134 ギルド科へ
『カナ、カナ、パンですよー。おきて―』
「……」
『カナ、カナ、パンちょーだい、おはよー』
「……」
『カナ、カナ、おきなさい!、はやく―』
「うーん……リトくん。耳元で叫ぶとうるさいよー」
『カナ、カナ、パン、はやく―』
「わかった、わかった、おきますよー」
昨夜寝るのが遅かったので、まだ寝足りない体を起こして居間に向かう。
「はい、リトくん、どれにする?」
かなえがパンを取り出して尋ねると、
『うーんとねー、ぼくツブツブパンがイイ!』
「ああこれね?」
かなえがちぎってテーブルの上に置いたのは、白ゴマが表面にびっしりと付いているパンだ。
『ツブツブパン、おいしいなぁー、つぶのあじ―』
「リトくん、そのツブツブはゴマって言うんだよ」
『ふーん、ゴマつぶパン、おいしいな』
リトくんはパンのかけらを残して足元に置いている。
「リトくん、今日はどうして全部食べないの?」
『うーんとね、ぼくピーちゃんにあげるのー』と、リトくん。
「そうなの? でもそれならこっちのパンを持って行く?」
『ぼく、リアにももらうからいいのー』と、リトくんはパンのかけらをクチバシにくわえると、窓からサーッと飛んで行った。
フフッ、リトくん優しいな。
かなえは出掛ける準備をしながら、牧場の様子をシロンに聞く。
「今は、ジジさん、ババさんは温泉にいます。特に問題は無いようです」
そうか、ジジさん達は今日は温泉で過ごすのね。
かなえは、支度が終わるとジミーさんの庭へジャンプして行く。
「おはようございます」
かなえはテラスで座っているジミーさんに声を掛ける。
「おはよう、今朝はメラニーが朝食を準備してくれるそうだよ」
「えっ、そうなんですか?」
「それでもうリリちゃん達は先に行ったから、私達も行こうか」
「そうですか、それは楽しみですね」
かなえはジミーさんと一緒にジャンプでスミス夫妻の庭へ移動する。
あら? 誰もいないけど……。
「大きいテーブルが外に無いから、メラニーさんの仕事場のテーブルにしたそうだよ」
……あっ、そうか。
かなえはここの庭で食事をした後、大きなテーブルは仕舞っていた。
かなえはジミーさんと一緒にメラニーさんの仕事部屋までやって来ると、大きなテーブルの上にご馳走が並び、みんな揃ってかなえ達が来るのを待っている状態だった。
「みなさん、おはようございます。メラニーさん、朝から準備が大変だったんじゃないですか?」
「いいえ、昨夜途中まで準備していたからそこまで大変じゃなかったわ」と、メラニーさん。
「さーっ、2人共座ってちょうだい!」
メラニーさんは朝からとても元気だ。
「もう食べていい?」と、ララちゃんは待ちきれなくなったのかメラニーさんにたずねる。
「フフッ、いいわよー。さぁーみなさん、召し上がれー」
メラニーさんが準備してくれたのは、プロの実ソーセージやブロッコリが付け合わせのラザニアとスープに焼きたてパン。
チーズたっぷりのフレッシュサラダと、フルーツのヨーグルト掛け。
飲み物はオレンジマンゴジュース、それに大人達はコーヒー、リリララ姉妹とかなえはアップルティーだ。
「朝食だから簡単なものばかりだけど」と、メラニーさん。
いえいえ、いくら慣れてるとはいえ、準備するのは大変だっただろう。
「どれもとっても美味しいですけど、メラニーさんはこれから忙しくなりますから、無理はしないでくださいね」
「フフっ、ありがとう。でも料理を作るのは私の趣味でもあるの。こうしてみんなに料理を作って一緒に食べられるのは、とっても嬉しいの」
「それは助かりますけど……私も用意出来ますからたまにでいいですよ」
「そうね、仕事を始めたら、かなえに甘える時もあると思うけど、今日は本当に作りたかったのよ」
「はい、このラザニアも、スープもとっても美味しいです」
「そうだな、このラザニアはイタ飯屋に負けないなぁー」と、ジミーさんも嬉しそうだ。
ララちゃんは、口の周りをトマトソースだらけにしながら、食べている。
「私もこんなに美味しい料理を、作れるようになれるのかな……」と、リリちゃん。
「大丈夫よ、リリちゃんならきっと良い料理人にもお菓子職人になれると思うわ」と、メラニーさん。
「はい、私がんばります」と、嬉しそうなリリちゃん。
リリちゃんはメラニーさんに出会えて良かったな……。
食事が終わると、リリララ姉妹はオクタゴンの教室へ出発して行く。
かなえはリリちゃんの件でオクタゴンに一緒に行くべきかメラニーさんに聞くと、
「ええ、そうね。かなえが来てくれると手続きが一度で済むから助かるわ」と、言われる。
「わかりました、それでは9時頃ジョンさんをジョーさんの所へお連れして、10時頃にメラニーさんを迎えに行くのでもいいですか?」
「それも良いけど、せっかくだからオクタゴンまで先に行っていようかしら。行くのは久しぶりだから、周辺を見て周りたいの」
「わかりました。それでは動物ギルドの鍵をお渡ししておきますので、そこからオクタゴンへ行ってください。馬車もありますし、徒歩でも大した距離ではありません」
「まぁー、そうなの? それなら貸してもらおうかしら」
かなえは動物ギルドの鍵のコピーをシロンに出してもらい、ポーチから取り出すとメラニーさんに渡す。
「ジョンさん、9時に出発でいいですか?」
「ああ、準備しておくよ」
ジミーさんも今日は、看板屋のアランさんの所へ顔を出すそうだ。
打ち合わせが終わったので、かなえは動物達の様子を見に行く。
猫の庭まで移動して来るが、クーちゃん達も子猫達も居ないようだ。
「シロン、みんなは何処にいるの?」
「砂浜で遊んでいます」
えーっ、そうなのー?
かなえはジャンプで猫の家の前の砂浜に移動して来る。
『ギャー』
『アハハ!』
『行くぞー』
『えい!』
子猫達とパオちゃんは再び波打ち際で、ドロドロになって遊んでいた。
……猫ってドロドロになるのは嫌がりそうだけど、この子達は違うのね。
少し離れたところで、クーちゃんとバニーちゃんが、パオちゃん達の様子を見ている。
「クーちゃん、バニーちゃん、おはよう」
『おや、カナカナかい。昨夜はなかなか楽しかったよ』
『カナカナ、私の目にきのうのあれを着けて?』と、バニーちゃん。
いいけど、遊んでいたら外れそうだな。
かなえは昨日と同じ、ゴーグルを取り出すとバニーちゃんに装着する。
「はい、出来たよ。きつくない?」
『うん、大丈夫、良く見えるよー。みんなの顔も、湖の向こうまで良く見えるー!』
「バニーちゃん、もし目が疲れて来たら外しなよ」
『うん、わかった』
するとバニーちゃんは、ピョンピョンと、砂浜を嬉しそうに跳び始める。
「クーちゃん、私はそろそろ行くね」
『ああ、わかったよ』
なんだかんだ面倒見が良いクーちゃんに後を頼み、かなえは牧場へ移動して来る。
牛舎と牧場を回りウオッシュを掛けると、温泉にいるジジさん達の所へ顔を出す。
「ジジさん、ババさん、おはようございます」
『あらっ、カナカナ、おはよう。きょうも見回りご苦労様ね』と、ババさん。
『おはよう、こっちは特に問題は無いよ』と、ジジさん。
「そうですか。もし向こうへ行きたいようでしたら、今からでもお連れしますけど?」
『いや、今日は止めておくよ。こっちも気になるからな』
「わかりました、それではまた様子を見に来ますね」
かなえは温泉と、下の流れる温泉にウオッシュを掛けると、アニマルドームに戻って行く。
もうすぐ9時になるから丁度いいな。
かなえは家の前まで移動して来ると、ジョンさんはもうテラスの椅子に坐て待っていた。
「お待たせしました」
「いや、まだ時間には少しあるよ」
ジョンさんはお出掛け用の服装にベレー帽をかぶり、かなえが渡しておいたコンテナ小を用意している。
「今朝の朝食で食べたものと同じものを入れてもらったんだよ。かまわないだろう?」
「ええ、もちろんです。ジョーさんも喜ぶと思います」
ジョーさんはコンテナの他に、作業用のエプロンも持参しているそうだ。
「それでは移動します」
かなえはジョンさんを連れて、一旦南の温泉のはずれに移動して来る。
「あのー、ここは南門の温泉です」
かなえはジョンさんを連れて、ジャンプミラーを設置した小屋までジョンさんを案内する。
「この小屋には、アニマルドームとつながるジャンプミラーがあります」
かなえは扉を開けて、ジョンさんに説明する。
「うん、分かったよ。ここからだとジョーさんの所へも近いんだね」
ジョンさんは、ジミーさんからここのジャンプミラーの事も聞いて知っていたようだ。
「はい、そうです。そこの道を真っ直ぐ行き9番通りで左に行けば、ジョーさんのお店があります」
「そうかい、このジャンプミラーのおかげて、この辺りにもすぐに来れるんだね」
まだ時間はあるので、かなえはジョンさんと一緒に南門の温泉からジョーさんの店まで歩いて行くことにする。
ジョンさんはミルクドームに住んで居たので、この辺りには一度しか来たことが無いそうだ。
「こんなに近いんだから、これからはいつでも来れるんだな」
「そうですよ、ジャンプミラーを活用してくださいね」
「この先には、ジミーさんがよく行く看板屋もあるんですよ」
「ああ、そうか。この辺は職人街だったな」
歩きながら話しているうちに、ジョーさんのお店の前に到着する。
「ここがジョーさん店かー」
とてもシンプルな飾り気のない店だ。
かなえは先に、店の中に入って行く。
「おはようございます、ジョーさんいますかー?」
しばらくすると、ジョーさんが住居の扉の方から出て来た。
「ああ、あんたか……」
起きて間もないのか、まだ眠そうだ。
「はい、昨日話した人をお連れしました。ジョンさんです」
「ジョンさん、こちらがジョーさんです」
「ジョーさん、わたしはジョンです。始めまして。かなえさんから声を掛けてもらい、押しかけて来ました」
ジョーさんは、まさか昨日の今日で、人を連れて来るとは思っていなかったようだ。
「ジョーさん、お土産にジョンさんの奥さんのおいしい食事を持参しましたよ」
「ほぉー、そうか。それは済まないな」
ジョーさんは、食べ物には弱いようだ。
急に表情が柔らかくなる。
「ですから、これからどのようにして行くかは、お二人で話し合って決めて下さい。一度に決めずに様子を見ながらでもいいですよね」
あとは、おじさん二人に任せよう。
かなえは役目を終えて、一人でオクタゴンへ移動して来た。
まだ待ち合わせの時間には少し早いので、中心のセンターパークのベルタワーの前にもう一度ジャンプする。
このセンターパークは、広い空間に周りに木が沢山植えられてのどかな雰囲気だ。
「シロン、リトくん達はこの辺にいるの?」
「はい、すぐ横の大きな木の上の方に、ピーちゃんと一緒にいますよ」
へー、そうなんだ。せっかくなのでかなえは声を掛けてみる。
「リトくーん、ピーちゃん!」
すると、上の方から飛び立ったかと思うと、スッーと飛んで来て、2羽の小鳥がかなえの肩にとまる。
『カナ、カナ、どうしたの?』と、リトくんとピーちゃんは首を傾げている。
「特に用事は無かったんだけど、すぐ側に居るって聞いたから呼んでみたの」
『ふーん』と、納得したようなリトくん。
「ピーちゃん、ゴマのパン食べたの?」
『うん、あたし、ゴマつぶぱんおいしかった』と、ピーちゃん。
「そう良かったね。ピーちゃんもパンが食べたくなったらリトくんと一緒にくればいいよ」
『うん、わかった』
リトくんとピーちゃんは、また木の上にスッーっと飛んで戻って行く。
あの2羽は本当に仲がいいなー。
時間なので、かなえは待ち合わせをしたギルド科の階段の隅に移動して来る。
扉を開けて入って行くと、待合の椅子にメラニーさんが座っていた。
「メラニーさん、お待たせしました」
「いいえ、いいのよ。なかなかドームシティーの散歩は楽しかったわ」
「そうですか、良かったですね」
かなえはメラニーさんが記入した書類にサインをして、一緒に列に並ぶ。
順番が回って来たので、かなえも窓口に行く。
「ご用件は何でしょう?」
メラニーさんは窓口の係りの人に、要件を説明し記入した書類を提出する。
かなえとメラニーさんのIDカードを渡して、座って待つように言われる。
「ありがとう、ここが終われば後はお菓子を作る作業に入れるわ」
「そうなんですか? 材料とかの買い出しはいいんですか?」
「あの温泉の売店に出入りしている業者さんに、粉や砂糖に雑穀等は頼めそうなの。乳製品は、ミルクドームのがあるし、庭にフルーツも沢山生っているでしょ? とりあえずは大丈夫そうよ」
へーっ、メラニーさんは仕事が早いな。もう業者の人とも知り合って材料も手に入るようだ。
受付の人に名前を呼ばれもう一度行くと、IDカードを返してもらい、書類の控えをメラニーさんとかなえの分も受け取る。
「うーん、あれっ? ララちゃんもメラニーさんの所に移ってます?」
「ええ、そうよ。あの二人は姉妹なんですもの。まだ離せないでしょ? それにララちゃんだって、もう少ししたら戦力になってくれると思うの」
「でも、大変じゃありませんか?」
「いいえ、そこまで大きくするつもりは無いの。自分のペースでゆっくりやって行くつもりよ」
でも、ララちゃんの代わりにもう一人雇うことも出来たのに……。
「わかりました。その代わり私が料理を準備させてもらっていいですか?」
「うーん、そうね。それならしばらく軌道に乗るまで、たまにお願いしようかしら」
「それなら、朝と晩の1日2回準備します」
「いいえ、それはやり過ぎだわ。それなら夜だけお願いしようかしら?」
「わかりました。これからは夕食を準備しますね。時間が合わない時はコンテナに入れておきますから」
「フフッ、かなえったら……ありがとう。助かるわ」
少し時間は早いが、かなえはメラニーさんを案内がてらランチを食べに行く事にした。




