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らいじん  作者: タカバノ
2章 災いがやってきた
12/33

11:混乱は神殿からやってくる②

 汐里は、与えられた寝室のベッドの上でもう何度目かの寝返りをうった。さんざん眠った後だからなのか、それとも周囲のピリピリとした空気に影響されたからなのかは分からないが、目が冴えてしまって寝付けない。


 仰向けの体勢から、また寝返りをうち、体を横にしてみると、ちょうど窓が視界に入った。 今夜はどうやら新月らしい。辺りは闇が支配し、部屋には手探りしなければつまずきそうなほど暗い。新月だから当然、外からの僅かな月明かりさえもない。

 暗いから怖い、という感覚がふっと降りてくる。電気もないし、ランプがひとつあるものの、火を入れたまま寝てしまうのも火事になりそうで怖い。

(暗くて怖くて眠れないなんて、小学生かあたしは。ありえない!)

 自分自身に突っ込みをいれてみるものの、怖いものは怖い。再び、汐里は天井を見るように仰向けになった。

「あー。眠れないっ」

 おいしいハーブティも頂いたのに、全く眠りに落ちる気配もない。意識がずっと、はっきりくっきりしたままだ。眠らなくては、と焦るので余計に眠れなくなる。悪循環だ。

(眠りたいのに、ちっとも眠たくないなー)


 バーバラの底のしれない暗い表情を見た後だからだろうか? まだ、胸の奥がざわめいているようだった。まだたった二日だが、汐里にとってバーバラは始めて出会った時から無邪気で明るく、そして優しい綺麗なお姉さんだった。

 それが、神殿の使者と対峙してから後はまるで別人のように、怒りで葡萄色の瞳が赤黒く違う色に映った。基が美人なだけに静かな怒りに燃えたその顔も、ひどく恐ろしい表情に見えてしまった。

(バーバラさんが魔女かぁ)

 

 魔女からの連想で思い浮かんだ黒装束は、あまりバーバラには似合わない気がした。

 彼女はもっと派手な色でスタイルが際立つ服が似合いそうだ。それに、魔女っぽいイメージもまるでない。

 詳しいことを聞ける雰囲気ではなかったので、バーバラやカイルのこともまだ知らないことが多い。

 この世界のその『神殿』とやらがどういったものかも知らない。

 ただ、今日は神殿のことを突っ込んで聞かれるのを拒否されたのは分かった。

(もっと、仲良くなったら、いつか聞けるのかな。カイルも神殿とは切っても切れない関係だって言っていたし)

 

 バーバラは魔法が使えるがために何か迫害を受けて憎んでいるとしても、元々そこに居たカイルが、今はそこの騎士ではなく森の管理人になっているというのか分からない。

(しかも森小屋に住んでるなんて、魔法学校が舞台のファンタジーだと、さしずめ巨人のように大きくて髭モジャな、動物、怪獣大好きなあのキャラクターだよね)

 友達のリカに、一緒に観にいこうと誘われて、何度か映画館で観た有名ファンタジーのキャラクターを思い出した。もじゃもじゃの口髭を伸ばし、髪も長く、今の二倍ほど背丈の大きくなったカイルが、大蜘蛛やドラゴンなどを可愛がっているような妄想するとちょっと笑えてくる。

(に、似合わなさすぎ!)


 自分の妄想の産物を、頭を振って追い払う。第一、神殿の騎士だったというカイルは、ひどくストイックな感じがするので僧服などが似合いそうだ。袈裟姿のカイルを考えると意外にも似合いそうなので、それはそれで笑えてきてしまう。

「あはは、自分の想像力が怖いわ。袈裟が似合う」

 ごろごろベッドで転がりながら、汐里は笑いを堪えた。深夜だからか、自分自身の勝手な妄想でも笑えてきてしまう。

 笑いの発作が落ち着いてきた頃に、はっと我に返る。

(違う。こんなこと考えたいわけじゃないや。あたしはただ、眠りたいだけなのにっ)


 住人が寝静まって物音ひとつしないから、真っ暗な中、たった一人でそこに居るような気分になってくる。世界にたった一人になったような、そんな気分に。

 家の中は本当に静かだった。人の気配さえないように思えるほどに。目を閉じて横になると、自分の呼吸する音しか聞こえない。


 それに反して、外は少し賑やかだ。虫や何かの動物の鳴き声がずっと響いている。ここは、本当に静かな場所なのだと実感する。

 汐里の世界とは大違いだった。いつもなら眠ろうとして自室で横になっても、外にも家の中にも音が溢れ、車や電車の走る音、テレビやパソコンのモニターの動作音に、ミュージックプレーヤーから流れる音楽。様々な機械が動く音で賑やかだった。そして、携帯も電灯もあって、煌々と光も満ちていた。


 こんなに静かなのは、昔、祖母が生きていた頃に田舎で寝たとき以来かもしれない。山の麓にある祖母の家は、夜には虫や蛙の大合唱だった。

(もしかしたら、ここより蛙とかの鳴き声が賑やかだったかも……) 


 汐里は、そこまでほんの一寸前と比べて、虫の音が小さくなったと感じた。暗い部屋でうずくまっていると神経が敏感になっているのか、虫の音が小さくなったわけではなくて犬らしき獣の鳴き声がどんどん激しくなっているのだとすぐに気がついた。

「やっぱり気のせいじゃない」

 次第に外から聞こえる犬の鳴き声が大きくなっている。それに、外がほんのり赤いようにも見えた。


「もう朝?」

 不信に思って、窓辺にじっと目を凝らす。窓の上の方が赤く明るくカーテンの向こうがほんのり染まっている。何かが変だと気がつき、汐里は半身を起こした。ランプを手元に引き寄せ、手探りで明かりを灯す。カーテンを開き外を見ると、東の方角の空が赤く不吉な色にゆらゆらと光っている。遠くの空に煙が立ち上っているのが見えた。

 これは朝焼けではない。火事だ。それがやっと脳みそに浸透して、汐里は空が赤い理由を理解した。

「うそ!」


 にわかに屋敷の中が騒がしくなっていた。ばたばたと足音が聞こえている。慌てて羽織るものを掴み、汐里が部屋を飛び出ると、廊下を走るバーバラにぶつかった。

「バーバラさん!」

「丁度シオリちゃんの部屋に行こうと思っていたの。私達、これから外へ出かけるわ」

 髪の毛を後ろで束ね、手袋をはめ、ズボンにブーツのバーバラは見るからに勇ましい。

「火を消しに行くの? ライジンの森の方が燃えてる!」

「ええ。燃え広がってはまずいわ。人手がいるし、あの使者とやらも引きずっていくつもりよ」

 すっかり身支度を整えているバーバラは、汐里の両手を握って言った。

「カイルが、アイザックさんと先に出て行ったわ。帰りが遅くなるかもしれないけれど、汐里ちゃんはここで待っていてくれるかしら。ここにはアイザックさんの家族もいるから、身の回りは心配いらないし」

 待っている、と言えばいい。どこかで確かにそう思ったが、火事だと知って余計に眠りに落ちる気がしなかった汐里は、手伝わなくてはとも思ってしまった。


 急に火事が身近に感じられて怖くもあったが、火を消せなければ見渡す限り木のこの場所がどうなるのかを待つのはもっと怖い。

「あたしも行きます。何か手伝わせて!」

 火が広がったら、一面が火の海になるだろう。人手があるに越したことはない。自分に出来ることがあるなら何かしたかった。

「いいわ。服は私のものを出すから、すぐに着替えて」

 バーバラはテキパキと動き、すぐに汐里の服を用意すると、文字通り神殿の使者二人を両手に引きずって戻ってきた。


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