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VS潜水艦8 / 海上のイリスヨナ

戦闘開始から、一週間が経過していた。


戦闘中とはいえ、ヒトが一週間も集中を保ちづつけることは、さすがに不可能で。

第二発令所から海を眺めつつお茶をする艦橋要員たちは、みんなリラックスし切っていた。


というかレインとアリスは監視ではなく本当にティータイムをしている。日光浴を兼ねて。


エミリアさんは、さすがイリス家の使用人。そつがない動きでティータイムを演出しつつ、副長たち監視要員にも邪魔にならないようお茶をふるまう。


「エミリアさん、なにか足りないものとかあります?」

「さすがに野菜は足の早いものは無くなりましたね」


まあ、長期航海を考えていたわけではないから当然ではある。


「クッキーやケーキに使う卵と牛乳はまだ少しもちます」


こちらは分量というより賞味期限の問題。

この世界にも冷蔵庫はあるが、魔術道具であるため高価で魔力を流し込む必要もあって、市井には普及していない。


なお古代戦艦イリスヨナには、電源供給式で魔力不要という謎の冷蔵庫がある。

私のいた世界ではそっちが普通の冷蔵庫だが。こちらでは超古代文明の遺産ということらしい。


レインがティーカップをおろす。


「クウの背中に乗って買い出しに行ってきましょうか?」

「ありがとう。でも大丈夫」


ドラゴンのクウに乗っていけば確かに簡単なのだろう。

敵潜水艦は対空装備がないし、空を見上げる余裕もないだろうから、たいして危険もない。


「結果はどうあれ、もうそろそろ決着がつくだろうし。この海域にいつまでもイリスヨナがいることはないわ」


退屈だから散歩に行きたいということなら、反対はしないけれど。


「レインはヨナさまと一緒にいられて幸せですよ」


ならよかった。私は言葉に笑みを返す。


「私は第一発令所におりるけれど、レインたちはひきつづき日光浴を楽しんで頂戴。イリス様が上がってきたらよろしく」


----


洋上での長期生活といえば『壊血病』が有名だが、海運の途絶えたこの世界でも古くからの知識として知られている。


イリスヨナにもつねに何かしら柑橘類が積み込まれており、ビタミン剤が備蓄されていた。

だがイリスヨナの乗員は、この世界の平均から見れば日頃からかなり良い食事をとっている。

貴人向けメニューを出せるイリス家の使用人たちが作る食事は、食材の偏りを意識させることなく、当然に栄養バランスも考えられている。


さすがに洋上生活では生野菜は少ないけれど。

それだって無いわけでなく、ニンジンサラダが出たり。この世界でタマネギはちゃんと品種改良されていて、水にさらせばサラダで美味しく食べられる。


壊血病は、1週間ではまだ気にするほどでもない。

それにもし備蓄が尽きても、イリスヨナで食料やビタミンが足りなくなることはない。


第一発令所に降りると、イリス様とフーカが間食をとっていた。


「またそれ食べてるの?」


かじっているのは棒状のやわらかいクッキー。

その形は、私のいた世界の栄養補助食品にとても似ている。


ミーハーというか興味関心を全開にしたモードのフーカが、目を輝かせながら


「食料生産ユニット、だっけ? だって古代戦艦にそんなものが搭載されてるなんて聞いたこともなかったのよ。その実物が無尽蔵に出てくるってなったら、食べてみたいじゃない」

「繰り返しの説明になるけれど、食べすぎると太るわよ」


違いといえば、ダイエット中の方にはオススメできないレベルでカロリーが暴力的に高いこと。

それもそのはずだ。この四角いクッキー風の食べ物は、栄養補助食品ではなく、戦闘糧食にして、完全栄養食。


イリスヨナには驚くべきことに、食料生産ユニットが搭載されている。

我ながら宇宙船かよとツッコミを入れたくなるが、そんなものがさらっと放置されているあたり、本当に古代戦艦はオーバーテクノロジィの塊だ。

古代戦艦イリスヨナでは、各種循環系はすべて機関部で完結している。


冷蔵庫と同じように、各ユニットの仕組みは正直、自分自身でもわからないのだが。


古代戦艦イリスヨナそのものである私が、イリスヨナのメカニズムについて知らないというのは最初は驚いた。

しかし、誰もスマホの仕組みを理解しないまま使っているのと同じようなものだ。

というか、人体の仕組みだって、ほとんどみんな医者のように詳しい理解を持たないまま生活できている。

機構や原理がわからなくても、イリスヨナの制御システムとしてはそれで十分ということだろう。


(まあ、それと別に武装のロックがあるのは困るのだけれど。)


こういうSF的な食料生産ユニットは、往々にして原料が言及したくない感じなのがお約束だけれど、フーカもイリス様も、私の懸念に動じること無く。


「食べられないもので作ったかもしれないけれど、食べられないもので出来ているわけではないんでしょう?」


とフーカ。

ヒトはふつう、そこまでロジカルになれない。

イリス様はイリス様で。


「ヨナの作ってくれたものだから」


手作りクッキーみたいに言わないでください。信頼いただけているのは嬉しいです。

でも化け狸になってヒトを騙しているような気まずさがあるのは否定できない。

まあ、突き詰めてしまえば、地球そのものが再生産による食料化ユニットそのものとも言える。気持ちの問題だ。


責任をとるというか、なんというかで、私もつきあって1本食べる。


ヨナの身体は、そもそも栄養摂取の必要がないみたいだけれど。

食感は食べやすいと褒めるべきか、ボロボロ崩れて物足りないと言うべきか、迷う。


「まあ、美味しいといえば美味しいのよね。味気ないというか、ひと味足りないけれど」


美味しいのは各種栄養素が充足していることと、何よりカロリー分の糖分。カロリーは美味しい。

ひと味足りないのは多分、完全食ゆえに塩気や甘み、油っこさが足りないのだ。カラダに悪い系の旨みが不足している。

それに、必須アミノ酸は作っても、ウマミなんていう面倒な分子構造をわざわざ作っていないのだろう。

特にフーカは王族なのだから、良いものを食べてきたはず。

隠し味や雑味、風味を考慮していない完全栄養食は、フーカの舌では味付けのなさが際立つのだろう。


ミッキが最初に味を確かめて以降は手を出さないのがちょっと意外。クッキーはつまむのだが。日頃の態度には出なくて忘れがちだが、ミッキも貴人なので、舌が肥えているのかもしれない。


いちおう食料生産ユニットは新機能だけれど、イリス様への負担はない。

戦闘機能と違いロックはかかっていなかった。古代戦艦にとって、分子アセンブルによる食料の合成は飲用水のろ過と同じ程度のあつかいらしい。


「イリス様、上の発令所でお茶などされてはいかがです? レインたちがちょうど日光浴をしているのです。陽の光を浴びるのは気が晴れますし、健康によいといいます」


第一艦橋は居心地が悪いわけではなけれど、陽がささない部屋ではある。


「ヨナ、そうしてほしいの?」

「そうですね、今すぐというわけではありませんが」


当然ながら、イリス様を発令所から追い出したいわけではない。

イリス様は少し考えてから、艦長椅子に身体を預ける。


「ではもうすこし、ここにいます」

「そうですか」

「きもちいい」

「そうなんですか?」


船長椅子のクッションのことかな、と思った私に、イリス様が微笑む。


「ここに座っていると、ヨナのことを感じられるから、安心する」


古代戦艦の巫女は、肉体的に辛いという話だけれど。

イリス様がイリスヨナに安寧を感じてくれているのならば、とても嬉しい。


ヒトの心身を安心して預けられる船であれることは、私としてもイリスヨナとしても、何かが満たされる気持ちがした。

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