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ズミェイ  作者: 銀流香炎
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謎解き

かつて龍の娘と親愛を誓った、《大賢者》と讃えられた魔法使いがいた。

それから幾星霜が過ぎ去り……彼の歴史は、彼の血を汲むとある魔法使いの許に残されたのみとなっていた。


【西の森に、我が全霊を以て‐――を封印す】


彼の血を汲む、国一番の魔法使いである少年の旅が今幕を開ける!

かつて、龍の娘と親愛を誓った魔法使いがいた。


彼の歴史は数えるほどしか現存しておらず、最後の一冊は現在、とある若い魔法使いの元にある。

大賢者と讃えられた男を祖に持つ少年は、憂鬱そうに古ぼけた羊皮紙のページをめくっていた。

長い睫毛に縁取られた目は二重で、顔立ちは春の女神を思わす程に美しい。

彼の名はリエト、この世界・エスキル一の魔法使いである。

リエトは不機嫌全開でソファに本を投げ付けた。

「ったく……なにが秘書なんだ。こんなのただの謎解きじゃないか」


【西の古森に――我が全霊の技に於いて――‐此処に―‐を封印す】


所々に消え薄れている文章は、そこで途切れていた。

「封印ってなんだ?…ちゃんとそこを書いとけばいいのに」

リエトは流麗な顔をしかめて、虚ろに拡がる白い天を見あげた。

リエトの部屋の窓からは街の中心部が見える。

活気溢れる広場。

そしてそれを囲む商店街の屋根。

雨降りなのにも関わらず、活気は衰えなく街を震わせていた。

「やれやれ、雨降りなのに陽気なもんだよ……なあ、リリア」

「キキュッ、キッ」

リエトは、窓辺で毛繕いをしている白鼠を抓みあげた。

「もう……機嫌が悪いからって、あたしに当たらないで頂戴」

白鼠は身軽くリエトの掌から飛び降りると、少女の形に姿を変える。

彼女はリエトに初めて造られた使い魔で、名前をリリアという。

普段は鼠だが、主の傍だけではこうして銀の髪に、青い瞳をした少女の形をとっているのだ。

「退屈も退屈…最近の世の中は楽しみが少ないんだよ」

「あら、リエトにしてはしおらしい。なら楽しみを作ればいいでしょ?」

亜麻色の髪を撫で付けて、リリアはげんなりと項垂れる主の肩に緑色のベルベットでできた肩掛けを着せてやった。

「ありがとうリリア…悪いけど少し出てくるよ」

「まあ…今お茶を淹れようと思いましたのに」

残念そうに指をくわえたリリアの髪にキスをして、リエトは静かな笑みをなげる。

「ごめんよ、リリア」

「い、いいえ」

さっとリリアの頬が紅潮した。


リエトは温室の扉を開けて螺旋階段を昇ると、屋根に立ち両手を広げた。

柔らかな雨が、リエトの亜麻色の髪を濡らしていく。

雨に濡れた横顔はどこか淋しげで、夕暮れの影を纏う彼の存在を際立たせていた。

リエトの手首から黒い羽毛が盛り上がると、それはあっという間に彼の両腕を翼に変える。

何度か羽ばたくうちに、彼は完全に大きな鴉になっていた。

「西の古森……確か海際だったな」

雨を裂く翼が音もなく旋回して、灯台の天辺を通り過ぎる。

秋も終わりの天候だ。雨で灰色の空からは、雨ではなく雪片が降り始めていた。

鴉はようやく古森の上空に到達すると、舒にその姿を変える。

「やはり…これは声か……」

リエトは吹き荒れる風の中に、微かな歌うような声を聞いた。

「だれ……だれ? とても懐かしい気配」

どこから聞こえるのかも解らない筈なのに、リエトは声に向かって確かな足取りで歩き始めた。

「これだ、この声だ…いつも夢現の中で俺を呼んでいたのは」

ひんやりとした空気が包む針葉樹の森を、リエトはさくさくと進んでいった。

歩くにつれて、次第に声が近くなる。


「ソウェル? ソウェルなの? いえ、違うわ…彼はもう…。そこにいる、貴方は誰?」

ソウェルという名に覚えはないが、リエトは相手を怖がらせないように抑え気味の声で問い掛けた。

「俺はリエトという、魔法使いだ。君は誰だい?」

「あたしに……名前はないの」

少し戸惑いをみせた後、少女と思しき声は悲しそうに小さく掠れた。

「どこにいるんだ?君を怖がらせることはしないよ……」


リエトは、声がする度に伝わってくる魔法の息吹に眉間をしかめた。

とても古く、強い魔法の息吹を感じたのだ。

それに、濃厚に染み付いたくらい悪意。

「あたしを、見つけて」

啜り泣きの混じった声が森を廻り、ざわめきを拡げた。

「必ず見つけてやるから、今は泣くんじゃない」

ざわめきは、耳を狂わすノイズ。

恐らくは、彼女の不安が作用しているんだろう。

リエトはまた歩き出す。

息吹を辿り、一番強い気配の元を探ろうとしているのだ。

「これは水か……」


堅固な悲しみの塊。

それに伴う凍てつく寒さ。


そして――『なにか』。


(巨大で、蒼い……?)


一瞬間だけ、脳裏にフラッシュして掴めた気配。

だがそれさえも微量で、おおよそ謎解きに役立つものではないようだった。

何なんだろう……。

強い魔力の息吹は感じられるのに、本体の気配が感じられないのは何故だろう。

「君は……ウィザードなのか?」

「……それに似てる」

間を置いて返ってきた返事が、どこか嬉しそうでリエトは片眉を跳ね上げる。

「誰に閉じ込められたんだ?」

問い掛けるが、少女は答えない。

どうやら、それは答えたくないようだ。

小雪を含んだ風が、さわさわとリエトの亜麻色の髪を撫で付けた。

「教えてくれないか、君はこの森のどこにいるんだい?」

「……じゃあ、謎を解いて」

「謎解き…か。いいよ」

「水の卵、最果てにて凍る。我、そこに眠る者なり」

「最果て……?」


ヒィィィ‐――――――…


これは風だろうか。

日没間近の森が、まるで幽鬼のすすり泣きのような薄気味悪い騒めきを拡げていく。

リエトの頬に、鋭い北風が体当たりして嗤った。

それはまるで、そんなものは不可能だと嘲笑うかのようだった。

「必ずそこから出す。とりあえずまた来るよ」

(これは太古の呪法だ……。それもひどく難解な)

凍みた頬を撫でてから、リエトは鳥になり森を飛び去っていった。


「果たして……貴方には見つけられる?」

今まで沢山の魔法使いがこの森を訪れたが、誰も自分を見つけるまでには至らなかったのだ。

「願わくば――…願わくばもう一度……」

もう一度、魔法使いと共に旅をしてみたい。

リエトが去った後の森で、少女は小さくつぶやいて再び眠りに落ちていった。


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