#3
ノースダコタの乾いた風が道路脇の草を揺らし、赤く染まり始めた空をゆっくり流れていく。夕暮れの荒野を、二人の影が細長く伸びていた。
2人の女子高生が舗装のひび割れた一本道を一列になって歩いていた。
前を歩くロングの青い髪に細いフレームのメガネをかけているキャシー。
その数歩後ろを、石ころを蹴りながら歩いているミディアムウルフの髪型でタンクトップを着ている彼女はキッド。
どこにでもいる学生のようにも見える。しかし、彼女らもリリーとおなじ裏社会の暗殺者だったのだ。
「そういえばさ」
キッドが唐突に口を開く。
「今度、ドライブ行かない?」
先頭にいるキャシーは少しだけ振り返り、話す。
「ドライブ?」
「リリーに車借りてさ、ミシガンのビーチまで行こうよ」
「やだよ」
キャシーは即答で答える。
「すごい遠いし、しかもあそこただの湖だし」
キッドは最近見たドラマを感化されて行きたくなったのだろう。
「はぁ〜」
キッドは不満そうに眉を寄せる。
「私が運転するよ?」
その言葉に、キャシーは後ろ向きに歩き出し、そのまま話し出す。
「……キッドが?」
腕を組み、疑わしそうに目を細める。
「大丈夫なの?」
「大丈夫って、どういうことよ?」
キッドはむっとした顔になる。
キャシーはため息混じりに言った。
「性格的に危なっかしいんだよ。荒っぽいし、ガサツだし」
「そんなことないってば!」
キッドは早足で前へ出ると、抗議するようにキャシーの横へ並んだ。
「この前だって配達のバイトで事故ってなかった?」
「事故?ガードレールに少しぶつけただけだけどね」
「ぶつけただけ?」
「そんくらい、みんな運転してれば1回は経験するもんでしょ?」
「ほんと、何を学んでたんだか…」
「いちいち、細かいねぇ、キャシーさんは」
日に照らされた一本道に、二人の言い合う声が響く。
夕陽に染まった一軒家が、荒野の中に静かに佇んでいる。
学校から帰ってきたキャシーとキッドは玄関の前までやって来た。
キッドは立ち止まると、慌てたようにカバンの中を探り始める。
「……あれ?」
教科書をどかし、ノートを引っ張り出し、ポケットまで確認する。
「鍵もってる?」
キャシーは呆れたようにため息をついた。
「常にカバンに入れときなさいよ」
「入れてたはずなんだけどね」
「毎回そう言ってるじゃんか」
キャシーは自分のカバンから鍵を取り出し、キッドへ差し出した。
「はい」
「どうも」
「毎回毎回、私がいなくなったらどうするのよ!」
「さぁ、考えたことないから分からん」
キッドは全く悪びれる様子がなく、キャシーは思わずため息をついた。
玄関を開けると、家の中は妙に静かだった。
いつもなら聞こえてくるはずの騒がしい物音も、紅茶や菓子の甘い香りもしない。
「……あれ?」
キッドは首を傾げる。
「リリー?」
返事は全くしない。
「おーい!」
担いでいたリュックを放り投げ、キッドは家の奥へ向かって歩き出した。
「リリー! あいつ買い物?いや、にしては車あるしな」
リビング、キッチン、廊下、あちこちを見て回るが、どこにもいない。
その頃、キャシーは洗面台で手を洗い終え、タオルで水気を拭き取っていた。そして、リビングへ向かうと、ある違和感に気づいた。
「……キッド」
「ん?」
「ここにあったテーブルは?」
キャシーは手を拭きながら、リビングの中央を指差し、キッドもその方向を見る。
「あっ、ほんとだ。」
そこには不自然な空間があった。
長年そこに置かれていたはずのテーブルが消えている。
いや、正確には、“片付けられた”という感じではない。
何かがあった痕跡だけが残されていた。
キャシーの表情がだんだん曇る。
「……何か不穏だな」
キャシーは小さな声で囁く。
だが、キッドも同じ違和感を覚え始めていた。
家の中があまりにも静かすぎる。
まるで誰かがここで――
「キャシー!」
キッドの声が響く。
キャシーが振り向くと、キッドはキッチン近くの柱を指差していた。
「これ、」
キャシーは近づく。
柱の表面には、小さな欠け跡が残っていた。
木材が抉れ、周囲に細かなひびが走っている。
これはただの傷ではない。
キャシーは無言で指先を伸ばし、その跡をなぞり、目を細める。
銃弾の跡、それも比較的新しい。
キャシーの胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。
「……そういえば」
彼女は低く呟いた。
「前にリリーが――」
キャシーの指が銃痕をなぞる。
ざらついた傷跡の感触とともに、ある日の会話が脳裏によみがえった。




