第十三話 統合基地奪還戦 その1
ブリーフィングルームには十個小隊の兵士と、十名のパイロット、十名の士官、カスパル総司令官、ルフト司令官、フリーデリヒ副司令官、それから元冒険者のマーヤの姿があった。
正面の巨大なモニターにはとある施設の地図が表示されている。
マルコにはまったく見覚えのないものだ。
ただその施設がとんでもなく巨大なものであることは分かる。
地図の縮尺が正しければ――間違いなく正しいのだろうが――1辺の長さが10キロ超もあろうかという施設ということになる。
「このガーゲルン統合基地は諸君らの新しい家になる予定だ。だが今のところ邪魔者が統合基地を占拠しており、奴らを一掃しない限り安心してそこに住めそうにない。これまでに飛行部隊が何度も現地を偵察した結果がこれだ」
ぱっとモニターに表示されていた地図が、上空から撮影された画像に切り替わる。それが拡大されていくと、明らかに人工物である小屋のようなものが多数見えてきた。そしてその間を歩いているのであろう無数の人影。その中には上空を見上げているものもあり、画像はその人物に向けてぐっと拡大されていった。
兵士たちの間からうめき声のような声が上がる。
そこに写っていたのは人のようで、明らかに人ではない異形の姿だった。
「これはオーガと呼ばれる魔物です」
説明の声を上げたのは相談役のマーヤだった。
「力が強く、凶暴で、肉食、人の肉も好んで食べます。一方で頭はあまり良くなく、魔法を使うこともありません。見ての通り集団で生活し、狩りも集団で行います。ただしこれだけの大集落を作るという話は聞いたことがありません。それなりに知能の高い個体が複数いることが想定されます。冒険者ギルドでの危険度判定ではBランク、これは複数のパーティで対処することが望ましいとされるレベルです。もっともこちらから集落を攻撃するとなると、さらに大戦力が必要とされることは言うまでもありません」
「聞いての通りだ。諸君。我々はこのオーガの大集落に対して、今この場にいるメンバーで攻撃を仕掛ける。こちらは百名。向こうは一万以上。1人につき200匹も倒せばお釣りがくるぞ。我々にはドレスの防御があり、銃器の攻撃力がある。怖気づいたものはいるか?」
「いいえ!」
兵士たちが声を合わせて叫ぶ。中には内心ビビっている者もいるだろうが、そんなことを言い出せる雰囲気ではなかった。マルコ自身はというと気楽なもので、持っていく武器は選べるだろうか、とか考えていた。
そんな間にカスパル総司令官のお言葉が始まっていたが、マルコはほとんど聞いていなかった。
「――諸君らに与えられた任務は厳しく、辛いものになるだろう。そのことを鑑み、今夜は食事と配給酒の制限は無いものとする。好きなだけ呑んで騒いでよい。ただし怪我人は出さないようにすること。作戦開始は三日後の|0800。それまで自由時間とする。英気を養っておくように」
「以上だ。解散!」
もちろん大事な部分は聞き逃さなかった。今夜はパーティだ。
その日の夜は他の兵士たちの食事が終わると、食堂は作戦参加者の貸し切りとなり、盛大なパーティが行われた。麦酒だけでなく、蒸留酒も引っ張りだし、マルコは意識が無くなるまで呑んだ。
――――。
目が覚めると同時に夢の内容は吹き飛んで消えた。ただ苦痛だけが残滓のように脳裏に刻まれて残っていた。
「大丈夫ですかい? うなされてましたよ」
「ああ、大丈夫だ。デニス。今、何時だ?」
「15時過ぎでさ。ただしあんたが眠ってから2日目のね」
「ほぼ2日寝っぱなしだったのか……」
楽しく呑んだつもりだったが、結果的には悪い酒となってしまったようだ。凝り固まった筋肉を解すために、ベッドから起き上がり軽く体を動かす。寝汗がひどく、シャワーを浴びなくてはならないだろう。
「他の連中は?」
「自主訓練でさ。どうも皆して体を動かしてないと落ち着かなくなってしまったみたいでね」
「デニス、お前は?」
「家族に手紙を。万が一のことがあったら届けてくれると司令官が約束してくれたんで。レギンレイヴがいなけりゃお手上げでしたが、おかげでなんとか字は書けてます。まあ家族には字が読める奴がいないんで、代筆屋のところにでも行って読み上げてもらわないとならんでしょうが。軍曹、あんたは手紙を書く相手とかはいないんで?」
「残念ながらいないな」
「そいつは失礼しました」
「気にしなくていいさ。俺はシャワーを浴びてくる。その後はジムにでも行って運動してくるよ」
「どうぞ。いってらっしゃい」
デニスに見送られたマルコは宣言通りシャワーを浴び、ジムで体を動かして作戦前日を過ごした。
そして瞬く間に作戦当日の朝となった。
滑走路では2機のシャトルと8機の77式が暖機運転を始めており、80名八個小隊がドレスを着込んでずらりと整列する。その手には訓練用の制限を外された火器が握られている。
今回は訓練とは違い、一個小隊につき、1人の士官が指揮をとる。
マルコの小隊には、馴染みのデボラ・ディンケル少尉がついた。
加えて全体の指揮を取るためにルフト司令官、フリーデリヒ副司令官も自ら出撃するようだ。
マルコの小隊は第六小隊となった。
2機目のシャトルに搭乗する組だ。
シャトル後部のハッチが開き、簡易座席のずらりと並んだ貨物室があらわになる。
「搭乗開始!」
ルフト司令官の命令一下、兵士たちが続々とシャトルに乗り込んでいく。
マルコもストッパーを手に、第2シャトルに乗り込んだ。
総員が乗り込んだところでシャトルのハッチが閉じ、貨物室内は薄暗くなる。ドレスの光量補正機能が働いて、何の問題も無かったが。
やがてエーテルエンジンの甲高い音がいくつも聞こえ、77式が先に発進していったのだとマルコは悟る。
外の様子が見えないことにちょっとした不安を感じる。
(シャトルの外部カメラに接続しますか?)
そうしてくれと心のなかで念じると、視界の中に滑走路の様子が映り込んできた。
滑走路では第1シャトルがエンジンを吹かせ、動き出したところで、多くの待機の兵士たちが歓声と共に手を振っていた。
少し遅れて第2シャトルもエンジンを吹かせ始める。
振動が尻に伝わってきて、これから空を飛ぶのだということに得体の知れない恐怖を感じる。浮遊船で散々空を飛んできたというのに、なぜシャトルでの飛行に恐怖を感じるのかは分からなかったが、とにかく怖いものは怖い。
しかしマルコのそんな感情はお構いなしに第2シャトルも加速を始め、ご丁寧にレギンレイヴが表示している速度計が、離陸可能速度を超えた。そしてついに第2シャトルは滑走路から飛び出し、上昇に入る。境界面に到達したところで浮遊モードに以降し、安定した飛行に入った。
第1シャトルと第2シャトルそれぞれに4機ずつの77式が前後左右について防衛体制に入る。
やがて20分ほども飛行を続けると、山岳地帯はとうに抜け、シャトルの外部カメラには平地が広がっているのが映っていた。そしてついにそれが見え始めた。
画像で見たのと同じ光景。
ガーゲルン統合基地、オーガの大集落だ。




