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彷徨のレギンレイヴ  作者: 二上たいら
第一部 第三章 エルネ=デル=スニア
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第九話 余所者と呼ばれて

「お前がルフトか。幼いな。本当に山の向こうまで行ってきたのか?」


 俺の顔を見るなりそう言ってきたのは壮年の男性だった。

 体つきはがっしりしていて、フィーナ様には劣るものの、いかにもできるという雰囲気を放っている。


「本当です」


 俺が言葉短くそう答えると、男性は何が気に入らないのか鼻をふんと鳴らし、俺のことを値踏みするようにじろじろと見た。


「本当にこんな小僧の言うことを信じるのか、ザハール」


「坊主がゴブリン一匹を倒してきたのは紛れもない事実だ。アルトゥル。それだけでも自警団が動く理由としては十分だろ」


「よほど弱いゴブリンだったに違いない。それに子どもが注目を集めたくて嘘をつくことはよくあることだ」


「かも知れん。だがゴブリンがいたことは紛れも無い事実だ。調べる必要はある」


「必要。ふん、その通り。ゴブリンが現れたというのなら自警団は調査せねばならん。だがここのところゴブリンの痕跡は見つけられても、ゴブリン自体が現れることはさっぱり無くなった。最後に外周街が襲われたのは何時だ?」


「この前の冬の始まり頃が最後だ」


「そうだ。それ以来ゴブリンの調査は空振りばかり。自警団を招集しても、何事も起こらん。人々はいい加減、ゴブリンは我々を襲うことを諦めたのではないかと思っている。本格的な招集はとてもできん」


 俺はゾッとした。

 この人は何を言っているんだ?

 ゴブリンの大軍勢がすぐそこまで迫っているんだぞ。

 俺が山を踏破するのに2日かかった。

 その間にも山を迂回しながらとは言え、ゴブリンはエルネ=デル=スニアに近づいてきている。


「俺は嘘は言っていません!」


「黙っていろ、余所者」


 そう言われて俺はハッとした。

 ヴァレーリヤさんたちと暮らしてすっかり忘れていたが、俺は元々この地の人間ではない。

 それどころか彼らのように獣の耳を持つ種族ですら無い。

 この地に住み着いたばかりの頃はさんざん避けられていたではないか。

 俺が最初彼らのことを人間と呼ばず、獣人(けものびと)と思っていたように、この人は俺を人間の仲間だとは認めていないのだ。

 俺がショックを受けていることに気付いたのか、ルフィナさんがそっと俺の手を握る。


「何を言われてもルフトは家族だよ」


「ありがとう」


 そんな会話の間にもアルトゥル――敬称なんていらないだろう――とザハールさんは自警団の招集について言い合っていたが、結局、まずは捜索隊を出して様子を見るということで落ち着いたようだった。

 しかし外周街の人々に警告するのは時期尚早として却下された。


「せいぜい居たとしても数十匹の集団だろう」


 というのがアルトゥルの意見であり、それを変えるつもりはないようだった。

 まあいい。

 捜索隊さえ出してくれるのであれば、あれだけの大軍団だ。

 見逃すようなことはないだろう。

 しかしアルトゥルは最後に意外なことを言ってきた。


「小僧、お前も捜索隊に参加しろ」


「余所者の俺を捜索隊に入れるんですか?」


「発見者はお前だ。当然のことだろう」


「ちょっと待って下さい。ルフトはずっと山に入っていたのを帰ってきたところで。それにこんな子どもを」


 ヴァレーリヤさんが助け舟を出そうとしてくれるが、むしろアルトゥルの申し出は俺にとってありがたい。

 自分の身の潔白は自分で晴らしたいからだ。


「いいんです、ヴァレーリヤさん。アルトゥル、さん、俺を捜索隊に加えてください」


「ザハール、小僧はお前の班に入れる」


「分かった。異論はない」


 招集された自警団はわずかに30人。これを3人1班で10の班に分け、ゴブリンの捜索を行うことになった。

 ザハールさんの班にもう一人加わったのは羊のような耳を持ったキリルという青年でやはり狩人だという。


「ザハールさんの班に入るのは光栄なんですが、大丈夫ですかね」


 キリルは俺をちらりと見て言う。


「少なくとも足手まといにはならん。それは俺が保証する」


「そうですか。ならいいんです。よろしく、ルフトくん」


「こちらこそよろしくお願いします。キリルさん」


 アルトゥル同様の嫌な奴かと思ったが、別にそんなことはないようだ。

 単に俺が子どもなので心配だったのだろう。


「それで坊主、連中はどういうルートを辿ってくると思う?」


「あれだけの数でしたから山を突っ切ってくるのは困難だと思います。やっぱり俺が見たように山間を抜けて、南方から来るのではないかと」


「では俺たちは南に向かおう」


 他の班の大半が山の中に向かっていった。

 過去にゴブリンが攻めてくるのが大抵そちら側からだったからだろう。

 俺たち3人は彼らには目もくれず、南に向けて捜索の手を伸ばし始めた。


 初日の捜索は空振りに終わり、俺たちは野営の準備に入った。

 訓練の時とは違い、食料はそれなりに持参してきている。

 それでも足りなければ狩りをするだけだ。

 幸い2人の狩人がいるので、獲物を逃がすようなことはないだろう。

 問題は夜の見張りをどうするかだった。

 俺が見たゴブリンの軍団は夜に行軍を行っていた。

 おそらく今夜も移動を開始することだろう。


「たき火は消しておくのが賢明だろうな」


 本来なら野営時には獣避けのために火を絶やさないものだ。

 だがたき火の灯りがあれば、俺たちはゴブリンから容易く発見されてしまうだろう。

 それを避けるために夕食が終われば火は消してしまうことにした。

 見張りの順番はくじ引きをしてザハールさん、キリルさん、俺の順番になった。

 俺がきちんと数に入れられていることが地味に嬉しい。


「君は空飛ぶ船から落ちてきたんだってね」


 夕食を終えた後、キリルさんがそんなことを聞いてきた。


「はい。アインホルンという船でした」


「そっか、アインホルン、いい響きの名前だね」


「ありがとうございます」


 別に自分の船でも、自分が名付けたわけでもないのだが、妙に嬉しくて頬がにやけた。


「君は船乗りだったのかい?」


「その見習いと言ったところでしょうか」


「上の世界では君くらいの年齢でも働くのが普通なのかい?」


「いえ、そんなことはないと思います。俺はちょっと特殊な事情があって船乗りの仲間入りをしただけで。あ、でも俺くらいの年の船乗りは珍しくなかったです」


 船乗りというか、士官候補生には、なのだが、この細かいニュアンスをエルネ=デル=スニアの言葉にするのは難しい。


「君がしっかりしているのはそういう経歴があるからなんだろうね」


「俺はまだまだです。今回だってもっと情報を収集して戻っていれば、それから自警団の人たちにもっと信頼されていればと思っています」


「そういうところがしっかりしているところなんだけどね。僕が君くらいの年の時はもっとちゃらんぽらんだったよ」


「お前ら、見張りを先にしたいならそう言えよ」


 ザハールさんに言われて俺たちは口をつぐんで、しかし顔を見合わせて少し笑った。

第十話の投稿は6月30日18時となります。

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異世界転移ものの新作を始めました。
ゲーム化した現代日本と、別のゲーム世界とを行き来できるようになった主人公が女の子とイチャイチャしたり、お仕事したり、冒険したり、イチャイチャする話です。
1話1000~2000文字の気軽に読める異世界ファンタジー作品となっております。
どうぞよろしくお願いいたします。

異世界現代あっちこっち
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