第十九話 旅の終わり
それから日々はあっという間に過ぎ、マリア王女殿下と言葉を交わすことも無く、哨戒に出ていた俺は隊列を組んで浮標の傍で待機する帝国艦隊を発見した。
戦列艦を含む5隻の艦隊は、護送艦隊の本来の編成とほぼ同じだ。
それを確認して俺は幽霊艦隊へと舞い戻った。
「帝国艦隊を発見しました。予定通りの浮標の傍に停泊しています」
「そうか。ご苦労だった。哨戒任務を続けてくれ。ルーデンドルフ侯爵の次の手があるとすれば今が一番危険だ」
「了解しました」
俺はマリア王女殿下にちらと視線を向ける。
これから帝国艦隊に乗り込むことになる彼女を傍で見られるのはこれが最後になるだろう。言葉を交わす機会もこれが最後だ。
なにか気の利いた言葉はないだろうか?
そんなことを考えた俺に、先に声をかけたのはマリア王女殿下だった。
「ルフト、これまでのあなたの忠誠を私は誇りに思う。できることならこれからもその力を王国のために振るって頂戴。そうね、フェラー伯爵の下へ行きなさい。彼ならあなたの強すぎる力を私利私欲のために使ったりはしないでしょう。なによりも彼は良い人よ。あなたのためにもなるでしょう」
「これからもマリア王女殿下に忠誠を誓っていてはいけないのでしょうか?」
「ルーデンドルフ侯爵家があなたと同じ力を有していると分かった今、あなたが帝国にくればそれはより大きな争いの火種になりかねない。事を王国の内部で処理しなさい。これが私からの最後の命令よ。お願い。そしてごめんなさい。これで分かって」
「それがマリア王女殿下のご意思とあらば――。どうかお元気で」
「あなたもね」
結局気の利いた言葉など何も思い浮かばないまま、俺はキャビンを退出した。
キャビンのすぐ外ではナタリエさんが待っていた。
「ナタリエさん」
「お疲れ様、これからまた空を飛ぶの?」
「はい。まだ安全だと確認されたわけではないので」
「そっか、それじゃルフトくんとはこれで最後になるね」
「ええ」
ナタリエさんはマリア王女殿下と共に帝国に行くことになっていた。
だから彼女とも言葉を交わしたりするのはこれが最後になるだろう。
「あのね、ありがとうね。ルフトくんがいなきゃ私たちみんなダメだっただろうし、本当に感謝してるの。それは姫様も同じで――」
ナタリエさんの瞳に涙が溜まっていく。
「本当の本当にお別れなんだね」
「――分かりませんよ。いずれ何かの弾みで顔を合わせることもあるかもしれません」
「うん。でもきっとそんな日がこないほうがいいんだよね」
多分そうなのだろう。
俺が再びマリア王女殿下やナタリエさんと顔を合わせる機会があるとすれば、彼女らの身に何か起きた場合くらいのものだろう。その時は何を置いても俺は駆けつけるに違いない。
「ナタリエさん、本当にお世話になりました。ナタリエさんがいなかったらフィーナ様のシゴキに耐え切れたかどうか分かりませんから」
「あの頃のルフトくんは可愛かったからね」
ぐすっと鼻を鳴らしてナタリエさんは笑う。
「今はもう違いますか?」
「意地悪な質問だなあ。そんな顔しか見えない鎧を着ちゃってさ。でも顔つきも男らしくなってきたよ。今は頼りにしてる。私たちを守ってね」
「それは任せて下さい」
「それからこれを――」
そう言ってナタリエさんはハンカチに包まれた何かを俺に差し出した。
「これは?」
受け取ってハンカチを開くと女物のブローチが包まれていた。
「姫様からルフトくんにこれまでの報酬の代わりにって。売ればみんなが受け取った報酬より高く売れるでしょう、だって」
「売りませんよ」
「だよね」
さっきまでの涙顔はどこへやら、ニマニマと俺の顔を覗き込むナタリエさんがいる。
「がんばったね。ルフトくん」
その言葉で、ナタリエさんが俺の告白のことを知っていると分かり、俺は顔から火が出るのではないかというほど恥ずかしくなった。
「とにかくこれは受け取りました。一生大事にしますとマリア王女殿下に伝えてください」
マリア王女殿下もナタリエさんにからかわれればいいのに。
「うん。ちゃんと伝えるね。えへへ、ありがとうね。ルフトくん」
「こちらこそありがとうございました。ナタリエさん。それじゃあ」
いつまでもこうして駄弁っていたいが、そういうわけにも行くまい。
「それじゃあね。ルフトくん。最後までよろしくね」
「はい。任せて下さい」
ナタリエさんと別れた俺は77に飛び乗って再び哨戒のために空へと飛び上がった。
その後は心配していたようなことは何も起きず、2隻のフリゲートは、無事浮標の傍で帝国艦隊と合流した。
最初はこちらの数が少ないことを不審に思われたようだったが、マリア王女殿下が乗っていることが分かると、些事と割り切られたようだった。少なくとも王国側の戦力が帝国側に大して大きいというわけではない。
俺は77に乗って上空で哨戒をしていたが、不審な船や飛行機の姿は見えない。
眼下ではフリゲートと戦列艦の間に渡し橋がかけられ、マリア王女殿下とナタリエさんが帝国の船に渡って行った。
礼砲が撃たれ、戦列艦に帝国の旗と並んで王国の旗が掲げられた。
呆気無くマリア王女殿下の引き渡しは終わった。
5隻の帝国艦隊は東に向けて進み始め、2隻のフリゲートは西へと進み始める。
だが俺の仕事は終わらない。
何者かによって帝国艦隊が襲われるという可能性は捨てきれない。もちろんその何者かがいるとすればそれはルーデンドルフ侯爵の手の者ということになるだろう。つまり77や活性化した遺物艦船が再び現れないとも限らないということだ。
帝国艦隊が無事港に到着するまで安心はできない。
陸地に上がって、民衆の前に姿を晒した後でようやくマリア王女殿下の安全は確保されるのだ。
できるだけ距離を取って円を描くように帝国艦隊を周遊しながら、哨戒を続ける。そんな日々は2ヶ月ほど続き、ついに帝国艦隊は港に入った。
マリア王女殿下は大きな歓待を受けたようだ。
港や町並みを覆い尽くす民衆たちの姿は上空からでも確認できた。
それを見届けて、俺の役割は終わった。
終わったのだ。
アイゼンドルフを飛び出してから始まった俺の旅はあまりにもあっけなく終わりを迎えた。
気が付くと、俺はエルネ=デル=スニアの上空に到達していた。
ここに来ようと思っていたわけではない。ただ帝国から王国かあるいは観測基地に戻るその途上にエルネ=デル=スニアがあっただけだ。
そのまま飛び去れば、ほんの数十秒でエルネ=デル=スニアは見えなくなるだろう。だが俺はそうせずにエルネ=デル=スニアの南の森に向けて機体を降下させていった。
前にもそうしたようにドレスを脱いで、エルネ=デル=スニアに向かう。
衛兵に通行税を払って中に入り、ヴァレーリヤさんたちのいる教会へと向かった。
前回の訪問から半年以上が過ぎているが、ほとんどの神官やシスターたちが俺のことを覚えてくれていた。
『ルフトぉ!』
駆け寄ってきて俺にガバッと抱きついてきたのは当然ながらルフィナさんだった。
『すぐ会いに来るって言ったのに遅いよぉ!』
『ごめんよ。この半年は本当に忙しかったんだ』
ルフィナさんの頭を撫でていると、ヴァレーリヤさんもやってくる。
『終わったのね?』
確認するようにヴァレーリヤさんは聞いた。
『はい。終わりました。全部、ではありませんけれど』
ルーデンドルフ侯爵家の件など、まだ終わったとは言いがたいことはある。
だが当初の目的だったマリア王女殿下の捜索は終わり、アインホルンの顛末も知ることができた。そして何より自分が旅立つ契機になった空賊たちとの決着を付けることもできた。自分の中でひとつ区切りがついた感じはある。
『それじゃまた行くの?』
『うん。まだ終わらせなきゃいけないことがあるんだ』
これから始まるであろうルーデンドルフ侯爵家との諍いがどのようなものになるのか、今の時点ではまったく想像がつかない。
マリア王女殿下は王国内で片付けろと仰ったが、遺物同士のぶつかり合いが及ぼす影響は一体どれほどのものになるのか。
これまでよりもより厳しい戦いが待ち受けているに違いない。
『分かった。いいよ。行って、ルフト』
『えっ?』
あっさり許可が出るとはルフィナさんらしくない。
『ルフトは帰ってくるって分かったからもう平気。ルフトはどこか別のところで頑張ってるんだよね。だから私も頑張らなくちゃ。いつルフトが帰ってきてもいいように』
『そうしてくれると俺も嬉しい』
心のなかにストンと落ちてくるものがあった。
それは自分がとうの昔に失ったと思っていたものだ。
帰るべき家がここにある。という安堵。
家ではなく教会だけど、そういう問題じゃないのだと思う。
家族がいて、彼女らが守ってくれる場所、俺がいつでも帰ってきていい場所、それこそが家なのだ。
失って、それこそすべてを失って始まった俺の旅に一区切りをつけるとするならばこの場所を置いて無いだろう。
俺は帰ってきた。自分の家に。
そしてまたここから始まるのだ。
俺の新しい旅が。
これにて第一部は完となります。
第二部はまだ準備中ですので、しばらく時間をいただきたいと思います。
連載再開するときは活動報告やTwitterでお知らせしますので、どうぞよろしくお願い致します。




