VS潜水艦2 / 『フーカ』
「レイン、『フーカ』を連れてきてほしいのだけれど」
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「ヨナさま、フーカを連れてきましたよ」
ミッキと同い年くらいの少女。
短く切りそろえられた赤髪、灰色の瞳。白くきれいな肌。
赤髪と色合いの違う赤い石の髪飾り。
軽戦士の軽装はアリスのものを借りている。手甲や武器はつけていないラフな格好。
第二発令所に連れてこられたフーカは、手錠をはめられていた。
「外していいわ」
手錠、どこから持ってきたのだろう。
レインの私物なのだろうか。
いちおう注意してほしいとは言ったが、ここまでするとは。
いや、警戒はするべきではあって、レインの対処が正しい気もする。
レインは憮然ともせず、私が求めたままにフーカの手錠を外す。
私とレイン以外はフーカとは初対面になる。副長は席を外しているが、他の発令所メンバは揃っていた。
「申し訳ないけれど、戦闘中なのでお互いの自己紹介はあとで」
手錠を外されたフーカは、手錠つきで連行されてきたときの不機嫌そうな表情を変えないまま、発令所内を見回す。
艦内設備には萌えないタイプなのだろうか、と思ったりしつつ、お互いそれどころではない状況なので話をすすめることにする。
「所属不明の潜水艦が接近中。右後方4時方向の外洋側から。攻撃はまだないけれど敵艦と想定しています。
洋上の状況と彼我の位置はご覧の通り。発令所前面にプロットしているのだけれど、このフォーマットの海図は読めるかしら?」
私は口頭と指差しで、プロット上の本船と潜水艦位置分布を示す。
フーカが目を細める。
といってもべつに、図が見えないわけではない。
「この図は最新? 手描きとは思えないけれど」
「最新の状況よ。イリスヨナのVUHDで描いた図がリアルタイムで変化するの。
フーカがこの状況をどう見るかを、私は知りたい」
本船と潜水艦の進路予想をプロット上に上書き表示してみせる。
フーカが目を細めて私を見る。
「この海図、いま、あなたの意思で動いたわね?」
手元でスイッチを押したりしていないし、魔力で操作したりしていないのは魔術師であるらしいフーカは気配でわかる。
操作方法を誤魔化すつもりもない。
フーカは疑問を保留にして、前面にプロットされた戦闘状況に向き合う。
「緑の太線が海岸線ね。縮尺も理解できる。このラインは?」
「水深を表している等高線のようなもので、指している沖合のところは深度40m」
「水温躍層は20mに存在する?」
「イリスヨナの聴音の限りでは付近海域一帯に安定して存在してる」
水温躍層は、水面近くの暖められた海水と、その下の冷たい海水を隔てている、海中の地層だ。
おおざっぱにいえば音をさえぎる層で、海上艦からの聴音は潜航した潜水艦を捉えにくくなる。
「本船と不明艦の速度は変わらず?」
「変わらず」
「本船と不明艦の進路は?」
「進行方向はほぼ直進のまま。本船は進路を変えていないし、潜水艦は微修正しつつ本船との接触コースを進んでる」
フーカは途切れることなく立て続けに質問したあと、2秒黙って。
「外洋側から仕掛けてきているのがおかしい」
私は続きを待つ。他のメンバは疑問符を浮かべているので、フーカは続ける。
「いまの配置ではイリスヨナと共に戦場が深度の浅い沿岸になりうる。潜水艦は奇襲を狙う艦種で、水温躍層のない浅瀬での戦いは避ける」
今は潜水艦のほうが少し早いことに、フーカは気づいているのだろう。視線が海図から彼我の船速を読み取っていた。
進行方向を調整すれば、反対側にまわることもできなくはない。
「もちろん、イリスヨナの離脱を警戒しているだろうし、一撃離脱を想定とか、いろいろ考えられる。あと詰めの戦艦がこの先で待っているというのも。
少なくとも、相手は静観よりは攻撃。撃破を狙っているかはともかく、1戦交えようというつもりなのは確かでしょうね」
フーカが私を見て尋ねる。
「先制攻撃はしないの?」
「それも良い手だと思うけれど、今回はまずは専守防衛でやってみようかと思ってるの」
フーカが睨むので、言い訳のように付け加える。
「別に相手を甘く見ているわけではないわ」
予告なし攻撃による政治的な面倒を避けたい、というのもないではないけれど。
イリス様の命が最優先だし、洋上で古代戦艦同士が出会って戦闘を避けようというのは、いまの海洋情勢では難しい。
そういった事情で『正当防衛』の重要性は、実はそれほど高くなかった。
「一撃受けることになるかもしれないわよ」
「回避を考えているのだけれど」
「だとしたら、もうそろそろ限界よ。これ以上接近された状態で、直射されたら回避の余裕がないわ。
相手もそれが狙いで、あえて攻撃可能なギリギリよりも近づいているのだろうし」
「そうね」
フーカは、戦闘状況下で何も考えずに長話をしていたわけではなかった。
私も時間的余裕があると考えたからフーカを呼んだ。
そして、フーカの戦略感覚にも興味があったけれど、それは互いを知るための雑談程度。
最大の目的はまた別にある。