第十八話 初恋
1時間待ったが、新たな敵影が現れることはなかった。
この間に幽霊艦隊の無事な2隻のフリゲートは、このミサイル艦から離れ、東へと距離を取っている。その他の傷ついた艦船は、それぞれの陣営にまとまって、西へと進路を取っていた。
艦長席を立った俺はミサイル艦の外に出る。
戦列艦だったそれは、前方上部が完全に吹き飛び、どこを踏んでも踏み抜きそうな有様だ。俺はミサイル艦を再び停滞状態にして、77を呼び寄せて飛び乗った。
幽霊艦隊のフリゲートに近づくと、甲板上で銃を構える姿が見える。ルルの77と見た目は同じなのだから警戒するのも仕方ない。
俺は減速して浮遊高度まで落とし、フリゲートに並走すると風防を開けて、俺であることを示した。
それからフリゲートの甲板の高さにまでゆっくりと上昇して、翼を甲板ギリギリにつけ、77の制御をレギンレイヴに任せると、翼を伝って77から降りた。
甲板に降り立った俺を士官たちから敬礼で迎えられる。
彼らからマリア王女殿下の居場所を聞こうと思ったが、その前に甲板の端に固まっている冒険者たちの姿が目に入った。
たち、とは言ったがマーヤさんとラルフさんの2人の姿しか無い。
マーヤさんの顔は涙でぐしゃぐしゃになっており、ラルフさんの表情も沈痛そのものだ。
俺が声をかけるかどうか迷っていると、マーヤさんのほうが俺の姿に気がついた。
「ルフト、あいつ殺した? 殺してくれた?」
「あいつとは、もう一機の77のことですね。殺しました」
死体を確認したわけではないが、ルルなら機体ごと吹き飛んだはずだ。
「よくやった。ざまぁみろだ」
そう言ってマーヤさんはしゃくりあげて涙をこぼす。
ケヴィンさんとブルーノさんがどうなったのかなんて聞くまでもない。あの戦列艦への機銃掃射のときだろう。
俺は彼女に掛ける言葉が見つからなくて、そっとその場を立ち去ることしかできなかった。
「マリア王女殿下はどちらに?」
士官を見つけて話しかけると、すぐに答えてくれる。
「前部キャビンです。その、助かりました。貴方がいなければ我々は全滅するところでした」
「やれることをやっただけだ」
俺は前部キャビンの戸を叩いた。
「ルフトです。周囲の安全を確認しました。入ってもよろしいですか?」
「いいわよ。入りなさい」
マリア王女殿下の声がして、俺は部屋の中に入った。
中にはマリア王女殿下の他にナタリエさん、コンラート艦長、フィーナさんの姿もある。
俺はドレスのヘルメットを脱ぎ、マリア王女殿下に片膝を付いて頭を垂れた。
「いいのよ。ルフト。顔を上げなさい。ほら、立って」
マリア王女殿下に言われるがままに俺は立ち上がる。
「話は聞いたわ。私のためにずいぶん苦労したようね」
「苦労など、大したことではありません。マリア王女殿下がご無事でなによりです」
「そうね、最後に現れた飛行機とやらには肝を冷やされたわ。おそらくあれがルーデンドルフ侯爵の手札だったのでしょう」
「そのとおりだと思います。あれはアインホルンを襲った空賊たちでした。ここでマリア王女殿下を害するつもりだったのでしょう」
「本当は私を送っていた艦隊が帝国の艦隊と合流したところを襲うつもりだったのね。そのどちらをも全滅させるくらい容易だったのでしょう」
「可能であっただろうと思います」
「それで一体あれはなんだったの? あなたの装備や飛行機についてもよ」
マリア王女殿下に問われれば隠し立てはできない。
「遺物です。この鎧や武器、飛行機、そして空賊の使っていた飛行機や艦船は、遺物を再び動かせるようにしたものです」
一同は息を呑んだ。
「まあ、それは誰にでもできることなの?」
どうなんだ? レギンレイヴ。
(停滞状態からの活性化にはセリア防衛軍の一定の階級、あるいはそのための資格が必要になります)
「誰にでもというわけではありません。一定の資格が必要になります」
「それをあなたは持っている。そしてルーデンドルフ侯爵に与する誰かも持っている、ということね」
「そういうことであろうとか思います」
ルルは人工知能の助けを借りていなかった。
つまり彼女はセリア防衛軍の士官ではなく、他の誰かが活性化した77を操縦していただけだったということになる。
そしてそれは別に停滞状態の遺物を活性化させることのできる誰かがいるということを示唆している。
「ルーデンドルフ侯爵が主戦派であるのも頷ける話ね。これだけの力があれば本格的な戦争で帝国艦隊を蹂躙することも容易いことのように思えるわ。帝国に嫁入りする身としてはゾッとする話ね」
「えっ、マリア王女殿下は帝国に嫁入りされるんですか? せっかくこうしてお助けしたのに」
「それはもう決まったことよ。それを止めるとするならば、ここで私は死んだことにしなくてはならないわ。それはそれでルーデンドルフ侯爵は事実がどうであれ王国艦隊が帝国艦隊の手によって攻撃されたということにするでしょうね。その先に待つのは戦争よ。すべてを丸く収めるためには私が無事に帝国に引き渡されるしかないわ」
「そんな――」
俺はてっきりマリア王女殿下を助け出せれば、彼女には以前のような立場が、つまり継承選挙に向けて活動する日々が戻ってくるものだとばかり思っていたのだ。
「あなたをどこかの船の士官候補生として紹介するという話も今ではできなくなってしまったわね。ごめんなさい」
「そういうことではありません。そういうことではないんです」
そして俺は不意に気付く。
俺が取り戻したかったのは、あのアインホルンでの日々なのだ。
フリーデリヒさんと仕事をして、フィーナさんにしごかれ、マリア王女殿下にたまに魔法を習う、そんな日々を、だ。
それが永久に戻ってこないことに遅まきながら気付いた俺は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「ルフト、あなたはまだ私の侍従よ。だから仕事を与えるわ。私を無事に帝国艦隊に引き渡しなさい」
「――承知しました」
それから2隻のフリゲートは護送艦隊が進んでいたルートを引き継ぐように東に向かって航行した。
俺は多くの時間を77での哨戒に費やした。
ルルの77や、レーザー艦を発見するのが遅れたように、セリア防衛軍の機体や艦艇はステルス性を有している。となれば一定以上の接近、あるいは目視による哨戒が有効で、ルーデンドルフ侯爵がまだ手持ちの札を残している可能性がある以上、哨戒活動を疎かにするわけにはいかなかった。
そしてそれはマリア王女殿下とあまり顔を合わせないで済むという利点もあった。
彼女の前でどんな顔をすればいいか、俺は分からなかったからだ。
俺は結婚しに行く彼女に祝福の言葉すらかけられないでいる。
できればこのまま顔を合わせることなく、彼女を帝国艦隊に引き渡してしまいたいと思ってしまうほどだ。
しかしそうもいかないのが世の常だ。
定期的にコンラート艦長に哨戒結果を報告に行かなければならなかったし、時々その場にマリア王女殿下が同席していたからだ。
その日の報告の際にもマリア王女殿下が同席していた。
哨戒の結果は何の問題もなかった。
それを伝え、さっさと退出しようとした時だった。
「ルフト、少し残りなさい。コンラート艦長、悪いけど席を外してくれるかしら?」
「了解しました」
コンラート艦長が出ていき、その場にはマリア王女殿下と俺だけが残される。
「ルフト、私に何か言いたいことがあるんじゃないかしら?」
「いえ、特には何もありません」
「嘘だわ。そうじゃなければそんな辛い顔はしないもの」
マリア王女殿下が近づいてきて俺の顔を覗き込む。
ドレスを着ている今、マリア王女殿下の身長は俺よりも低い。
間近で見つめ合うような形になって、俺の心臓は跳ねた。
そしてその時になって俺はようやく自分の気持ちに気づいた。
「俺は――」
「うん。俺は?」
「俺はあなたのことが好きです……」
「えっ」
マリア王女殿下は一瞬呆けた後、その頬を朱に染めて、慌てて俺から距離を取った。
「えっ、ルフト、そんな、私は恨み言を言われるとばかり――」
「俺はあなたが好きです。マリア王女殿下。だからあなたに結婚なんてしてほしくない。帝国になんかいかないでほしい」
言った。
言ってしまった。
言ってもどうにもならないと知りつつ、言ってしまった。
マリア王女殿下は俺と目を合わせないように横を向いていたが、その頬が紅潮している。そして大きく息を吸って吐いた。そして俺の方を振り向いた。
「あのね、ルフト、あなたの気持ちはとても嬉しいわ。異性に褒められたことはあるけれど、好きってはっきり言ってもらったのは初めてなの。だから本当に嬉しい。あなたの言葉、忘れないわ。でも、それでも私は王女なの。この身を国と国民に捧げると決めているわ。私は帝国に行く。だからそれまで私のことを守ってね」
「分かっています。ワガママを言いました。申し訳ありません」
こうして俺は初恋に気づくと同時に失恋したのだった。
第十九話の投稿は8月3日18時となります。




