VS潜水艦7 / 海の底から
『ではお姉さま、イリスヨナに逆襲を仕掛けますのね』
コレッジオ・ウヌの精神のゆらぎに反応して、コレッジオBから妹のコレッジオ・ドゥが反応する。
「いいえ。わたしたちは戦闘海域から離脱します。わたしたちの負けです」
『そんな! コレッジオはイリスヨナを包囲しておりますわ。二隻で同時に仕掛ければ』
「戦えば、どちらかが沈む公算が高い」
『この際、犠牲もやむなしかと』
戦艦『アンジェ・リコ』は帰ってきていない。
自分自身を頭数に入れている以上、妹が無責任なことを言っているわけでも、姉である自分の命を軽視しているわけでもないことは、コレッジオ・ウヌにも理解できた。
しかし。
『わたくしたちは2隻で交代して休憩しながら相手を包囲しておりますのよ。イリスヨナはすでに7日、
休みなく舵の変更を繰り返して疲弊しております。わたくしたちが海底から狙う射線をさける気の休まらない航路策定ですわ。敵の新兵器も、何が起こるかわかっていれば恐るるに足らず』
いきまく妹の言葉を受けとり、姉は、しばしの無言のあと。
「その言葉が嘘であることは、私たちが一番よくわかっています」
声には、ごまかしようのない疲れが現れていた。
コレッジオの巫女は、言葉だけでなく心も通じる。
だから、妹が疲労と苛立ちを押し殺し、どれだけ虚勢をはろうとしても無駄なことだ。
互いの疲労と絶望は、隠しようもなく相手にも伝わる。
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戦況は、現状を見ても明らかだった。
例えば今回はこうなる。
イリスヨナが先手。ソナーを乱打しながら包囲網を抜けようとする。
コレッジオのどちらか近い方が動き、イリスヨナの進路に艦首を向けて魚雷の射線で進路を塞ぐ。
今回、対処するのはコレッジオB。
コレッジオBはこれから休憩に入るはずだったが、イリスヨナは『なぜか』コレッジオBが対応せざるおえない進路をとってくる。
イリスヨナは強行せず、しかしコレッジオBへ船首を向けて魚雷発射管の開放音で威嚇をする。
ブラフと思ってもコレッジオBは対応するしかない。急速潜行または進路変更の慌ただしい操艦。
そうしてコレッジオBが対処できず、もう一隻のコレッジオAが援護する時間を与えることもなく、イリスヨナはすみやかに包囲網の中へ。
その場かぎりの戦況や、海上での配置だけ見れば、現状はコレッジオ2隻がイリスヨナを包囲し続けている。
コレッジオはイリスヨナの意図をくじき、包囲突破を阻止した。
しかし、同じ行動がもう23回も繰り返されているのだから、実情はまったく違う。
イリスヨナの精密で疲れ知らずの操艦に、コレッジオ2隻はすっかり操られている。
気づいたときには、決戦が困難なところまで消耗させられていた。
装甲が薄く静音奇襲を旨とした潜水艦と、長期戦ができ頭上から覆いかぶさるようにソナーの猛威を振るう『イリスヨナ』。
コレッジオが無音潜行で近づいても、ソナーで必ず見つけてくる。
2隻で同時攻撃できるタイミングを作らせず、必ずどちらかを対潜兵器の攻撃範囲に納めながら。
そのために、イリスヨナは休み無く細かい舵の変更を繰り返す。
敵艦位置も不明瞭で、いつどこから攻撃を受けるかもわからないはずの状況で。
事前に想定し、最初の状況以降、想定しているイリスヨナの索敵範囲と、現状のイリスヨナの行動は一致しているようにも見えるが、それにしては采配がうますぎる。
敵艦イリスヨナの索敵範囲と正確さは、我々が知るどの味方艦よりはるかに精細かつ広範囲に及んでいる。
それは直感だった。
視野の広さは、もう一隻がイリスヨナ勢力にも隠されているかのような。
疲労を見せることなく。
昼夜問わず。まったく休むこと無く。
戦闘が始まってから一週間。
操艦だけではない。聴音で知るかぎり、イリスヨナ機関は不調を一度も起こしていない。
それが当然といわんばかりに等速を維持しつづけている。
古代戦艦とはとても思えないレベルの安定動作。
コレッジオはこの間に何度も不調を起こし、コレッジオA・B共に機関停止まで起こしている。
次に機能不全をおこせば、艦全体にリセットをかけないと機関が再起動しないだろう。
ふたりの巫女と2隻の潜水艦が交代で活動できるという、コレッジオの利点も潰されていた。
コレッジオのどちらかが休憩をとると、イリスヨナは必ず休憩をはじめた少し後にそちらへ向かって舵を切る。
休憩を中断されて、心と身体を癒やす間も与えられず。むしろ休もうとして不意の襲撃を思い出して怯えが先に。
まるでコレッジオ両艦の位置が見えているような、あるいはそうでもないような、微妙な確率だが、コレッジオを休ませないという目的ははっきりとしていた。
確信があった。
イリスヨナはこちらが完全に見えている。
イリスヨナはこの1週間の戦闘でまったく疲れておらず、頭も鈍っていない。いまも戦闘開始時と同じように動ける。
潜水艦『コレッジオ』は、昔は潜ったまま酸素が切れても浮上できないという事故が珍しくなかった。
しかし、ここ数年で操艦性と信頼性が異常に向上した。理由はわからない。
コレッジオと同じ、大国ストライア側の古代戦艦はみな性能改善が起こり、対する『イリスヨナ』が属している大国エルセイア側ではそういう事例は報告されていないはず。
それにもかかわらず、イリスヨナが見せる性能はこちらを凌駕している。
『イリスヨナ』はいったい何が起こって、どうなっているのか。
対してこちらは巫女ふたりとも数日前から食事が喉を通らず、思考は散漫。
艦の制御もおぼつかないありさま。
この状況はイリスヨナが作りだしたもの。
見えない網の中で死を待っているのはこちらの方。
この状態で決死の攻撃を仕掛けたとして、その結果は考えるまでもなく明らかだった。
それでも、本能でわかっていても理性を納得させるために、言葉でつむぐ言い訳は必要なのだった。
「リコのこともあります。私たちが帰らなかったら、あの白いイリス艦について、味方は誰も知らず、何もわからないままになってしまいます」
『お姉さま』
それは誰もが頭で理解していても黙っていた、暗い予感の現実化だった。
<戦艦『アンジェ・リコ』は既に撃破されている。>
「魔槍の輸送の阻止は失敗しました。これ以上の戦闘は無意味です」
それは終了の合図。
「コレッジオ両艦は作戦を終了。戦線を離脱し、戦艦『アンジェ・リコ』の捜索へ移るのです」
コレッジオ・ウヌは後ろに控えていた副官を呼ぶ。
「戦いは終わりです。帰還します」
副官は、40歳を過ぎた体格の良い男。信用のおけない古代戦艦の潜水艦で、次は浮上できないかもしれないという恐怖に打ち勝ってきた。20代からコレッジオに乗艦し、忠誠心も士気も高く、決して折れやすい部下ではない。
しかし、頭上の厚い水圧と敵艦イリスヨナのプレッシャを受けつづけ、浅い眠りと休めぬ頭で発狂しそうな戦況に耐えていた副官が、帰還の言葉をきいたときの、なんともいえない顔。
かける言葉を、コレッジオ・ウヌには見つけることができなかった。
同じ気分だったからだ。
なぜもっと早くこの判断をしなかったかと、自分を心の中でなじるほどに。
コレッジオ両艦の安全な退避ルートを慎重に策定し、指示する。
もちろん緊張は解いていない。撤退が完了するまで、イリスヨナは変わらず我々の頭上にある。離脱のタイミングを狙う算段の可能性もある。
私たちを罠にハメ、じっくりと一週間かけて飢え細らせた『白いイリス艦』が、このまま逃げる私たちを見逃すだろうか。
コレッジオのどちらか一方、妹だけでも確実に逃がすことはできないか。
コレッジオAを操艦する巫女、レグリア・コレッジオ・ウヌが、疲れ切って熱を孕んだ頭で考えるのは、ただそれだけだった。
戦闘開始から、一週間が経過していた。




