プロローグ〜調理スキルはカンストで〜
百合×ホラー×コメディ。
それって、尾頭付きエビ天丼みたいなものじゃないですかー! やだー!
目が覚めると私は、我が不変の推しがいる乙女ゲー『エンランディア・クロニクル』のキャラになっていた。
*
「うわ、マジで私ヴィクトリア・スカーレットになってる」
日本人だった頃からは想像がつかない、綺麗な長い金髪。
ブルーのリボンでハーフアップにまとめているのが、ヨークシャーテリアぽくてかわいい。
とび色の目は綺麗だけれど、黒目が小さいからちょっと三白眼ぽく見えるかも。
……なんて、細かい部分までしっかり観察したくなるくらい、整った顔になっていた。いくらでも鏡を覗き込んでいられそう!
ゴージャスな鏡台に向かっていると、顔の横にぴこんとブルーのウインドウが浮かんだ。
「お? おお……ステータスか」
容姿とか体力とかがパラメーターで示されている。
知性とかならともかく、俊敏性までがステータスになっている辺り、きな臭い。クトゥルフでもやる気か。
「ふーん。一応ライバル役だけあって、全体的にステータスは高めなんだ」
そう、私ことヴィクトリア・スカーレットは、いわゆる一つの「悪役令嬢」である。
主人公=プレイヤーをねちねちといじめ、攻略キャラを横取りしようと画策し……といった負のイメージが強い悪役令嬢だが。
『エンランディア・クロニクル』ではそうじゃない。
ここでの私は、意地悪な物言いでごまかしながらも、主人公にアドバイスをしたり有用なイベントフラグを立てたりする——言ってしまえばお助けキャラである。
なぜかと言えば、このゲーム、乙女ゲーのくせしてイベント発生条件が異様に厳しいのだ。
まず、ゲームを始めてからのルートが厳しい。
チュートリアルが終わった後、教室を掃除し先生の用事を手伝って通りすがりの猫を三回撫でてから校舎裏に広がる森に行かないと、正ルートにならないのだ。
しかも、猫をきっかり三回撫でないまま森に行くと、野犬に食われて死ぬのでゲームオーバーになる。
もう一度いう。
野犬に食われて、死ぬ。
かまいたちの夜の大阪エンドかっつうの! とツッコミが殺到するほど意地悪なゲームなので、悪役令嬢もヘルプに回らざるを得なかったというわけ。
しかし、よく練られた世界観と、開発者は頭のネジが五個くらい吹っ飛んで代わりにタンポンでも詰めてんじゃねえの? と言いたいほどの細かいクリア条件に、ゲーマーたちは歓喜した。
かくいう私もその一人。このゲームは私の一番のお気に入りで、しかも唯一トロフィー全取得できていないゲームなのだ。
しかも。しかもである!
私はベッド脇に置かれた鞄から、生徒手帳を取り出す。
そこに挟まれているのは、学校の名簿。魔術学校らしく、名簿をタップすればそれぞれの生徒の顔が浮かんでくる優れもので。
私は主人公「ルナ・メイハウス」の名をタップする。
浮かび上がるのはこのゲームのヒロインだ。
ふわふわと波打つ柔らかな栗色の髪。
ミルクティーみたいに穏やかな色をした瞳。
物言いたげな唇はぽってりと赤く、その瞳はいつも潤んで「守ってあげたい」と言わせたくなる儚さをたたえている。
特技はピアノとお裁縫。動物たちを懐かせること。
星座は乙女座で、趣味は四季折々の花で押し花をすること……。
「ぐふ。ぐふふふふ……!」
下品な笑いがこぼれるのもしょうがない。
だってだって「我が不変の推し」は、彼女なんだから!
「ここで主人公じゃなくて悪役令嬢の方に転生したのが私のぐっじょぶなとこだよね! あれ転生? ってことは私死んだのかな? まあいいやそんなもん、推しの近くで推しを応援できるんならやっすいもんだよね! いくらだって応援しちゃうし全財産なげうっちゃうし、何だってしちゃうんだからー!」
ぼふん! とベッドに倒れ込み、枕を抱えてじたばたする。
カレンダーの日付を見る限り、明日はヒロインが魔術学校に転入してくる初日になるようだ。
「猫を三回撫でるって、しっかり教えてあげないとね。……って、ありゃ。まだステータスウインドウが開いてる」
数字の100が、ぴこん、ぴこんと明滅している。
「んん? ……え、これステータス自分で振れるの? ますますTRPGじゃん」
マーシャルアーツでもとったろか。
そう思いながら、100あるステータスの割り振り先を考える。
「とはいえ、デフォルトで結構容姿や知力に振られてるしな……。体力もそこそこあるし、俊敏性に至っては100もあるじゃん。ゴキブリかよ」
かなり完成されたステータスだ。
与えられた100の使いどころに悩む。ブルーのウインドウをスクロールして、持ってるスキルをざっと眺める。
「……んー。あ、調理スキルがある」
そう言えば私の推しことルナちゃんは、食べることが大好きだっけ。
ファンの間では有名なわんこそばバトルでは、攻略対象キャラと熾烈なわんこそば対決を繰り広げたあげく、その後にアイスクリーム食べ比べまでやっていた。
「甘いものは別腹だもんっ♪」とかわいく言っていたが、そもそもわんこそば対決に勝っているあたり、食欲おばけの風格がある。
我が推しは、思春期男子の胃をもしのぐ大食いなのだ。
(そこがかわいいんだけど、って言わせないでよねもう!)
「調理スキルに全振りすれば喜んでくれるかも!」
えーい、と100のスキルを全部調理にぶっこむと、調理スキルの文字が金色に変わった。
「お、カンストかな」
スキルによってカンスト数字が違うらしい。俊敏性は同じ100だけど、金色に光ってないしね。
かくして私は大変インスタントに調理のプロになったのだ。
これで推しの胃袋を掴んだも同然。
明るい未来しか見えない。
「ゲームってほんっといいよね。リアルだと私の調理スキルなんて、納豆のたれをこぼさずに切る程度だもん」
ちなみにカップ焼きそばの湯切りはたまに失敗する。
まあいい。
納豆のたれもカップ焼きそばも、全ては遠い前世の話だ。
今世を楽しもう! 推しのすぐそばで、推しのシャンプーのにおいを堪能しながら、推しがイケメンとくっついて幸せになるところを見届けるのだ!
そして、あわよくば、私が彼女とーー。
「ぐふ。ぐふふ……」
私はもぞもぞベッドに入る。
早く明日が来ないかな、なんて十年ぶりに思いながら。
——この時の私は気づいていなかったのだ。
私が転生した先が『エンランディア・クロニクル』などではないことに。




