推しへ、帰省しました
十二月二十八日。所謂、年末である。この日、私と水泥くんは和歌山に帰省することになった。
前々からニーナや両親にそろそろ顔を見せに帰って来いと言われていたので、だったら水泥くんも連れて行かなきゃと思っていたため、彼と話し合って日程を決めたのだ。
とはいえたったの一泊二日の帰省である。いや、帰省というのか? もはやプチ旅行?
本当ならば年末年始をゆっくり実家で過ごしたいところではあるんだけど、テーマパークに休みなんてないのでアクターとしてお仕事をする水泥くんは年末年始は忙しい身である。
かくいう私も大晦日の夜はうどん屋さんで年越し蕎麦を販売するので出勤するし、正月休みは三日まで。朝のパン屋さんは年始の一日のみ休みであとは出勤だから忙しいのである。でも、年末年始働く分、給料もアップするので嬉しいんだけどね。
あとはやっぱり年末年始でのパークの推しを拝みたいし! ……うん、ニーナにも家族にも文句言われたけどね……一泊二日だけ!? って。ごめん、本当にごめんね! ちょっともう少し推しに集中させてほしいの! いつかはゆっくり実家に帰るから! いつになるかわからないけど!
そういうわけで朝早くから水泥くんと新幹線に乗り、懐かしの故郷へと帰るわけである。
私は二年半以上ぶりだけど、水泥くんなんて五年以上は経ってるんだよっ? これは一度ご両親に顔を出してあげなきゃ可哀想だよ!
新幹線から電車へ、そして地元の駅へと辿り着いた頃には昼前である。この長い道のりがとても懐かしい。上京したら今の暮らしに慣れてしまったから本当に楽に推し活が出来る。なぜ死ぬ前の私は上京しなかったのか。
「到着ー! 懐かしい光景だね、水泥くんっ」
「うん。見たところあまり変わってない様子だね」
駅からしばらく歩きながら周りの景色を懐かしむ。都会だと五年も経てば結構大きく変わるものだけど、ここはそんなに変わってないのでそれはそれで嬉しいものである。
「ところで橋本さん。今からどこに向かうの?」
「ニーナと芥田くんのいる所だよ」
あえて場所を伏せながら水泥くんを連れて来た所は水泥くんのご実家が経営している和菓子屋さんの庵主堂……ではなく、そのお隣にある彼のお母さんがお店を開いたCafe・和心の里である。
水泥くんはお店の存在は知っていたとはいえ、まだ訪れたことはない。だから初めて目にするお店に驚いた表情を見せていた。
「ここが……」
「さ、入ろっか」
「あ、でも、CLOSEって……」
「ふふふ。今日は貸切なんだよ〜」
店の扉にはCLOSEの看板がかかっていて躊躇する水泥くんに、今日は私達だけが入れるんだよと伝えてドアを開けた。
「ただいまー!」
扉を開けるとそこには折り紙の輪っかで飾り付けられた店内が。
ニーナ、芥田くん、庵主堂のご主人であり水泥くんの祖父でもある安堂さんに、水泥くんのお母さん、そして私のお母さんと揃っていた。
「絆奈っ!」
「ニーナ!」
久々に会う親友のニーナが一番に駆け寄ってくる。そのまま飛びついて来た彼女をしっかり抱き留めて感動的な再会をした……と、思ったのだが、首に腕を回すニーナの力が強くて首が締まる!
「ま、待って待って! ニーナ! 首! 締まってるからっ!」
「全っ然帰って来ぇへんくせにいつまで待たせるつもりやってん!」
「たった二年半くらいなのに!?」
「もうすぐ三年やアホ!」
ひぇ、ニーナめちゃくちゃ怒ってる……! そんな怒ること!?
「新奈、そのくらいにしとけって! 橋本が死ぬで!」
芥田くんの必死な制止によりニーナから解放された私は息を整えながら改めて二人を見る。
ニーナは髪が少し伸びていて大人っぽくなってるし、芥田くんは変わらずの金髪ピアスのイケイケだ。
「ニーナ綺麗になったね……」
「年相応や」
「芥田くんは相変わらず派手な頭だね……」
「褒めてもなんも出ぇへんで」
そこまで褒めてるつもりは……。うん、まぁいいや。そんな私達の様子を見た後ろにいる水泥くんが少し躊躇いつつも二人の前に姿を見せた。
「佐々木さん、芥田くん、久しぶり」
「「誰?」」
息のぴったりな声だった。そんな二人の様子に水泥くんは慌てふためく。
「わ、わからないのっ? 僕だよ、水泥っ!」
「わかっとるわかっとる。冗談やって」
「絆奈から写真見せてもらったから知っとるよ。……めちゃくちゃおもろいツーショの写真やったわ」
「っ!」
ニーナが意地悪く笑いながら水泥くんに言うのだが、あれそんなに面白い写真だったかな? 普通にいい写真だと思うんだけど、お酒を飲んでたから水泥くんの顔が赤いくらいだ。
あ、今、水泥くんが照れた顔で逸らしたので酔ってる姿を見られたのが恥ずかしかったのだろうか。
「恵介、おかえりなさい」
「ようやっと顔を見せに来てくれたか」
水泥くんのお母さんとお祖父さんの安堂さんも彼を出迎えてくれた。水泥くんは笑みを浮かべながら「ただいま」と言葉にする。
中学卒業して以来の再会だもんね。気づけば成人してるわけだし、最後に会った姿が子どもだったのに今ではすっかり大人だ。
「絆奈、元気そうね」
そんな私の元にお母さんも近づいて来た。私は二年以上ぶりだから水泥くんに比べたらつい最近みたいなとこではある。それでも、久々に見た母は私を見て安堵の笑みを見せていた。
「お母さん、ただいまっ」
「おかえりなさい。……でも、明日には帰るのよね?」
「あ、あはは……」
笑いながらもお母さんの最後の言葉に何やら怒気を含んでいるような気がした。それについては電話でめちゃくちゃ謝ったのに!
「まぁ、いいわ。また帰って来てくれたらいいんだし。それじゃあ主役も揃ったことだし、そろそろ始めましょうか」
そう言うと出迎えたみんながクラッカーを持つ。私も母からクラッカーを受け取ると、ただ一人だけ持たされなかった水泥くんに向けて紐を引いた。
パンッ、パンパンッ! と、みんながクラッカーを鳴らすと、彼はポカンとした顔で瞬きをする。
「「役者デビュー&お誕生日おめでとうっ!」」
「え……」
そう。本日十二月二十八日は水泥くんの誕生日である。
たまたま彼の誕生日と重なったので、それならアクターデビューをしたこともお祝いしたいから、みんなでパーティー出来たらいいなってニーナやお母さん達に頼んでいたのだ。
そして本日の主役である水泥くんにニーナや芥田くん、そして私はおめでとうの言葉と共に誕生日プレゼントを贈った。
「あ、ありがとう……だからこんな飾り付けをしてたんだ」
「せやで。さ、色々詳しい話聞きたいから座ってや」
ニーナに言われて席に着くと、芥田くんとお店の店長である水泥くんお母さんが店の奥へと引っ込んだ。パーティー用のお料理を用意してくれているらしい。
そして運ばれて来たのは先程届いたばかりというデリバリーピザとCafe・和心の里の店長作の抹茶のバースデーケーキやきなこプリン、そして庵主堂の栗羊羹と南高梅を使ったあんの入ったまんじゅうがやって来た。
「久しぶりに庵主堂と和心の里の和菓子とスイーツが食べられる……」
出前のピザを食べてすぐに甘い物達に手を出した。
バースデーケーキ用に作られた抹茶のケーキはスポンジにも外見を魅せるクリームにも抹茶が使われていて、いちごも乗っている。
そして中にはあんこクリームも入っているし、スポンジとあんこクリームの間には抹茶シロップも塗っているらしく、もうとにかく美味しい。
きなこプリンは香りも味もしっかりときなこが活きていて、カラメル代わりの黒蜜ソースがまたよく合う。
栗羊羹も変わらぬ美味しさで安心してお薦め出来る味だし、紀州南高梅を使ったあんこが入った焼き饅頭の梅饅頭はさっぱりとした酸味と甘さがあって美味しいし、どれを食べても口の中が幸せである。
「安堂さん、庵主堂は繁盛してますか?」
「もちろんや! たまにこの店を借りて練り切り体験会も開いたりしとるしな」
「イベントまで……!」
なんと、そこまでやっていたとは。でも、確かに本職の人から教わるのはいいからね。私も文化祭準備のとき、安堂さんが指導に来てくれたのは楽しかったし。
「まぁ、芥田くんの案ではあるんやけどな」
「そりゃあ師匠の腕前は色んな人に知って欲しいんで!」
やるじゃないか芥田くん。見たところ庵主堂での修行もちゃんとやってるみたいだし、ちょっと安心だ。
……でも、確か芥田くんって家を追い出されたとか言ってたよね。それめちゃくちゃ気になるんだけど、さすがにこの場では聞きづらいなぁ……。まぁ、明日もまた会えるし、そのときにでも尋ねてみよう。
「しっかし、ほんま水泥くん男前になったなぁー。前はもっと目元まで髪バッサーってしとったやん?」
「せやな、髪切ったらめっちゃ変わんねんな……」
「そう、かな……?」
ニーナと芥田くんが物珍しげに水泥くんを見つめる。そりゃあそうだ。私だって驚いたのだから、中学時代の水泥くんと比べたら別人のようなもの。
「あ、せや。水泥くんあのサラマンダーしとったんやろ? 写真か動画ないん?」
「いや、僕は……」
「それなら私あるよ!」
「えぇっ!?」
自身のスマホを取り出して高く掲げる。そう、こんなこともあろうかとちゃんと水泥くんの活躍を押さえたデータを持って来ましたとも。
春、夏、秋、冬の水泥くんサラマンダーの活躍をしっかりと残して編集までした動画を準備すると、水泥くん以外のみんなが興味深そうに後ろを覗く。
ニーナにスマホを託し再生してもらい、私はみんなの反応を見るため水泥くんの隣に移動してにっこりと見守る。
『待たせたな、お前ら! 主役は遅れて登場するもんだぜ!』
「凄いなぁ水泥くん! 第一声ヤバない?」
「えっ? これ水泥なん? ほんまか!?」
「なんや、この派手なんが恵介か?」
「まぁ、恵介格好いいじゃないっ」
「本当ね、異国の王子様みたい」
お母さん、サラマンダーは異国の王子じゃないよ……。
「橋本さん……ちなみにあの動画っていつの……?」
「そりゃあ一番最初の水泥くんがアクターデビューした日からの春夏秋冬別ダンスバージョンを編集した水泥くんサラマンダーまとめ動画だよ」
「デ、デビュー日から!?」
「うん。水泥くんが私をダンスパートナーに誘う所もばっちりと」
『そこのお前。俺様のパートナーになれ』
ちょうどそのシーンと思われる音声が流れた。撮影者である私に向けられたので水泥くんサラマンダーの顔もアップで映しているため、動画視聴組が沸き出した。
「えっ、水泥くんこれ絆奈を誘ったん!? やるなぁ!」
「……自分、こんな小っ恥ずかしいことまで出来るようになったんか……」
「ちょっ……もう、見ないで……」
顔を真っ赤にした水泥くんは隠れたい気持ちになったのか両手で顔を覆ってしまった。そんな恥ずかしがることないのに。凄く格好良く演技してたし、ダンスも良かったんだよ。
「絆奈ちゃん、この恵介の動画って貰うことは出来るかしら?」
「お母さんっ!」
「もちろんですよ! 水泥くんのご家族のためにDVDに入れて持って来ましたから!」
「橋本さんっ!?」
DVDを取り出して水泥くんのお母さんに渡してあげる。
なんでそこまで! と言いたそうな水泥くんだったが、やはりご両親にこの活躍は見てもらわないといけないからね。
「しっかし、ダンスがヤバい。水泥くんめっちゃ動けんねんな……」
「ほんまやで。水泥、ダンス得意なん?」
「えっと……凄く頑張ったからだよ」
「凄いでしょ! 格好いいよねっ? 私のお薦めは秋バージョンの水泥くんサラマンダーなんだけど、ハロウィンらしくマスカレードを取り入れてて、そのマスク姿とかも格好いいよ! その格好良さにお客さん達もキャーキャー言ってたからね」
「待って……橋本さん、そんなに格好いいを連呼しないで……」
水泥くん、格好いいと言われ慣れないのか、私が格好いいと褒めるとすぐに顔を赤くしてしまう。
いや、でも聞いてほしいのだけど、シーダンの秋バージョンは仮面舞踏会の雰囲気で精霊達も妖しくて美しい衣装に仮面も装着してみんな格好いいんだよ。
推しノームのマスカレードマスクはシンプルではあるんだけど、紳士的なダンスの誘いはさまになるんだよね。
水泥くんサラマンダーはダンス後に「こんなマスクつけてたら視界が狭くなるっつーの!」って言ってマスクをダンスパートナーの前にだけ外すんだよね。もちろん、ゲストはキャーキャー騒ぐわけなんだけど。
そんな水泥くんサラマンダー鑑賞会はそのあとも続いた。




