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第2話 グランド・ロイヤル・ルミエール




 商業都市ゼレウスから南に数キロ離れた、湖畔の貴賓街『ルミエール』───


 アロンとリンカはルドベキアの依頼を承諾した後、すぐさまこの街へと向かっていた。

 移動はすべてギルド側が迅速に手配してくれたおかげで、深夜のうちに、わずか数時間で到着することができた。


 基本は歩きで冒険業を営むアロンたちだ。もしギルドの支援なく自らの足だけで向かっていれば、到着は朝になり、テロリストどもに場所を変えられていたかもしれないからだ。それだけギルドも、そしてルドベキアも切羽詰まっていたのだろう。



「……しかし貴賓街か、まさに俺にぴったりな街だな……おい、あれを見ろ、素晴らしい建物だ……マイホームにしたい……いくらだ?」


「今の貯金じゃ到底払えないだろ」



 リンカは、街灯の淡い光に照らされた白亜の豪邸を一瞥し、冷淡に現実を突きつけた。



「むむむ……やはり金はいくらあっても足りないな」


「くくく、金で動く冒険者ではないのではなかったのか?」



 リンカは楽しそうに、喉を鳴らしてアロンを煽るように笑う。

 つい数時間前、ギルド長室で「俺が金で動くタイプだと思っているのか」と豪語した男のセリフとしては、あまりに矛盾していた。

 だが、アロンは微塵も恥じることなく、堂々と胸を張って言い返した。



「それはそうだ……金で名声は買えないからな」


「買ってる奴も見たことがあるが……」


「それはただの愚か者だ……偽の名声に興味はない」


「まぁ言いたいことは分かるが……」



 夜の静まり返った美しい街並みを、二人の足音が静かに刻んでいく。

 会話の中身はどこまでも不遜で、どこまでも噛み合っていない。



「……にしても、ギルドに逆らおうなんて、冒険者の俺たちからすると訳がわからんな」



 アロンは夜風を浴びながら、不思議そうに首を傾げた。

 だが、リンカは歩調を崩さないまま、視線だけを彼に向ける。



「さぁ……訳はないが、とりあえず逆らいたくなるんじゃないのか? お前みたく逆張りみたいに」


「まるで俺が逆張りしてるかのような言い方やめろ」


「してはいるだろ……仲間の選別基準……『活躍したら解雇』ってなんだ? 何度聞いても意味不明だ」



 リンカは呆れたように呆然と呟き、お手上げだと言わんばかりに両手のひらを上に向ける。

 アロンはフッと鼻で笑い、真面目な顔で胸を張った。



「何度も言ってる、俺は───」


「いいいい、お前の発作は長い」


「発作言うな」



 言葉を遮られたアロンが不満げに眉をひそめる。

 リンカは小さく息を吐き、静まり返ったルミエールの夜空を見上げた。



「まぁ何はともあれ、世の中完璧なモノなど存在はしないんだ……ギルドだって完璧じゃない……だが、それでもだいぶ冒険者側に寄り添ってはくれているんだ……反対運動程度で納めておけば良かったのにな」



 彼女の言う通りだった。ギルドに不満を持つ者は少なくないが、それを暴力と略奪で解決しようとする『解放のアンチェイン』のやり方は、ただの独善に過ぎない。



「まぁ……理由はなんであれ……」



 歩みを止めたアロンが、ゆっくりと視線を上へと向けた。

 その視線の先にあるもの──それこそが、今夜の目的の場所である最高級ホテル『グランド・ロイヤル・ルミエール』だ。

 夜の闇の中にそびえ立つその豪華な威容を見つめながら、アロンの瞳に、冷徹なまでの絶対的な『不快感』が宿る。



「他人の金で豪遊するやつは嫌いだ」


「全くだ……」



 二人の声が、冷たい夜気の中に重なる。





 ◆





 湖畔の貴賓街ルミエールには、いくつかのホテルが存在している。

 その数ある宿泊施設の中でも、特に最高級ホテルと名高いのが、この『グランド・ロイヤル・ルミエール』であった。


 広大な湖畔を背に建てられたそのホテルは、客室からの絶景は勿論のこと、併設されたレストランの評判も極めて良い。

 宿泊だけが目的ではなく、その極上のレストランの料理だけを目当てに、遠方からやってくる観光客も大勢いるほど、街の象徴とも言える格式高い場所だった。



「……テロリスト共は……最上階のスイートルームに宿泊しているらしいな……で、どうするつもりだ? いきなり乗り込むのか?」



 リンカはホテルのきらびやかな外観を見上げながら、隣の男に問いかけた。

 正面から暴れ狂うだけなら、作戦もクソもない。だが、アロンは少しの間だけ神妙に考え込んだ後、おもむろにリンカの顔をじっと見つめた。



「…………なんだ? 私を見つめて……」



 不気味な沈黙に、リンカが怪訝そうに眉をひそめる。

 アロンは真面目極まる格好つけた顔を崩さないまま、至極当然のように言い放った。



「……お前、スタッフに興味はないか?」









































「────は?」





────

───

──





 グランド・ロイヤル・ルミエールの最上階に位置する、最高級スイートルーム───


 その贅沢な空間の中で、彼らは下俗なバカ騒ぎを繰り広げていた。

 すでに夜も更けた深夜だというのに、他の宿泊者の迷惑など微塵も顧みることもなく、大声を上げて騒ぎ立てていた。


 その狂宴の中心に静かに座っているのが、グラムという青年だった。

 彼は1年前から、反ギルドを掲げる組織『解放の枷』を作り上げた。

 すでに彼らは4つの冒険者ギルドがある街に壊滅的な損壊を与えてきた───しかし、これまでの4つはすべて、警備も手薄な小規模な街だった。


 彼らは極めて慎重に行動していた……そして、ついに。

 今回は誰もが知る巨大な商業都市に狙いを定め、本格的にギルドの首を獲るために喧嘩を売ることにしたのだ。

 それが、都市ゼレウスだった。


 彼らの組織は全7人の小規模な組織であったが、所属する者の実力は誰もが本物であったため、これまでの凶行も都市治安維持局に捕まらずにいたのだ。



「リーダー! 次の狙いの街はどこなんだよ!」


「おいおい、まずはこの大量の金だろう! 何に使う!」



 高級な酒を浴びるように飲み、下品に笑いながら話し合う部下たち。

 そんな、勝利の余韻に浮き足立つ彼らを、グラムは冷徹な眼差しで静かに諫めた。



「皆さん、落ち着いてください……俺たちは私利私欲のために動いてるわけじゃないですよ」



 グラムのそのあまりに冷静な一言に、部屋の熱気が急速に引いていき、メンバーたちは一様に冷静さを取り戻した。



「たしかに」


「こんな大金、生まれて初めて見て興奮しちまった」



 頭を冷やした部下たちが、各々自らを諫めるようにして静まり返る。

 グラムは満足そうにグラスを傾け、窓の外に広がるルミエールの夜景を見つめた。



「そう……ゼレウスを襲撃したのも、まだまだ目的の第一歩に過ぎないよ……ここからだ……ここで調子に乗れば、夢が途絶えかねないよ」



 夢────


 それは組織『解放の枷』の志でもある、ギルドの滅亡と冒険者への真の自由。

 500億という大金を奪うことには成功したが、今このタイミングで派手に動けば、ゼレウス襲撃で疲弊しているグラムたちが圧倒的に不利になるのは明らかであった。


 今ギルドと全面戦争を仕掛けるには、彼らの組織は武力も手数も圧倒的に少なすぎる……ここで無理をすれば勝つことができないなどということは、グラムたちが一番よく分かっていることだった。



「しばらくは身を潜める方向でいこう……その間に武器の調達と……人員補充だな。今の人数ではどうあがいても勝てないからね」


「でもよ、リーダー……半端な味方は足手まといになりますぜ」


「あぁ……君の言う通りだ……だから仲間は慎重に決めないと……」



 グラムは静かにうなずき、少しだけ物思いに耽っているような、遠い目をした。

 グラスを見つめたまま動きを止めたリーダーの様子に、部下の一人が不思議そうに声をかける。



「リーダー……? どうしたんです?」


「……うん? ……ああ、なんでもないよ……冒険者時代を思い出してね」


「あれですか? リーダーが言っていた、仲間の選定基準が頭のおかしい奴のこと」


「あぁ……まぁそんな話はどうでもいいよ……そんなことより……ほら、君の妹……もうすぐ手術なんだろう? 治るといいな」


「へへへ、ありがとうございます!!」



 グラムの温かい言葉に、部下は頭を掻きながら嬉しそうに顔を綻ばせる。


 彼らはただ盲目的に暴力へ走る狂信者ではない。

 互いを思いやり、共通の理想のために冷徹な戦略を組み立てられる、本物のプロフェッショナル集団だった。

 自分たちの歩みは遅くとも、確実にギルドを追い詰めているという、揺るぎない確信。

 この完璧な隠れ家で、牙を研ぎ澄ましながら次の好機を待つ……その静かな決意に満ちた部屋に。





 ────ピンポーン





 静寂を破るように、部屋の入り口からドアチャイムの音が響いた。




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