8話
ホウキとチリ取りを手に部室へ戻ると裕太君は既に机と椅子の搬入作業を終え、大分スッキリとした部室を物珍しそうに眺めいていた。大部分を畳で構成されている部室にはちゃぶ台が中央にドンと置かれそれに寄り掛かって座っている。
「おう、来たか。もう机とかは運び終わったぞ」
「ありがとう、早いね~流石男子だよ~
面積の少ない残りのコンクリートのところに持ってきた掃除用具を置くと
「ではお待ちかね、部活名の発表と行きましょう! 」
「そうだったな」
弥生はドラムロールを口で再現し溜めに溜めてから、
「ズバリ! 困ってる人を救い、助ける部ということで『救済部』です! 」
ふふーん胸を張りながらそう言った。
「なんか当たり障りないな。お前らしくもない」
「…………」
「えーちょっとは褒めてよ、昨日めっちゃ考えたんだからさ~」
愛に救いの目を向けるが苦笑いするのが精一杯、弥生は不満げにしながらもスカートのポケットから四つ折りにした紙を取り出した。
広げると創部届で部の名前は先ほど言った通り救済部。既にに弥生の名前は記入されていた
「あれ、お前部長じゃねーの? 」
弥生は部長名のところを避けてその下の部員のところに達筆な字で自分の名前を記入していた
「ん? 部長は裕太君だよ? その方が知名度も上がって会長選挙の時有利だろうし」
その後裕太に聞こえない声でぼそっと問題起こしたら責任負わなきゃだしと本音が漏れる
「なるほどな、わかった。部長は俺で——よし、じゃあ愛も書いてくれ」
手早く部長名に自分の名前を記入すると裕太君は愛に書くよう紙を差し出した。
「…………」
「ん、どうした? 」
愛は裕太君にとてつもなく好意を抱いている、尊敬もしている。さっきは緊張の余りか意識することはなかったが普通に会話することは愚か目を合わせることもままならない状態なのだ。教室ではどうにかこうにかちょっとした会話が交わせたが元々人と接するのが苦手な愛にとってそんな憧れの存在と言葉を交わすのは至難の業だ。
頭の中で駆け回る思考とは裏腹に体は蛇に睨まれたカエルのようにピクリとも動かないでいる。ただ紙を受け取るだけなのに……。
「よっと——はい、愛ちゃん」
愛の気持ちを察しているのか弥生は裕太の手から創部届を奪い去り、そのまま愛に手渡した。意外と気が利くんだなと半ば感心しながら受け取った。
「あ、ありがとう……」
すぐさまペンを走らせ自分の名前を書くと弥生は満足げに頷き
「よし、じゃあ私これ出してくるから掃除よろしく~、二人でね! 」
と言い残し場を後にする。二人きりなんて冗談じゃない、先ほど同様に追いかけようとするが部室の扉をピシャリと閉められてタイミングを逃してしまう。窓から見えるニヤニヤとした弥生の横顔がとても恨めしい、わざと二人きりにしたのだ。
「あんなに急ぐ必要ねーのにな。よしじゃあやるか」
弥生の足音が跡形もなく消え去ったところで裕太君はホウキを手に取り黙々と作業を始める。
「ごめんな、無理に勧誘しちまって。話は弥生から一通り聞いてるんだよな? いやー俺も信じらんねーけど現実なんだよなー」
口と手を動かし愛に話しかけてくれる裕太君はいつもと違う飾らない笑顔を見せてくれている。
そんな顔を直視できない愛の頭の中でカチッとなにかスイッチが入るような音が確かに聞こえた。
無意識にポケットから取り出したヘアピンで前髪を留め、隠していた顔を学校では久しぶりに晒し、
「あの、気安く話し掛けないでもらえる、かな……」
そんな言葉を言ったような、言ってないような気がする。裕太君の呆気にとられた表情を見るにきっと言ったのだろう。
「え、どうしたの急に……」
いや、こっちが聞きたい。私はなにを口走っているんだ……。大好きな裕太君になんてことを——
「口ばっかり動かしてないで手動かしてもらえるかな? いつまでたっても終わらないよ」
違う、こんなこと言いたいんじゃないのに……
「……お、おう悪い悪い。あの、じゃあ愛も一緒に——」
「田辺君、いきなり呼び捨ては気安すぎない? デリカシーって言葉は——知るわけないか。ごめんなさい」
なに、これ……もしかして好きな子にツンケンしちゃうあのツンデレってやつ!?
「ごめんな、そんな怒らせるつもりはなかったんだ。じ、じゃあ渡辺は畳を濡れ雑巾をよく絞ってから拭いてくれるか? いや拭いてください」
こんな態度の愛に怒りもせず裕太君はさっきホウキを取りに行くついでに持ってきた雑巾を、婚活番組でおなじみの「お願いします! 」 の態勢で愛に差し出ている。
「仕方ないな~。別に田辺君に頼まれたからってわけじゃないからね」
雑巾を握る手に絶対触れないように注意を払いながら受け取ると早速水道へ足を運ぶ。
ほらやっぱり! ツンデレのテンプレみたいなセリフ言っちゃったよ私!
何故自分のことを客観的にみているのか意味不明であるがとりあえず弥生が早く帰ってくることを切に願う。
弥生がいたさっきまではこんなことにはならなかったのだ。水道の水で雑巾を濡らしながら考えていると意外と早めに答えらしきものに行き着いた。
恐らく弥生——渡辺の姓を持つ弥生がいたからワタナベーションが発動してしまっていたのではないか。
それでほんの少しだけ裕太君に対する好意が差し引かれて、今のようなツンデレモードに入らずに済んでいた。
ということはワタナベーションが発動しまくっている教室で裕太君を認識でき、話ができたのも納得がいく。
ワタナベーションによって裕太君への好意が大幅に差し引かれてもそれを補って余りあるほどの好意のお陰で話すことができていたのだ。
いやどんだけ好きなの私……。
そのあと弥生が帰ってくるまで二人の間に会話は生まれなかった。弥生がおまたせ~っと言い返ってきたところで愛は静かにヘアピンをポケットに戻した。




