第二話 風の塔の伯爵様
7/17 衛兵にストッパーを渡すシーンに少し加筆しました。
七塔都市の港に入港した俺は、77を浮遊状態から解除して、港の平地、白線の上に垂直着陸する。
除雪されきっていない雪が舞い上がり、辺りに吹き飛び散った。
すぐに港の職員が駆けつけてきて、誰何の声がかかる。そこには明らかに緊張の色が混じっていた。それも当然だろう。77は浮遊船としてはあからさまに小さく、その上境界面上から境界面下に降りてきたのだ。おまけに艤装のまったく施されていない浮遊遺物を牽引してきたときている。不審に思われないほうがどうかしているだろう。
舐められてはいけないと思い、あえて高圧的な声で返すことにした。
「浮遊船乗りのルフトだ。浮遊遺物を見つけたんで売りに来たんだ」
そう言い、ドレス姿で地面に降りる。
「浮遊船て、あなた、これは潜雲艦じゃないですか」
潜雲艦ってなんだろう?
(さあ、潜水艦の仲間じゃないでしょうか?)
その潜水艦っての何か知らないからな、俺は。
そんな受け答えをレギンレイヴとしながらドレスを脱いだ。
ドレスに装着していたストッパーを手に持つ。
「えっ、こ、子ども?」
「子どもで悪かったな。それで買うのか、買わないのか?」
「そ、それが現在、拿捕船、つまり浮遊遺物の買い取りについては伯爵様を通さなければできないことになっておりまして」
「それじゃ伯爵様を通してくれ」
「わ、分かりました。すぐに手配いたします」
「ああ、それから俺は金は持ってないからな。係留料とか払って欲しかったら、伯爵様がちゃんとこいつを買い取ってくれるようにしてくれよ」
慌てた様子で港の職員は立ち去っていく。
運搬人たちや、他の港の職員が近寄ってくる様子はない。
まあ、そりゃそうだよな。
ただでさえ不審な船に、フルプレートの鎧に見えないこともない金属の塊から出てくる小さな子ども。
傍目にはどれほど珍妙に映ったことだろうか。
もう気にするまい。
俺は諦観というものを知った。
どうせこのシャトルが売れるまでは宿屋に泊まることも出来ないのだ。
俺は再びドレスを身にまとい、77の操縦席に戻った。
携帯糧食も持ってきたし、ここで寝泊まりすればいい。
暇な時間は77で戦闘シミュレーターでも走らせればいいだろう。
数日は待たされると思っていたが、翌日には港の職員がやってきて、伯爵様とやらが直に俺に会いたいと言っていると伝えてきた。
「嫌だ」
俺は即答した。
貴族様とご面会だなんて絶対ろくな事にならないに決まっている。
しかし伯爵様とやらのほうが一枚上手だったようだ。
「直接ご面会が通らなければ浮遊遺物は買わないと伯爵様が仰っておられまして」
「ああ、もう、クソッ!」
俺は77から飛び降りた。
そしてふと思いつく。
「伯爵様とやらと面会するに当たって防具を着込んでいくくらいは失礼には当たらないよな」
「ええ、もちろん、そうであると思いますが」
「魔法の杖はどうなんだ?」
「ま、魔法使いでもあらせられましたか……。その、魔法使いの杖は武器には該当しないことになっております……」
冷や汗をだらだらと流しながら、港の職員は告げる。
まあ、そうだろうな。
基本的に魔法の杖とは、魔法の威力を高めたりするためのもので、魔法を行使するための必需品ではない。
杖を取り上げたところで魔法使いの危険性はそれほど変わらないのだ。
「ならこの格好で向かうとするか」
どうやら伯爵様とやらは7つの塔のうち、風の塔とやらにいるらしい。
港の職員から道順を聞いて、俺はドレス姿のまま街を歩いて行く。
ドレス姿は全身甲冑姿と言えないこともないので、それほど人の注目を集めてはいない。
風の塔の前に付くと、衛兵たちが警備に立っていた。
「伯爵様に呼ばれてきたルフトだ」
「赤毛の子どもだと聞いているが」
「それは俺であってる」
俺はドレスのヘルメットを外して顔を晒してみせる。
ざわっと衛兵たちの間に動揺が走るのが見て取れる。
「鎧と魔法の杖くらいは持ち込んでも構わないだろう?」
「確かに規則ではそうなっているが……。本当に君が動かしているのか? 魔法の鎧か? それに魔法の杖? 珍妙な形をしているな。銃のようにも見えるが」
「まあ、そんなところだ。それで、通っていいのか、駄目なのか?」
「その魔法の杖は預けてもらう。それなら通っていい。何名か案内につけよう」
「案内、ね」
本当に案内なら1名で十分だから、実際には監視とか、いざというときに取り押さえるのが目的なのだろう。
ストッパーを預けなければならないこと以外に文句はない。実際、魔法の杖というよりは銃なのだし、衛兵としては怪しい物品を持ち込まれたくはないだろう。それに衛兵が何かの間違いで引き金を引いたところで、登録された使用者以外には使えないようになっている。何も起きない。
俺はここで何かをするつもりは当然無い。ただ伯爵様との交渉を少しでも有利に進めるためにこうして威圧的な姿勢を取っているだけだ。
俺はストッパーを衛兵に預け、その案内に付いていった。
風の塔の内部は、思っていたより普通の建物だった。
別に風が吹き荒れているとか、風鳴りが止まないとか、そんなことはひとつもない。普通の石造りの建物だ。
階段をいくらか上がり、俺は応接間に通された。
通されたのはいいのだが、ドレスのまま椅子に座って大丈夫なのだろうか?
(ドレスの重量からすると椅子が壊れる可能性は非常に高いです)
だよな。
ここは突っ立って待っていることにしよう。
ドレスを着込んでいる状態で体から力を抜いても、ドレスが自動的に立っていてくれるので、立ちっぱなしが辛いということはない。
「なにかお飲み物をお持ちしましょうか?」
メイド姿の女性がそう尋ねてくるが断った。
そうして待つことしばし、レギンレイヴとしりとりをしていると――勝ち目が無いことに気付いたのはずっと後のことだ――部屋の戸がノックされた。
「伯爵様がいらっしゃいました」
そう声が聞こえて扉が開かれる。
そこから現れたのは思っていたより若い、壮年の男性だった。
「やあ、待たせて済まない。君がルフト君か。本当に子どもなのか。顔を見せてくれないか?」
俺は素直にヘルメットを取って素顔を伯爵様に晒す。
「ほう、本当に子どもじゃないか。どうやってこんな大きな鎧を着込んでいるんだい? それより立っていないでどうぞ座って構わないよ」
「この鎧のままでは椅子を壊しかねませんので、俺は立ったままで結構です」
「そうかい。ボクは座らせてもらうよ。メータ、紅茶を。ルフト君は?」
「結構です」
「そうかい。残念だな。いいお茶なんだが。ところで君は潜雲艦に乗ってきたそうだね」
「それはつまり境界面下に降りられる浮遊船という意味ですか?」
一応レギンレイヴから潜水艦とやらの知識を教えてもらって、潜雲艦なるものの当たりはつけてある。
「その通り。帝国なんかでは一部運用されたりしているらしいけれど、実物にはお目にかかっていない。王国も建造しようとしているところさ。だがどうやら君の潜雲艦は我々の考える潜雲艦とは根本的に異なるようだ。つまり――」
伯爵様が何か言いかけたところで扉がノックされる。
「お父様? 私をお呼びとのことでしたが? お客様ですか?」
「おお、入ってらっしゃい。お前と同じくらいの年齢の浮遊船乗りだよ。話を聞いてみたいだろうと思ってね」
「いえ、私は、その、お邪魔します」
扉が開き、彼女は応接間に姿を現した。
その時の俺の衝撃をどう伝えればいいのだろう。
とにかく雷に打たれたってのはこういうことを言うのだろう。
その衝撃の大きさと、そんなこと起こるなんて思ってもいなかったという意味で、まさしくこの言葉はぴったりだった。
「フリーデリヒさん!」
そこにあったのは見間違いようもない、アインホルンの士官候補生、フリーデリヒ・フェラーの姿だった。
第三話の投稿は7月18日18時となります。




