持論の実証
タイトルを変更しました。
あまりの予想外の出来事に、一瞬シュウの思考が止まる。
それに伴い尻尾も動きを止め、岩甲虫がシュウの腹部に爪を立てる。
硬化している身体はその一撃を防いだが、初めてシュウが真面に攻撃を受けた。それだけ受けた衝撃は大きかったのだ。
衝撃に気付き即座に尻尾で振り払うも明らかにその動きは精彩を欠いている。
クムトの目にも一瞬動きを止めたシュウの姿が映っていた。
走る速度をなるべく落とさない様にしながら後ろを振り向くと、ファヌを連れて遅れがちだったスムが1人でこちらに駆け寄って来るのを目にする。
「スムさん、ファヌ君は?」
「……すまん。守れなかった」
神妙そうな顔を俯かせるスム。
だがクムトにはそんなスムの姿とシュウが一瞬動きを止めた事に違和感を感じ、次いで頭の中で何かを悟ったのだろう、その表情を変える。
が直ぐに表情を戻すと絶句している幼児達の腕を引いて再び駆けだす。
「……そう…ですか……。とにかくシュウさんの近くへ行きましょう。角粘軟も動きを止めているようですし今のうちに」
「あ、ああ」
無事にシュウの近くに辿り着いたクムト達は幼児を岩壁側に移動させ2人を守る様に位置取りをする。
後方はシュウを信じているのか、前方側を二人で守る様な位置取りだった。
視線を角粘軟に向ければ未だにある地点に群がって粘体の山が出来ており、こちらへ近づいてくる様子は見られない。
「ねぇスムのおじさん、ファヌは?」
「そうだよ。ファヌは何処だよ?」
いつもなら俺はおじさんじゃないと怒っている所だろうが、今は辛そうな表情で二人の幼児を見つめる
「ねえ、ファヌは?」
「黙ってないで何処か教えろよ」
「あ…ああ、ファ…ヌは……」
「……角粘軟に捕まったんですね」
言い辛そうにしているスムの言葉を継ぐようにスムの後ろからクムトが語った。
「う、うそでしょファヌ、ファヌは何処なの?」
「そうだ! 嘘なんて付いてないで教えろよな!」
「…………すまん」
悲しげな表情を浮かべるスムの後ろでは、何とも言えない表情をクムトが浮かべている。
「いやぁぁぁーーーー!」
「ふざ…ふざけんなぁ! スムの兄ちゃんが連れてたんだ。なんで……なんで……」
ついには泣き出す二人。
スムも視線を反らし俯く。
掌を握りしめ僅かに腕が振るえているところからして怒りを押し殺している様に見える。
そんな様子を見ていたクムトはシュウからの視線を感じ顔を向ける。
シュウが視線で何を求めているのか感じ取ったクムトは、スムより少し幼児寄りに立ち位置を変えた。
シュウは黙ってそれを見つつ、硬化した身体と尻尾と尻尾から出す糸を駆使して岩甲虫と対していた。
(……何にしても、一度このクソ虫の群れと距離を取らなきゃ何も出来ねぇ。多分クムトはやってくれる。あのクソ粘体を何とかするにしてもだ。なぁクムト。スムに言ってやれよ)
そうあれは力不足で守れなかったのでも事故でもない。スムが自分自身を守る為にファヌの手を放したのだ。
(俺はそんな事は認めねぇ。認められねぇ。どんな言い訳するかは知らねぇが、スムの野郎とこのままなあなあで済ますつもりは毛頭ねぇ。兎に角、俺はムカついてんだよ! 邪魔すんなや!クソ虫ども!!)
シュウは狼頭はクムトに向けたまま、蜘蛛の視覚だけを頼りに尻尾を大きく振るい、懸命にシュウの腹部に噛みつこうとしている岩甲虫を纏めて吹き飛ばす。
そして強い意志を込めてクムトを見やる。
クムトがしっかりと頷いた。
「スムさん。ファヌ君と離れた時の状況を教えてください」
「おい。今はそんな状況じゃねえだろ」
クムトの問いかけに顔を顰めるスム。
「いえ、今こんな状況だからこそ教えてください」
「てめえ……何が言いたい」
クムトを睨みつけながら言う。
「いえ、僕は本当の事が知りたいだけなんですよ」
それに対しクムトは淡々と話す。
「俺がファヌを守れなかった事を…「守らなかった……でしょ」……!!」
「誰も知らないと思いましたか? 見ていた人もいるんですよ」
「なっ……」
スムに驚愕の表情が浮かぶ。
「どういう事だクムトの兄ちゃん」
パルは突然の事態を理解出来ていないのか不思議そうに問う。
「そのままの意味だよ。シュウさんが見ていたんだ」
「えっ?」
「……それでどうして態と手を放したのですか?」
「う……せ……」
スムが俯きながら呟く。
「はい?」
「うるせえって言ってんだよ! あの状況でどうしろって言うんだ! 俺とファヌは奴ら角粘軟の射程に入ってた。ああするしか助かる方法は無かったんだよ!」
「それで?」
「それで…だと? ふざけんなよ! こっちは命が掛かってたんだ。あのガキの足が遅いから俺まで危険な目に合ってたんだ。もう助からないなら、せめて俺を守る為に囮になるくらいしてもいいだろうが!」
「だからって……仲間でしょうが!」
「ああ仲間だよ。仲間だったよ! だから弱いなら弱いらしく仲間を守る為に命張ったっていいだろうが! 俺達がこのガキどもを今まで守って来たんだからよ!!」
スムが鬼気迫る勢いで叫ぶ。
既に容疑者の仮面は剥がれ落ちていた。今のスムは完全に加害者のそれだ。
「ふざけるな! 仲間だから命を懸けて守るんだろ! アンタのそれは保身の為の言い訳にしか聞こえないんだよ!」
クムトがいつもとは違うきつい口調で叫び返す。
「なっ……」
余りのクムトの勢いに気勢が削がれたのか口篭もるスム。
「アンタ仲間を失った事無いのか! 大切な人失った事は! 一度失ったらもう二度と戻らないんだよ!!」
クムトの表情に悔恨の念が浮かんでいる。曾て大切な人を無くした事があるのだろう……それも自身の過失において。
クムトの瞳には涙すら浮かんでいた。
(……もういいだろ)
「ガゥ!」
これ以上は水掛け論になるだけだ。シュウは小さく吠えると視線で訴える。
「はぁはぁはぁ……」
あれだけ動き回っても息を荒く乱さなかったクムトが肩で息をしている。それでもシュウの鳴き声に反応したのか、動揺している幼児二人を壁に押し付ける様にしてスムとの間に身体を割り込ませた。
(取り敢えずスム! お前はやり過ぎだ。お前の言い分からすると『弱いなら弱いらしく仲間を守る為に命張ったっていい』だったか? ならお前にも俺達を生かす為に命を張ってもらおうじゃねぇか。まあ運が良ければ助かるだろ)
シュウは思い描いていた作戦を実行に移すべく行動を開始する。
「なっ!?」
スムが驚きの声を上げる。それもそのはずでシュウの尻尾により絡め捕られ空中に持ち上げられたのだから。
そしてシュウは持ち上げたスムをそのまま岩甲虫の群れの中に放る。人命尊重とはとても言えない所業であった。
「なあっ!?」
狙い違わず岩甲虫の群れの中心付近に落ちたスムは、自分の身に何が起こったのか理解出来ない様子であった。
何故自分が空を飛んだのか、何故自分は岩甲虫の群れに囲まれているのか。何故……何故……。
その間にも今までシュウを襲っていた岩甲虫達が狙いをスムに変えたのか、一斉にスムへと襲い掛かる。
「ふっ…ふざっけんっなぁぁ!」
スムはナイフを振り回しながら、纏わり付こうとして来る岩甲虫達から少しでも離れようと空中にその身を浮かせた。
対して前方ではクルトが幼児守る様に光の障壁を張り巡らせる。
それを見取ったシュウは前方の角粘軟目掛け、風を纏った咆哮を全力で放った。
「グォォォォォォォォンン!!」
遠吠えと同時に風の砲弾が放たれる。
集束されて放たれた風の砲弾は、前方に重なり合う様にして集まっていた角粘軟達を一瞬にして飛散させた。
放ち終えるとシュウは少しだけ前方へ移動し自分が居た場所に仕掛けを施す。
ちょっとした思い付きからの可能性を試してみたのだ。
既に角粘軟は咆哮によって生じた風の砲弾の通った軌道上以外に散り散りになって周囲に飛び散っており、細かく分裂した欠片がウネウネと動いているだけだった。
角粘軟という障害の無くなった通路は、まるで一本の道の様に地面がむき出しで見えている。
咆哮が通過して通路に道が出来たのを確認したクムトは灯り代わりに光の障壁を維持したまま、パルの手を取り二人に声を掛ける。
「二人共手を繋いで! 走るよ!」
「「う、うん!」」
クムトと幼児達は前方へと全力で駆け出す。シュウもそれに続いた。
後方で数匹こちらに這い寄ろうとした岩甲虫もいたが、さっきまでシュウがいた場所を通ると何故か賽の目状に身体を分断されその場に崩れ落ちる。
先程シュウが仕掛けていた糸を使った罠の効果だった。
細く強靭でかつ鋭い糸を作り出し両壁の間に張り巡らせていたのだ。
(所謂一つの斬糸ってところか? まあ効率的に出来た方だろう)
自身の罠の効果に内心満足げに頷きながら、シュウは前方を走る一行と一定の距離を保ちつつ追走するのだった。
残されたのは幾つかに分断された岩甲虫の成れの果てと、壁の傍でウネウネと動いて寄り集まり再び形を成そうとしている角粘軟、そして後方にある岩甲虫の群れだけだった。
既にスムの姿はそこには無く、地面は赤い絵の具で汚された様に血だまりを作っている。その中心には十数匹の岩甲虫が餌を奪い合う様子が見て取れた。
それを視界の端に捉えながらシュウは心の中で呟いた。
(お前のお陰で何とか切り抜けられたぜ。謝りはしねぇよ……これはお前が述べた持論を実証した結果だ)
心に黒いしこりを僅かに残しながら、それでもシュウは前を向いて走った。
後悔はしていない。全ての結末を受け入れての行動だったからだ。
兎に角今は余計な事は考えず、残った皆で生きてこの状況を抜け出す事だけに専念するのだった。
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