30:花
あははと力なく笑ってカイルを見ると、カイルは真剣な表情で聞いてくれていた。
「そんなことはない。シオリは良い人間だ」
「いい人間て……」
カイルの口からそう言われると、まるで人類代表で褒められたかのように聞こえて、違和感がてんこもりだ。
汐里の微妙な顔をみて、カイルはちょっと首をひねった。
「では、良い子、か? 幼子を褒めるようだが」
「いいこ、でお願いします。ぜひ」
「そうか。シオリは良い子だ。薄情でもないし、優しく、活発だし素直で──」
次から次へと出てくる褒め言葉に、顔から火が出そうになる。
「ちょ、ちょっと待った! もういいよ! わかったからっ」
たまらず待ったをかけたが、カイルは汐里が何をそんなに慌てているのかわかっていないのか一瞬、不思議そうにしたが、やがて深く頷いた。
「とにかく、良い子だ。友達に対して、こちらから連絡する手段がないのだから、仕方がない。もし、謝ることができるのならきちんと謝罪すればいい」
きっぱりと言って、汐里をみる瞳には確信が見て取れる。けれど
「違うの。自分のことばっかり考えて、リカのことなんて心配さえしなかった。 あの子は元の場所に残っていたなら、いなくなったあたしを絶対に心配したはず。
なのに……」
連絡をとろうとさえ考えなかった。
「帰るつもりもないの。あそこは、嫌なところだから。でも、連絡する方法がほしい。リカにだけはちゃんと無事でいるよって伝えたい。それから、心配かけてごめんって謝りたいよ」
「そうか」
汐里の頭に、ふわりとカイルの手のひらが触れた。想像していたような冷たさではなく、温かくて重さのあるごつごつとした手が、意外に優しく頭を撫ぜた。
「帰りたくない、か」
優しい手とは裏腹に、淡々とカイルがつぶやいた。
頭上にのっかったままの手の体温が心地よく、ずっとそのままカイルに触れられていたら幸せだろうな。
なぜか、そんな考えが汐里の頭をふとよぎった。
「大丈夫か? 帰りたくないというのは、本心からなのか。
以前、ここに来た様々な来人達と話した。その時、彼らは皆、口を揃えて帰りたいと言っていた。あの、リックも」
汐里のふいをつく形で、カイルと視線がぶつかった。
その、何もかもお見通しのまっすぐな目に見つめられると、悪いことなどしていないのになぜか挙動不審に陥ってしまう。
「……そう、だね。ふつーはそうだよね」
唐突に、カイルに見られているのに耐えられなくなって視線を外し、そっぽを向いた。
急に動いたため、カイルの手も離れてしまった。
(残念。もっと、頭を撫でていてほしかったな)
そんなことを考えてしまい、変な気持ちになった。
そもそも、母に触れられた記憶は覚えている限り全くない。
思えば、頭を撫でてくれたのは祖母くらいで、他人となると初めてだった気がする。
リカやバーバラなど、女子とふざけて触ってきゃっきゃと騒ぐのとはまた違った感覚だった。
頭に触れられただけなのに胸の奥が熱くなるような、不思議な感覚だ。
「シオリ? 泣いているのか」
いたわる様に静かな声が、背中で聞こえた。
顔を背けて黙り込んだので、泣いているのかもしれないと心配したのだろう。
「大丈夫、泣いてないよ」
「そうか。それならいいが。……ああ、丁度いいものがある」
カイルは、なにか思いついて立ち上がると、東屋を出て明かりを灯す花の木の下へ行き、三つほど摘んだその花を手に戻ってきた。
「これを」
差し出されたそれに戸惑って見上げると、カイルは微笑んで汐里の手のひらを包み込むように優しく手に取って、そっと花を載せた。
「幸せの花と呼ばれている。良い眠りに誘ってくれる花とも言い伝えられている。
枕元において眠れば、夢見が良いそうだ。気休めかもしれないが」
「……ありがと」
花弁はふわふわと綿毛のようで、白から薄桃色へのグラデーションが綺麗だった。
そのやわらかく光を放つ花は幻想的で、ふと自分が夢をみているような気分に陥った。
さわりと風がそよいで、夏の青い草の香りがつんと匂った。
手元の花に視線を落とすと、変わらずきれいな薄桃色だった。
ふわふわの花弁が少しくすぐったい。
そのあと、カイルに部屋まで送ってもらい、再び自分のベッドに入ると、枕元に置いた花のおかげか、それともひとしきり話を聞いてもらって落ち着いたからなのか、汐里はすぐに眠りにおちた。
翌朝、目覚めたときにはよく覚えていなかったものの、なんだかいい夢を見た気がした。




