死の淵にて
「起きなさい! いつまで寝ているつもりなの! 」
ティアではない誰かがイリーナを起こそうとしている。
だが、その声はイリーナのよく知っている声だった。
イリーナがゆっくりと目を開ける。
目の前にいるのは、黒いレースと宝石で装飾のされた煌びやかな深紅のドレスを身に纏った少女。
輝くブロンドの髪に、ルビーの瞳、真珠を砕いたかのような白くきめ細やかな肌。
もう見慣れてしまった美しい顔。
その表情は気品と自信に満ち溢れているものの、眉をひそめて怒りをあらわにしている。
「本物の、イリーナ……?」
本物と言われた『イリーナ』は、
見下したような目でイリーナを見つめる。
「本物という言い方は、少し違いますわね」
「私はずっとあなたの中におりました、
あなたはまったく気づいていない様子でしたけれど」
イリーナは自分の記憶を辿る。
毒の入ったワインを飲んで、意識が途切れた。
つまりここは死後の世界なのだろうか。
「まずは一言お礼を言わせてください。
私の世界で一番大切な弟、ルイを助けてくれたこと、心から感謝いたします……」
『イリーナ』は続ける。
「感謝の意を示すために、まずはあなたの持たれている誤解を解かせていただきます。
あなたは私の身体を奪ってしまったことを申し訳ない、と思われていたようですが、それは違います」
「私はあなたがイリーナとして目を覚ます前日の夜に、自ら命を絶ちました」
イリーナの瞳はまっすぐこちらを見て、意志の強さを感じ取れるが、その表情は硬く強張っているようにも見えた。
「警備兵に扮した私の協力者に毒入りのワインを用意させて……」
『昨晩のイリーナ様は珍しくお酒をお飲みになって、その後すぐにご体調を崩されてお休みなられたんですよ』
自分がイリーナとして転生した最初の日に、ティアが説明をしていたことを思い出す。
あれは、『イリーナ』の自殺だったのか。
「私は確かに死んだはずでした」
「だけど、どういうことだか、
私の身体にあなたが入ってきて、
生き返ってしまいました」
そう語る『イリーナ』は、悲しむでも怒るわけでもなく、どこか呆れたような様子だった。
「私はお父様の意志を継いで、この国を守りたかった」
「でも全て裏目に出てしまった。
国民は私を極悪皇女と罵り、
残りの人生をあの塔で過ごすことになった……」
「だから、死を選んだの?」
イリーナは問いかける。
その問いかけに、『イリーナ』は俯き、小さな声で呟いた。
「ジルカント……」
『イリーナ』の口から漏れ出た名前に、イリーナは目を丸くする。
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