第二十話 新たな戦いへ
かくして幽霊部隊は長期に渡って駐屯できる基地を手に入れ、その地盤を固めることに成功した。セリア防衛軍の兵士となるべく勉強を続いていた奴隷たちも着々と試験を突破し、一部の不出来な者を除いてガーゲルン統合基地に居を移した。
フリーデリヒ観測基地司令官の役割は、その一部の不出来な者をどうにか使い物にすることで、そのためにすでに観測基地に帰っている。
一方、入れ替わるようにカスパル総司令官はガーゲルン統合基地に移動してきている。
そしてルフト統合基地司令官はガーゲルン統合基地に配備されている装備の数々をどう使うかで頭を悩ませていた。
「やはり各艦種を基本の比率で配備した機動艦隊が応用力に優れています」
シミュレーションでルフトの操る巡航戦艦を中心とした高速機動艦隊を、基本的な編成の艦隊で見事に打ち破った管理者が淡々とそう言った。
「それはつまり敵も同じような助言を受けているということだ。基本的な機動艦隊同士がぶつかり合えば、地力と数の勝負になる。少なくとも艦隊の運用については向こうのほうが学ぶ時間は長かったはずだ。まっとうにぶつかり合うのは下策だ」
ルフトはシミュレーターをシャットダウンし、椅子に深く腰掛け直した。
管理者相手にあれやこれやと手を試してみたが、上手く行ったことは一度もない。管理者の堅実で隙のない艦隊運用にいいようにされてしまう。
「下策というのならセリア防衛軍同士で戦う事自体が下策です。来るべき日のために少しでも戦力が必要だというのに」
「星喰か。だが結局敵わないから古代の人々はこの星を捨てて逃げ出したんだろ?」
「全員ではありません。あなた方の祖先は残った。連合政府も来るべき日にこの惑星セリアを守れるように武力を残していった。それを無駄にする行為です。実に嘆かわしい」
「対話が出来るなら試みてみるさ。それでも撃ってくるなら相手は敵だ。同じセリア防衛軍だとしてもな。なあ、この話は何度もしただろ?」
「私の記録上では4回目です。ですが人は忘れやすい生き物ですので、定期的に繰り返させて頂きます」
「ありがたいね。涙が出る。ところで77での偵察任務の進捗状況はどうだ?」
「王国東エーテル大洋下の偵察の進捗は17%というところです。今のところ稼動状態にある基地は発見されていません」
「まあ本命は西だからな。だが東側にも艦艇を用意していたんだ。連中がこちら側にも基地を持っている可能性は十分ある。パイロットたちにはくれぐれも油断しないように伝えて――、いや、やっぱりそれは自分で伝えるからいい」
ルフトはレギンレイヴにTODOリストの更新を命じる。
「それより問題は士官の数が足りないことだ。現状のままでは士官の負担が大きすぎる」
現在は1人の士官につき六個小隊が割り振られている。この割合は今後さらに傾いていくだろう。
「やはり奴隷の中からも士官を出すしかないか」
もっとも現状でも士官の資格を持っている奴隷はいる。ただしそれはパイロットになるためであって、他の兵士を統率するためではない。
しかしそれをすれば貴族である他の士官から不満が出ることは容易に想像がついた。階級に差を設けたとしても、それは簡単に拭えるものではないだろう。
貴族たちには自分たちが兵を率いるのだという強い自負があり、それを揺るがすべきではない。
とは言え、フェラー伯爵に士官の増員は申し入れているのだ。だが色好い返事はもらえていない。現状でも穏健派の多くの貴族が子女を差し出してくれているのだ。これ以上、子どもを寄越せと言っても無茶な要求だろう。
「士官という形に拘らなくてもいいんじゃないですかねぇ?」
突然の声に驚いてルフトが目を向けると、司令室の入り口のところにマーヤが立っていた。
「マーヤさん、いつからそこに?」
「偵察の進捗状況をお聞きのころですよぉ。お邪魔っぽいです?」
「いえ、意見を頂けたら助かります。形に拘らなくてもいいとはどういうことですか?」
「現状ですと、各小隊を実質的にまとめているのは軍曹さんたちじゃないですかぁ。彼らの権限を少し引き上げてあげれば、士官さんたちの負担も減るんじゃないですか?」
「それは彼らを士官にするのと変わりがないのでは?」
「貴族さんたちは形式に拘りますから、実際の権限がどうのより、階級がどうかのほうを気にすると思うんですよぉ。ですからそこは崩さずに軍曹さんたちにもっと頼るようにするんです」
「なるほど。少なくとも問題の先送りはできそうですね」
「送って、送って、送りきれば問題はなかったのと同じですからねぇ」
「そんな考え方もあるんですね」
「ズルですけどねぇ。もちろん逃げきれなくなっちゃうこともありますよぉ。そんな時はもっと早く向き合っておけば良かったと思うこと請け合いです」
「それは怖いですね。性には合わなさそうです」
「では司令官、軍曹の権限を引き上げるとしてどの辺りまで引き上げますか?」
マーヤとの会話に割り込んできたのはこの基地の管理者だ。
「各小隊の行動を軍曹に一任して、報告だけ担当の士官に上げさせる。軍曹には部下の個人情報の閲覧許可を限定的に与え、隊の練度を上げてもらう。各施設や装備の使用許可も軍曹から直接管理者に許可を取っていいことにする。もちろん士官から命令があるときは別だ」
「妥当なところでしょう。では通達を出しておきます」
「よろしく頼む。ところでマーヤさん、用事があったのでは?」
「いえいえ、私たちの司令官がまた無理でもしてないかなぁと思ってきただけですよぉ。顔色も悪くないようですし、余計な心配だったようですねぇ」
「その節はお世話になりました。でも今はもう大丈夫ですよ。この会話何度目でしたっけ?」
「私の記録上では12回目です」
「お前には聞いてない」
「余計なお世話ですよぉ」
ルフトとマーヤが同時に言い、2人は顔を見合わせて笑った。
「今更遠慮は無しですからね。ルフト司令。私はあなたの相談役なんですから」
「もともと下層世界についての相談役というつもりだったんですけど」
「それこそ今更ですよぉ。マーヤちゃんのお悩み相談室はいつでも開いてますからね」
「頼りにさせてもらいますよ。これからも」
「はい、頼りにされました。ふふっ。では失礼させてもらいますよぉ」
そう言ってマーヤは司令室から出て行った。
現在のルフトとマーヤの関係は単なる相談役と雇い主というには親密だった。
というのも1260名の部下と、1名の形だけの上司という幽霊部隊の中で、マーヤだけがその命令系統からは外れている。
ルフトにとって愚痴や弱音を吐き出せる相手がマーヤ以外にいなかったのだ。
特にオーガ戦以降、その距離は急速に縮まった。
誰もが命令を乞う中で、ルフトは決断を下さなければならず、その決断に心を傷めていないわけではなかった。一番近くにいたはずのフリーデリヒですらその傷には気付かず、ルフトを労ることができなかった。
そんな時に唯一ルフトのことを気遣い、優しく癒やしてくれたのがマーヤだったのだ。
そんなわけでルフトはマーヤに足を向けて寝られないくらいの感謝を抱いていた。
「77式がレーダー圏内に入りました。アウレール・ベールマー中尉の機です」
不意に管理者が帰還者の名を告げる。
アウレール・ベールマーは貴族の少年――とは言っても15歳で成人もしている――で、現在は各地の穏健派の貴族たちとの連絡役を担ってもらっていた。
「戻ってくるのがやけに早いな。各地を回るだけで1か月はかかると思ったが」
「緊急事態かもしれません。通信を開きますか?」
「そうだな。そうしてくれ」
ルフトの前に通信モニターが開き、アウレール機と繋がった。
「こちらガーゲルン基地司令官のルフトだ。アウレール中尉、なにか問題でもあったか?」
「――ルフト司令官、報告がありますが、直接会ってお話したいと思います。降機したらすぐに面会は可能でしょうか?」
「予定なら空けておく。緊急を要する事態か?」
「そうではありません。ただ機密性を有する情報ですので」
「そういうことなら分かった。降機したら直ちに司令室に来るように。カスパル総司令官の同席は必要か?」
「必要であろうかと思います」
「ではそのようにしておこう」
アウレール機との通信を切ったルフトは、今度はカスパル総司令官の自室との通信を開き、司令室に来てもらうようにする。
ということは司令官の椅子はカスパル総司令官が座ることになる。
管理者から後で嫌味を言われることになりそうだ。
なにせ管理者はあくまでルフトを基地の司令官と認識しているのだから。
もちろん司令室にやってくるのはカスパル総司令官のほうが早かった。仕事の途中であっただろうに、この辺の腰の軽さはカスパル総司令官の美徳のひとつだ。
「なにがあったんですか?」
「まだ分かりません。急を要する事態ではなさそうですが、穏健派の貴族たちを回る仕事を切り上げて来ているのは確かですから」
「大したことではなければいいのですが……」
カスパル総司令官がそう望むということはきっと逆の結果になるだろうな、とルフトは思った。この人にはそういう幸薄いところがある。
カスパル総司令官に椅子を譲って5分もしないうちにアウレール中尉は司令室に姿を現した。
「お待たせいたしました」
息は上がっていないが、顔が上気している。走ってきたのだろう。
「楽にしていい。なにか飲み物はいるか?」
「いいえ、大丈夫です。それより報告があります」
「聞こう」
「フェラー伯爵様とディンケル侯爵様は穏健派の新たな旗印としてアンネリーゼ・イルメラ・アルムガルド様を継承選挙で推すことで合意しました。正式な決定は穏健派の会議を経てということになりますが、つきましてはルフト司令官には至急フェラー伯爵様のもとに参じるようにとのことです」
「アンネリーゼ・イルメラ・アルムガルド様?」
「マリア元王女殿下の妹君だ。確かまだ御年10歳ではなかったかな」
「そのアンネリーゼ様です」
「それでなぜ私が呼ばれるのか分からないが、分かった。すぐに準備をして発とう。後のことはカスパル総司令官、よろしくお願い致します」
「わ、分かった。不測の事態が起きたらすぐに連絡をする」
「ええ、よろしくお願い致します。アウレール中尉、このことを報告したら君はどうする予定だったんだ?」
「七塔都市までは司令官と共に。その後は各地を回る予定です」
「分かった。単機で飛ぶよりは心強い。だが私には準備が、君には休息が必要だ。少し休みたまえ」
「了解しました」
敬礼を残してアウレール中尉は司令室を退出していった。
「それでは私は準備に取り掛かります。大丈夫です。何も起こりませんよ」
「ああ、そう祈るよ」
今度ばかりはカスパル総司令官の祈りが通じるようにルフトも祈った。
こうしてルフトはガーゲルン統合基地を後にすることになった。それが新しい舞台での戦いの幕開けだとは気付かずに。




