下
「……結局は1年足らず、数ヶ月で飽きたのは良かったのか悪かったのか」
寝物語で幾度となく交わしたそれを、再び寝物語で公爵令嬢は顰めっ面で愚痴った。
「こんな事なら……そうIFを語るのが虚しいのは承知の上ですわ。ですが、そこまで他愛の無い想いならば、少なくとも秘密裏にして、自他の気持ちを確かめてからにして欲しいモノです」
見習い騎士であった少女も、苦笑して頷く。
「大勢の方々を巻き込んで、一人の少女の行く末処か生存権すら侵して……その結果が1年程度で「飽きた」ですか」
そう歯を食いしばる公爵令嬢。
「……お嬢様。それでは責任を取って結婚せよ、と」
そう言うのはメガネの侍女である。
スラリとした肢体だが、出る所はそれなりに出ている。
その目は少し批難が混じっているが、侍女に自覚はないらしい。
「……まさか。流行のロマンス小説でもあるまいし、恋人になれば生涯の伴侶となるべき、手を出したら須く責任を取るべき……そんな馬鹿な戯れ言は思ってもいませんわ。ただそうですね、責任は取るべきと……そう思います」
侍女の形相に苦笑しつつ、公爵令嬢はしかしキッパリと言い切った。
「……お言葉ですが我が君。責任と言われても……」
嫌そうに騎士見習いの少女。
「……ああ。別に必ず娶れとか、そうした事ではないのです。ただ大仰に触れ回った後始末をすれば良い……それだけですわ」
何か狂乱に駆られて、分別の無い行いをした。
それ自体は、まだ若いのである程度仕方が無い。だが若かろうが何だろうが、地位が高くなればそれだけ影響は大きくもなる――だがこの場合は取り返しが付かないほどでもない。
「若さに駆られて無分別な行いをした、だから訂正し、巻き込んだ少女の行く末を宜しくしてくれ……一言そう言えば良いのです。別に言って回った場合と同じ大声で、言った人々に言わなくても良いのですわ。陛下とか王妃様とか私の父とか……私とか」
無論何も無かった事には出来ない。
だが最小限の被害に留め、丸く収めるのが不可能な案件でもない。
騎士見習いの少女は、避妊の魔法を施されているので王家の胤を宿している可能性は皆無だ。
国王や王妃に教会も含めて、この国で最も信用されている面子の立ち会いの下に施術された。
一時の愛人であったに過ぎず、口約束は交わしたが、特に何かに繋がる物は残されていない。
王太子からのプレゼントも、彼の財布から出ている以上は、特に何の拘束力も無い。
安易にした口約束の記憶が皆に残るだけだ。
「……そこで、です。正妃はともかく側女やら愛妾の座を狙って、王子に阿る馬鹿者が現れたのです。強固な自負心の殿下です――陛下ならばまだしも、我が父にすら頭を抑えられている現状に忸怩たる物があったのでしょう」
今回の件で何かを目論む者たちでは、おそらくは他国の姫君の輿入れを妨げる事は適わない。
戦争を起こしてでも、位を上げたい……そう思う者は少なくないが、娘を差し出す事によって、映画を掴もうとする程度の輩が目論むには、事が大きすぎる。
「……そう複雑な話でもないのです。殿下の宣言は横紙破りすぎて、大抵の方が眉を顰めました。近隣の国々の姫君の内の誰か、それが王太子殿下の正妃になるでしょう。でも今の我が公爵家の後ろ盾がある限り、側に侍る側女にせよ愛妾にせよ送り込み難いのです」
そうした事で我が儘を言ったのは、この時までは騎士見習いの少女を正妃にすると叫び散らした時だけだ。
第二妃や第三妃は当然だが、愛人としては認められる愛妾ですら選ばれるかは微妙である。
後ろ盾が皆無な、ほぼ平民の娘を正妃とする……ロマンスとしてはともかく、それを実現させようとするのなら、粘り強い交渉を方々で交わさねばならない。
そうしたいと王太子が宣っても、へいへいと平伏するほど単純ではない。
非公式ながら、その娘自体が国王と交渉した、と噂になっているから、王侯貴族は見守っているに過ぎない。
「……現状は、公爵令嬢すら国策の名の下に捨て石というか咬ませ犬にしている状況ですわ。王太子ですら、自由に振る舞える話ではないのです。いいえ己が価値を明確に打ち出し、自らの正妃を自ら選ぶメリットを声高に叫んで万人に納得させれば、自由に出来るかもしれません」
その意味では先程の責任云々と言うのでも良い。過去の言葉を過ちと認めて、綺麗に収める。それはそれで王太子の価値を強力に打ち出すのだ。
「現状で、第二王子殿下や王女殿下方々に王太子を交代という話は起こっていません――表面上では。やはり都合が良いですから。でも所詮はその程度で、オイタがすぎると思われ始めているようです」
文武に秀でる……だが決して突出してはいない。
学生の内は優等生でいいが、実際に政務に軍事に携わって、飛び抜けて優秀かは別問題である。
要するに現状は優等生にすぎないのに、傍若無人に振る舞いがすぎる。
この平穏時、他国からの輿入れに不安要素をが起きて、戦争の原因にでもされては適わない……と上層部は思っている。戦争は大仰でも、あえて弱みになるような要素は消したい。
「……ですが階梯を上がるのは平時では難しいのです。だからこそ僅かでも隙が出たら、そこにつけ込むのは……貴族or平民を問わずに、むしろ必然ですわね?」
公爵や侯爵の位を持つ者たちは静観している。
だが伯爵位の中でも主流ではない者たちが、婚約者である侯爵令嬢や、恋人(?)である騎士見習いの少女の追い落としを狙っている、という。
そうすれば己の息が掛かった娘を、送り込めるかも知れない。
正妃なぞと無茶を言わないで、王太子の閨房に侍る一翼を担えれば、王宮でそれなりの権勢は約束される。
「そのついでに、第一王子派は第八王女殿下を害する様です」
第八王女は、騎士見習いの少女としても、それなりに縁がある。公爵家が後見している関係で、偶に会う事もある。
「……治癒魔術の腕は少し常軌を逸していますが、八番目の王女様にして、後ろ盾のないあの方は、出生の秘密よりも何よりも、身心に秘密を抱えています。その秘密故に王家では不要の存在とされているのです」
だが予想が付かなさすぎて、見習い騎士は言葉も出なかった。
「……第八王女殿下は両性具有……先祖返りの正当嫡子の権利を持つからですわ……先代の市井の聖女を戯れに汚した王弟殿下の馬鹿げた所業で生まれた方でもあります」
初代王は両性具有だった。
豪族や有力者の娘を娶って国を打ち立てた。
文武に渡る天才であり、最強の魔法剣士でもあった。
「……ああそりゃ」
ただ建国から数百年。両性具有の子が生まれなくなってからも久しい。
初代王の子に一人生まれ、その才能を受け継ぎ二代目の王になった。
百年くらい前まで数世代に一人くらいは生まれたが。
だがそこから両性具有の子が生まれ無くなった。
それが放蕩の王弟の子が、伝説の英雄と同じ両性具有と言うだけでも面倒だが。
市井の聖女の子なのも如何にもだ。
王弟は事実が発覚後に、幽閉されて数ヶ月後に病死した。適当に見目麗しい青年だったが。市井の出とはいえ、国政に関わる聖女に害を為し、また子まで生ませたとあっては……。
これで男女どちらでも、適当な貴族に養子に出されたかで済んだが。
教会も含めて安易に殺せず、しかして無視するわけにも行かず。
これで武の方に才能があればまだしも、医療系の魔術の才能というから余計にややこしい。しかも教会も含めて後ろ盾になりそうな勢力も皆無である。
本人も弁えて大人しい少女である。
まあ色々報告していない事も多そうだが。
「……その生まれ故に特別視はされるでしょうが、切り札的に役立つと陛下が庇護していたのですが……」
結局か秘匿が難しくなった、と言うことである。
「……いえここは、殿下を逃がす事に決めたようです。バランスブレイカーである事は間違いのない話。でも安易に殺すにも……と」
そこで白羽の矢が立ったのが、公爵令嬢である。
「婚約は破棄前提とは言え、王族とのそれです。私がただ一人の娘というのならともかく、今から格下がどうちゃらとか、身分の釣り合いをこうちゃらとかするには、王族の醜聞を知りすぎている……という態で、関係者諸共に退場することに、我が父がしました」
誘ったという事は、計画には騎士見習いは入ってなかったが、残ったとて、である。
「……幸い武術は皆が適当に弁えておりますし、この娘は半妖精族で見目通りの年齢ではない元冒険者です」
そう侍女を指さしていった。
エルフと人間が混血するかは議論が分かれる。
ただ時偶生まれてしまう遅老長寿なモノを半妖精族と呼び習わす。学会の定説では、混血というよりも突然変異ともいうが、症例が少なくて分からない。
公爵が若手の時代にスカウトされた元冒険者であるという。それで王太子の仮の婚約者になってから、護衛も兼ねて側にられるように、子爵家に養女に入った。
貴族は魔力が市井の人々に比べて多いから若い時代が長いが、凄まじく長寿なモノでも貴族以外な市民の平均の精々倍である。
ただ半妖精族と呼ばれる人々はさらに寿命が長い、時もある。
ただ市井、特に農村に生まれたりするとだ。育たない事を嫌って、ほぼ追い出されて野垂れ死に……上手くいって町について花街に流れ着くか、冒険者となるか。
「……色々と面倒なので、国から逃げる算段はしていたのです。でも他所の国に逃げたとて……だから一生表向きには帰らない……王族貴族から廃される形……死んだと言う事にして国から出て行くことに決まりました」
娘の希望と、面倒な柵から抜ける……魔術師として身を立てたい娘の希望……公爵家令嬢といいつつ、あまり家に居場所がない存在でもある。
妾腹なのはともかく、その割には優秀すぎた。特に虐められたわけでもないが、色々歓迎されがたい状況ではある。
この国の爵位は女性でも継げる。魔術師として国有数になる器の令嬢は、跡継ぎ競争に名乗りを上げられる……だから少しややこしい。
後ろ盾のない下級貴族の母であり、その母もお役を終えて家臣の何某に嫁いでいる。
まあだからこそ認められた女児ではあっても、当て馬というかな立場におかれた。
特に疎まれてもいないから、希望を聞いた上で帰らぬ状況を聞き入れて、最大限それを活かす方を選んだ……王女も、今更両性具有の英雄を彷彿させるからと玉座の近くにいると、存在を利用しようとする輩の跳梁が面倒だ。
「……王族の外れ者と公爵家から外れてしまった我が姫君と、王太子殿下によって騎士爵家から外れてしまった私は……国にいられると……と言う訳ですか」
一応は謀殺という方向でないだけマシである、勘ぐれば勘ぐれるだろうが。
あるいは王族の血を外に出す謀かとも思ったが、首を振って否定する。面倒な割りに実利もない。
(陛下も王妃殿下も情はありそうな御方だった。だから逃げたら追わぬ程度の情はあると言う事か。まあどのような思惑であれチャンスがあること自体は悪くない)
追われて始末される可能性が無くも無い。
だが残れば、それはそれで口封じに殺されるのが末路だろう。
「……錬金術で、身元不明の死体をちょちょいっと。でも親御さんも言い触らさなければ、何も言わずに……ではありません」
一応ごく真っ当に大体下級近衛隊士としての忠誠はある父たちだ。二度と会えないかもだが、半ばこうなる……このような結果になるのは覚悟していた。
良きにつけ悪しきにつけ、下級士族如きが王族の政争に巻きこまれれば碌な末路になってしまう。近衛だからこそ、王侯の内紛は肌では感じてきていた。
無論下級士族如きが、詳細に触れる事も無いだろうが、王弟が幽閉され病死した経緯くらいは知っているのだ。
(でも、彼女等と冒険者も悪くはない……その場合この国からなるべく離れた方が良いでしょうが)
手紙等は残せないが、今から別れの挨拶に時間を割くことはできるだろう。
詳細を煮詰める為に服装を整えながら、最後の挨拶を考え始める。
「……これが貴方の望んだ結果です」
第八王女と公爵令嬢……さらに騎士見習いの少女の死体を前に呆然としている王太子を見下ろしながら、公爵は冷然と見下ろしていた。
その場に国王もいるが、こちらも悄然としている。
「……ちが、わた……しは……」
最も王は悄然としてはいるが半ば演技である。
「我が娘と妹姫、それに貴方の愛人だった少女。ケジメも付けず領袖として手綱も握れずで、一部の貴族に暴走を許した……だから殿下には選んでいただきます」
そうして懐から毒々しい薬の詰まったガラスの小瓶を取り出す。
「……確かに我が娘は仮初めの婚約者、実際に結婚する確率は万に一つ程度。とはいえだからこそ立場を尊重し、彼女の次の人生を祝福する度量はほしかったですな」
公爵は冷たい瞳のまま少年から漸く過ぎた青年に向かって言い放つ。
「確かに両性具有の姫君は我が国では意味を持つ……さりとてああも後ろ盾のない少女を殺さずとも如何様にもできたモノを」
父親たる……いいや実際には伯父である王子の父が涙を流しているのをみて余計に項垂れる。
(……どうしてこうなった)
確かに王子は愚痴の一つも言った。
仮にでも婚約者であるのなら、もう少し寄り添ってくれても、と。
役割は熟すが、余人に誤解されないように一線を引く彼女を疎ましく思ったこともあるし、側近たちに洩らしたこともある。
両性具有の妹……実際には従妹など真面に会話した事も無い。
ただ競争相手になってしまった時に、さっさと王位継承権を放棄して神殿にでも行くか毒酒でも飲めば、と。戯れに口にしたこともある。
「……子供っぽい戯れ言にしても、無理矢理にモノにした少女を謀殺するなどと……」
小瓶に入った薬から目を離さずに、王子に向けて言い放っている。
異論を唱えたいが、言葉にもならずに首を振る王子。
「……結果、貴方に焚き付けられたと称する中級貴族と、それに乗せられた騎士団を含むチンピラが襲い……善戦虚しく殺された……戯れにしては……」
泣いて怯える王子を見て、舌打ちしたくなるのを王も公爵も抑える。
乱世の時代から幾歳。自分達は幾度も戦場に出たが、そうした機会も減り、世は軍縮に向かう。
戦時における軍人の数と平時はやはり違う。
ただいきなり馘首などと言い渡して、兵士が行き場もなくあふれたら治安が乱れる、最悪反乱が起こるで面倒な事この上ない。
だから広がった領地と、未だ開拓されていない荒れ野の開拓すると叙爵して領地を治める権利を手に入るようにと、失業対策に気を配った。
公爵家や侯爵家に辺境伯家……所謂上級貴族家たちは、この時は超党派で一致団結して国難を乗り越えようとしていた。
幸いと言って良いか。隣国が滅んで広がった国境付近も含めて、国内にはまだ開拓が済んでいない手付かずの土地が大量にあった。
良くも悪くもだ。続いた平和で余剰がでないで安定した時期からの、戦争やら隣国の失墜からの滅亡やらで終戦。そのために騎士……はともかく兵士が余った。
騎士も手柄を機会が減ったが、補助金は出してくれる開拓があれば家を広げられる。上手くいけば士族から下級貴族くらいになれるかも。
好戦的で領土拡張を夢見た先代の時代から、漸く平和路線が定着し、発展の時代に来たと思った頃の青天の霹靂だった。
国家を運営する大貴族たちはともかく、中級の彼等は一発逆転を狙って親征などと周辺の国を攻める意見も出つつあった。
その旗頭にされたのが第一王子である。
国内の名門の姫君を母に持つ彼は、母の実家の寄子の家を中心に、気宇壮大な夢を焚き付けて……。
多数派ではないが、少数でもない微妙なそれである。そうして公爵家・侯爵・辺境伯家としても色々と頭を抱える。
天変地異が続き不作が続いたからの戦乱である。
自分達の収穫が微妙ならば、他所から持ってきてしまえ……山賊の論理だが、切っ掛けはそのようなモノだ。
無論それだけでも無い。裕福で唯一豊作でもあった一番の大国が、輸出を渋った事もある。
だがどの国の思惑も狂って、そうしてどの国も得をせずに引くに引けなくなった。
結果泥沼の戦争になり、一番強国で唯一の豊作でもある四方を敵に回した隣国がだ。敵国によらず内部崩壊によって滅び……そのため内乱と周囲の切り取りで、戦争は二十年も前に終わっていたが、小競り合いや緊迫感は続き、戦争の影響からは抜け出せず。
ようやく落ち着いたのが十年前だった。
天候も落ち着いたことで、まあまあ安定した収穫が続いた。国は分裂したが、収穫は適度にあった国を各国が切り取ったために、まあまあ落ち着いてしまった事もある。
だから主戦派、と言うよりも戦時中の英雄譚の華やかさに焦がれる世代が台頭し……。
だが安定を実感し始めてから十年経っても、個々の領地はともかく国としては復興の段階である。
手に入れた領土も、開拓がようやく回り始めた頃である。
上級貴族たちは一応の超党派だが、それぞれ思惑もある。
だが思惑を揃えて戦争に挑むのは今ではない。
この適当に見栄えの良い王太子が旗頭になってしまうのを、だから見過ごした。
現王は穏健派なぞと言われるが、積極的な武闘派でないだけで、穏健派からは遠い。
一息は付けたが余裕もなく、戦争を行ってしまった周辺諸国は、どの国も漸く蓄えが生じた程度。安定と発展にしばらくは専念したいのも事実である。
但し隙あらば食らい付くのも国の習性でもある。
この国も含めて大小様々なちょっかい自体は掛けているだろう。
そうして王太子は憖じ性能は有能だからこそ英雄に憧れて、開明派と呼ばれたい欲もある。
だから男爵と騎士階級や、伯爵以上の次男二女以下の爵位を継ぐ予定にない子息と交流し感化された。
それが開明派を気取りたいだけの似非と知れたのはだ。
騎士見習いの見目麗しい少女を、恋人でも愛人でもなく慰み者にしたに尽きる。
隠すだけの能があれば良かったが、それを隠す事もせずに蹂躙して吹聴し、自分の好みではないと知れると面と向かってでは無いにせよ罵倒し、放置した。
正妃はおろか愛妾や愛人にすらなれない程度な、ただ定期的に会って貪るだけ。
彼女が弁えているからこそ、それが浮き彫りにされる。
一定以上の教養を持った淑女に養育をするでなく、社交に引っ張り出すでも無い、中途半端な扱い……愛だ恋だと騒いだが、権力尽くで情婦にしただけと知れたことだ。
内実はともかく、それを取り繕う程度も出来ない事を見て思われた「何が開明派だ」と。
そこで王から見放された上に、初代王にあやかった第八王女に王位を譲るという噂が出て、彼を神輿に担ごうとした者たちが暴走した。
これは一挙手一投足まで監視されていたが、配下というか影響下にいる者たちの動向を把握も出来ていない……ましてや統制も取れていない。
ならば面倒な主戦派(と言う程の者たちでもないが)の実行する跳ねっ返りの腕っ節自慢を返り討ちにし、過激な意見で行動に移してしまう策士気取りのお調子者の排除。
そりゃ上級貴族たちは誰でも策謀の一つや二つは企てているモノだ。
だがこんな判り易く、かつ誰も同意を得ない方法を実行する馬鹿者に、策士を気取られたり烈士として認めたりも出来ない……適当に飴玉をしゃぶらせる気にもならないから排除した。
思った以上に馬鹿だった為に、策士気取りの半ば以上まで捕らえられて、実家に監禁されて不幸にも儚くなってしまう偶然が重なる。
腹心候補の半分くらいは、敢えて静観させて王太子の挙動を監視され報告されていた。
誰に……色々だが。
「……貴方は陛下に対して反乱を企てた首謀者です。ましてや我が娘や妹君……教会管理の妹姫の生命も奪った……ましてやあれほど大騒ぎをした愛人も、この機に乗じて処理したのです。最早、全方位に喧嘩を売った貴方を認める者はいない……さりとて自国の王太子に反乱を企てられたとされるのも外聞が悪い」
そうして小瓶を撫でる公爵。それを沈痛な面持ちの王と無表情にそれを眺める宰相以下公爵侯爵辺境伯の面々。
「……選んでください、この薬液を飲み干すか……我らの言う事を聞くか」
そうして王太子の関与は無かったことにされた。一部の貴族も加わった賊であり、その関係者の取り潰しや退職や左遷……良くて閑職においこまれた。
王太子は廃嫡されなかった。
しかし後世に発見された非公式の布告で「王太子の期間中に子供が生まれても王族に非ず」と文書が残っている。
後の事は既定だったのだろう。
王太子でありながら、妻帯は出来ず。
極々安全な遊び(安全な花街)に通った記録は残るが。
結局は十年ほど後……30になる前に廃嫡され、子爵を賜って王領の代官となり、そこから出てこなかったのが公式の記録であり、「何かミスをして転げ落ちた」王太子であったとだけ記録されていた。
その後……30過ぎて妻帯はしたようだが、領地のそれまでの代官の娘であったらしい、とされるが名前も残っていない。
子供も生まれたようだが、特に中央に来るようなこともしない、王家の領土の代官の家系に落ち着いていて、特に表舞台に立っていない。
だが大声で社交の場だの学校だので叫んでいて、一年ほどで興味を無くしたが、彼女と上手に後始末を付けなかったこと。それで色々な貴族や商人の書き物に残っていた。
悪い意味で知る人ぞ知るだった訳だが。
随分と歳月の経った後年、王国が隠そうとした第八王女や公爵家令嬢、さらには件の騎士見習いの少女も亡くなった事件が発見されて議論を呼ぶ。
身分のある少女と、その婚約者の寵を失いつつある愛人が、一見何も関係の無い理由(見習いに姫君の護衛任務)で一所に集まった時に狙われて惨殺された……これは陰謀だったのではないかと、戯曲作家や劇場の公演などの芝居の演目などに選ばれて、変に有名にはなる。
ただそれも百年は後の話であり、残っている話の大半は戯曲の演目に影響されている事実かどうかも分からない話だけである。
そうして物語の演目に僅かに残ったまま暫し時が流れる。
「……お兄様は、結局どうなるのでしょう」
メイスに付いた血糊を魔術で払いながら、第八王女……いいや神官戦士は問う。
「……姫様……と言うのもこれから変ですね。まあ追々、で良いでしょう。神輿は軽い方が良いと見過ごされてきましたが、それはそれとして掣肘も出来ない領袖気取りと判別されたでしょう。ただ王子様や姫様方も幼くいらっしゃる……上の方々は嫁いでもおられるので、玉座に座るために王配候補を伴って戻るのにも時間が掛かります。そこで時間稼ぎの王太子という最後のチャンスと風除けに使うおつもりです、上の方々は」
第一王子ではあるし崖っ縁なのも間違いのない話だ。
そのために、寄って来る馬鹿者やら他国への干渉やらに、使い潰そうと考えた……らしい。
「……今更だから聞いちゃいますが、誰がですか……」
剣士として才能があるとしか聞いていない姫は、憧れも含めた驚きで騎士見習いの少女を見る。
少女が受け持ったのは壮年と青年の騎士……一団の中で腕利きのそれだった。
姫では神性術と魔術を使わねば、一対一では余裕で負ける……使っても互角に戦える程度、二対一ではどうあっても厳しい。
国で有数かはともかく。近衛だとか精兵でない治安維持の騎士としては腕利きだったろう。
それを一刀の下に斬り伏せた。
剣で剣を斬った……烈剣……いいや鋭剣。いずれにせよ、まあまあの品質の剣で対手の剣ごと斬ったのは驚きである。
将来は国で有数という噂も耳にしたが間違いだ。現時点で国で有数の剣士である。
腕が立つのは承知していたが、些か強すぎる。
だが将来国で有数という評も理解できる。鋭剣は武闘大会では実力を発揮しづらい。
強い、が技と技をぶつけ合うよりも、手早く対手を抹殺する類いの剣だ。
綺麗な剣技が優遇される近衛では、実力が発揮し難かったかもしれない。
「……公爵家全部と侯爵家もですわね。辺境伯家の方たちはどうでしょうか……でもこの程度の配下も御せぬならそう言われますわね」
令嬢は、顰めっ面で金で集められていたチンピラの死体を弄る。
女が二人いたし、体格が華奢な者も数人いた。
それを弄くり、死相によって形相が変わったことも込みで、少女たちに似せる様に変えている。
ただし反対者のいないほぼ出来レースな為に、そこまで真剣に似せる必要も無い。
暴漢に襲われて多勢に無勢で殺された……だから原形は留めないでいいわけだし。
錬金術の徒でもあるから、このような事も出来るが。こんな汚れ仕事を初っ端にするのは納得出来ても、心楽しい訳でもない。
ただこんな謀は、関わる人数が少ないほど良い。技術的に問題ないから自分がやる、とまあ。
「……意志のない魚ならともかく、意志のある人間相手の生き餌ならば高貴だとか役職に就いている方が食いつきが良い……そうです。私自身も生き餌のような物でしたから、そこまでそうした物事を学んでいませんが」
杖をふるって賊と対峙していた令嬢だが、特に負けてもいなかった。たださすがに圧倒まではしていなかったのだが、そうして令嬢に向かった者たちは侍女の小刀で一突きにされている。
気配を消し、素早く死角から一突き。騎士や戦士とは別の技術の賜だ。
馬車から自分達が来ていた物と同じ服を取りだして、令嬢が雑に自分達に似せた死体に着せている。
その傍らに、王太子の取り巻きの中の二人がだ。喉を潰されて両手両足を縛られて転がされていた。
全員殺して渡すのも不親切とは令嬢……いいや元令嬢の言だが。
だが取り敢えず喉を潰し両足の腱を切ってはいる。
王家に上等こいたので、何れにせよ極刑かそれに準じる刑だろうが。証人として捕まった時は生きていた、という意味以上でもない。
特に苦労するわけでもないから、従っただけではある。
まあ王の腹心候補も兼ねた取り巻きだろうから名家の出だろう。使いっ走りのようなことをさせられているから、彼等の中では下っ端だろうが。
別に生きようがどうしようが構わない。自分達は国の仕組みから外れたから追い出される……だから穏当に出て行けるように決めた段取りを、可能な限り守る。
それ以上でもそれ以下でもない。
だから尋問なんて無駄なこともしない。治療して脅して……侍女は玄人だから出来るかも知れないが、今更各家の情勢を知ったとて。
それに王女がいるから治療はすぐだが、普通はそんににすぐに治りはしない……喉は魔力を込めて斬り裂いたのだから。
「……今度の件で、持て囃された騎士たちからの支持も失う……いいえ一部の跳ねっ返りによって為されたから、それ以外には元から無かった……他ならぬ貴女への扱いで」
元令嬢……魔術士は騎士見習いの少女に言うが、苦笑で済ませる。
今更だし、変わった存在が目に付いただけ……少女自身はそう弁えていたが、少女が弁えているとは、中々信用されない。
まだしももう少し上位の貴族家出身なら、色々と弁えた嫁ぎ先も用意されただろう。
だが下層とも言いきれず、勿論上層でもない。
身分違いの恋は悪ではなくて、難しいのだ。環境から思考から全てがズレる。
敢えてそこに踏み入るのなら、それなりに上手な所を見せなければ四方から嫌われる、事もある。
開明派と公言したから集まってきたが、家局は身分の下の者なぞ眼中になく弄ぶと知れた。
そんな王太子に嫌われたまであるから、上層に嫁ぐ事も出来ないし、さりとてあれほど大騒ぎされたら下層に嫁ぐ事も士官も無理だろう。
何れにせよ国から出る事になった。
皆が黙って少し時間が空いた。
「……お嬢様」
執事然とした青年が、見窄らしくも豪華でもない、ちょっとだけ成功した冒険者が背伸びしたような馬車が現れ下りてきて声を上げた。
「……貴方が来たのは意外ですわね。でもまあ最後……いいえ生涯よりつかない訳でも無いのでしたわ」
青年は将来の執事長候補、である。今でも席次は上の方で、それなりに忙しい身だろう。
これも誠意かもしれない。
家族への別れの言葉は済ました。色々と後始末に繋がる事も終えている。
十年くらいは近付かない意志はある、が。
熱りが冷めたら近況を伝えに来るぐらいは許す……そう伝えられたのは令嬢……いいや皆がそうだ。
「これを持ってきてもらえるか、多少は不安でした。錬金術士としての私の集大成でしたもの。ただ外観でそうそう我が家で使うようなそれでもありませんが」
外観も含めて上級の貴族には一定の格が必要である。前述の通りこの馬車に品格はない。
二頭の馬に引かれた外観は非凡な処のない馬車。
「……さて皆様、乗ってくださいまし。馬型のゴーレムですし、御者も然り。一晩でも二晩でも走り続けますが、馬鹿な考えの者が現れる前に退散した方が良いでしょう」
そういうと馬車に誘う。
御者は一応女性に見える、が。妙に印象に残らずに、女性に見える。
「……後は頼むと、父上にお伝えください。まあ別れは済ませましたが」
当主様や奥方様たち、兄君様姉君様方、家人一同からのお心付けですと執事の青年が、手に提げていた袋を渡すと、ありがとうと受けとる。
一歩入ると中は広い空間がある……そうして、その中心に公爵家の規模では小さいが十分広い屋敷があった。
騎士爵家の生家よりも大きい家が、ポツンとある。
空間拡張で広場を作り、屋敷を移築できる。超一流の錬金術士であり魔術士である。
「家ごと引っ越す用の馬車ですわ。あまり目立ってもアレだと外観は拘らなかったのです」
「この馬車自体は期間限定ですの。空間拡張で移築のため、数ヶ月だけ移動に使う用ですわね。とにかくこの屋敷を移築できる場所を探しましょう」
二国ぐらい離れるのが良いですわね……そう言った。
第八王女は変に担ぎだされるからだが、令嬢は令嬢で優秀な術者だからこそ居場所がなかった。
時代を冠絶する術者……かどうかは分かり兼ねるが、国で有数になる可能性は大いにある。
別に義母たちに虐められても、兄姉との仲が悪いわけでもない。むしろ良くしてくれた方だし、餞別もくれるぐらい可愛がってもくれた。
熱りが冷めて子供でも出来たら見せに来い……という程度には良好だった。
ただ身分の低い母の令嬢が後を継ぐなり、序列が上にいくとだ。家臣たちのバランスが悪くなる。後ろ盾が無いのに家臣からそっぽを向かれると暮らしづらい。
好色だから妻が複数いる……嘘ではないが、それだけでも無い。政略結婚とは色々配慮が必要で面倒でもある。
自分で素材を取れる系の術者になるべく、幼少期から元冒険者の侍女の教えを受けて、何時でも出て行けるように暮らしてきた……だからこそ姉たちでも妹たちでもなく令嬢に当て馬の役割が回ってきた。
そうやって家臣を納得させていた面も大きい。
役割がどう転ぶにせよ、少女は早晩国を出たろう。そう内側では思われていた……所謂「後は野となれ山となれ」だからだ。
いいや立つ鳥は跡を濁さずとの方向で行こうと思っていたら、他の公爵家などからも依頼された。
王太子の査定を頼まれたのだ。
まあ結果はご覧の有様ではある。
殊更に令嬢が査定しなくても、自分で墓穴を掘った。
「……結局王太子殿下はどうなるのです?」
騎士見習いの少女も幾度身体を重ねたとて情が湧く事はなかったが……より正確には多少湧いたが嫌悪が消える事も無い。しかし実家は変わらずこの国にある。
御家騒動なぞ無い方が良い。
「王家の方々には長く男子が生まれませんでした。弟君もお一人ですし、姫君方で玉座に就けるような気概のある方も多くはありません。何れにせよ時間が必要ですので……時間稼ぎですわ」
教育には時間が掛かるし、器量を見極めるのもまた然り。
無論これから精進して王太子に盛り返す目が全くないとも限らない。
公爵家を敵に回し、王家を失望させただけでも辛い。その上に神輿にと期待された騎士たちも落胆させた……ここで担ごうとしてくるのは他国ぐらいだろう。
いいや落ち目だからこそ一発逆転のギャンブルと興じる馬鹿者だっている。
良きにつけ悪しきにつけ、この状況で担ごうとするものは色々切羽詰まっているか、適当にかき乱そうとするだけか。
「……優秀な方だったはずですのに」
そう少女は呟くが。
「……だから才に溺れたのでしょう。いやまあ溺れるほど優秀だったかは微妙ですが、何でもそつなく熟せるというのは、それなりに誇るべき才です……そこで英雄になりたくなったり、開明派を気取りたくなる方向に行ったりしてもバランスを考えられれば良かったのでしょうが」
結局はガワが良いだけだった――英雄だの開明派だのは戯言だった――未熟な少年の願望で押し切れるほどの優秀さもなかった。
それでも身内の忠告を聞いていられれば、真面な王になれた物を。
「何かを踏み出そうにも色々やらかしたので、後ろ盾になってくれる上級貴族はいはしません。あそこまで底の浅さと思いやりの無さを晒せば開明派も寄ってきもしないでしょう」
ただ挿げ替えられる人形の首なんて、適当に便利ではある。役目を全うするのなら、王領の管理者ぐらいはさせてもらえる、かも。
「……他の王位継承権上位の方々が成長しきるまでの当て馬。あるいは玉座に就いても各貴族の調整だけに従事されて終わるだけの傀儡……そう目先の対処で追われる一生でしょう。王位継承権を持つ人々によっては早々と引退して捨て扶持で生かされるかもですが」
特に凄い興味も無いのでそこで終わらせた。
家でお茶を飲みながらだが。少女は物思いに耽っていた。
騎士見習いの少女も家事や炊事が出来ないわけでもなかったが、とはいえ騎士爵家であり、手伝いやらは数人……住み込みは老女が一人はいた。
専任の料理人がいるほどでもないので、最低限は出来たが。まあ最低限は最低限だ。
身分が下の方なのに、一番出来ないのもと思って落ち込んだ。
「……大丈夫ですか?」
そう第八王女に問う騎士見習いの少女。お茶を飲みながらの一時だ。
「……私も神官戦士の修行は積んできましたし、家事も自炊もしておりました。姫だ王女だ言われても、何れ国を出るか辺境で開拓の協力に従事しながら魔物や盗賊を狩る仕事をしていたでしょう」
実戦も幾度も詰みましたし――境界で、特に優遇はされていない……は嘘だろうが。それでも市井の生活と掛け離れている、とも言い切れない。
質素倹約を旨とする生活に、修行と称して魔物を狩り、盗賊を討伐する生活。
外観は少女だが、男の強さも兼ねている。
「……お強いのですね、憧れます」
そうキラキラした目で語られれば、悪い気はしない。絶世の美少女にして美少年なら尚更だ。
元より顔を合わせた事も会話した事もある。為人は概ね知っていた。
歩き方や魔力の洩れ具合から、相応にはできるのも分かっていた。
女性にしては漏れ出す魔力が異質と、気づいてもいた。差別する事柄でもないし、踏み込むには身分が高い。
穏やかで優しい性格だから、市井の生活、おそらくは冒険者の生活に耐えられるかと思ったが……少女と同じくらい実戦を乗り越えて来たと知って、驚くとともに頼もしいと思っている。
(凄いな私を含めて一応貴族……関連の出なのに、実質的な意味で足手纏いが一人もいない)
あえて言うのなら公爵令嬢は実戦経験が少ない、が。
彼女は直接戦闘よりも魔術士なので、今のところ差して問題でも無い。
先程の戦いも賊を撃退していた……生命を奪ったのは経験者でもあろう侍女だが、それも問題は無い。
死体を弄ったのは彼女であるし。
憧れの視線を向けられて、色々気分の良いまま未来に思いを馳せた。
可愛らしい少女の行動は少し不安に思っていたが、温室育ちではなかった。
これなら不安なくいける。少なくとも次に繋がる戦いまで生き残れる確率は高い。
少女自身、近衛の家系と言いつつ、士族の出で、近衛の中でも下層の兵士的立ち位置である。
見習いとは言えだ。幾度も賊や魔物相手の実戦に駆り出されて、生命を奪った事も無論ある。
剣を捧げた姫君と、好感を持つ姫君(?)。そうして年上で頼りになる侍女。
剣の修練は好きだし、強さを追求するのだって悪くもない。でも強さだけなぞ高が知れていた。
まさか冒険者になるとは思っていなかったが、愛する者たちが側にいて強さを追求できるのは望む所ではなかろうか。
ニコニコと紅茶を飲む愛する令嬢……魔術士を見つつ苦笑する。
(高貴な姫君たちや優美な侍女殿、国を追われて逃げ出す惨状なのに、一番国に未練があって逃げ出す意志が薄いのは庶民に近い私か。それで不安にならないのは、私も根っからの騎士だったからか)
姫君を守は騎士の本懐、なぞと自然に思ってしまう。
それが妙におかしくて、苦笑が消せないでいた。
公爵家当主の次代の当主たる息子宛の書きかけの手紙に、「遠い国で超一流と呼ばれる冒険者の一団に依頼を出す。友誼によって幾晩か泊めるので話の種に顔を出すと良い」などの記述のそれが発見される。
調べると似たような内容の手紙を子供たちとあと一つ、騎士爵の家に送ったようだ。
特に接点もない騎士爵家の家に、異境の冒険者が来た、という手紙を送って呼び寄せたのが奇異だと研究者が調べた事がある。
その手紙を、騎士爵家は綺麗にして取っておいた事と、子供たちも保存していた事で、何某かの意味があるのかと研究はしたが。
同じ時期に討伐と探索の依頼で、異境の有名冒険者を招いて事件を解決させて、その褒美に王宮にも呼び寄せたとはある。
皆が妙齢の美女揃いではあるが、極々私的な宴席を設けただけで終わっただけで、特に民衆の口に上るようなそれでも無かった。
ただその冒険者もこの国を気に入ったと見えて、数年に一度くらいは足を運ぶようになる。
それだけと言えばそれだけであるが、全員が魔術の徒でもあったのか、長く若く活動していて、かなりの間は中核の四人は変わらなかった、らしい。
その四人の冒険者の内三人までが妊娠したと、暫し訪れる事もなかったが、旅に耐えられるようになると、子供連れで友誼のある公爵家に顔を見せる事もあったようだ。
幾度か大きな事件を解決もしたようだが、代が変わていくと交流も途絶え国に来る事も稀になる。
その発見した歴史家は、何某かの意味を見出そうとしたが、特に大仰な物もなく。
一度顔見せに来て以降は年に数度程度は手紙が来た……らしい。
偶然世に出た断片で研究していたが、それで何かに繋がるそれでも無く。
後年その歴史家の資料を見た物書きが、それをヒントに同時代より少し前の御家騒動と結びつけて人気作を上梓し、そこそこヒットを飛ばすが。
そもそも家名もなにも変えたし、事件も敢えてズラして書いたために、実際の事件と相反する事も多く。特に結びつける物もいないまま、ただ小説だけは変に有名になって後世に残り。
さらに時代が下って、小説の元ネタを研究する気運が高まった時に、割とほぼ全ての事情が明るみに出る。
ただそれは関係者が死に絶えてから、さらに歳月が過ぎていた。
公爵家も残ってはいたが、殊更に隠すようなそれでも無く。
英雄譚として色々な作品が上梓or上演されて、有名なそれになってしまう。
ただ一人残っていた、老境に入った半妖精族の元侍女は、その様を見て苦笑した。愛した姫君たちと騎士に夫を偲ぶが、研究の類いすら割と出鱈目だったと家族に語る。
半妖精族の自分すら生きてはいないだろう未来まで語り継がれる物語になった事を墓前に報告したが、彼女たちは笑っているだろうと思いつつ、それを肴に杯を重ねる。
すっかり弱くなったと零しながら。
自分の子孫に両性具有の子も生まれたが、半妖精族は生まれなかった。魔術で至純に到った者たちだから、それなりに長寿だったが。
種族が違う長寿は、やはり違っていた――彼女等が生きたのは精々平均の倍以上程度だった。
老境に入ると言いつつ、老いを自覚してから見目から身体から一気に老人のそれになった。多分もう長くはないとは思うが、特に怯える事もなく。
さすがに悪役令嬢とか、悲劇のヒロインとか、兄に恋した妹姫と書かれたそれは腹を抱えて笑った。
三大悲劇の演目と言われて苦笑する。
夫と妻たち……誰をさすやらな日々を思い笑う。
一々否定の声を上げても意味なぞ無い。あの方々が生きているのなら、侮辱と捉えて闇討ちぐらいしたかもだが。
子孫すら影響のない遙かな昔の英雄譚である。
笑って済ますのも器量だろう、と踏ん反り返っていられる。
一番事実と近い作品の著者に、匿名で詳細な資料を送る手筈は済んでいる。
戯れであり、特に何かを期してでもない。
口をつぐんでも伝えても改変されるなら、事実に近い著者に資料を送ればどうなるか。
ただ自分の今際の際に送る方が面倒もなかろう、と。
自分と愛した人々の子孫の行く末を見守りながら、無数の喪失を堪えて生きてきた。それでも土産話が出来たと笑って老女は杯を重ねた。




