償い
憶測で行動をして、それが間違いだったら……?
でも、憶測が真実になってしまえば、ルイが危ない。
私はどうすればいい。
こんなとき、イリーナならどうする。
二つの疑問が同時に生じる。
(もし、早く会社を辞めていれば、自分はここにはいなかったのに)
突如、そんなことを考える。
自分は一度死んでいる。
自分が死んだ後、私の家族や友人たちはどんな反応をしたのだろうか。
例えば祖母が死んだ時のような、とても悲しくて、胸に大きな穴が空いたような喪失感。
あの感覚を私の身近な人たちは感じているだろうか。
だとしたらとても申し訳がない。
その上、死んだ私はあろうことかイリーナの身体を奪ってしまった。
イリーナにも家族がいる、友人がいる、皇女だから家臣や国民だって彼女を知っている。
イリーナは消えてしまったことを悼んですらもらえない。
私はイリーナの人生と『死』を奪った。
ルイのイリーナへ向けたあの視線。
『姉によく似た何か』へ向けられた、異質なものを見る目。
ルイはイリーナの死を知ったら、きっと深い悲しみを感じたはずだ。
今ここにいるのは、大切な姉を奪われて、姉が消えてしまったことを悼むこともできず、ただ襲い来る恐怖と悲しみに俯き、震えることしかできない少年。
ルイのイリーナを慕う様子は、とても自分を殺そうとした人間へ向けるものとは思えなかった。
ルイは12年間、姉のイリーナから大切にされていたのではないか。
イリーナは本当はルイを殺すつもりなんてなかったのではないか。
根拠のない想像で、願望だった。
イリーナとルイに報いる方法があるとしたら、それは自分が命がけでルイを守ることなのではないか。
「神へ祈りを捧げ、共に神の血を分け合おう」
会場中の人間たちがワインを口に運ばんとする。
その中にはルイも含まれている。
「待ってくださらない?」
イリーナが席から立ち上がり、声を上げた。
会場中の視線がイリーナに集まる。
イリーナはそれに臆することなく、堂々と振る舞う。
「皆様がご存知のように、私は国家反逆者……
昨晩も、ここへの道中で賊徒に命を狙われました」
「私に恨みを持つ者は少なくありません」
イリーナは杯を片手に歩き出す。
向かうのは、隣のルイの席。
「私の杯に、毒が入っていてもおかしくありませんわ」
取り越し苦労だったら、それでかまわない。
「ルイ皇太子、杯を交換いたしましょう」
『極悪皇女』という立場を利用して、ルイを守る。
それが自分ができる唯一の行動だった。
「!?」
聖堂内にどよめきが起こる。
ルイは目を見開いてイリーナを見つめている。
イリーナは妖しく笑ってみせた。
私はイリーナ。
弟すら殺そうとした、極悪皇女。
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