7:リック
林の中の開けたところに、隠されるようにしてその集落はあった。到着してみると、そこはひっそりとした小さな村だった。
「ほんとに、こんなところに人がいるの?」
「ああ」
カイルはいると言っているが、汐里には信じられなかった。
『カイルの小屋』とは段違いに、本当にほったて小屋というに相応しい小屋がいくつか密集している。中に一人か二人がやっと入り、横になれることが出来るくらいの広さに見える。
「長、お邪魔します」
村の一番奥の家に、カイルは頭を覗かせた。
その後ろに立っていた汐里には、暗くて室内のようすはよく見えなかったが、しわがれた老人の声が返ってきた。
「……カイル殿か」
「はい。馬を少し借りたいのです。リックはどこへ?」
尋ねると、中でなにやら動く気配がして、静かにカイルの前に馬の鞍が差し出された。
「おそらく、いつもの場所です」
「ありがとう」
鞍を受け取ると、カイルは礼を言って村を抜け、草原に足を踏み入れた。
「待って、どこに行くの?」
カイルを追って汐里がその後に続く。
「遺跡があるところに、いるのだと思う」
「えぇ? 遺跡? こんなのっぱらにぃ??」
ざくざくと草をかき分けて進むと、ぽっかりと開けた空間に出た。辺りには、背の高い名も知らない小さな黄色い草花が風にそよいでいる。その中央には、不自然に、けれど汐里にはよくなじみのあるものが、木製の祠にすっぽりと納まっていた。
「なんで、こんなところにテレビが……」
どうみてもそこにあるのはテレビだった。しかも、ダイヤル式のかなり古い型のものだ。
「て、れび? というのか、あれは」
カイルが感心したように尋ねてきたが、あらためて聞かれると困る。
「あたしには、テレビに見えるんだけど……」
近づいてみても、テレビ以外のものには見えない。コンセントなんてあるはずがないので、もちろん電源は入らないだろう。プラグは、テレビ本体の後ろのほうに丁寧に収納してあるのがちらりと見えた。
「やっぱり、これテレビだよ。映りはしないけどね」
「何に使うものなんだ?」
「使うっていうか、観るというか……。なんか、ドラ…」
ドラマ、と言ったところで、通じるはずはない。突っ込まれて聞かれても、説明するのが面倒だ。慌てて、言い直した。
「あー、お芝居とか。情報とか、人が動いているのを電気であれに送って映し出す装置、かな」
「すごい装置だったのだな」
分解しておくべきだった、とカイルは物騒なつぶやきをもらした。
「随分、古そーだね。いつのものなんだろ」
まだたった一日が過ぎただけだが、懐かしく思えて、汐里はそのテレビに手をのばした。
「触るな!」
急に、男の声が大きく響いて、汐里は伸ばしかけた手を驚いて引っ込めた。
カイルと共に背後を振り向くと、そこには黒髪の少年が馬を連れてこちらを睨んで立っていた。
「それは、オレのだ」
一重のきりりとした目をした少年だった。端正な顔立ちをしているので、汐里は何気なくその顔を見たが、ふと何か既視感を覚えて、彼の顔をよく見直した。
(この顔、どこかで見たことがあるような気がする。日本人っぽいから、かなー)
直接会ったわけではなく、何かを通して見たことがあるような気がした。写真だろうか。
(雑誌? テレビ? なんだったっけ……)
首をひねって考えるが、さっぱり思い出せない。
短く切った髪は黒くてサラサラと爽やかで、一重だが印象的で大きな目にアイドルのような顔立ち、細身の体に日本人男性の平均身長ぐらいの背丈だ。
観察してみても、そのシルエットに見覚えはないし、声も聞いたことがない。
誰だっただろう。
腕を組んで立ち一人でうなるものの、やはり、見たことがあるのは顔だけに思えた。
記憶の糸を必死に手繰り寄せる汐里をよそに、カイル面識があるらしく、その少年に気さくに話しかけた。
「元気にしていたか。困ったことはなかったか、リック」
「あんたには関係ないだろ。馬を取りに来ただけなら、とっとと帰ってくれよな」
取りつく島もなく言うと、馬の手綱をカイルに押し付け、リックとよばれた彼は踵を返した。
(いやいやいや。リックとか呼ばれてるし、日本人ってことはないか)
だが、汐里の記憶にふと引っかかるものがあった。
「あー! 分かった。あんた、なんとか陸サンだ!」
思わず、本人の背中を指差して叫んだ。その名前を呼ばれた陸は、びくりと肩を強張らせてその場に固まった。
「行方不明になったって、毎日ニュースで大騒ぎだったもん。あたし、覚えてる」
汐里の地元の学生の間では、元々、ちょっとした有名人だった。
「N校に通ってるお姉さんのいた友達が、お姉さんと同じ学年にすんごいカッコいい人がいるって話してたんだ。その周辺の高校でもかなり有名だったって。剣道も強くて、県大会とかにも、中学の頃から何度も出てたから、ファンが多いって」
友人に耳にタコができるほどその話を聞かされたから、間違いない。
「でも、その年の三月に行方不明になって、N高の様子も何度もテレビで流れたし、インタビューもいろんな人が……」
一年と四ヶ月ほど前の話だ。
汐里は現在高校一年生、夏休み前の7月。
だが、その陸が行方不明になったと騒いでいたのは、中学二年生の冬、三月頃だったように思う。
「神かくしとかってマスコミが書き立てたりしてて、嘘くさいと思ってたけど」
まさかこんなところで会うとは思わなかった。
「実は、陸サン死んでて、あたしも死んでて、ここが死後の世界とかゆーオチじゃないよねえ? これ」
カイルが実は天使とかだったりしたら、本気で笑えない。
「なんで、ここに? 行方不明になってかからはずっとここにいたの?」
後から来た汐里としては、気になるところだった。
「お前、オレのこと知ってるのか」
陸の声音が、急にワントーン低くなった。目が合うと、陸は汐里を射殺すかと思う目線で睨んできた。 その目線を負けずに正面から受け止め、汐里はさらりと言った。
「地元。K原町。N高校、近いでしょ。だから、思い出しただけ」
無言の睨み合いは、数秒続き、やがて陸が背を向けた。
「もう、二度と来るなよ」
汐里とカイルを残し、その草むらのさらに奥へと去って行った.




