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「……結局は貴女の言う通りになりましたわね」


 公爵令嬢は、悲しげに眉を顰めていった。

 自分と同年齢の18才になる目の前の少女……この国の結婚適齢期を考えれば、最早少女とは呼べないかも知れない。


 人妻になる年齢としては、市井であれ貴族であれ早過ぎはしないのだ。


「……当然だと思います。正直に言えば、容姿に自信はありますけれども、一国の王太子を誑かせるほどだとは思えませんし、そこまでの知性も品性も無いです。だから私の予想では殿下が飽きるのは遅くても2年足らず、まあ予想したよりも早かったですね」


 とは言うが、公爵令嬢は、目の前の少女を十分魅力的だと思えた。


 中肉中背ながら鍛え上げたスラリとした体躯に、小豆色の長い髪を三つ編みにして纏めている。


 凹凸は少なめだが、十分魅力的な少女だ。

 容姿だけではなくて、実際に有能でもある。女性のみならず、若手の騎士候補生の中では3本の指に入る……いいや剣・槍に関しては随一と言い切っても良い武術の腕を誇る、最精鋭候補だった。騎士団全体でも五指に数える武技の持ち主ではあろう。


 ただ座学はやや優等生寄りの普通でしかない。

 腕利き騎士という意味では現時点でも飛び抜けて有能でも、武勇を誇っているだけである。

 騎士団長やら参謀やらには、遠く届かないだろう。

 大戦争が起こり武勲を立てでもしない限りは。

 粗野でもないし下品でもない……だがあくまで騎士としてであり、一国の王妃どころか、貴族夫人の責を担えるとは思えない。


 いや分不相応な事を望んだ事なぞない。王太子に告白され、否応なしに受け入れさせられただけである。



「ごめんなさいね。結局、私(わたくし)たちは、ツケを貴女に背負わせてしまったわ。殿下も優秀な方だったはずなのに」


 本当に王太子は優秀な青年だった……はずである。

 だが優秀な反面、気性が激しく自らの激情を制御出来ない面が、確かにあった。


「……息抜きが欲しかった、だから宮廷の女性とは毛色が違う存在に目を付けた……そんなところでしょう。私は士官学校生ではありますが、騎士爵家の出です。騎士の位を得られなければ、有り体に言って準貴族とすら言えない、限りなく庶民に近い家の出身ですし」


 一応この王国では、騎士爵は一代限りである。だが騎士の家系もあるように、士爵位を継ぐというか、騎士に任命されて家門を継ぐ事が認められている。


 たが士官学校と言いつつ、貴族たちが通う上級士官学校と、騎士爵の子息たちや平民出の子共が通う士官学校は分かれている


 目の前の騎士爵家の少女は、素行に問題が無く武術の成績が優秀なために、特殊な任務で出向した事があるに過ぎない。


 とはいえ、王太子に目通りが叶う立場でもなかったはずだ。


 そこは公爵令嬢の気紛れが発端であった。我が儘と言うほどの事もない。

 王太子の通う、王立の士官学校に顔を出すために案内兼護衛という話になった。


 無論公爵令嬢にも護衛はいた。


 しかし士官学校で護衛を連れ回す令嬢というのもどうか、と言う声が出たために、女性騎士見習いとしては成績優秀な少女が引っ張り出されたのだ。


 上級士官学校にも女性騎士候補生はいたが、公爵令嬢と身分が近いと、それはそれで面倒なのだ。


 派閥とか門派とか色々。


 偶々身分が適当な武術が得意な下級貴族の騎士見習いな少女もいなかった。そこで目の前の少女が引っ張り出された。


 無論すぐ側に控えさせないだけで、護衛も警備員も相応に配置されている。


 だが王国屈指の大貴族の娘に、一応は気を使ったのだ。

 今、公爵令嬢の側に控えている侍女すら子爵家の令嬢(と言う体裁をとった)である。高貴な身分の令嬢は、自他共に相応に気を使わなければならない。


 だが、相応な女性騎士見習いがいないために、下位の学校の女生徒を引っ張り出してきたのだ。





「……でもまさか殿下が」


 溜息を吐く公爵令嬢を苦笑して眺める少女。

 侍女も微妙な顔で控えている。



「……殿下が私を望まれたときに思いました。「なんて童貞くさい」って」


 歯に衣着せぬと言うよりも、煩わしく思っているように見える少女。ほぼ愚痴である。


 公爵令嬢も侍女も眉を顰めるフリはするが、口元には苦笑を湛えていて、特に咎め立てはしない。


「……私の立場では、殿下を突っぱねる事は出来ませんでした。だけれど、殿下が私を見初めたのは、容姿以上に「庶民」だからでしょうしね」


 自分の婚約者たる公爵令嬢の側に居る、見慣れぬ女騎士見習い。それなり(●●●●)に美形だったから興味を持った。


 公爵令嬢にして王太子の婚約者の護衛には就いた。

 

 幾度かそうした護衛を言いつけられて、気に入られたのか、奉仕や寄付活動の際の気心の知れた護衛(と言うよりは付き人)として呼び出される事も多くなっていった。


 もとより貴族と言うよりも、準貴族の一族に過ぎない。住まう家も騎士爵が集う区画の屋敷に過ぎない――そうした意味でのオブザーバーじみた立場といえば言い過ぎだが、そう間違っている訳でも無い。


 士爵で領地がある者も少なく、殆どの騎士爵家では、子共は近所の家塾で幼年期から学校までの期間を過ごす。


 騎士に限らず、士たる職に就ければ家も財産も安堵される。だがやはり身分による制限もあって、騎士爵の家の者が入れる士官学校は、中級までの指揮官養成学校が実情である。


 士官は士官でも、精々が小隊長くらい……出世して中隊長までである。


 叩き上げで上の位に就く者もいるが、それは優秀な一握りに過ぎない。


 貴族の子弟が入る士官学校は、それよりも上の軍事関係の学校だ。


「剣術や槍術が得意なだけの小娘ですし、何処かの貴族の寄子ですらもない代々平(ひら)の近衛騎士の家柄。近衛な分、他の士爵に比べて、それなりに安定はしていますが貴族様と……ましてや王族、さらには王太子様と婚姻を結べるような生まれではないのです――いいえ愛妾にすら足らない。お手つきの愛人が良い処でしょう」


 心底疲れた顔の少女。

 比較的身分に寛容なこの国だが、やはり階段を何段も飛び越えての結婚となれば不都合も多い。

 一夫一妻制ではないから、側に居る事自体は不可能でもない。だが正規の妻女か、それに準ずる立場を得ようとすれば、一挙手一投足が注目される。


 いやそうしたものを撥ね除けて、王に召されて賢妃と称えられた庶民出な女性もいなくはない……歴史上の偉人とかまで数えれば。



「……殿下が、ある程度の誠意を持っての事だとは思います。ですが正直に言えば迷惑(●●)です。学生時代の気紛れならば、まだ誤魔化しようがありました……ですが、ね」


 公爵令嬢は痛ましげに、見習い騎士を見る。

 おそらくこの少女に未来はない。


 今は良い、まだ王太子が目を掛けてた余波があるから。

 だが、王太子と縁が完全に切れても、王宮で大仰に愛だ恋だと触れ回ったのだ。


 軍にも近衛にも居場所はない。

 長女で、後を継ぐつもりであったが、婿の成り手なぞいるかどうか。


 所詮は準貴族たる騎士爵家、財産と呼べる物が少ししか無いのだ。

 大概は同格や少し上の男爵子爵の次男三男の婿を取るようだが、王太子に放りだされた女子とあっては、下手に睨まれては敵わないと敬遠されるだろう。


 剣や槍は優秀なれども、それ以上ではないから立ち位置が微妙である。この国に居続けるつもりならば、修道院にでも行かなければならないだろう。



「……まさかあそこまで純粋(・・)を振り回す人だったとは。少し手を付けた公然の秘密な愛人と言うか情婦として、学生時代の遊びとしてくれたならば、騎士になれたかはともかく、嫁ぎ先か婿入りを望む人くらいはいたでしょう……今となっては子供が生まれたら、王家の血を疑われるだけが特徴の娘なんて、嫁ぎ先なんてあるはずもないです」


 あるなら高齢の高位貴族の後添いだろう。

 それとても、この状況下では微妙だ。


 少女は妊娠していない……あと二年はしない、いや出来ないだろう。

 

「慧眼と言うべきですわね」


 侍女は無言だが、公爵令嬢は嬉しげに少女を褒め称える。


「……確かに貴女は……2年もすれば飽きると仰っていましたが……あれだけ大騒ぎして、それすら持たないなんて」


 公爵令嬢は嘆かわしいとばかりに嘆息する。

 念には念を入れてと倍になったが。まさかその半分とは。


「……殿下が私を見初めた理由が理由でしたから。「笑顔が~」「子供達に向ける顔が~」「誰にでも誠実で~」「気取った貴族の女性とは~」ですから」


 自分にないモノを欲する……それはそれで恋の始まりの理由にはなる。

 

 ですが、と少女は続ける。

 

「……とりあえず愛人の一人として囲い、将来は愛妾とするのなら良かったのです。飽きたら臣下に下賜する、と言う名目で、適当な嫁入り先を得る事も出来たでしょう」


 宿世の恋だとか、運命がどうとか己が目で選んだ理想の恋人とか声高に叫ばれた……叫ばれてしまったのだ。



「……もう一度言いますが、私は自分の容姿に、それなりに自信があります。ですがそれなりな自信は、それなりでしかない事も弁えております。一国の王太子の寵を一身に集める美貌とか言われれば、そんな訳がないのは……むしろ当たり前です」


 無論不細工でもないし、ある意味で国1番の美少女と謳われた公爵令嬢に匹敵する美少女だろう。

 だがほっそりと引き締まった体躯の凹凸の少ない美貌は、女騎士として映えても、王妃としてはどうか?


 女性らしい曲線に乏しい妖精じみた美は、女性として立たなければならない王妃に相応しい美貌とは言えぬ。


「さらには、です。別に自分が愚かなぞと自虐する気はないのですが、一国を代表する女性に相応しい賢さがあるかと問われれば、「ない」と、いいえ。「全くない」と言うのが正しいでしょう」


 王妃とは政治家な面もある。

 内政のみならず、外交もせねばならず、社交界も牽引しなければならない。


 福祉も一定以上の関与をし……その何れも、いいやどれか一つだけでも騎士爵家の娘なだけの準貴族(見習い)の手に負える事ではない。



「……恋に恋するって、女性の方が多いと思っていましたが、まさか男性、それも至尊の地位の後継者が……」


 何でもそつなく熟す、王太子として過不足のない青年だった。


「……でもそんなに熱烈に愛されて、よく冷静でいられたものです。絶世と言っても良い美青年に……しかも王太子に、生涯の愛を誓われる……よくもまあ逆上せ上がらなかったものです」


 そう公爵令嬢の侍女は問いかける。

 思えばだ。この騎士見習いの少女は、最初から何処か冷めていた。


 肘鉄を食らわせる、はそうそう出来ない。

 男爵子爵辺りの子息でも無理に近いが、王家の嫡男に言い寄られたら、受け入れる選択肢以外を取り辛いのは確かだ。


 王太子の取り巻き、延いては彼等の親族や王宮は、だからこそ大事にしなかったという面もある。


 この少女は分を弁えていた。

 王宮のやんごとなき方々が、見目良くて身分の低い女官等に手を付けたに等しい。趣味が良いかはともかく、王太子が弁えて(●●●)さえいれば、双方共に咎め立てられる事もない。



 だが王太子は公の場で声高に叫び、正妃にすると仰られた。


 だが流石は国王や上級貴族達は、その言葉を額面通りには受け取らなかった。だが王太子は頭に血が上って話し合いも出来ない。


 王太子を通さずに、少女自身が国王や王妃に面会したのは、公爵令嬢の仲介である。


 その場でハッキリと言ったのだ。



「……殿下は何やら逆上せているだけです。ですが恋の狂熱なんて、長くても2年は持たないでしょう。だから放っておけば良いのです。私に王妃教育も無駄です。私に素養がない以上に、殿下がそれを仰るのは今だけの筈です」


 逆に言えば、それを越えても想いを通すと仰るのならばだ。

 王妃は無理でも、裏技をつかえば愛妾か側女は不可能でもないので、騎士見習いの少女も諦める。


「私が士官学校を卒業するまで……そう時間を区切って下さい……ちょうど2年ありますし、多分それまでに私に対する興味が消えているでしょう」


 別段確信はなかったと、後に公爵令嬢に語った。ただあまりに夢想的な割に、実際に少女の内面に惹かれた訳でもなかったと言う事。

 表層的な、「それっぽい」ところに惹かれたと言われれば、身分が下の少女には信じるに価するところはない。




 当時を思い出して冷や汗が流れる。騎士見習いの少女。


「……毛色が変わった、見られなくもない程度の小娘。ましてや殿下の私を見初めた理由が童貞くさい……いや思春期の妄想みたいで」

「容姿への多少の自負はあれども、女としての魅力が貴族の御令嬢様方や王家の姫君、花街の名妓に並ぶほどなぞと、自惚れてはいません。道端に咲く小綺麗な名も無き花は、温室で艶やかに咲く薔薇や百合を見慣れた方には物珍しく健気に見えるかも。でも別に健気に見えたって、側に置けば、特段健気でも何でも無い普通(●●)な市井の少女と知ったでしょう」


 健気で優しい笑顔で癒やす、自分の恋人たる少女。政略結婚でも、誰かの思惑にでもなく自分(●●)で選んだ少女。


 確かに少女は武技は非凡である。

 将来必ずや、国で有数と呼ばれる騎士には成れるだろう……武闘だけなら。


 実際の話だが彼女が非凡なのはそれだけで、騎士団を指揮する能力も、一軍を統率する能力なぞも欠片もない。

 精々が小隊指揮官。経験を10年単位で重ね出会いも恵まれて、良い副官を得ていれば中隊指揮官になる目がなくもない程度だ。

 卓越した武力とは、それだけ武装集団の中では有利に働くが、そうした有利さがあっても中隊程度の指揮が出来るか否かが、多分彼女の到達点であり限界でもある。


 ……専門的な教育を受けている軍事ですらそうなのだ。強さと美しさを別にすれば、あとはどこにでもいる市井の少女なのだ。



「……殿下の話題にもついて行けない、流行(はやり)の服など何も知らない。武術が卓越しているだけ(・・)の市井の小娘。多少の見目も凹凸が少ない身体は、抱き心地も良くはなかったでしょう……意地もあったでしょうが、むしろ1年以上も寵を得たのが不思議です」


 少女は「童貞くさい」なぞと言ったが、実際には厳選された無難(●●)な女を宛がわれている。


 無難なのは身分や病気の有無ぐらいで、美貌という意味では「社交界の華」や「気の利いた花街の人気な娼妓 」と呼ぶべき弁えた女ばかり。


 美しく豊満で、話題も豊富な程度には頭も良くて……後腐れも無い。



「……そうした方たちと同じ扱いにしてくれたら、こんな面倒な事にはなっていなかったのに」


 そう零すのも無理はない。

 同じ扱いにしてくれたら、騎士に任命された時に、多少は俸給が多い程度が余録な、あとはどうという事もない生活に戻れただろう。


「恋だ愛だと声高に叫び、社交の場に連れ出そうとなさり……ドレスを着せたがり……。素の私を愛したと仰られる割には「普通の貴族令嬢」なら出来る事だけ(・・)をさせようとしたり……そもそも王太子殿下に口説かれてないのですけれども――命令で閨に呼ばれただけで」


 決して悪い人物ではないが、やはり最上位の王族たる身なのだ。


 早々下々の者が逆らえる訳もない。

 突然に「我が閨房に来い」と言われれば、理由も無く断れる訳もない……少女に婚約者でも居ればともかく、付き合っている者すらいなかったのだから、貞操を理由には出来なかった。


 いや居たとしても一回二回の拒否が精々だろう。



「……結局4年も必要有りませんでしたが……」


 少女の呟きに、公爵令嬢と侍女は顔を顰めた。

 国王に面会を申し込んだ時に、王宮魔導師に期間限定の不妊の魔術を申し込んだのだ。


 一回二回の避妊の術ならばともかく、四年ともなる長期の術の構築は、天才と称された公爵令嬢にすら手の届かない領域である。


 公爵令嬢は武闘魔術や錬金術に秀でてはいた。だが医療に関しては即物的な怪我の治療以外に、それ程の才覚は無い。


 王太子の妾腹の妹であり、治癒魔術の才覚によって聖女と称される第八王女の協力の下に術は施術された。


「姫様もお気の毒ですわ。まだ10代半ばにも達していない乙女の身……初潮すらまだな頃に、このような生々しい術式に関わらされるなんて」


 現国王が商家の行儀見習いに気紛れで、手を付けて生まれた第八王女である。


 公爵家が庇わなかったら、放置されていたかも知れない。

 公爵令嬢とは姉妹のように仲が良い――実際には国王の姉が公爵令嬢の母な訳だが。


 実際にはもっと複雑で面倒な境遇であり、王と王妃が泥を被って、自らの醜聞にした。妃たちが住まう離宮では、王妃たちや姉妹に可愛がられたが、政治的な面倒な音もあって教会に預けられた数奇な生まれの姫である。


「……まあ結局は殿下が初恋……と思った事に浮かれて、大騒ぎしたからややこしくなっただけで、ごくありふれた事柄だった訳です。貞操は奪われましたが、私の立場的に、「生娘じゃなければ駄目」という事もなかったですから。30過ぎるまでに婿をもらうか親戚から養子を取るか……ってな立場でしたから……一人っ子というわけでもないですし。――後継なのも一番早く武官で士族を取れそうなのが私ですから程度です」




 騎士団に奉職し、数十年単位で在籍する。そうした少女の婚姻は、確かに貞操に拘る事もない。


 別に緩い訳でもない。


 だが、一朝事ある時がくれば、戦場に向かう立場だ。

 だから意に沿わない形で散らす事や、意に沿っていても結婚に向かわない付き合いの果てぐらいは想定内だった。


「……余計な面倒を避ける為に、4年間の不妊の術を施されたのは良かったのか悪かったのか。その生まれから窮屈に暮らす姫様を、無理に巻き込んでしまったのは誤算です」


 聖女の称号を得た先代に預けられて、修行の日々を送っている次期聖女候補な第八王女。


「……でも4年もあれば、殿下も正妃様を得られている事でしょう、万が一……億でも兆でも良いですが、それを過ぎても王太子殿下のお心があるようでしたら、寵姫の最底辺だか、王宮の女性武官を表向きの職とした愛人だかになる事も受け容れたでしょう……まあそうはなりませんでしたが」


 聡明な女性、と言うよりはだ。最初に呼び出されて公爵令嬢の護衛を任じられた事により、華やかな世界を僅か(・・)に垣間見る事ができて、明確に思ったという。


――自分には無理だ――


 と。


 実際、武技のみに突出した才覚のある士族の娘がだ。上流階級入りをして成功するかは微妙である。


 華やいで見える世界には、相応に才覚と技術と嗅覚が必要である。仮に無くても耐えられる状況もある……本当に王太子殿下と心通わせているならばだ。




「……正妃にする! と宣言されたから仕方の無い事ですが、私を貴族令嬢と遜色ないようになれ、との無茶振りは困りました。大抵の御令嬢は、幼い頃より厳しく躾けられます……社交の場で笑いもにならないように。一族の……長じては夫の助けとなるように」


 高価なドレスやアクセサリーに、希少な化粧品の数々と、お茶の道具を贈られた。


 ポンと最上級のそれを渡されても、貴族の令嬢方と同じ事が出来るようになるほど、少女は器用では無かった。


「精々ダンスくらい。それだとて何処かぎこちない。王の厳命により、今の学校の授業をこそ優先しましたから助かったのですが」


 貴族の令嬢の媚びる様がいやだ……そう言っていた割には、まさに貴族令嬢が努力して手にする技能(スキル)を求めてきた。


「代を重ねてお仕えしてきた、由緒正しい騎士爵家の人間です。誇れるような大仰な武勲も無く、武官以外の官位を得たとしても精々下級の文官がいたぐらい。王に直接的にお目通りされた者も少なく……そもそも代々近衛と言っても小隊長以上に出世した者も皆無です……準貴族であるから王宮に伺候する立場でも無く、パーティに呼ばれる格もなく……」


 典型的な下級の近衛の騎士な訳である。


 近衛は貴族の子女が属する事の多い組織だ。

 だが王宮と王都の治安を守る部隊と定義づけた時に、王宮はともかく王都の治安を守る部隊まで上級の貴族の子女を配置できない。


 そのために、華やいだ王宮警護の任に就く物とは別の、もっと手広い人員が必要とされた。士族の台頭とその中でも能力やら生まれやらも区分されていき。


 騎士見習いの少女の親族が、代々奉職してきたのが近衛である。まあだから王宮の治安維持に王都付近の魔物や賊の討伐。

 そうした下層の騎士も必要とされた。


 幾度か近衛と名前と組織が別れた事もあるが、概ねこの地位に留まっている。



 王家に忠誠は誓えども、目通りする機会は任官時に一度……それも個人で呼ばれるのでは無くて、新人たちが集団で騎士の位を賜る時ぐらいだろう。


 王族が顔を出す舞踏会やら何やらに呼ばれる騎士爵なぞ、外縁の警備以外にはない。会場に呼ばれるのなら、王宮の近衛の所属か、王都を駆け回る部隊の幹部級の地位が必要である。

 あるいは戦場での武勲か、武闘大会等で優秀な成績を収めるか。   


「……いえ、結局は殿下の女性の評価する基準は、ダンスとか社交の場とかなのでしょう。ならばそうした場に慣れている方を得られたら、よろしかったのです」


 そう愚痴る少女に、公爵令嬢も侍女も一言も無い。

 王太子は優秀ながら、その激情を持て余し、自らを上手く御してくれる存在をこそ求めたのかもしれない。


 母たる正妃は、彼を生んで1年足らずで病に斃れた。従って同腹の兄妹もいない。

 第二王子を生んだ現王妃とは仲が悪くもないが、それ以上に良くもない。

 他の愛妾やら側女やら寵姫が生んだ子供達とも、あまり交流が無く孤独な青年でもある。


 婚約者たる数歳は年下の公爵令嬢とも積極的な交流も無い……まあ訳有りな訳だ。

 周りの者たちも、適当に侍る女を置いてはいた……無論だが恋だ愛だと呼べる関係では無かった――ただ問題なのは、王太子の主観はともかく騎士見習いの(●●●●●●)少女もそう(●●●●●)な訳で。


「寝所に来い」


 市井であれ貴族であれ……いいや花街ですら、それは口説き文句とは言わない。

 上位の者が下位の者に貞操を差し出させる、そんな下種な命令でしか無い。



「頭脳明晰な故に早熟で……それ故に心の何処かが子共のまま。だから貴族令嬢とは違う(・・)私を気に留めたのでしょう。激情を秘めた方だから悠長に口説かず、私の心情を考慮しては下さらなかった」


 まだ年若く有能であれ、持て余した激情を秘めた王子にとって、下位の者は、己が命令を聞く立場の者が圧倒的に多い。


 公爵や侯爵に辺境伯……そうした現時点では上位の者に対してはともかく、騎士爵家の騎士見習い如きに気を使う必要は感じなかった。


「……今、巷で流行(はやり)のロマンス小説の主人公(ヒロイン)ならば、私が殿下を導き、激情を抑え才能を十全に発揮できるように心を癒やす事も出来たでしょう――外見がちょっとソレっぽいだけで、柔かで豊かな感性の少女なぞではなくて、無骨で不器用な騎士見習いだったのが問題ですね」


 腕は剣ダコでゴツゴツしている。鍛え上げた全身はしなやかではあれ、全身が針金の発条(バネ)のようでもある。


 それ以前に全身が傷だらけでもある。

 幼少から剣・槍・弓に組み討ち術、乗馬に馬上槍の訓練を繰り返し、騎士魔術の訓練を重ねてきた。


 剣傷やら火傷の痕やら、決して目立つ傷がある訳では無い。

 むしろ裸であっても、余っ程近くで見なければ痕なぞ分からない。


 だが幼少期から騎士の訓練を重ねた少女には、傷がある方が自然だ……寝所を共にすれば見えてしまうぐらいにはある。



「私も少女の端くれですから、ああしたロマンス小説は読みます。多少の憧れが無いでもありませが、主人公(ヒロイン)になれるとは思えません。人よりかは美しい(●●●●●●●●)程度で、ロマンス小説に重ねられてはたまりません」


 だがそう言って肘鉄を食らわすには、王太子は身分が高すぎだった。

 代々近衛の家柄という事は、忠義心も相応に練り込まれている。



「……ただソレとは別に殿下を好きになる事も、本当の意味で殿下に愛される事も無いとは思いましたが。これはもう絶対に」


 妙にキッパリした口調で、少女は断言する。


「愛情に飢えている殿下は、物事を都合良く捉えるきらいはありますが、愛情の有無には敏感でした。口説かれてもいませんし、贈り物も私に合わせてもいなくて、女の子らしい品々でしたけれど……サイズはともかく、似合ってるとは言い難い、ね」


 王太子は愛される事を欲するが、愛する事を御座成りにする。


 相手に心があり趣味嗜好があり、向き不向きがあると認めない性質(たち)でもあった。


「それでも適当に身体を重ねれば、情くらいは芽生えました。でも嫌悪はなくなっても、愛していない事は察したでしょう……都合良く捉える癖で誤魔化していたから、認識したのは1年後ですが、その頃には私への執着は失せていました」


 結局、王太子の好みは貴族的な艶やかで嫋やかな女性だった、のか。いいや、無骨で不器用な女性が、価値観の中にはいなかったのだ。


「……最初から殿下の好みでは無かったという事なのですか。貴女は貴女で素敵な女性と思いますが」


 不思議そうに公爵令嬢は溢す。

 いや彼女は御世辞抜きでそう思っていた。


 魔力の質が良く、それが練り込まれた筋肉は高性能だ。筋張っているばかりでは無くて、柔らかくしなやかでもある。


 豊満な、という訳では無い。けれどもこれはこれで少女にしか出せない妖精じみた中性的な美貌だ。


 


「……笑顔とか子共に優しい云々言い出した処でね、察するでしょう? 殿下は……マザコンですから。いえマザコンというよりも、幼少期に得られなかった「自分の全てを受け止めて自分を包む母性的な何か」を求めておられます……けれども同年齢の武術馬鹿にソレを求められても……」


 公爵令嬢にも思い当たる事があるのか、苦笑しつつ頷いた。

 慰問に行った孤児院で、優しい笑顔で子供と話していた少女に、子共と同じように甘えたい……しかし自分よりも年上の青年、ましてや王太子を癒やすなぞ、少女の器は超えている。



「……殿下はなまじ優秀なために、文武両道な優等生ではありますわね。それだけに誰にも甘やかされずに生きて来れた部分があり……またその為に甘え方を知らない甘ったれている人でもありますわ」


 そう公爵令嬢の嘆息には、苦笑するしかない。

 激情を上手く受け止めたなら……なぞとは少女には思えない。

 

 王太子だろうが何だろうが勝手に期待されて、勝手に失望されただけだ。

 挙げ句に面白味の無い小娘だったと言われても、「最初からそうだった」と困る以外は出来ない。


 恋人では無くて夜伽(●●)を命じられただけなのだから。


 公爵令嬢もウンザリしたように、その美しい顔で頷いた。


「……前にも言った通り、私(わたくし)自身が、仮の婚約者ですわ。元々国王派の準王族とも言うべき公爵家の娘とが、従兄弟で結婚しても得はありませんもの……損も無いですが」


 もとより王族と公爵家の二人だから、紛う事無き政略結婚だ。それにしたってメリット・デメリットがあるから、そのバランスを取って決まったのだろう。


「……周辺国にも同年代の姫君が幾人も居て、国の格によっては愛妾にするなぞとんでもないとされます……だけれども一国の王太子が、婚約者も無くフラフラするのを許す訳にもいきません。だから万が一話が纏まらなかった場合の“予備”が私(わたくし)です。ですが、蔑ろにされて嬉しい訳でも無いのは、当たり前の話ですわ」


 これは王宮、いいや社交界全般で公然の秘密という奴で、別段隠している訳でも無い。

 公爵令嬢の心証では、十中八九……いいやそれ以上に結婚しないと思う。

 だが、一公爵令嬢の婚期が遅れてでも、いいや結婚が出来なくなったとしても、“国”の体裁は守らなければならない。 


 諸々飲み込んで、仮初めの婚約者を受け入れているのだ。


 だからこそ仮初めだとしても、ある程度は心情を慮ってもらえなければ立つ瀬が無い。




 

「……婚約破棄するのは構いませんわ。予定より早くても然りです――それが既定の路線なのも事実ですから、気にもしません。ですけれどもパーティーで招待状が来ても無視されるとか、パートナーがつまらん女だから他に目を向ける~なぞと言われると、流石に公爵家に喧嘩を売っているのか? と疑いますわ」


 親国王派ではあっても、無私滅私の想いで膝を折って従属している訳でも無い。


 王位継承権自体は公爵令嬢にもあるのだ。

 女王として起つ目はあまり高くもないし、歴代の王は男が多いのが実状でもある。

 そもそも公爵家の兄妹での序列も高くない。


 別段下克上を狙っている訳でも無いが、有る程度は状況を読み空気を読んでもらえなければ、公爵令嬢の方も嫁ぎ先が消える。


 いやそれは既定路線であり、だからこそ姉妹の中で彼女が選ばれた。

 けれど蔑ろにされたり、陰口を叩かれて嬉しいわけでもない。



「……悪い人では無いのでしょう。ただ激して先走るだけで。良くも悪くも未熟でありアンバランスなのですわね、殿下は」


 不正を許せず、恋心に素直……とでも言えば聞こえは良い。


 だが互いに生きている以上、学校を卒業し結婚相手がキチンと決まれば終わりな訳では無い。


「私(わたくし)共公爵家は、王家の未熟者の若気の至りのために人生を潰されても、頭をたれる程に無限の忠義なぞはありません」


 ですが。

 と続ける公爵令嬢。



「このままでは、殿下の婚約が正規に決まった場合、修道院行きですかしらね」


 美人なだけでつまらない女、情の無い女呼ばわりされると、王家との約束……いいや契約に等しい当て馬の婚約者なぞという、半端な立場を許容した公爵家もいい面の皮だ。

 何も言い返せないので、王太子の言葉を許容した事にもなる。


「……余りよろしくない役を押しつけられたのだから、私(わたくし)を、適当にでも立てて下されば、それで良かったのに」

 

 当て馬の婚約者だという事は、王太子も十二分に知っているはずだ。

 だが公爵家のなかで、特にミソッカスだった訳でも、死んでも良いと思われていた訳でもない――こんなに蔑ろにされていれば、王家と公爵家の間に溝が出来る。。

 王太子の後見を務める国有数の大貴族の不興を買ってしまえば、王位継承すら揺らぐ。


 公爵家の後ろ盾があってこそ、他の王位継承権を有する者たちが付け入る事が出来なかったのである。

 

「……正直申し上げれば、私(わたくし)は魔術を極める為に生きたいのです。でも高貴なる者の義務《ノブレス・オブリージュ》が私(わたくし)を縛っていますわ」


 公爵令嬢は10年に一人の天才魔術士よ、と誉め称えられている。

 正直に言えば、実践派の魔術士としてフィールドワークもなどもして超一流の魔術士として身を立てたい。


 だがそうした行動に出るには、責任感が強かった、がだ。


 風向きが変わりつつある。




「……殿下が無責任に私(わたくし)の……私(わたくし)たちの陰口を言ってくださったから、社交の場で排除論まで出る始末ですわ」


 貴族であれ何であれ、何処にでも媚びる者がいる。

 おべっかを使い、都合良く動かそうとする輩が。


 そうした動きを牽制するための婚約ではあった……だがそれを納得するのは、最低限に名誉を守ってくれてこそだ。


 公爵家も娘を排除したい訳ではない。

 だから一族を蔑ろにしたものの後見なぞ願い下げだ。



「そうした機微に敏い方ではありませんので、排除論を突けば、正妃では無くても王太子妃の座を狙う貴族が、王太子公認と言いだして、私(わたくし)たちを狙うでしょう」


 少女は少し驚いた。

 言うてもこの国有数な大貴族の息女である。

 そこまで短絡的に出るのかと。


「多分殿下の方からそうした話が出る訳ではないでしょう。「殿下の手を煩わす事無く良いように(●●●●●)」とか何とか曖昧に伝えて事後承諾にする筈ですわ」


 いかにもな手段だ。それを聞いて騎士見習いの少女は、酸っぱい物を食べたかのような表情になる。

 その流れだと、殿下の情熱が再燃したら面倒……と少女も処理(・・)される流れか。


 そうして大貴族の子女を始末(●●)を是認したと、年若く未熟な王太子に罪を負わせ、それをして共犯関係を以て自分の派閥に引き寄せる――てな手練手管なのかも知れない。


「……そこで提案です、貴女もこの国には居辛くなります――下手をすれば部屋住みという名の生涯飼い殺し、良くても多少は自由のある修道院行きでしょう。もっと下手をすれば娼館行きですわね……ですから私(わたくし)たちと、この国を出ませんか?」


 見習い騎士の少女は少し考え込むが、特に忌避すべきモノを感じない。


「……私(わたくし)の出奔と言いつつ、実はもう少しややこしい事情があります。私(わたくし)たちの排除を隠れ蓑にして抹殺されんとする、ある御方をこの国から脱出させたいのです――王家としても公爵家としても……私(わたくし)個人としてもです」

 


 今はこれ以上詳しくは話せませんが――公爵令嬢は、そう言葉を続けた。


「……もとより、私の心と身体の全ては貴女様に捧げています、我が姫君。我が忠誠と剣は貴女の物です」


 そう言うと席を立ち、公爵令嬢の唇に口付けをした。



「……あの時、王太子の愛人、いいえ情婦になれと言われて身を汚され、乞食になるか春を鬻ぐよう身を落としてでも出奔しようか迷い、いっそ抗議のために自決して果てようか決めかかったときに、貴女の言葉で世に留まりました、我が姫君。むしろ置いて行かれればお恨みしたでしょう」


 親愛の抱擁……明らかにこれはそうした物ではなかった。親愛を超えた愛欲(●●)の情が色濃い、情を(・・)交わした(・・・・)者同士の抱擁である。 


「……私(わたくし)の騎士様……ようやく貴女を名実共に取り戻せ(・・・・)ますわ。幾度才能はそれなりでも、感情が育ちきらない他罰的な子共を焼き殺そうと思ったか。ましてや、初恋だなんだと空騒ぎした挙げ句に、すぐ飽きるなんて。女性の身体に甘えたいだけならば、娼館に行くのが筋という物」


 先程までの取り澄ました顔を消し去り、泣きそうな顔で少女の頭を、豊満な胸の中に掻き抱いた。


 恋の末に飽きたのならまだ良い。

 恋は綺麗事では無くて、しかも決まり事すら無い。

 だが……。


「……恋だ愛だと囀るのなら、相手の心を得られるように行動すべきですわ。それをせず、権力によって女を物にするなら、ギブ&テイクを徹底すべきです。その何れも出来ぬのなら、政略結婚で与えられた側室と娼館通いとで満足すべきですわ」



 情を望み恋を口にして、やる事は権力で黙らせて、望まぬ相手に無理矢理股を開かせる――それで得られるのは、良くても割り切った関係であり、そう簡単に恋を育み昇華して愛される訳も無い。


 始まりはそれでも、交流を深めて、相手が臨む事を察し、自分が望む事を理解してもらうようにする――だが相手が望まぬ高価な贈り物なぞ、人によっては心が離れるだけだ。


 自らの地位に媚を売る女を嫌いながら、女を口説く事は権力尽くで相手を見ないから、望む事を欠片も想像出来ない……口下手で誤魔化せる話ではない。


「恋したと、それで心ならずも権力を使ってしまったというのなら、最初に大騒ぎすべきでは無いし、醒めたなら醒めたでキチンと筋を通すべきですわ……そのくらいの能力はあるのだから」


 公的には無謬でなくてはいけない王族の頂点の一角でも、実際には若く未熟なのは仕方が無い。

 だからこそ、軽はずみな言動を修正するぐらいは責任を持ってするべきだ。

 

 


「結局は王族故の孤独なぞと酔っ払っているから多少は同情すればです。貴族or市井を問わずに、何処にでも転がっている不幸に酔って孤高を気取る、甘える事に慣れていないから余計に質の悪い甘ったれの戯言でした……そんな┃┃¨╋┓ のせいで、せっかく出来たお友達を傷付けられるなんて……いえ私(わたくし)も、ここ(●●)まで仲良くなるなんて想像の外でしたが」


 切っ掛けは王太子が帰ったあとに、泣くのを我慢していた少女を抱きしめ慰めていたときである。


 涙を流すのを我慢する少女の額に口付けようとしたとき、不意に怒りが湧いた。


 立場を超えた友人であり、違った世界に生きていると言えども互いに尊敬を抱き認めた士(●)でもある。


 それを聞き心地が良い言葉を垂れ流したくせに、実際には情婦として無理に奪ったその遣り様。


 怒りだけでは無く殺意すら覚えた……はどうでも良い。


 女慣れはしているはずだ。

 言い含めた貴族の未亡人なぞや花街の名妓と、割り切った関係を持った事は知っている。



 だから女の扱いには慣れている、筈だった。

 免疫の無い少女を、手荒く扱う必要なぞない。



 少女が始めて寝所に呼ばれたとき、荒々しく王太子が寝所から出た後、戻ってこない事を見計らって公爵令嬢が踏み込んで……愕然とした。


 手荒く激しい情交は、鍛え上げた少女に無惨な爪痕を残している。

 それ以上にだ、諦めたつもりでも、まだ成人(15才)を僅かに過ぎただけの少女が、欲望を吐き捨てられるに等しい暴行で、何よりも心が傷付かない訳がない。



 多分儘ならぬ憤りをぶつけられた。

 荒々しく相手の体を気遣わない情交、そんな物で心の交流なぞ……。


 額に口付け嗚咽が止まらぬ少女に、浄化の魔術を掛けながら胸に掻き抱いた。


 妖精のような華奢な少女――体中付けられた酷い傷だらけである。その無惨に手折られた姿に胸が潰れるような痛みと、綺麗なだけではない、醜悪ですらある独占欲が湧き上がる。


――この少女は私(わたくし)のモノなのに――と。


 縋り付かれ、胸の中で上目遣いに瞳を覗き込まれたとき、公爵令嬢の強靱な自制心は決潰した。


 気が付けば2人とも生まれたままの姿で、優しく何度も求め合っていた。




「……誰よりも大事な無二の親友。私(わたくし)と道は違えども、共に自分の居場所で頑張ろうと誓い合った心友。それでも精神(こころ)を求めたと思ったから許容は出来ないまでも歯を食いしばって見送ったのに、ただの捌け口……いいえゴミ捨て場にしやがりました」

   

 貪るように求め合い、我に返った公爵令嬢が憎々しげに吐き捨てた。


 公爵令嬢も見習い少女騎士も、同性愛者では無かった……より正確にいえば、忌避感はなかったが自分がそうなるとは思ってもいなかった。


 護衛に呼ばれ、2.3言葉を交わしたときに不思議と馬が合った。


 生きてきた道程がまるで違う。

 生まれも違えば、容姿から能力から趣味嗜好まで重なる処は性別と優秀な分野がある処だけだ。


 いいや、互いに幼い頃から厳しい修行が課せられて、自由には生きられなかった。

 少女も騎士爵家とはいえ、武官としての才覚が無かった場合、文官や医師などに移行出来る基礎の勉強も課せられた。


 共に親の期待以上に能力を伸ばした。

 実際、近衛の騎士の家系とはいえ、最下層の騎士である。貴族の血族は出世するが、少女の一族は平の儘か、小隊長くらいが精々だ。

 それが武術の大会で、上位入賞が狙えそうな傑物が生まれた。


 もっとも、その事で少女の一族が驕る事はなかった。国で有数の才覚な武術の腕だろうが、所詮は個の武勇だ。


 誇り自慢は出来るが、それ以上では無い、と言いきれる健全さがあった。

 

 公爵令嬢の家族も同じで、優秀さを驕る事も必要以上に地位や王の血族である事を言い募る事もない。


 共に厳しく躾けられ、修行を課せられはしたが、それを誇り家族を愛する幸福な少女たちだった。


 いや令嬢の方はもう少し複雑ではあった……当て馬の任を命じられる程度には。


 だからだろうか、公爵令嬢の侍女も含めて友誼を結んだのは。

 密偵を輩出する子爵家の出の侍女も、主とその友人との交流を楽しんだ。


 王太子はその幸福な交流を、無粋な横槍で汚したのだ。


 

「……傷付いた貴女を抱きしめてる内に、妙な気分になりましたの。「私(わたくし)のお友達ですのに」って。正直に言いますと、殿下が貴女を本当に大切にして下さるのなら、側女なり愛妾なりにして2人で嫁いでも、と。私(わたくし)が表向きの諸事を引き受けて、貴女が護衛を含めた殿下の……何れは陛下となるあの方の癒やしとなるならば……」


 王太子の妻になるはずの無かった令嬢だが、この少女を守る為なら、とも思っていた。

 少女を胸に掻き抱いたまま、公爵令嬢は涙を流していた。一国の王族たる者、地位に相応しい暮らしは当然である……延いてはその富貴を楽しむ事くらいはあっても良いと思う。


「支配者は孤独だから。それを癒やす術を捜すしかないのだから」


 そう公爵令嬢は云う――公爵令嬢自身の述懐や考察ではなくて、周囲の人々の述懐からそう導き出した。

 問題なのは、その癒やしと言い出すが、人によって同じではない事である。


 癒やしが必要な者も、柔らかい女性の体に溺れる者もいる。野心・野望が必要な者もそれぞれ違っている。


 いいや一口に癒やしなどと言ってもだ、物か人か……行動か成果か思想か、動物という者もいるだろう。


 また癒やしが必要な者でも、人によって癒やされるポイントが違う。


 だが。


「癒やしが必要なら、どうすれば癒やされるか考えないと。王族の後継たる者で、容姿端麗ならば女は股を開き、どのように扱っても良い……そんな訳がありません。そうした暴君たる王太子を肯定するのなら、彼が嫌う「王太子である自分」しか見ない周りや女子よりも低い存在ですわ……精神(こころ)を愛し癒やして欲しい女を、権力尽くで股を開かせて、ただ欲望の捌け口にする無粋な男に、誰が誠実な精神(こころ)を寄せるのでしょうや」


 「王太子である」事しか見ない女性の方が、まだ彼自身(●●●●●)を求めている。そもそも彼自身が「自分に群がる厭らしい心根の令嬢たち」としか見ていない。

 一人残らず権力と地位目当て? それはそれで嘘くさい。

 「見目麗しく文武両道な王太子」に憧れを向ける令嬢だとて、それなりにいるのだ。

 そうした事柄全てを、“俗”と切り捨ててしまうのなら、王太子が漠然と求めるそれすら“俗”である。



「愛(いと)しい貴女。それでも親友(とも)にして、私(わたくし)自身の性癖を曲げても欲した恋(いと)しい貴女」


 妖艶と言っても良いモノを、全身に漂わせて少女を見つめる。


「それでも私(わたくし)は貴族、それも王族の端くれなのです。始めて愛した初恋の女(ひと)、その貴女を贄(にえ)に捧げてすら、王国の明日を欲します。今はともかく、あの方は良き王……族になる才覚がありますの……どんな意味でも(●●●●●●●)ねぇ」


 何故か最後の言葉を、邪悪な笑みで紡ぐ公爵令嬢。



「だから代わりに私(わたくし)を貴女に捧げます。いいえ、こんな行為ではなくて、私(わたくし)に出来る全てで、貴女の要望に応えます。公爵家に及ぶのは困りますが、私(わたくし)で済む事ならいかようにも。生命(いのち)を欲するのなら、宙ぶらりんの立場な私(わたくし)ですもの、八つ裂きにするなり娼館に売るなり婢とするなりご自由に……今いる王国の後継候補者たちの中で、正妃様の血を引くあの方が王太子(●●●)の座にいることが、国にとって最も無難(●●●●)なのです」 


 どうせ仮初めの正妃候補ですし――そう嘯く公爵令嬢。

 一応は王太子として恥ずかしくはない人物である……文武両道に優秀で、眉目秀麗。権力に託けて横暴な真似をする無様さも晒していない……今までは。


 だがそれ以上に……。


「……あとの王家の王子様姫様方の中で後継候補なのは、国内有力貴族の御令嬢の子ばかり、それ以外は王子王女様方は寵姫だとか愛妾だとか、微妙な立場な方の血を引く方々ですわ。乱世でもない昨今、国王の優秀さとは、本人の資質云々よりも、如何に国内を混乱させないか、国外に付け込む隙を出さないかの方が重要なのです」



 王とは人気商売でもある。人気があれば、早々反乱も起きないし、税収も安定する。民衆に人気や貴族に人気とはそれぞれ違う――無論それだけではないが、憎まれている場合と比べれば分かり易い。


 人気を取るのは何も、本当に善性が必要な訳ではない。善性がある、そう思わせれば良いのだ。

 特に貴族や商人だと、利益の面で不満を抱かせなければ良い。一般市民ならば、生活に翳りを見せない(●●●●)事だ。

 それと見た目も重要だ、何も美形だけが重要な訳でもない。美しく頼りないよりは、威圧するような厳つい大男でも頼もしい方が良い。


 その点で王太子は、亡くなった正妃の美貌を受け継ぎ、美丈夫と呼ばれる青年である。

 騎士と五分に渡り合える武技と、キチンとした魔術の技量、学校の成績も悪くはない。


 多少、自分の心を御せなくとも良き国王(にんきもの)の才覚がある。 

 安定した国の王とは、何も名君賢君の能力が無ければ駄目な訳でもない。国家が安定しているのならば、最低限国政の足を引っ張らなければ良いのだ。


 運が良ければだ。無難に熟せばそれで充分に名君と呼ばれる。そうで無くとも暗君とは呼ばれないだろう。


 能力が凄まじく高い名君なぞ、建国か変革期……もしくは戦乱の時にでも現れれば良い。


 愚君・暴君でなければそれで良い……後は臣下がやってくれる。


 未だ腐敗に崩れぬ平安の時期の王なぞ、官僚と貴族と民衆……この三者を無難に纏められれば良いのだ。


 公爵令嬢の本音はだ。国王はともかく王太子ならば見目が良く優秀そうで十分である。だからこそ耳目が王太子に集まるうちに、他の可能性も探れる。


 そう口に出すことは、非公式でも出来ない、今はまだ



「……貴女の叶えられる範疇ならば、何でもと仰る? ならば……」


 そうして言葉を切る少女。

 表情を消そうとし、何処となく紅潮した面持ちで少女は言った。


「私はまだ見習い騎士です。私たちが通う学校ならば、卒業して従騎士として何方かについて数年修行を重ね、騎士に叙勲されます。私(わたくし)は近衛の家系ですから、剣を捧げるのは国王陛下、そう決まっておりました」

「……ですが正直に言えば王家に剣を捧げる気にならなくなりました……純潔を奪われた、いいえ散らされ汚されたからではありませんよ」

「任務の途中で、魔物や山賊に捕まりでもした場合、もっと酷い目に遭うのも覚悟の上です……いえ進んで酷い目に遭いたい訳でも、達観出来ている訳でもありません、心構えと実際に酷い目にあった場合は違うと思い知りましたけれども」


 一息に言葉を紡ぐ少女――ちなみに未だ全裸だ。

 実際、捕まえた女性を犯し、苗床とする魔物だっている。山賊やら海賊やらに捕まれば、酷い目に遭うのは必定だし、どう考えても生涯が碌でもなくなる。


 戦争と言う程な激突は近年ではない。だが国境等の小競り合いで敵国に捕まった場合、まあ貞操を守れはしない。

 騎士見習いの少女は、言うても一介の騎士の家系であり、騎士として叙勲されても下っ端に過ぎない。


 あるいは数十年後に順調に出世して将軍位を得る奇跡(●●)があっても、十年かそこらでは小隊長が精々だ。


 尊重されたり身代金が云々されたりする立場ではない。

 


「……王家に対する忠誠は、それなりにあったつもりです。ですが、「無私の忠義」なぞ騎士が捧げるそれではありません」


 そう語り熱い瞳で、公爵令嬢を見つめる。


「……ですが、「何でもする」と仰るのなら。不遜にして身の程知らずながら、貴女の事を無二の親友、いいえ、侍女殿も含めて、心友と思ったのは私もです。ですがこうなってみて、代々王家から戴いた俸禄分は、殿下との付き合いで返しましょう。ですので……我が姫君(●●)、我が剣を貴女(●●)に捧げるのをお許し下さいませ」


 そう言うと、寝台の片隅にあった細剣(レイピア)を抜き去り、公爵令嬢へと渡した。


「……では略式ながら」


 本当に剣を捧げるというのなら、様々な儀式やら供物に法具に呪具術具の類が必要だ。


 だが二人とも優れた魔術士である……趣は随分違うが。

 呪文を唱えて場を整えて、自らの魔力を触媒に“現象”を巻き起こす魔術士たる公爵令嬢。


 肉体に魔力を張り巡らせて制御し、必要に応じて増幅させて超人的な武を誇る騎士の才を有する士爵家の見習い女子。


 未だ未熟の誹りからは免れていないが、何れ国有数と謳われる才覚を有せし俊英2人。


 法具や呪具術具を代用する事は容易い。


 令嬢は刀身を少女の肩に置き、祝詞を唱え少女も応じた。

 同じく侍女……従者……従士の資格をキチンと有する侍女の立ち会いで、略式ながら少女は公爵令嬢の騎士となった。




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