#1
初投稿です
よろしくお願い致します!
荒野はどこまでも乾いていた。
アメリカ・ノースダコタ州。見渡す限り続く土色の大地の中に、ぽつんと一軒だけ、場違いなほど静かな家が建っている。
その沈黙を破るように、一台の車が砂埃を巻き上げながらゆっくりと停まった。
エンジンが止まり、あたりは再び静寂に包まれる。
だが、その静けさは、どこか“張り詰めたもの”に変わっていた。
家の中では、ヴェイル・リリーが鼻歌を口ずさみながら湯を沸かしていた。
彼女は2人組の殺し屋と共に組織から抜け出し、この片田舎で血や暴力から解放され、穏やかに生活していた。
小さなキッチンに、紅茶の香りがやわらかく広がっていき、リリーの白くて長い髪が日に照らされて輝いている。
「……うん、次からはスーパーのは止めよう」
カップに茶葉を落とし、湯を注いで1口飲む。その動作はゆったりとしていて、かつて“幹部”と呼ばれていた人物のものとは思えないほど穏やかだった。
ここにはもう、仕事も命令もない。
ただ、静かな生活があるだけだ。
玄関の外で、インターホンが鳴った。
リリーの手が止まる。
「鍵忘れたの?」
リリーは一緒に逃げてきた''彼女ら,,ふたりが鍵を忘れたのだと思い、小さく息をつきながら、彼女は玄関へと向かい、疑いもなく扉を開く。
「――やぁ」
そこに立っていたのは、リリーの殺し屋時代の元同僚、名前はスカーと呼ばれている。青白い目と整った顔と裏腹に顔の左上辺りと左手全体の火傷の跡が目立つ。
リリーは何も言わず、ただ彼の鋭くて青白い目を見つめる。驚きとも警戒ともつかない沈黙が続く。
スカーは気にした様子もなく、肩を軽く回しながら笑う。
「ちょっと長旅でさ〜、疲れてんだよね。少し家で休ませてくれない?」
軽い調子で話すが、その奥にあるものを、リリーは知っている。
沈黙が、数秒続いたが、やがてリリーは何も言わないまま、身体をわずかに横へずらした。
スカーはその隙間を当然のように通り抜ける。
玄関の扉が、静かに閉まった。
その音は、まるで“日常の終わり”を告げる合図のように、やけに大きく響いた。
靴音が床に沈む。
スカーは部屋の中央で立ち止まり、ゆっくりと視線を巡らせた。
簡素だが整えられた家具、柔らかな色合いのカーテン、生活の温度が残る空間。
「ふ〜ん……随分と、家庭的な家だな」
その声音には、感心とも皮肉ともつかない響きが混じっている。
「そんなにジロジロ見ないで」
リリーは低い声で話す。
「おっと、デリカシー無かったね。ごめんごめん」
軽く両手を上げる仕草だけ見せて、スカーはキッチン近くの椅子に腰を下ろした。
まるでここが自分の家であるかのような自然さだった。
わずかな沈黙が流れる。
その間にも、紅茶の香りが空気に溶けていく。
「……何しに来たの?」
リリーが背を向けたまま問う。
「何って……それ、紅茶」
スカーはリリーの質問そっちのけで顎でティーポットを指す。
リリーは何も言わず、小さく頷いた。
「喉乾いててさ。1杯ちょうだい」
スカーは図々しく尋ねる。
リリーはカップを取り、黙って紅茶を注ぐ。
手つきは落ち着いている。だが、その静けさの奥に、確かな緊張が潜んでいた。
「あっ、砂糖は入れて――」
「わかってる!」
リリーはやや乱暴に角砂糖を3個放り込む。
スプーンがカップの中で小さく鳴る。
その音だけが、やけに響く。
リリーはカップを持ち上げ、そのまま無言でスカーの前に置く。
スカーはそれを当然のように受け取り、一口含んだ。
「……まぁ、悪くないね」
満足げに息をつく。
そして、視線だけをリリーへと向けた。
「それで、何をしに来たかだって?」
カップを揺らしながら、わざとらしく首を傾げる。
「そんなの――聞かなくても知ってるでしょ?」
その瞬間。
リリーの手が、ゆっくりと動く。
ズボンのポケットにこっそり突っ込んだハンドガンを握る。
銃口は、まっすぐスカーの額へと向けられる。
紅茶の湯気が、ふたりの間でゆらりと揺れた。
銃口は微動だにしない。
リリーの指は引き金にかかったまま、冷えた視線だけをスカーへ向けていた。
スカーは慌てる素振りを見せて、紅茶のカップを机に戻す。
「ちょっと待って。今日はリリーに話があって来たんだよ」
「……なにを?」
リリーは銃を下ろさない。
スカーは椅子に深く座り直し、まるで世間話でもするような落ち着いた口調で言った。
「僕らのとこに戻って来るんだよ」
その瞬間、リリーの表情がわずかに固まる。
「はっ?」
驚きというより、“呆れ”に近い声だった。
スカーは続ける。
「ボスが今、戻ってきたら許してくれるって。まぁ、実際は君の殺し屋としての才能は一流だから、手放したくないんだろうけど――」
「お断りよ」
食い気味だった。
「あんなとこに戻るくらいなら、死んだ方がマシだわ」
リリーの顔には、嫌悪がはっきり浮かんでいた。
殺し屋の頃の記憶がフラッシュバックする。
血の臭いのするスーツ、鳴り響く銃弾、相手の断末魔…
スカーはしばらく黙っていた。
そしてふっと笑みを消す。
「……本当にいいのか?」
スカーの顔には先ほどまでの軽薄さは消えていた。
「なんなら、僕がボスに言ってあげてもいい。リリーが嫌な仕事はやらせないよう、説得くらいはするけど……」
スカーは自分なりに譲歩して話しているが、リリーは首を横に振る。
「だから、言ったでしょ!戻らないって」
迷いはない。
その返答を聞いたスカーは、小さく息を吐いて、リリーの青い瞳をみつめる。
「……その目は、本気みたいだね」
彼はゆっくりと立ち上がる。
椅子が床を擦り、静かな音を立てた。
「じゃあ、仕方ないか」
その一言と同時に、部屋の空気が変わる。
まるで、今まで“押さえつけられていた何か”が解放されたようにスカーの目がまるでだんだん黒ずんでいく。そして、その言葉が終わるより早く、スカーの手が内ポケットへ滑り込む。




