第29話 宇宙への旅立ち
第29話 宇宙への旅立ち
「船団、全船の最終チェック、完了しました。避難された人々も、それぞれが部屋の中にある座席に着いています。準備完了です」
フヨフヨと側で漂うリオンがエメリアに報告する。出発の準備が整った。リゴに確認をする必要はあるが、あとは船団を託された者として、号令を発するだけだ。
「いよいよ、出発だな…。アリアスともお別れだ。リオン、ありがとう。頼もしいよ」
「光栄です、エメリア様。ですが、その御言葉はリゴ様にお願いします」
「そうだな。リオンにはまた改めて言うとしよう。リゴに通信をお願いしてもいいか?」
「勿論です、エメリア様。少々お待ちください」
エメリアたちが乗る船を始め、50隻以上の船団が上空に並び、待機する。その少し後方に、ソフィアたちの琥珀の女王号、それからリゴが操船するメリダの姿が見える。
地上から見上げれば、さぞ壮観な眺めだったのだろう。だが……大地は激しい地震で、幾つもの裂け目が走り、遠くの空からは燃えるような赤い色が広がっていく。人々がその光景を見れば、間違いなく絶望を感じるだろう。
人々の大半はまだ知らないが、船内のモニターでその様子を既に見ていたエメリアは、体の震えを必死に堪える。そうしていると、リゴと連絡が繋がった。
「エメリア様、お待たせしました。こちらでも確認しましたが、船団に問題はありません」
エメリアは深呼吸で一つ間を空け、気持ちを落ち着かせる。
「そうか。リゴ…今更だが、ここまで私たちを無事に連れてきてくれて、ありがとう。心から感謝する」
リゴは軽く微笑み、モニター越しにお辞儀をする。
「こちらこそ…御礼を申し上げなければなりません。姫様や多くの皆さんに助けて頂きました。深く、感謝を申し上げます」
「互いに信頼を築き、ここまで来れたのだな…。ありがとう。それで、メリダの方は大丈夫なのか?」
人形たち…ローケンのコピーによって襲撃され、損傷したメリダ。この船はこれから重要な仕事を果たさなければならない。エメリアは尋ねる。
「エンジン出力の調整に難儀していますが、シールドの展開に問題はありません。船足の遅さには不安を感じますが、宇宙に出てしまえばあまり気にならないでしょう。姫様、いつでも号令をおかけ下さい」
心配だが、ここまで来たのだ。リゴの言葉を信じよう。エメリアは雑念を頭から振り切り、しっかりと頷く。
「よし…! では、船団に呼びかけよう! リオン、頼む!」
リオンがピロピロと嬉しそうに音を発しながら、アームを伸ばしてカチカチとモニターを操作する。
「エメリア様、船団の全船に通信繋ぎました。お願いします」
エメリアは颯爽と、モニターの前に立った。
「皆、ここまでよく頑張って付いて来てくれた。王として、私から皆に御礼を言わせてくれ。本当に、ありがとう」
ここで一つ、間を空ける。それから深く息を吸い、話を続ける。
「これより、この船団はアリアスを離れ、空の境界をも越え、宇宙という広大な海に行く。話によれば、そこは星々の光の輝きに満ちているが、船の外は暗い死の海であり、人は生きていけないらしい。つまり、危険な船旅になるということだ」
そう、危険な旅になるだろう。しかし、それを人々に話す必要がある。皆に、覚悟をしてもらわねばならないのだ。
「だからと言って、アリアスに留まることはできない。リオン、皆に見せてくれ」
エメリアに言われて、リオンは船団の全船内モニターに外の様子を映し出す。外の光景を目にした人々から、どよめきがあがった。
「残念ながら…アリアスは…我らの故郷は崩壊した。間も無く、見える景色が全て吹き飛ぶ事になる。もう、我らに帰る場所は無い…これが現実なのだ」
エメリアの言葉を聞き、目の前のモニター越しに見える光景を目にして、人々は祈るように嘆く。
「これまでに、多くの者が命を落とした。私の父、ヒース・オーランドも…。だが、我らは生きている。そして、この船に乗っている。……皆、生き延びよう。そして、危険な航海を乗り越え、新たな故郷を、必ず見つけよう。それが、生き残った我々に託された使命だ」
生き残った者に託された、使命。エメリアはそういう言葉を使うべきか迷ったが、思った通りに話す事にしていた。なぜなら、エメリア・オーランドなのだから。
「私は…まだ王として未熟だ。力不足を実感している。皆を導いていくに相応しい働きができるのか、正直不安だ。だから…どうか、どうか助けてほしい! 皆の力を、どうか貸してくれないか?! この通りだ!!」
モニターの前で、エメリアは人々に頭を下げる。王として、その行為が良いのかはわからない。だが、エメリアは人々に真っ直ぐ向き合い、頭を下げた。
すると、沈黙した時がしばらく流れたが、エメリアの乗る船のスピーカーから小さな拍手の音が鳴り始める。その音は少しずつ、大きく、大きく響き、そして、歓声と共に船内中に轟いた。
人々は皆、エメリアと同じように不安な気持ちなのは変わらない。先の見えぬ航海に出る事に心から賛成という訳でもないだろう。だが、エメリア・オーランドという一人の王を支えたいと、多くの民は思ったのだ。
「皆…ありがとう。本当に、ありがとう」
こうして、船団の意志は固まった。これから多くの困難が待ち構えている。時には意見が分かれ、言い争い、危機を迎える事があるかもしれない。それでも、最初の出発の時は一丸となって一歩を踏み出す。その事実が、また人々の心を一つにする事があるかもしれない。
「では…行こう。全船、出航する!!」
こうして、船団は空の更に上、宇宙へと昇って行った。その様子を、ソフィアは後ろから嬉しそうに眺めていた。
「エメリアお姉ちゃん…良かった。さあ、私たちも行こう! アビー、準備はいい?」
ソフィアはパンッと手を叩き、アビーに尋ねる。が、アビーはクルッと後ろを向き、何やらゴソゴソとコンテナの中身を漁っている。
「あれ…アビー、何してるの?」
「ソフィア様、私たちも行きたいのは山々ですが…先にこれに着替えてもらえませんか?」
アビーが何やら服らしきものを取り出す。他にも、頭から被るようなものも。
「なにこれ? なんで着替えるの? このままじゃダメ?」
ソフィアはこの船にあったジャンプスーツという服を着ていたが、なぜか着替えが必要らしい。
「簡単に説明しますと、そのジャンプスーツのまま宇宙に上がるのは、安全対策上問題があります。この専用のパイロットスーツを着てください」
見た目はジャンプスーツよりもピッタリした、体のラインが出る感じの服だ。
「アビー…これ、なんか恥ずかしいんだけど…これじゃなきゃダメ?」
「ダメです。まあ…ソフィア様は年齢よりも若い体型ですので、お気持ちはわかりますが…」
「ねえ、アビー? 今、サラッと悪口言わなかった? ねえ?」
ソフィアは拳をグーにして、ワナワナと震わせている。アビーは口が無いのに、口笛を吹く真似をして誤魔化そうとした。勿論、ソフィアからは逃げられない。
「ねえ、アビーさん、こっち向いて、もう一度、言ってみようよ? 私、こんなに、笑顔だよ? 怒らないから、ね?」
嘘だ。目が笑ってない。アビーは迂闊な発言をした自分を悔やむ。だが、なんとか誤魔化そうと諦めない。
「とにかく!! この服を着てください! 宇宙に上がる時、ソフィア様のお体に負担がかからないように考えて用意された服なのです! お願いします!」
「…またあとで話そうね、アビー」
アビーは一命を取り留めた。この話題は禁句リストに登録しよう。アビーは自分のタスクの最重要項目にした。ソフィアは渋々着替える。やはり、体に少しピッタリしていて、恥ずかしかった。
「うう…カッコ悪くはないけど、なんか恥ずかしい。具体的には、どんな効果があるの?」
「時間が無いので、宇宙に向かいながらお話ししますね。ソフィア様、席に着いて下さい」
ソフィアは座席に着き、ベルトを締める。それから、アビーに渡された、ヘルメットという帽子らしきものも被った。変な感じはするが、息苦しくはない。
「まず、エメリア様が仰られたように、宇宙空間は危険な場所です。息もできず、生身で出ると死にます。なので、万が一事故が起こって宇宙空間に投げ出されても、とりあえず大丈夫にするために、その服とヘルメットが必要なのです」
へえ〜。と、ソフィアが感心する。その間に、琥珀の女王号の船首が上を向く。
「それから、この船が星を飛び出す時、星に引っ張られる重力という力がかかります。つまり、ソフィア様が星に引っ張られるのです。でも、船は進もうとするから、とても強い力がソフィア様にかかってしまうのです。その力からソフィア様を護るのも、そのパイロットスーツの機能です」
ソフィアはかろうじて話についていくが、疑問が生じる。
「でも、エメリアお姉ちゃんたちはこんな服を着てなかったよ? なんで私だけ?」
いい質問です。と、アビーが答える。そうしていると、船のエンジンからいつもと違う音が聴こえてくる。その音はだんだん大きくなっている。
「それは、エメリア様たちの船には重力制御型のエンジンが搭載してあり、引っ張られる力を調整する事が出来るからです。これはメリダにも搭載されていますが、この船には残念ながら無いので、別の方法でいきます」
なんだろう。なんか嫌な予感がする。高まるエンジン音が不気味な音に聞こえてきた。そして、予感はすぐに的中する。
「というわけで、重力圏からの離脱を開始します! ソフィア様、行きますよ!」
「え!? 行くの?! ちょっ……えええーー!!!??」
琥珀の女王号が急に加速する。ソフィアは激しい振動と未知の加速に悲鳴をあげるしかなかった。
「第一段階、パルスジェット推進による最大加速中。間も無く、パルスデトネーションエンジンにスイッチします」
高度がかなり上がったところで、エンジン音が更に変化する。それから、更に暴力的な加速がソフィアを襲う。気を失っていない事が奇跡のように感じられた。
それから程なくして、急に体が軽くなる。それどころか、手が宙に浮かんでいるようだ。
「え…なに? なにが起こってるの?」
呼吸が少し荒いが、ソフィアは無事だった。どうやらスーツのお陰らしい。ソフィアの質問に、アビーが明るい声で答える。
「ソフィア様、お疲れ様でした。ようこそ、宇宙へ」
宇宙。そう、ついにソフィアは宇宙にやって来たのだ。まだ混乱しているが、同時になんとも言えない高揚感が湧いてくる。
「これが…宇宙。星の世界…」
顔には自然に笑みが浮かぶ。リゴの話を聞いてから、憧れた世界。窓の外には星の瞬きが煌めき、前方には先に出発した船団の光が連なっているのが見えた。
「わぁ…! 綺麗…アビー、凄いよ!」
両手をブンブンと振り回してはしゃぐソフィア。アビーはその姿を嬉しそうに眺める一方、後方の窓をソッとシャッターで隠す。
琥珀の女王号が向かう先には、煌めく星々の明かりが満ちていた。
だが、背後には故郷の星の、残酷な現実の姿が赤々と見えていた。
その赤い星から、メリダが昇ってくる。しかし、同時に赤い色が炎のように星全体を包み込む。
かつて惑星アリアスと呼ばれた星は、最期の時を迎えた。