狼に名前をつけよう
シュウが先程の戦いの助力に感謝を述べた所で、ベルニフェイが不思議そうに問いかけてくる。
「ときにシュウは何故変異種なんぞと争っていた?」
「変異種ねぇ。まぁ好きで争ってた訳じゃない」
シュウは初めて聞く変異種という存在が言葉の端から少なくとも一匹ではない事を悟った。
「ふむ。変異種とは初めてやり合ったとみえる」
「食えないヤツだな……まぁご高察の通りだよ」
どうやらベルニフェイもシュウの言葉から状況を察したらしい。
本当に食えない女だとシュウは素直に称賛を贈る。
「くっくっくっ…ならば運がなかったな」
殊更興味深そうにいい放つ。
「そういう問題か?」
「ああ。早々変異種と出会う事はないさ。あの手の魔物が沢山いたら手が付けられないだろう?」
「……まぁそうだろうな」
「何かの目印でもあったか?」
「目印ねぇ……まぁ出会う前は飯食ってたからか?」
思い当たる事を言ってみる。
「ふむ。焚き火でも焚いていたか?」
少し考えてベルニフェイが問う。
「あぁ……焚いていたな」
まさかそれが原因だとでもいうのかと言葉に含ませて答える。
「いや単に目に付いただけだろうな。煙で目印になるなら、村々などとうに滅ぼされてるよ」
「まぁ…そうだよな」
これは本当に運が無かっただけらしいと悟る。
「私が偶々近くに居てよかったな」
「あぁ、全くだ」
そんなシュウの反応に本当に楽しそうに笑う。
「ふふふっ……」
そんなベルニフェイのあどけない一面に、心の何処かが違和感を訴えたが、シュウは不思議と嫌な気がしなかった。
「シュウさーーん!」
崩れた山道の向こうからクムト達の姿が見える。
こちらに向かって大きく手を振っている姿に、シュウも軽く手を挙げて無事を伝える。
「……此処に呼んでも?」
「ああ。構わんよ」
鷹揚に答えるベルニフェイの姿は正に絵になっていた。
(どうやら奴さんは良いところの出なのかもな)
シュウはそう思いながら取り敢えず千切れた左腕を回収すると、クムト達を迎えるべく崩れた山道へと向かうのだった。
崩れた崖を飛び越えてシュウがクムト達の傍に着地する。
どうやらクムト達に被害は出ていないらしいとシュウは内心で安堵の溜息を吐いた。
「ねえシュウお兄ちゃん。その子達は誰?」
クムト達の元に付いた途端にアーチェがウズウズとした普段とはちょっと違った雰囲気を漂わせながら声を掛けて来た。
「はぁ? 何の事だ?」
突然の言葉にシュウは理解が及ばないでいた。
が――
「わふ」「オン」
「っっ!」
突然背後から聞こえてきた鳴き声にシュウは一瞬で距離を取り身構える。
シュウの背後には大型犬くらいの白と黒の狼が二頭付き添っていた。
(なっ? 何時から居たんだ?)
『そう構えるな』
『我らは主の命に従って助力に来ただけのこと』
シュウの頭の中に、あの漆黒の巨狼の時と同様に声が響く。
主という言葉に即座に銀髪、紫紺の瞳の女性の姿が浮かんだ。
(ベルニフェイか……全く底が見えんな)
全くシュウに気付かせる事なく二頭の狼を寄越したのだ。
もし敵対でもしていたら気付かぬ内にその命は無かっただろう。
『当然であろう』
『お主程度が主を同列に考えるで無いわ』
(……そうかよ)
不思議とシュウはこの二頭に好感を持てないでいた。
高慢な口調に対してではない、何か本能的に拒否感を覚えるのだ。
別に上から目線で物を言われてもシュウは大して気にも留めない。単にその程度かと思うだけだ。
だが今回は何かが違った。
『…己が矮小さに戸惑うな』
『我らとお主とはそもそも器が違うのだ。当然であろうが』
非常にイラつく。それがシュウの偽らざる本音だった。
「ねえねえ、シュウお兄ちゃん! 触ってもいい?」
アーチェが興奮した様子でシュウに問いかけてくる。
いつもはどこか大人しげに見えるアーチェだったが、今は年相応の無邪気さが見える。
「オン!」
黒い狼がアーチェにすり寄っていく。
「……うわあ! 柔らかいし暖かいよ」
おずおずと触ったアーチェが興奮気味に呟いた。
「本当か、アーチェ!」
パルは何時もと同じくテンションが高い。そのまま白い狼に飛び付く。
「わふっ?」
「おおーすげえ! 柔らかけーー!」
「パル君? 優しく触らないと嫌がられるよ?」
クムトの言葉に素直に反応し一旦手を止めるパル。
「そ、そっかーごめんな!」
「わふ」
白い狼に許可を貰ったと判断したのか、パルが今度は優しく抱き締める。
「ふおおおーー!」
何とも幸せそうなパルに毒気を抜かれたのか、シュウは溜め息を吐く。
「……シュウさん」
「いや、いい……。あいつらはそのまま狼に乗せてって貰おう」
腕を繋げて修復しながら何処か投げやりな感じで言うシュウに、クムトは何と言っていいか判らず戸惑っていた。
シュウがクムトを抱え、二頭の狼の背に幼児達が跨った事で、難なく崖を飛び越えてベルニフェイの下へと辿り着いた。
「あの……お姉ちゃんがこの子達の飼い主なの?」
アーチェが会ったばかりのベルニフェイにおずおずとだが素直に問いかける。
「んん。飼い主とはちょっと違うな。この者達は……私の家族みたいなものだな」
ベルニフェイは少し考えて答える。
「へーっ。いいなあ」
心底羨ましそうに呟く。
「なあなあ姉ちゃん。こいつらの名前は何なの?」
パルの無邪気な問いに一瞬動きを停める。
「名か……確かに名前なぞ呼んだことは無いな」
ベルニフェイの言葉にアーチェが鋭く反応する。
「駄目だよ! 家族なのに名前が無いなんて可哀想だよ!」
「ふむ、そうだな……ならば名前を決めなくてはな。一緒に考えてくれるか?」
ベルニフェイは優しくアーチェに問いかける。
「俺いいの考えたぞ! 白い方はシロで黒い方がクロだ!」
自信満々に告げるパルにアーチェが怒りだす。
「そんなの駄目に決まってるでしょ!」
二人の幼児達がああだこうだと言っているのを見て、ベルニフェイは二人を愛おしそうな目で見守る。
「あの、始めまして。僕の名前はクムトと言います。お姉さんの名前も教えてくれますか?」
そんなベルニフェイにクムトが挨拶をする。
ベルニフェイも鷹揚に頷いて名前を告げる。
「ああ。私はベルニフェイと言う。名前は別に呼び捨てでも構わんぞ」
「おお! 俺はパル! ベル姉ちゃんよろしく!」
「ベル姉ちゃんか……ふふふっ、そんな風に言われたのは久しぶりだよ」
一瞬戸惑うも嬉しそうに答える。
「あっ、私はアーチェです」
「うむ。ベルだ」
「ほう。なら俺もベルと呼ぼうか?」
二頭への当て付け代わりにそう提案するシュウ。
二頭の狼は鋭い目でシュウを睨むもシュウは気にしない。
「くっくっくっ……シュウは面白いな。好きに呼ぶがいい」
「じゃ、じゃあ僕もベルさんと呼ばせて貰いますね!」
そんな二頭と一人の放つ空気を変えるべく、クムトも少し大きめな声でそう提案する。
「ああ。好きに呼ぶといい。クムト」
機嫌が良さそうな主に狼達も威圧を解く。
「ねえシュウお兄ちゃん。何かいい名前ないかな?」
アーチェの言葉にシュウも狼頭を少し傾げて考える。
「あぁそうだな……」
生暖かい眼差しで二頭を眺めると、
「なら、黒はノワール、白はブランでどうだ?」
「さっすがシュウ兄ちゃん! それカッコいいな!」
「うん……いい名前」
幼児達が素直に喜ぶ横でクムトが引き攣った笑顔を浮かべた。
「ふむ。確かに……語呂も良さそうだし呼び名はそれでいいとしようか」
クムトの表情から、何かしらの意味が呼び名に込められている事に気付くも、別に悪くはないのでベルはそのまま了承する。
「だそうだ……ノワールにブラン」
シュウの挑発に再び威圧感が増す。
「ま、まあ悪い意味はありませんし……いいんじゃないですか?」
クムトがシュウをフォローするように割って入る。
「ふむ。クムト。意味が解るのなら私にも教えてくれんか?」
クムトの笑顔が引き攣る。
「はあっはっはっはっ! 別に変な意味じゃない。失われた言葉で黒と白を捩っただけだ」
「ふむ。本当のようだな」
「当たり前だ。名前ってのは一生付き纏うものだ。俺も流石に嫌がらせだけで付けたりはせんよ」
「くっくっくっ……そうだったな。シュウはそういう思考の持ち主だったな」
「当然だ」
こうして二頭の狼の名付けは終わったのだった。
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