先輩・芹沢3
その日は就業時間にも拘わらず暇を見付けては次から次へと野次馬紛いの客人達がやってきて、度々仕事の手を止めざるを得なかった。
そんなに他人の色恋沙汰に興味があるのか、余程暇なのか。
確かに繁忙期は過ぎて皆比較的時間に余裕はあるのだろうが、今日はもう駄目だなと半分仕事を諦めた。
暫くは適当に受け流していたが、招かれざる客人達の来訪は一向に止まない。
内心どうしたものかと思っていると、同期の篠崎と藤瀬のペアが動いた。
姉御肌の藤瀬の命令と、有無を言わせぬ篠崎の笑顔に、招かれざる客人達はあっという間に別所へと追いやられる。
その間、僅か数秒のことだった。
あまりにも呆気なく訪れた突然の解放に、ぱちくりと目を瞬いた。
俺がどう言っても人の波が退かなかったのに、彼女達に掛かるとこうも上手くいくのか。
半ば呆けつつ見事な手腕に感心していると、柚月が傍へ寄ってきた。
「芹沢さん、こっちの資料まだ使いますか?」
言われて見てみれば、積んであるのはもう使わない資料のファイルだった。
「じゃあこれ片付けちゃいますね。あと…これと、これももう良いですか?」
「お、そうだな。頼む」
柚月は要るものと要らないものを正しく理解していた。
よく見てるな、と感心して、あれそう言えばとふと思い出した。
彼女が、よくこうしてちょこまかと片付けや手伝いをあちこちでしているのを見掛ける気がする。
誰かに媚びようと言うのではなく、気付いたからやっているという自然体な言動だから今まで見過ごしていたが、意外とこれはやろうと思って出来るものではない。
成る程な、と思った。
だから篠崎と藤瀬が彼女を気に入っているのか。
「柚月」
「はい?」
ファイルの束を抱え直していた柚月が、こちらを向く。
その姿に既視感を覚えて、あぁそう言えばあの異常な繁忙期にもこうして彼女は手伝ってくれていたなと思う。
「ーーありがとう」
「…いえ」
ぱちくりと、不思議そうに目を瞬く彼女に、思わず笑みが漏れた。
今、資料の片付けを言い出してくれたことだけじゃなくて。
いつも、細かいことに気付いてあれこれ手伝っていてくれていることだとか。
一気に仕事量が異常なまでに増えたあの頃に、差し入れや気遣いの言葉を掛けてくれたことだとか。
婚約破棄が会社中の噂になっているこの状況で、下世話な興味などではなく俺を気に掛けてくれたことだとか。
ーー俺のために、泣いて怒ってくれたことだとか。
そんな、沢山の感謝の気持ちを込めた「ありがとう」だった。
でも、彼女は分かっていないんだろう。
今はそれでも良いと思った。
End.