第三話 アインホルンの最後
俺の声に驚いたように顔を上げたフリーデリヒさんと目が合った。
「嘘っ、ルフト! 本当にあなたなの!?」
「本当もなにも、間違いなく俺です」
俺はいてもたってもいられなくて、ドレスを脱いだ。
そうすると俺とフリーデリヒさんの身長はほとんど変わらなくなる。
俺はフリーデリヒさんに駆け寄ろうとしたが、それは衛兵に遮られる。
一瞬、魔法でぶっ飛ばしてやろうかと思ったが、流石に自重する。
「フリーデリヒさん、マリア王女殿下は、アインホルンはどうなったんですか!?」
「それは――」
フリーデリヒさんは言い淀む。
「待ちたまえ、君たちは顔見知りなのかい? それもアインホルンで? あれは女性だけの船じゃなかったのかい?」
伯爵様が待ったをかけた。
そう言えばこの人がいたんだった。というか、フリーデリヒさんのお父さんなのか、この人。
「俺はマリア王女殿下の侍従としてアインホルンに乗っていました。フリーデリヒさんにはその時にお世話になったんです」
「なるほど。不思議な縁だ。アインホルンの船員はすべて解散したと聞いているが、君はその後浮遊船乗りになったのかい?」
「アインホルンの船員が解散したですって!? アインホルンに何があったんですか? 俺はアインホルンが空賊に襲われている時に船から落ちてそれっきりなんです」
「そうか……。フリーデ、君から話すかい?」
フリーデリヒさんはしばらく眉根を寄せて考えこんでいたが、やがて頷いた。
「アインホルンで空賊と戦っていたとき、ルフト、あなたが戦っていた桃色の髪の女、あいつがあなたを落とした後、王女殿下を人質に取ったのよ」
「えっ!」
マリア王女殿下には何人も護衛がついていたはずだ。
それを突破したというのか。
「でも同時にフィーナ様が空賊たちのボスに剣を突き付けていたわ。膠着状態になった。でも空賊が王女殿下を人質に取るということは、つまり王女殿下に危害を加える気はないということよね。そんなことを王女殿下が言って、交渉が始まったわ」
交渉内容として空賊側が提示したのが、マリア王女殿下の身柄とアインホルンであったそうだ。
それに対してマリア王女殿下はその時点で生き残っている乗組員全員の自由と、船に乗っているマリア王女殿下の資産を彼女らに分配することを条件にした。
「そんな、だって空賊たちがマリア王女殿下に手を出せないならもっと良い条件だって引き出せるんじゃ」
「あなたは現場を見てないからそんなことが言えるのよ。実際に王女殿下に剣が突きつけられているところを想像してみなさいよ」
言われてみたらその通りだ。
いくら空賊たちにマリア王女殿下を害するつもりがないのだとしても、俺たちに手は出せないだろう。
「空賊たちはその条件を受け入れたわ。それから王女殿下は奴らに連れて行かれ、私たちはアインホルンの船倉に押し込められた。そしてそのままこの七塔都市まで連れてこられて解放されたわ。約束通りに資産も分配されてね。私は幸い実家がこの七塔都市だったから簡単に帰ってこられた。他のみんながどうしたかは分からないわ」
「それで肝心のマリア王女殿下はどうなったんですか!?」
「もちろん私も調べたわ。最近分かったところなんだけど、王女殿下はルーデンドルフ侯爵家で保護されているという話よ」
「無事、だったんですか」
思わず息が漏れる。
しかしフリーデリヒさんは深刻そうな顔を崩しはしない。
「無事と言えるのかしらね?」
「それはどういう……」
「それについてはボクから説明しよう。まあ、掛けたまえ。鎧を脱いだのだから椅子が壊れる心配もないだろう。フリーデも座りなさい」
フリーデリヒさんは伯爵様の隣の椅子に腰を下ろす。
俺も彼らの向かいの席に腰を下ろした。
「さてマリア王女殿下が現在どういう状況にいるのかを説明するためには、ルーデンドルフ家がどういう家柄なのかを説明しなくてはならないな。それとも説明は必要ないかな?」
「いいえ、教えて下さい。お願いします」
「うん。ルーデンドルフ侯爵は現在の国王陛下の叔父上に当たる。そして第一王子であるユリウス殿下の後ろ盾でもあるね。タカ派で、軍国主義者だ。帝国への積極的攻勢を説いている」
「マリア王女殿下とは相容れそうにありませんね」
「その通りだ。そのルーデンドルフ家がマリア王女殿下を保護しているというが、我々は事実上の軟禁だと見ている。まず間違いなく、継承選挙で邪魔になるマリア王女殿下の動きを封じたいのだろう」
「我々は、とおっしゃいましたね。伯爵様はどのようなお立場なのですか?」
「ボクはマリア王女殿下の味方だよ。少なくとも帝国とは交渉で事に当たるべきだと考えている。我々というのはそういう考え方の一派という意味だ。フリーデを預けていたのも、彼女への信頼の証しだよ」
「安心しました。ところでルーデンドルフ侯爵家でマリア王女殿下が軟禁されていることについて国王陛下はご存知なのでしょうか?」
「もちろんご存知でいらっしゃるだろう。しかし国王陛下はマリア王女殿下が浮遊船で飛び回っているのをあまり快く思われていなかったふしがあるからね。少しお灸をすえるつもりなのかもしれない。あくまで推測だがね」
「となると、マリア王女殿下が解放されるのは難しい、ということですか」
「少なくとも今のところは。我々も何か働きかけをしようとは思うのだが、まだマリア王女殿下の消息を知ったばかりでね。何をするにしてもこれからだ」
「貴重なお話をありがとうございます」
「ふむ、それで、君はこれからどうするつもりなんだい?」
「とりあえずルーデンドルフ侯爵家の領地に行ってみるつもりです。そこにマリア王女殿下がいらっしゃるんですよね?」
「その通りだが、行ってどうなるものでもないと思うよ」
「それでもこのままじっとはしていられません」
「そうなると君にはお金が必要になるな。ようやく本題に入るというわけだ」
言われてみればそうだった。
本来、俺は伯爵様とシャトルの売買について話をするためにここに来たのだ。
フリーデリヒさんとの衝撃の再会のせいですっかり忘れてしまっていた。
「君の持ってきた浮遊遺物については相場で買い取ろう。しかし新しい浮遊遺物をどこで見つけてきたのかについては興味があるな」
「残念ですが、それについてお答えすることはできません」
「君が乗ってきたという小型の潜雲鑑については?」
「帝国のものではないとだけお答えしておきます」
「どういう構造なのかだけでも調べさせてくれないかね?」
「それも残念ですが、お断りさせてください」
おそらく、というかまず間違いなく現在の造船技師が77を見ても何一つ理解できないに違いない。
下手に弄られて壊されてはたまったものではない。
「ふむ、強情だな。それともちゃんとした理由があるのか。しかし君があまり協力的でないとなると、こちらも協力しづらくなるよ」
「協力とは? 私は浮遊遺物を買い取って頂ければ十分だと考えていたのですが」
「マリア王女殿下に接触できるかもしれないチャンスをあげられるかもしれない」
「それはどういうことでしょうか?」
「おっと、先に君の情報からだ。浮遊遺物をどこで見つけてきたのか教えてくれるか。あるいは潜雲鑑を調べさせてくれるか、どちらかは了承してもらいたい」
俺は迷った末に、俺の立ち会いのもとで、一切部品を分解しないことを条件に77の構造を調べていいと伯爵様に告げたのだった。
第四話の投稿は7月19日18時となります。




