4、ルビーとサファイヤ(孤独の中の巫子を知る)おわり
気楽だと首を振るルビーに、庭師の老人がわかっていないと声を上げる。
「なんの、気楽な事など何も無い。
あの方は、お小さい時からずっと周りヘのご配慮をお忘れになられん。
お主はもっと周りに目を向けなされ。
自分しか見えてないから、あの方を気楽などと言えるのじゃ。」
「そ…んなこと……」
「イネス様は、ご自分の立場には、誰も逆らえないのをご存じなのじゃ。
だから、自分が許さねば、相手は頭を上げる事が出来ないとわかっていなさる。
釣りはきっかけじゃよ。
無言で釣り糸を垂れて、釣れても釣れなくても話のきっかけになる。
ニッコリ出来ればそれでよい。
あのお年で、すでにそう仰るような大きな方じゃ。
もっと、巫子様方に目を向けなされ。
良いか!若いの!
我らは、あの方のためならば、この泥かきをいつでも剣に持ち替えて戦おうぞ。」
庭師の老人が、眼光鋭くスコップを振り回してみせる。
年齢から考えられない筋肉が、いまだ現役だと言わんばかりに盛り上がり、2人に見せつけた。
つまり、ただの庭師の爺さんじゃ無かった。
「では、な」
兄弟が、そろって頭を下げると、庭師の老人は手を上げてその場を去って行く。
サファイアは、木箱を手に思い返してああと吐息をもらした。
真っ黒に……
……ああ…………それで………………
それはどう考えてもルビーと帰りたいと話した日。
あの真っ黒の手と服。
イネス様は庭で聞いていらしたのか……
それで、弟を打ち据えて再審査を進言されたのだろう………
「自分しか見てないなんて……そんな事……」
ため息混じりのルビーに、サファイアが顔を上げた。
「ルビー、私はここに残る。なにがあってもな。」
「えっ?」
「私の主人は、イネス様以外にない。お前はお前自身で決めろ。
セレス様はお前を大切にされている。
それでも帰りたいと願うお前の心の弱さは、どこにいても変わらないだろう。
お前はルビーという名の重さに負けるんだ。」
「な………」
守護者になるための修行を積んで、同年代では技で負け知らずの自分が……
この、たかだかルビーという名前に負ける……??!!
ルビーが、グッと声につまり本を抱きしめた。
「負けるだって?この僕が?
……そんな事、許せる訳が無いじゃないか。この僕が。
たかが一時の感情ごときで。」
やっと心に火が付いた負けず嫌いのルビーに、サファイアが笑って囁く。
「俺は御方様のお守りに付けるお前がうらやましいよ。
お前は村の代表として、あの御方を大切に敬わねば、村中から袋だたきに遭うさ。帰るなんてとんでもない事だ。」
ルビーが呆然と立ち尽くす。
御方様とは、ミスリルの村の大恩人で、地の精霊王が大切になさっている御方だ。
「御方様は……もっと大人の方で……」
僕が見たのは、ずっとずっと、小さい時だったけれど。
御方様がいらっしゃる時は、粗相があってはならないからと、子供はなかなかお姿を見る事が出来なかった。
「長が、一の巫子様には失礼の無いようにと。
あの方は、時折若返られるそうだ。
これは、地上の人間はほとんど知らない事だから、決して人間にはもらすなと。
あの方には秘密が多い。
きっとお前の覚悟が決まったなら、ヴァシュラム様から話があるだろう。
俺より、お前の方に重責が課される。
お前はヴァシュラム様に、それに見合う実力を持つものとして認められたのだ。」
ルビーの、瞳の輝きが変わった。
サファイアは、フッと笑ってイネスの元へと歩み出す。
うらやましいなど、本当はどうでもいい事だ。
うらやましいというならば、お前のその負けん気の強さがうらやましい。
村長は、自分がセレス様の守護者に選ばれるだろうと、こっそり話されたのだけれど、御方様の守護者など、自分には荷が重いと感じていた。
主を得る事の…イネス様に誠心誠意仕えようと決めた時の、幸福感。
ルビーにも、それを感じて欲しい。
箱を渡し、一時の気の迷いを謝るサファイアに、イネスは最初ぶうっとむくれていた。
無言で目を合わせようとしないイネスは、ののしるかと思えば……
「許す」
と、一言発して部屋に戻ろうとする。
“自分が許さねば、相手は頭を上げる事が出来ないとわかっていなさる”
ああ、そうだった。
この方は巫子なのだ、崇められながらも孤独の中で戦っておられる。
この小さな身体で。
「イネス様、どうか釣りへ、同行させて下さい。
私は、イネス様と是非にも釣りがしとうございます。」
立ち止まり、クルリと振り向くイネスの目に涙が浮かぶ。
「本当に?」
サファイアが、うなずいてイネスの前にひざまづく。
「どうか、お許し頂ければ。
私に、イネス様の事をお話し下さい。
これから長にお仕えさせて頂く上で、これまでのイネス様との空白を少しでも埋めたく存じます。
まるで生まれた時から共にあるように、私も自分の事を、イネス様には是非知って頂きたく存じます。」
顔を上げると、イネスがポロポロ涙を流して、ぎゅうっと唇を噛んで自分を見下ろしている。
「 うう、ヒック……ヒック……うう、うううう 」
泣いてしゃくり上げながら、イネスがサファイアの身体に抱きついてくる。
驚いて、恐る恐る、恐れながらも背中に手を回し、目を閉じてこれで良かったと思う。
「うっうっ、今から、ミミズ捕る」
「はい」
イネスが泣きながら庭に箱を持ち、サファイアと共にミミズを捕り始めた。
そして翌日、ルビーとセレスも誘い、共に釣りへ行って楽しいひとときを過ごし、彼らはすっかり打ち解けて互いの事を、色んな話をしてこれまでの時間を埋めていく。
その後、ルビーやサファイアが帰りたいと漏らすことは無かった。
ルビーとサファイアのお話し、終わりです。
二人は兄弟ですが、だからこそ息が合うので守護しやすいという利点もあります。
息の合わない兄弟もいますがw
ミスリルは家族を大切にします。
あの、エア姉弟でさえ家族は大切にしていました。
ミスリル自体、数は少ないので助け合って生きています。
どうもありがとうございました。




