魔導士との遭遇
「あぁ、そうでした。ジルカントから聞いております。
長い幽閉生活であなたに大きな変化があったと……」
なんてこともない、そのような様子でライ・カーンは続けた。
「私の名前はライ・カーンと申します。
ジルカントの親代わり……といったところでしょうか」
丁寧な物腰だった。
イリーナはその名前に硬直する。
(この男がライ・カーン……? ジルを支配して、イリーナを幽閉した男……?)
だがライ・カーンはそんな様子などおかまいなしに、喋り続ける。
「不思議な名前でしょう?
私の名前は古代の言語から付けられた名前なんです」
「私の遠い先祖は、かつて栄え、今は滅びた文明の王族でした。
独自の言語、独自の文化……とても大きな国でした。
でもその国は、突如として歴史から姿を消した」
この男は突然何を話しているのだろうか。
「そしてそれと同時期に、プロメシア皇国が建国されました。
私は考えたんです。
その国はプロメシア皇国に滅ぼされたのではないか。
私の遠い先祖となる王は、この国の者に殺されたのではないか……」
ライ・カーンの目は暗く、口元もひげに覆われており、感情が読み取れない。
「なんて、全て私の憶測ですがね」
男は目を三日月型にして笑う。
絵に描いたような笑顔だった。
「私はれっきとしたプロメシア人です。
私が滅びた文明の王族の子孫という話も、親から伝え聞いたというレベルで、信憑性には乏しいです」
「そうですか……面白い話ですね」
イリーナは動揺を悟られないように、平常心を装う。
「皇女はとてもかわられました……まるで別人のように、いや、あなたは別人だ」
ルイの時とは異なる衝撃。
目の前の男はイリーナではなく、イリーナに転生した『私』に語りかけている。
「本当にあなたが皇女ならば、私のこの話で正気を保っているはずがない。
なぜならこれは、由緒正しきプロメシア王家の先祖たちの名誉を汚す話だからです」
「いえ……いいんですよ。私は一目見たときからとっくにわかっておりました」
「イリーナ皇女が、代わられたのだと」
「私はとても喜ばしいです」
ライ・カーンの笑顔。
「それでは私は、これで失礼いたします。
今夜の礼拝でまたお会いできることを楽しみにしております」
男がイリーナの前から立ち去り、姿が見えなくなった瞬間、イリーナは全身から力が抜けるのと、汗がどっと吹き出すのを感じた。
(今夜の礼拝って何……? 行きたくないよ……)
あの男は危険だ。
イリーナの直感がそう叫ぶ。
ライ・カーンが去って間も無く、イリーナは警備兵に発見され、駆けつけた女官たちによって元いた部屋に連れ戻された。
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