咎人
かつて栄え、今は滅び去った国。
歴史の教科書を読めばそんなものはいくらでも出てくる。
一生続くものなど存在しないのだ。
ライ・カーンはプロメシア皇国国境の小さな農村で生を受けた。
家は貧しく、朝から晩まで父が畑を耕し、家で母が糸を紡ぎ続けてもその日の食事に困る有様だった。
働いても、働いた分だけ領主が奪っていく。
土地はとても痩せており、ろくに作物が実らない。
ライ・カーンは幼い頃から父親の畑仕事を手伝っていた。
夜眠る前に母が話してくれる、かつて栄えた文明の話が好きだった。
母は幼いライ・カーンに、毎晩同じ内緒話をする。
「ライ、母さんとお前のご先祖様は、この国が建国される前に栄えていた、大きな国の王様だったんだよ。
だから歴史が変わっていれば、宮殿で毎日お腹いっぱいご飯が食べられて、寒さに震えることもなかった。
これは二人だけの内緒の話だよ、わかったかい?」
間も無く、母は病で亡くなった。
医者に治療をしてもらうお金もなかった。
父は母が死んでからまともに働かなくなり、安酒をあおっては息子に当たり散らすようになった。
ライ・カーンが最初に殺したのは父親だった。
それは自分に暴力を振るうロクでもない男だったからではない。
彼は父親を見下していたから殺した。
母と自分は王の末裔だ。
でもこの男は違う。
卑しい農夫で、妻の病気を治してやることもできない無能。
歴史が違っていれば、自分も母も宮殿で華やかな日々を過ごしていたはずだ。
あの話が息子へ希望を与えるための作り話か、真実なのかはもはやどうでもよかった。
ライ・カーンは父という汚点を始末した後、心に誓った。
「歴史を直すことができないなら、新しく歴史を作り直すしかない」
矛先は、プロメシア皇国の皇家に向かった。
何年かかってもいい、人生を賭けてお前たちからその地位を奪ってやる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ナイルズから何か報告はあったか?」
ライ・カーンは事務仕事を行いながら、部下に尋ねる。
「それが……寺院にナイルズがおりません」
ライ・カーンは手を止める。
(ジルカントが勝ったのか)
奴の行動は全てお見通しだ。
皇太子の行動も同じ。
私から鍵を奪い、それをジルカントに与え、寺院の地下で私の今まで行ってきたことを調べさせたのだろう。
ナイルズがジルカントを処理してくれれば都合が良かったのだが……
持病を持つアリフレート皇帝に『聖水』は強すぎた。
もっと長く生きてもらう予定だったが、すぐに死んでしまった。
聖水は健康な人間に適切な量を与え続ければ、まともな思考力のない、体力にも劣る人間が出来上がる。
次に聖水を飲ませるのは皇女だ。
先ほど話した皇女は自分の知る傲慢で気が強い高飛車女とは異なり、弱々しく、頭も良くなさそうだった。
幽閉のショックで本当に気が触れたのか、外見のよく似た別人と成り代わったのだろうか。
別人だったとしても、それを証明する手段がない限り、あの女には皇女でいてもらおう。
正直、あの女だったら、聖水を与えるまでもなく支配し易そうだ。
今晩の特別礼拝で全てを終わらせる。
悪い子のルイには見せしめになってもらおう。
彼は一国の皇太子であるというのに、気が弱く、人を疑うことを知らない都合の良い子供だった。
だがここ最近の彼は、調子に乗りすぎた。
私の研究を告発される前にルイを処理して、イリーナを人質にしてジルカントを封じ込める。
あの入れ込みようだ、イリーナをうまく使えばジルカントは必ずまた私に服従する……
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