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星を巡るソフィア  作者: 彩都 諭
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第27話 タイムリミット

 第27話 タイムリミット


「ソフィア様! エメリア様が離脱しました! 始めましょう!」


 琥珀の女王号を操船しているアビーが叫ぶ。眼下には人形の群れが、エメリアの後を追いかけていた。


 私たちが食い止める。


 隣の席に着いているソフィアは目を閉じ、深呼吸をする。


(ミナリスの時とは違う…私はやれるんだ。行きなさい、ソフィア!)


 心が決まると、ソフィアは目を見開き、目の前のモニターに集中する。


「アビー! いいよ! お願い!」


 ソフィアの返事を受け、アビーは目の前にある何かの装置を、カチカチとリズミカルな音を立てて操作する。すると、ソフィアたちがいるブリッジの窓を壁が覆う。本来は対デブリ用、宇宙空間を飛行中に、宇宙を漂う石や破片などから窓などの脆い部分を護る機能だ。今回は人形からの攻撃に備えて使用している。とはいえ、この琥珀の女王号には他にもディフレクター・シールドがある。通常であれば、この壁は保険の意味で使用するものだ。


「保護シャッター、準備完了。敵の人形は槍を射出する事が出来るようですが、この船の装甲は伊達ではありませんので、シールドを展開しなくても大丈夫でしょう。さあ、ソフィア様。攻撃を開始しますので、レバー操作をお願いします」


 窓を覆っているので、現在は操縦席のモニター越しで外の様子を確認する。そのモニターの前にある二本のレバーを、ソフィアは両手を伸ばして握る。左右それぞれ、傾ける事ができ、トリガーが付いている。


「予定通り、ソフィア様はフォトン・バルカンの操作をお願いします。私が細かい指示とサポートを行いますので、難しくはありません。落ち着いて操作して下さい。いいですね?」


「うん。大丈夫、やれるよ!」


 船の操縦はかなり難しいため、アビーが担当する。勿論、事前の設定である程度自動化する事はできたのだが、時間が足りなかった。それに、本来この船は主な操縦を人が行うように設計されており、アビーはあくまでも操縦者をサポートする役割だったので、そこまで複雑な操縦はできない。今回はそれを無理矢理やっているのだから、手が回らないのだ。そこで射撃は、ソフィアが手動で行う必要があった。


「これから船を攻撃ポジションに移動させますので、ソフィア様はモニターを見ながら赤くハイライトされた敵の方に砲塔を旋回させて、画面中央の円の中に敵の姿を捉えたら、後は撃つだけです」


 琥珀の女王号の主武装は、フォトン・バルカンと呼ばれている。同様の技術で作られた武器の中では、威力は低い方ではあるが、扱いやすさと連射力に優れていた。ソフィアたちの世界では全く未知の武器だが、アビーのバックアップがあるので、簡単な説明だけでソフィアにも扱えた。


 逆に言えば、簡単に扱える武器ほど安易な気持ちで扱ってはいけない。モニター越しに、ボタン一つで相手を撃てるのだから。


 本当はまだ、主人の少女にこんな武器など扱って欲しくない。アビーはそう考えていたが、それでも今は危機を乗り越えなければならない。瞬時に迷いを捨てる。


「それでは、攻撃を開始します」


 ソフィアたちは押し寄せる人形たちの側面から接近する。船の胴体の下部、その左右から円形の砲塔が展開され、人形たちの先頭に向けて狙いをつける。ソフィアはアビーに言われた方向に、ぎこちない手つきではあるが照準を動かす。そして、船が攻撃コースに乗り…


「ソフィア様! 今です!」


「いけぇーーーー!!」


 ソフィアは叫びながら、指でトリガーを引く。砲塔から青白い、小さな粒みたいな光弾が大量に、勢いよく発射される。人形たちの頭上に雨のように降り注ぎ、着弾の閃光と人形の破壊音が轟く。


 次々に弾け飛ぶ人形の姿がモニターに映り、ソフィアは呼吸が上手く出来なくなる。相手は人間じゃない。それはわかっているが…


 ソフィアたちの最初の攻撃は、人形たちの先頭集団を刈り取り、全体の動きを鈍らせた。アビーは一度離れてから旋回し、再度攻撃を仕掛けようと試みる。


 その間にアビーはソフィアの顔を覗く。ソフィアは呼吸を荒くしており、顔色が悪い。やはり、相手が人形とは言え、武器を向けて撃つというのは簡単ではなかった。


「ソフィア様、また攻撃態勢に入りますが…大丈夫ですか?」


 アビーは心配そうにソフィアに声をかけたが、ソフィアは無理矢理な笑顔をつくっていた。


「ごめんね、心配かけちゃって。これくらい、大丈夫! もう一度やろう!」


 明らかに無理をしているソフィア。主人のその姿を見て、アビーの人工知能が少し過熱する。これが、心が痛む、というものなのだろう。アビーは自己分析をした。


「ソフィア様…もう少しの辛抱です。エメリア様が…御家族の皆様が待っておられます。頑張りましょう!」


 そう、ソフィアたちの後ろでは、避難の支度が進んでいる。今は護ることに集中しなければ。ソフィアは気合いを入れ直した。


 琥珀の女王号は再び突入し、人形たちの足を止めるべく奮闘する。しかし、人形は次々と押し寄せてくる。ソフィアたちはひたすら、迎撃し続けた。



 上空を何度も行ったり来たりして戦う琥珀の女王号を、地上にいる人々は見守る。エメリア姫が到着して、避難の支度は順調に進んでいる。だが、もう少し時間がかかりそうだ。


 エメリアは到着してすぐに避難の指示を出したが、同時にこの状況の説明も可能な限りしていた。人々は先ほどの少女、ソフィアの説明が正しかった事を知り、罵声を浴びせた事を後悔した者もいた。だが、それでも現実離れした真実を聞かされて、すぐに納得がいくわけではない。今は黙々と避難の支度を続けているが、不安は更に増していた。


 エメリアは、ソフィアがここでした事をテオたちから聞き、申し訳なく思っていた。自分が真っ先にここに来ていれば、ソフィアが辛い目にあうことは無かった。ソフィアの妹、ルーナの顔に残る涙の跡を見たときは、エメリアも泣き崩れそうになる。


 だが、私は王だ。この危機に際して、国民を守る責任がある。だから、まだ私は涙に崩れる訳にはいかない。そう強く心に言い聞かせ、エメリアは立ち直る。


「ソフィア…私もやるぞ。皆で宇宙に行くんだ。もう少し…耐えてくれ」


 その時、西の空から何かが来るのが見えた。


「来たか! リゴ、やってくれたのだな!」


 西の空からやって来たのは、リゴが指示して呼び寄せた船団だった。その数は50隻以上だ。長方形の胴体が左右に連結しており、双胴になっている。その大きさはメリダ程ではないが、それでも小さな街一つが収まりそうだ。それが大量に飛来する光景は、神話の世界のようだ。


 困惑する人々の上を船団は縦に長く並んでおり、双胴の船が一隻ずつ地上に着陸する。エメリアはそれを確認し、すぐに指示を飛ばした。


「皆、よく聞いてくれ! あれは王家にも伝わっていた、星を渡る船だ。我々はこの船団で星の海に脱出する! 残念だが、私たちが住む今の世界は間も無く消える…。それはアリアスの国を愛する者にとって、耐え難い苦痛だろう。それに、船出をしたからと言って、助かる保証があるわけでもない。だが、この船に乗れなかった民も大勢いる。彼らのためにも、生き延びるのだ! 一隻に千人程が乗れる。時間を最優先に、兵士たちの誘導に従って乗船してくれ!」


 リゴとの打ち合わせ通りだ。後は時間との勝負。人々は乗船を始めた。だが、未知の世界に足を踏み込む事は容易ではない。躊躇いが足取りを重くする。しかし、幸い乗船を拒絶する者はいなかった。おそらく、少し離れたところでソフィアたちが戦い続けている姿を見ているからだろう。この場に残れば、誰も生き残れない。それは全員理解したようだ。


「…待つのは苦手だが、ここは我慢だな。リゴも早く来てくれ…」


 避難する人々の様子を眺めながら、エメリアは東の空を見上げる。あんなに大きいメリダの船影がまだ見えない事に、胸騒ぎを感じていた。



 だいぶ前に西の空に現れた船団。ソフィアもそれを見つけていたが、感動する余裕が無かった。どのくらい時間が経ったのだろうか。攻撃は休まず続けている。だが、人形たちは全然減らない。琥珀の女王号はまだまだ健在だが、人形を一体も通すわけにはいかない。ソフィアは疲弊していた。


 アビーは念のために、先ほどからキャヴァリアーを自動操縦にして降ろし、援護射撃をさせている。流石のアビーも相当に大変なのか、操縦が乱れる事もあった。


 アビーは人工知能を搭載し、人間のように考え話す事ができるが、造られた機械である事は間違いない。その思考する速度は、人間よりも格段に速い。だが、それを重視して造られたのではなかった。あくまでも主人をサポートする、そのために必要な"心"を持ったユニット。それがアビーだった。


 アビーは今、その自分の設計が逆に辛かった。人と同様に、人工知能が疲れを感じているのがわかる。それが操縦に影響し始めているのだ。


「今ほど、人工知能を搭載している事が辛いと思った事はありません」


 アビーがついに弱音を吐く。


「アビーも疲れたよね…ほんと、なんでこんなにいるの? あのローケンって人はやっぱり性格悪いよ…」


 ぐったりしながらも、ソフィアは手を動かし続ける。射撃には慣れて来たが、長時間の集中を続けて来たせいで、顔色は真っ青だった。


 二人の限界は近い。だが、避難はまだ半ば。もう少し耐えねば意味がない。


「ねえ、アビー。リゴはまだ? もうとっくに着いててもおかしくないんだけど…」


 予定では、エメリアが到着して間もないくらいに、リゴも着く予定だった。だが、まだ船の姿も見えない。あの巨大な船が見えないなんて…。ソフィアは胸騒ぎを感じる。


「リゴ、今どこに…?」


 すると、アビーがスキャンをする。結果はこうだ。


「リゴ様の乗船するメリダは、スキャン範囲内には反応があります。確かに、こちらに向かっているようですが…これは…」


「アビー、どうしたの?」


「これは…遅すぎます。予定の速度を遥かに下回っています。それに、高度が全然上がっていません。エンジンのトラブルでしょうか…? それに、もう一つ不明な点があります」


 なんだろう。嫌な予感がする。ソフィアは直感で、感じとる。


「リゴ様と通信が繋がりません。避難船団は、私の量産型…人工知能は搭載しないませんが、それが配備してあり、リゴ様の指示通りには動いているのですが…何かあったのでしょうか?」


 連絡がつかない。それは、絶対におかしい。ソフィアは予感が当たってしまった気がした。リゴに何かあったんだ。メリダが向かっている事がわかり、少しは安心したのだが、これは一大事だ。


 しかし、ソフィアたちはこの場を動く訳にはいかない。


「リゴ…私、どうすればいいの?」


 心配が募る中、ソフィアたちは戦いを続ける。人形たちは数に任せて、ひたすら突撃し続ける。不幸中の幸いなのか、人形の集団は単純に突っ込んでくるだけなので、迎撃そのものはなんとか対応できていた。とにかく、ひたすら体力勝負になっていた。


 そうしてまた時間が経ち、かなり日が高くなる。避難船団の乗船もあと僅かで終わりそうだ。


 その時、ソフィアたちに通信が入る。リオンだった。


「ソフィア様、アビー、聞こえますか? こちらはリオンです」


 懐かしい声に感じる。ソフィアとアビーは手を休められないが、ホッとした。


「リオン…待ってたよ。そっちは大丈夫?」


 疲れ切った声でソフィアが尋ねる。


「はい、ソフィア様。皆様のおかげで、こちら間も無く全員の乗船が終わります。人々はかなり混乱していましたが、今は落ち着きを取り戻しつつあります」


「そっか…良かった…」


 人々の乗船が終われば、後は脱出するだけ。ソフィアとアビーに希望が湧いてくる。だが、リオンの話は続く。


「ですが、リゴ様が…ピンチです」


 ピンチ? やはりトラブルがあったんだ。でも、何があったの?


「リゴに何が?!」


「先ほど、こちらの船団からも呼びかけ、スキャンも行いました。すると、メリダが敵に取り囲まれ、集中砲火を受けていました。シールドで防いでいますが、メリダのエンジン出力が不安定になっており、船の推力が上がっていません。原因は不明ですが、おそらくシールドを張り続けている状態では身動きが取れない状況にあります」


 つまり、シールドを張らないといけない状態に追い込まれている。それで身動きも通信も上手くできなかったんだ。ソフィアは漠然と状況を理解する。皮肉にも、彼女は戦いの中で状況判断の力が身につきつつあるようだ。


 しかし、事態は更に深刻になる。


「あの…実はスキャンの結果、もっと不味い事になってます…」


 リオンの声が暗い。今度は何があったのだろうか。


「リオン、どうしたのですか?」


 アビーがピロピロと音を出しながら尋ねる。リオンは一呼吸、間を空けた。


「…この星の崩壊が加速しています。かつてない勢いです。つまり…脱出のタイムリミットが近づいているのです」


 星が崩壊する。それはソフィアたちもわかっていたが、それが早まるというのは予想外だった。


「おそらく、ミナリスは各地に設置した装置の管理も行なっていたのでしょう」


「装置? リオン、なんのこと?」


 聞きなれない言葉だ。ソフィアはすぐに尋ねる。


「装置とは重力を利用した特殊な道具で、この星が崩壊する瀬戸際にあった昔、崩壊を少しでも遅らせようとリゴ様たちが各地に設置したものです。それはミナリスにもありました。ですが、完全に崩壊を止める事は出来ず時間が経ち、そして今、その装置はミナリスが破壊された事によって、かろうじて保っていたバランスが失われたのでしょう。それで崩壊が加速したと思われます」


 そうだった。崩壊は昔から始まっていたのだ。それを食い止めるためにリゴたちは各地に赴き、帰ってきた時は数百年の時を超えてしまっていた。その崩壊が今、再び時を刻み始めた。おそらく、残り時間は殆ど無い。


「という事は、早くみんなで脱出しないと…!」


「ソフィア様、もう一つ問題が」


 アビーがソフィアの言葉を止める。


「アビー、どういう事?」


「急いで脱出したいところですが、リゴ様の乗るメリダが必要です。あの船の大規模なシールドが無いと、船団が危険です。避難船団を先に脱出、というわけにもいかないのです」


 メリダの盾。それは船団規模で護る事が出来る、強力なシールドだ。本来はそれを三隻の船で展開する予定だった。


 だが、今は一隻。護るべき船も当初より遥かに少ない数になってしまったが、あの盾が無いと船団は崩壊に巻き込まれてしまう。


「そんな…早くリゴを助けに行かないと。その、時間は後どのくらい残ってるの?」


 リオンは計算する。だが、すぐに答えは出ない。また間を空けて、計算結果を伝える。


「正確には計算出来ませんが…あと二時間程です」


 崩壊までタイムリミットは二時間。ソフィアは歯をくいしばり、外の様子を見る。


 相変わらず人形たちは、黙々と、ただひたすら突撃を続けていた。ソフィアはミナリスで遭遇したローケンの狂気を改めて実感し、体が震えるのを感じた。



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