんだよ。一本もなかなかとれないし凄い技も無いし。どこに俺の才能があるっていうんだ」
「でもあなたは私に勝ったじゃない」
「あれは勝ったというよりお前が気絶したから不戦勝みたいなものだろ」
「それまでの試合の流れを覚えてないの?あなたは3連続私から一本を取ったのよ」
「あれは廃部寸前で必死だったから火事場の馬鹿力みたいなもんだ。どうやって一本取れたのか良く覚えてない」
「それでも、あなたは本気の私と互角の勝負をしていた」
「いや、それは嘘だな。お前は苦汁の時は利き手で片指指殺を当てたが、俺の時は逆だった。お前は手を抜いていたんだ」
「そんなことないわ」
「お前はわざと負けるつもりだったんだ。立ち気絶していたのも今思うと演技だったような気がする。立ったまま気絶するなんて間抜けがいるわけないだろ」
ビターーーン
指子は俺の頬に思い切りビンタした。
「え。またビンタ?」俺は涙ぐむ。
指子はカバンを持って部室を出て行った。
「あーあ」
磁場流と寸止次郎は顔を見合わせた。
「俺は何か間違った事を言ったのだろうか」
「気絶してたのが演技というのは言い過ぎっすよ部長」
磁場流がスマホを出して、立ち気絶している指子の写真を俺に見せた。
「これを見て下さい。こんなアホみたいな表情が演技で出来ますか部長?」
俺は吹き出す。
「何だこいつ。ほんとアホみたいな顔してるな」
俺は落ち込んでいたのが嘘のように気分がすっきり晴れてきた。
「この間抜け顔が演技だと言われて怒ったんすよ。指子先輩は」
「そうか。俺にもその写真をくれ磁場流。落ち込んでるときに見たら元気が出そうだ」
「わかったっす」
バーーン
凄い音で扉が開く。指子がまた部室に戻って来た。凄い形相をしている。
指子が片腕を前に出した。ヤバい。殺されてしまう。
「片指指殺連打」
ドドドドドゴッ
「オココゴっっボボッ、グバッ」
磁場流が椅子から吹っ飛んで床に倒れたまま動かなくなった。
「そのスマホのロックが掛かる前に私に寄越しなさい父首中くん」
「はいどうぞ」
俺からスマホを受け取った指子は画面を見て何か操作をし始めた。
磁場流のスマホの写真を消去しているようだ。
「あんた達は必殺技の事で悩んでいるみたいだけど気合が足りないのよ。気合が。気合があれば必殺技なんていくらでも出てくるのよ。もっと気合を出しなさいよ」
「あ、はい」
気合、気合って指子はヤンキーみたいだなと思った。
指子は磁場流のスマホを俺に投げると、また部室の外に出て行った。
あいつ、出て行ったと見せかけて、扉の傍でずっと中の会話を聞いているんじゃないのか?
俺はドアの死角から音を立てずにドアに近付いて、そっと扉を開けた。「あっ」と言って指子は慌てて床に置いたカバンを持ち、今度は本当に帰って行った。
「全くあいつは油断も隙も無いな」




